【R18】灰色人狼は愛子を腕に抱く

Cleyera

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2 一匹狼はつがう

02 友情……?

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 ゴーシュが殴り飛ばした時の感覚通り、愛子は左腕の骨を折っていた。
 全身の打撲も当然のようにある。

 けれど、ゴーシュを傷害で訴えなかった。
 愛子直々に、保護者への説得も終わっていると言う。

 社長が人を送ってくれたので、問題なく治療できたらしい。

 愛子の完治までの治療費や、他にも必要な金銭はゴーシュが払う、と社長に伝えてあるので、手続きはしてくれているはずだ。

 人狼であるゴーシュは、金銭に執着しないので、意図せずにされた貯金がある。
 某美国のように、治療費の支払いで破産するなんてことはないはずだ。



 ゴーシュ自身は、某医学大学付属病院に入院していた。

 過去の入院で、ここでは人狼だと知られている。
 円形脱毛症の時も、最終的にはこの病院経由で専門科にかかった。

 退院は、地元の病院に入院した愛子の方が早かった。
 今はリハビリに通っているらしい。

 ゴーシュの退院が遅れたのは、不死原フジワラ家との交渉に出向いたからなのは、言うまでもない。

 退院後の経過観察期間を経て、全ての検査をパスしたゴーシュは、やっと愛子と会う約束をした。
 一度消した連絡先を、再び登録できた喜びをかみしめる。

「前にお会いしたカフェで待ってます」
「分かった」

 電話口の愛子の声は、前と変わらなくて。
 うまく返事ができなかったけれど、期待してしまった。

 初めての友人を得られるのではないかと。

 入院している間に、支社近くで借りていた、短期契約賃貸は解約してもらっていたが、距離があることは問題にならなかった。

 当日の朝。
 県をまたいで一時間、高速道路を車で飛ばす。

 報告を終えて支社へ戻る時は、憂鬱で仕方なかった同じ道のりが、不思議と晴れ渡って澄みきっている。



 途中で休憩を挟んでも、そわそわが止まらない。
 高速道路を降りたゴーシュは、なにかに急かされるように進んだ。

 待ち合わせのカフェに到着すれば、約束の時間には早いのに、愛子が席に座っていた。

 手元には、リングとじのノートのような冊子を持っている。
 飲みかけのコーヒーカップと鉛筆が机の上に転がっているので、かなり長くここにいたのかもしれない。

 待たせてしまったか、と慌ててゴーシュは駆け寄った。

「愛子さんっ」
「こんにちはガイルさん」

 愛子はゴーシュの格好を上から下まで見て、にこり、と笑みをこぼした。
 それを見て力が抜けてしまい、同時に安堵した。

 本当は怖かった。
 怯えられたらどうしよう。
 逃げられたら悲しい。

 けれど。

「申し訳ありませんでした!」

 気持ちを言葉にして伝えられるほど、ゴーシュは器用ではない。
 表情だって動かせない。

 だから、腰を折った。
 許して欲しいと願って。

「……」
「謝罪をする機会を与えていただき、ありがとうございます!」

 挨拶に謝罪を返したのに、愛子は返事をしなかった。
 これで駄目なら、土下座でもなんでもしよう!、と再び口を開いたゴーシュを見ている愛子は、恐れの感情を漂わせはしなかった。

「ガイルさん、飛び出した私がいけなかったんですよ」
「それは違います!」
「……ガイルさん、もう、お体は大丈夫ですか?」
「はい、愛子さんは大丈夫でしょうか?」
「ガイルさん」
「はい!」
「どうして敬語なんですか?」
「……」

