はぐれ者達の英雄譚

ゆるらりら

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第一部 一章 転移編

恋する乙女と魔獣達。

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時はさかのぼって2日前。傷付いた邪神四天王を邪神の側近が救出した後のお話__



「やっと着きましたか……」
「やっぱここは落ち着くな!」
体を伸ばしながら魔族領の空気を楽しんでいた俺、グロティアルは、丁度梨花に斬られた箇所……腹に激痛が走り、うっ…と呻きながらうずくまる事となった。
夜も明けきらない頃に帰ってきたせいで眠気があったのだがこの痛みで目が覚めた。
「全く……妖術で応急書処置したとはいえ、完治はしていないんですから…」
「へーいへい、治療室行きますよ」
報告よりも治療が優先、とうるさく言われてしまって、言い返せなかった俺はレーシャに支えられながら治療室に向かった。
「ハルトさーん、すんませーん」
ドアの先にある小部屋を覗きながら声を掛けると、長い白髪を後ろで纏め、髪と同じ色の目を持つ、白衣を着た女性が呆れた様な声を出した。
「ん?また君かね。全く君は……怪我をしないと言う選択肢を探し給え」
「それは無理」
「そもそも、私の名前はハルスフィアルトだ。その男みたいな名前で呼ばないで貰いたいのだが」
俺はハルスフィアルト何て長い名前を言うのが有り得ない程面倒臭いと言う理由でハルトさんと呼んでいる。実は、四天王の俺と邪神の側近であるレーシャより地位が高い。噂によると、邪神城創世記からの幹部らしいが、普通に接しやすい人だ。攻撃では無く治癒方面に長けていて、怪我をしたら基本ここに来るのが常識の様な物になっている。正直俺より男らしい気がするのは秘密だ。
「今回はそれなりに大きい怪我をしていて……応急処置程度しかしてませんが、治癒妖術は掛けました」
「了解した。では、治療が終わるまで外の椅子で待っていろ。10分程掛かるから……邪神様に報告に行くのもありだが」
「では報告に行きます。10分位経ったら戻りますので…」
「ん、りょーかい。それじゃなー」
レーシャは軽く会釈して去って行った。親友が居なくなったと同時に今まで我慢していた痛みが込み上げてきて、小さく唸った。
「君は少し自分の体の事を考えた方が良いと思うのだが?」
「ハルトさん……心配してくれてんの?」
「そんな訳無いだろう」
診察をしていた途中のハルトさんにそう声を掛けると何気に酷い事を言われて傷をつつかれた。
「いっ………!」
「この感じなら相当我慢していたんだろう?」
レーシャあいつには……出来れば心配掛けたく無いからな。普段から心配掛けてる様なもんだし」
にやけ顔で言われた言葉に多少照れながら答える。俺の無茶は日常茶飯事レベルで、いつも俺の体の事を考えてくれるし良い奴だ。
「そうか。……では、治療を始める 」
ハルトさんは机の上にある妖術書を手に取って、高位治癒妖術が書かれているページを開いた。
「妖術書第三十条一行。高位治癒妖術起動」
詠唱が終わってハルトさんが傷を負った部分に手をかざすと、たちまち傷が塞がって痛みが引いた。
「やっぱハルトさんってすげーな…。これ、以外と深めの傷だったんだけど」
「私が何かした訳では無いさ。私がやって行けるのは母がのこしてくれたこの妖術書があるからだ。これが無かったらここには居られないよ」
「でも、それって扱い難しいんだろ?ならすげーって!」
にっと笑いながら言うと、ハルトさんは一瞬いつもの飄々とした表情から、赤い顔になったが、咳払いをしていつもの表情に戻った。
「ま、まあそろそろレイシャロットも戻って来るだろう。そこの椅子に座って待っていろ」
「ん、ありがと」
椅子に座って少しぼーっとしていると、暖かい診察室の空気が気持ち良くて段々眠気が襲って来る。そして、そのまま俺は寝てしまった。



