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本編

26 兄の優しさにひたるおれ ※

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 兄はおれがわがままを言ったのに、怒っていないようだ。
 それどころか、いつも以上に優しい声で話しかけてくれる。

「スノシティは何も悪いことなんてしてないよ。
 謝らなくて良いから」

 兄が優しく背中をぽんぽんしてくれるから、おれはつい口を滑らせてしまった。

「お腹痛くなるの、毒食べた時みたいで嫌い」
「……いつ、どこで毒を?」

 兄の声が、震えた。

「ひ、ひみつっ」

 しまった、言うつもり無かったのに。

 兄に言えない秘密を抱えているのは辛い。
 でも、おれが首を落とされたら兄が両親を殺して自殺した、なんて言えない。
 なぜそんなことをしたのか、聞くこともできない。

 おれが処刑された記憶は、おれだけが持っているもの。
 どうして処刑されたはずなのに、もう一度二歳から人生をやり直しているのか、おれ自身にも分からない。

 生まれていない、名を持たない第二王子が十六歳の誕生日当日に、非公式に処刑された。
 そんな事実は、ないのだ。

 今のおれは十五歳。
 処刑の事実がないのに「処刑された」なんて口にしたら、頭がおかしいとしか思われないだろう。

 おれが二歳に戻ってから十三年。

 時々、処刑されたことが、夢だったのかと思ってしまう。
 もう当時の事が、おぼろげにしか思い出せない。
 本当にあったことなのか、夢や幻だったのか。
 現実だと、思い込んでいるだけかも。

 でもあれは間違いなく起きたことだ。
 おれの記憶しか、それを証明できるものはないけれど。

 忘れていくのではない。
 今の幸せな日々で、苦痛の記憶を上書きしている。
 そんな感じだ。

 だから、上書きされていない記憶を、唐突に思い出してしまうことがある。
 過去の苦痛に囚われてしまうことがある。

 幸せに浸って生きていきたい。
 でもそれじゃきっと駄目なんだ。
 きっと、思い出してしまうのは、愚かなおれへの警告だ。

 兄を守るために、おれは戻ってきた。
 それを忘れるなっていう、過去のおれからの警告。

「わかった、聞かないよ」
「うん」

 ごめんなさい、と言いそうになって、口篭る。
 兄におれが処刑されたことを伝えないのは、きっと悪いことではないから。
 謝ってはいけない、気がする。

 兄に心配させたくない。
 でも、言わないのは兄に嘘をついてるのと同じで。
 言うと兄が心配する。
 心配させたくないから言わない、でも。

 まるで、延々と終わらないばばぬきみたいな悩みに、ため息がこぼれた。



  ◆



 結局のところ。
 おれがごねたことで、尻の中を洗わなくてよくなった。
 その代わり、毎回、魔術薬を尻に入れることになった。
 腹が痛くなることはないけれど、中がきれいになるそうだ。

 まじゅつ?
 尻の中をきれいにする意味は?
 なぜ初めからこれを使ってくれなかったんだ。
 というのがおれの意見。

 魔術ってなに、と聞いたおれに、兄が驚いた顔をした。
 そして目の前で手を広げると、ぽわん、とふんわり優しい光の球を、何もないところに出した。

 兄の笑顔みたいに優しい光が、突然目の前にあらわれて。

「ふびゃあっ!?」

 驚いたおれはそのまま後ろに転がり、でんぐり返ってしまう。

「見せたこと、なかったかな?」
「うん!」

 目を丸くしたまま転がっているおれを、上から笑顔で覗きこんでくる兄。
 現在、おれの体重は兄の三倍になっていて、起こしてもらうのは無理だ。
 鋭い鉤爪を握ってもらって、引っ張り起こしてもらうのは、もっと無理だ。

 転がったまま、おれも魔術が使えるのかな、とわくわくした直後に「獣人は魔術を使えないようだよ」と言われた。

「へっぶぅ!?」
「ぶふっ、なにそれ、その声はどこから出てるのスノシティ?」

 がーん。
 そんなー。
 あまりにも短すぎる憧れだった。
 一瞬だよ。

 言葉にしなくても理解してくれる、兄の機転が効いて優しいところ大好きだけどさー。
 もうちょっとだけ、夢見たかったなー。

 兄の前に立ちはだかって、分厚い毛皮に覆われている全身が、ぴかーっ、とまぶしく光ったら、絶対におれの格好良さにびっくりして逃げ出すのにー。

 暗殺者対策に最高だと思ったのに。
 兄を格好良く守れるのに。
 しょんぼり。

「おれ、魔術使えないの?」
「そうだね、この本を取り寄せてみたんだけど、読んでみる?」

 見せてもらった、とんでもなく分厚い本は……読めなかった。
 図解もいっぱい入っているけれど、これ、どこの文字?

