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2 一匹狼はつがう
02 友情……?
しおりを挟むゴーシュが殴り飛ばした時の感覚通り、愛子は左腕の骨を折っていた。
全身の打撲も当然のようにある。
けれど、ゴーシュを傷害で訴えなかった。
愛子直々に、保護者への説得も終わっていると言う。
社長が人を送ってくれたので、問題なく治療できたらしい。
愛子の完治までの治療費や、他にも必要な金銭はゴーシュが払う、と社長に伝えてあるので、手続きはしてくれているはずだ。
人狼であるゴーシュは、金銭に執着しないので、意図せずにされた貯金がある。
某美国のように、治療費の支払いで破産するなんてことはないはずだ。
ゴーシュ自身は、某医学大学付属病院に入院していた。
過去の入院で、ここでは人狼だと知られている。
円形脱毛症の時も、最終的にはこの病院経由で専門科にかかった。
退院は、地元の病院に入院した愛子の方が早かった。
今はリハビリに通っているらしい。
ゴーシュの退院が遅れたのは、不死原家との交渉に出向いたからなのは、言うまでもない。
退院後の経過観察期間を経て、全ての検査をパスしたゴーシュは、やっと愛子と会う約束をした。
一度消した連絡先を、再び登録できた喜びをかみしめる。
「前にお会いしたカフェで待ってます」
「分かった」
電話口の愛子の声は、前と変わらなくて。
うまく返事ができなかったけれど、期待してしまった。
初めての友人を得られるのではないかと。
入院している間に、支社近くで借りていた、短期契約賃貸は解約してもらっていたが、距離があることは問題にならなかった。
当日の朝。
県をまたいで一時間、高速道路を車で飛ばす。
報告を終えて支社へ戻る時は、憂鬱で仕方なかった同じ道のりが、不思議と晴れ渡って澄みきっている。
途中で休憩を挟んでも、そわそわが止まらない。
高速道路を降りたゴーシュは、なにかに急かされるように進んだ。
待ち合わせのカフェに到着すれば、約束の時間には早いのに、愛子が席に座っていた。
手元には、リングとじのノートのような冊子を持っている。
飲みかけのコーヒーカップと鉛筆が机の上に転がっているので、かなり長くここにいたのかもしれない。
待たせてしまったか、と慌ててゴーシュは駆け寄った。
「愛子さんっ」
「こんにちはガイルさん」
愛子はゴーシュの格好を上から下まで見て、にこり、と笑みをこぼした。
それを見て力が抜けてしまい、同時に安堵した。
本当は怖かった。
怯えられたらどうしよう。
逃げられたら悲しい。
けれど。
「申し訳ありませんでした!」
気持ちを言葉にして伝えられるほど、ゴーシュは器用ではない。
表情だって動かせない。
だから、腰を折った。
許して欲しいと願って。
「……」
「謝罪をする機会を与えていただき、ありがとうございます!」
挨拶に謝罪を返したのに、愛子は返事をしなかった。
これで駄目なら、土下座でもなんでもしよう!、と再び口を開いたゴーシュを見ている愛子は、恐れの感情を漂わせはしなかった。
「ガイルさん、飛び出した私がいけなかったんですよ」
「それは違います!」
「……ガイルさん、もう、お体は大丈夫ですか?」
「はい、愛子さんは大丈夫でしょうか?」
「ガイルさん」
「はい!」
「どうして敬語なんですか?」
「……」
他の人がいる前では、ゴーシュは丁寧に話すようにしていた。
大学でモデルを受けた時も。
けれど、愛子と電話口で話す時は違った。
初めの出会いのせいで、砕けた口調になってしまっていた。
これまでゴーシュの口調が変わるのは、社長だけだった。
驚くと共に、初めから愛子に何かを感じたと知った。
ゴーシュ自身が好意を持ったから、自慰のおかずにできたのだ。
気が付いてしまえば申し訳なくて。
嬉しくて。
どう謝ったら良いのか、うまく言葉にできなくて。
気持ちも感情も外に出せなくて。
悪いことをしてしまったと思う気持ちと、相反する嬉しい気持ちに蓋をしようとしたら、どうしてもぎこちなくなってしまう。
気持ちを口にできるはずもなくて、ゴーシュはほとんど無表情のまま、口元をへの字にした。