 他の人がいる前では、ゴーシュは丁寧に話すようにしていた。
 大学でモデルを受けた時も。

 けれど、愛子と電話口で話す時は違った。
 初めの出会いのせいで、砕けた口調になってしまっていた。

 これまでゴーシュの口調が変わるのは、社長だけだった。
 驚くと共に、初めから愛子に何かを感じたと知った。

 ゴーシュ自身が好意を持ったから、自慰のおかずにできたのだ。

 気が付いてしまえば申し訳なくて。
 嬉しくて。
 どう謝ったら良いのか、うまく言葉にできなくて。

 気持ちも感情も外に出せなくて。
 悪いことをしてしまったと思う気持ちと、相反する嬉しい気持ちに蓋をしようとしたら、どうしてもぎこちなくなってしまう。

 気持ちを口にできるはずもなくて、ゴーシュはほとんど無表情のまま、口元をへの字にした。

「ガイルさん?」

 心配そうに見上げられて、ゆらりと立ち登った香りに、目眩がする。
 好意の香り。

 初めてこのカフェで会った時から変わらない。
 柔らかな香り。
 発情されている。
 人の男性に。

 どういう意図の好意なのかまでは分からない。
 いいや、発情に繋がる好意なんて、たった一つだろう。

「愛子さんは、怖くないんですか?」
「なにがでしょう?」

 唐突な質問に、真面目な表情で答えてくれる。
 裕壬の言葉に鼓動が高まる。
 嬉しい。

 ゴーシュは知った。

 この人に、化け物扱いされないことが、おれは嬉しいのだと。
 以前に厄介な相手だと思ったことは訂正する。

 初対面から好意を示されて、仲良くなりたいと匂いでも言われて。
 戸惑ってしまったのだ。

 ゴーシュは、人狼としての生で初めての感情を覚えた。

 ずっとこの人に、好意を抱いてもらいたい。
 好きでいて欲しいと。

 セツに願った。

「愛子さんが好きだ」

 愛子の質問に全く答えることなく、ゴーシュは心のうちを言葉にしていた。
 幼い子供が好意を口にするのと、同じ気持ちで。

 〝友人になってください〟
 口に出すのは、恥ずかしいと思った。
 友人というのは、望んでなるものではない、と誰かに聞いたことがあったから。

 ゴーシュの中では、社長が好き、ミナモトさんは結構好き、愛子もかなり好き。
 その程度の軽さだった。

 会話が全く噛み合っていないのに、二人の視線はお互いをしっかりと捉えている。

 七分袖のラグランスリーブシャツの下で、ゴーシュの心臓が音を早くする。
 離れていても聞こえてしまいそうだ。

 とんでもないことを口にしてしまった。
 人狼に好意を持たれるなんて、恐ろしいかもしれない。
 この人に、嫌われたくない。

 ゴーシュの顔が、強張ってひきつる。

 しかし、愛子の反応は違った。
 ほほを紅潮させ、目を潤ませて、そして。

 あふれるように好意の香りがこぼれだした。

 ゆっくりと、愛子の顔がやわらいで、そして微笑みになる。
 喜びに満ちた優しい笑顔に。

 この時点で、ゴーシュは気がついておくべきだった。

 同性に恋情を抱く人の存在に。
 人の二十歳は、子供の〝だーいすき〟が通用する年齢ではないと。

「……私も、ガイルさんが好きです」
「ほ、本当ですかっ!!」

 無邪気に浮かれるゴーシュは、思春期真っ只中。
 まだ恋を知らない人狼、三十歳、童貞。

 ゴーシュを見上げる愛子の瞳が、恋の色を灯していると気が付かない辺り、のんきでもあった。





   ◆





 本社勤務に戻ったゴーシュだが、支社に勤務していた時よりも自由時間は増えた。

 社長と専務の泉が、ゴーシュの勤務時間を減らしたのだ。
 まだ前科二犯二度も血を吐いたので失われた信用は回復できていない。

 本社での勤務は長いため、ストレスを溜め込むことはない!、というゴーシュの訴えは却下されて、リフレッシュ休暇の取得を強制されてしまった。
 出向していた間の有給を使いなさい、という指示が出た。

 突然、十日前後の休暇を得た。
 そんなこんなで特に何も考えずに、いつものぼっちキャンプしようかな、と準備をしていたところに、愛子から連絡が来た。

 ゴーシュは、愛子に本社勤務に戻ったと伝えていないと気がつく。
 今も支社のある市に、住居を構えていると思っているのだろう。

 せっかくだからゆっくり話したい。
 カフェで白湯を飲む間だけでなく、もっと。
 友人と一緒に過ごすのは楽しいだろう。

 ただの思いつきだった。
 良い思いつきだと思った。

 ゴーシュが狼の姿で眠れば、シュラフを愛子に貸せる。
 普段使っているのは、中古で買った一人用テントだけれど、二人でも眠れないことはない。
 すごく狭いけれど。

 今後も二人で行くなら、新品で二人用テントを買っても良い。

「テントでキャンプですか、行ったことないです」
「雨具と防寒具が用意できるなら、あとはあるから、金曜の夜から二連泊で日曜に帰る予定なんだけど、どうかな?」
「それなら、ぜひ」

 パジャマパーティしようよ、くらいの軽いノリの提案から、とんとん拍子に話が進んで、愛子と二人キャンプが決定した。

 
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