「医学書だよ」

 感心すると同時に、兄の優しさを感じた。

 この国の王子は兄一人だ。
 公式の王族は、前国王夫妻と兄のみ。

 国王が病気療養で玉座を下りれば、兄が国王になるしかない。

 国王がいろんな意味でいなくなって、これまで動けなかった兄は出来ることが増えたそうだ。
 でもそれで、さっそくしたことが、獣人各種の医学書の取り寄せというあたりが、兄の優しさの証明だと思う。

 そして言語が違うというのに、すでにそれらを熟読したらしい兄が言うには、おれは自分の身体能力を高める魔術もどきを、生まれつき使っている可能性が高いらしい。
 ほとんどの獣人がそうだから、と書いてある……らしい。

 そうか、おれの力が無駄に強いのは、謎魔術を上乗せしてるからだったのか。
 納得した。

「さあ、スノシティ、もういいよ」
「う、うん」

 現実逃避は終わりだ。
 魔術薬がしっかりと馴染んだら、尻を洗わなくて良い。

 そして今日が、初めての魔術薬で尻をきれいにしたお試しの日。

 入れる前に尻の入り口を棒でむにむにされて、細い筒のようなもので中に液体を注がれた。
 そして、ひょうたんのような形をした栓をはめられた。

 変だと感じたらすぐに伝えることを約束して、薬が馴染むまでお利口に待っていたのだ。
 大量に液体を入れられたのに、腹が痛くないことに安堵しながら。

「見せてね」

 兄の言葉に逆らえるはずがない。
 マットを引いた床にうつ伏せになって、尻を上げる。

「うっひぇっ」
「ぐふっ」

 栓を引き抜かれる感触。
 おれの声を聞いた兄が笑う声。
 ぬる、と細いものが穴に触れた。

 くに、くに、と尻の穴をこねられる感覚が、気持ちよくて口が開いてしまう。
 理由は知らないのに、懐かしいような嬉しいような感触だ。

「ふぁ……ふゃあ……へゅうっ……」
「くふ、くふふっ、スノシティはいつも可愛いなあ」

 口が閉じられなくて変な声を垂れ流しているおれに、兄は優しすぎる。
 ちんこには筒をはめてもらって、その先には子種をためておく革袋がくっついている。

 むずむずの時期は、子種の量がおかしかった。
 出しても出しても止まらなかった。

 これまであんな風になったことがないから、ちんこが壊れたよーと怖くなったけれど、落ち着いたら子種の量は元に戻った。
 それでも袋がついているのは、クッションや絨毯を汚さないためだろう。

 むずむずの頃に温室で使っていた絨毯やクッションは、全部丸洗いしてもシミや変色が残ってしまって、処分するしかなくなったらしい。
 王族だから、汚いものを使うのは駄目だって。

 兄がおれのために用意してくれた絨毯やクッションを捨てる。
 精通した時に丸パンツをこっそり埋めようとして、胸を痛めた記憶が蘇って泣いてしまった。

「頑張ろうね、スノシティ」
「ふゃんっ」

 うん、おれ頑張るから!

 宣言すると、兄が手を動かすのを感じた。
 尻の穴をこねていた棒が、つぽつぽと水音を立てて、少しだけ穴を押し広げてくる。
 浅く中に入ってきて、くにくにと穴を上下左右にこねられた。

 ふぇあ、気持ちいい。

「うん、きれいになっているようだ、良かった。
 痛かったり苦しいことはない?」
「ふゅんっ」

 あごをぺったりと床にくっつけているから、うまく話せない。
 それでも通じるのが、兄のすごいところだ。

「続きをしても良いかな」
「ふぁんっ」
「くふふふ、ああもう、可愛いなあ」

 ぐにぐに、と穴を広げられる感覚に声が出る。
 中に入ってきた棒がいつもの痺れる場所を押して、いつものようにおかしな声が出る。

「ぎゅふぅうううっっ!」
「ぐふっ、くふふ、ふふふっ」

 兄の心底楽しそうな笑い声を背中に浴びながら、おれは揺れそうになる腰をおさえることに必死になっていた。

 
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