「ガイルさん?」
心配そうに見上げられて、ゆらりと立ち登った香りに、目眩がする。
好意の香り。
初めてこのカフェで会った時から変わらない。
柔らかな香り。
発情されている。
人の男性に。
どういう意図の好意なのかまでは分からない。
いいや、発情に繋がる好意なんて、たった一つだろう。
「愛子さんは、怖くないんですか?」
「なにがでしょう?」
唐突な質問に、真面目な表情で答えてくれる。
裕壬の言葉に鼓動が高まる。
嬉しい。
ゴーシュは知った。
この人に、化け物扱いされないことが、おれは嬉しいのだと。
以前に厄介な相手だと思ったことは訂正する。
初対面から好意を示されて、仲良くなりたいと匂いでも言われて。
戸惑ってしまったのだ。
ゴーシュは、人狼としての生で初めての感情を覚えた。
ずっとこの人に、好意を抱いてもらいたい。
好きでいて欲しいと。
切に願った。
「愛子さんが好きだ」
愛子の質問に全く答えることなく、ゴーシュは心のうちを言葉にしていた。
幼い子供が好意を口にするのと、同じ気持ちで。
〝友人になってください〟
口に出すのは、恥ずかしいと思った。
友人というのは、望んでなるものではない、と誰かに聞いたことがあったから。
ゴーシュの中では、社長が好き、泉さんは結構好き、愛子もかなり好き。
その程度の軽さだった。
会話が全く噛み合っていないのに、二人の視線はお互いをしっかりと捉えている。
七分袖のラグランスリーブシャツの下で、ゴーシュの心臓が音を早くする。
離れていても聞こえてしまいそうだ。
とんでもないことを口にしてしまった。
人狼に好意を持たれるなんて、恐ろしいかもしれない。
この人に、嫌われたくない。
ゴーシュの顔が、強張ってひきつる。
しかし、愛子の反応は違った。
ほほを紅潮させ、目を潤ませて、そして。
あふれるように好意の香りがこぼれだした。
ゆっくりと、愛子の顔がやわらいで、そして微笑みになる。
喜びに満ちた優しい笑顔に。
この時点で、ゴーシュは気がついておくべきだった。
同性に恋情を抱く人の存在に。
人の二十歳は、子供の〝だーいすき〟が通用する年齢ではないと。
「……私も、ガイルさんが好きです」
「ほ、本当ですかっ!!」
無邪気に浮かれるゴーシュは、思春期真っ只中。
まだ恋を知らない人狼、三十歳、童貞。
ゴーシュを見上げる愛子の瞳が、恋の色を灯していると気が付かない辺り、のんきでもあった。
◆
本社勤務に戻ったゴーシュだが、支社に勤務していた時よりも自由時間は増えた。
社長と専務の泉が、ゴーシュの勤務時間を減らしたのだ。
まだ前科二犯で失われた信用は回復できていない。
本社での勤務は長いため、ストレスを溜め込むことはない!、というゴーシュの訴えは却下されて、リフレッシュ休暇の取得を強制されてしまった。
出向していた間の有給を使いなさい、という指示が出た。
突然、十日前後の休暇を得た。
そんなこんなで特に何も考えずに、いつものぼっちキャンプしようかな、と準備をしていたところに、愛子から連絡が来た。
ゴーシュは、愛子に本社勤務に戻ったと伝えていないと気がつく。
今も支社のある市に、住居を構えていると思っているのだろう。
せっかくだからゆっくり話したい。
カフェで白湯を飲む間だけでなく、もっと。
友人と一緒に過ごすのは楽しいだろう。
ただの思いつきだった。
良い思いつきだと思った。
ゴーシュが狼の姿で眠れば、シュラフを愛子に貸せる。
普段使っているのは、中古で買った一人用テントだけれど、二人でも眠れないことはない。
すごく狭いけれど。
今後も二人で行くなら、新品で二人用テントを買っても良い。
「テントでキャンプですか、行ったことないです」
「雨具と防寒具が用意できるなら、あとはあるから、金曜の夜から二連泊で日曜に帰る予定なんだけど、どうかな?」
「それなら、ぜひ」
パジャマパーティしようよ、くらいの軽いノリの提案から、とんとん拍子に話が進んで、愛子と二人キャンプが決定した。
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