『でも、それって扱い難しいんだろ?ならすげーって!』
顔から熱が消えない。ついさっき傷を診ていたカーテンの外にある椅子にグロティアルは座らせているからこの顔の熱はバレない………と思う。
私、ハルスフィアルトは顔を手で覆いながら顔を赤くしていた。
「急に……あんな顔されたら破壊力高すぎるよ……」
普段はこんな女らしい喋り方は出ないのだが、やはりに褒められると気分が高揚してしまう。
そんな事を思いながら静かに悶絶していると規則正しい呼吸音が聞こえて来た。
「すー……すー……」
「寝ている……のか?」
カーテンの外を覗いてみるとグロティアルは座りながら俯いて寝ていた。
……今、なら近付いても良いよね。
椅子に近付いて顔を覗き込むと、意外と寝顔は可愛かった。
「君は…寝顔だけは可愛いのだな」
自分でも知らない内に近距離まで近付いていて、顔が凄く近くに近付く、と言う所でドアが開いた。
「すいません、ハルスフィアルトさん。ロティアを迎えに来たのですが…」
突然の事で驚いて、慌てて飛び退く様な形になったが、レイシャロットには見つからなかっただろう。いつも通りの私に戻って、対応する。



ハルトさんがレーシャと話し始めて、俺はようやく息をついた。
俺、グロティアルはハルトさんがこっちに近付いた段階から実は起きていたのだが、何だか起きている事を明かしたら殺され兼ねない__ハルトさんには強力な攻撃手段は無いのだが__と思い、寝ているフリを貫き通していた。
だが、俺も男だ。ハルトさんレベルの美女が急接近してきたら普通ビビる。しかも、今日はやたらと女らしい感じだった。
「ロティア、行きますよ。こんな所で寝腐ってハルスフィアルトさんに迷惑が掛かったらどうするんですか」
レーシャが俺の頬をぺしぺし叩いて来る。まあ、実際そこまでの力は篭ってないし痛くは無いのだが。
「んー…」
一応寝起きっぽい反応をして起きていた事を隠す。
「おはよー……」
「早く立って下さい」
「よっこらせっと」
大きく伸びをしながら立ち上がる。傷があった時は痛みで悶絶した物だが、本当に完治したらしく、全く痛くない。
「行くか。ありがとうな、ハルトさん!」
「礼には及ばない。これが私の仕事だからな」
手を振りながら診察室を出て、レーシャと一緒に歩く。そのまま暫く、長い廊下を歩いていると名案を思い付いた。
「なあ、レーシャ。今日酒飲まないか?明日どうせ休みだし。お前も明日休みって言ってたしな」
「そうですね……簡単な物なら作れます。酒の方は……ありますか?」
実はこいつ、結構料理が得意なのだ。普段の飯は自炊しているらしいし、時々飯を作りに来てくれる事もある。家庭的な料理からスイーツ、ホテルの飯の様な絶品を作る事も出来る。本当、忙しい仕事の中にどうやって余裕を作っているんだ、こいつは。
「確か、葡萄ぶどうの果実酒があった筈だ」
「分かりました。では、先に作って待っています」
「おう、じゃあな」
丁度部屋の前まで来ていた事もあって、軽く約束をしてから部屋に戻る。堅苦しい制服からさっさと私服に着替えて、棚にしまってある果実酒を取り出す。そのまま部屋を出て、レーシャの部屋に向かう。近付けば近付く程今あいつが作っているであろう料理の匂いが漂って来て、激闘で疲れた俺の胃を刺激する。
そのまま少し歩いてから、レーシャの部屋に着いて、ドア横のベルを鳴らした。
「はい、今出ます」
がちゃりとドアが開く音がして、レーシャが顔を出した。
「よっ。来たぜ」
どうやら、制服から私服に着替えたいと言う意思は同じだった様で、いつものコンタクトレンズから眼鏡に変えている。本人曰く、コンタクトは疲れるらしい。
「直ぐに作れる物の方が良かったので妖猪マジックボアを焼いただけですが」
「そんくらいで良いよ、別に。俺が急に言い出したんだから」
「そうですか。まあ、立ち話もなんですし入ってください」
靴を脱いで居間の方に入る。丁度居間に入った所で、何かが俺の胸に飛び込んできた。
「ワン!」
「お、相変わらず元気だな!」
飛び込んできたのは犬だった。レーシャが飼っている訳では無いのだが、長らくこの部屋に居るせいか、俺にも懐き、こうして偶に遊びに来ると毎回飛び付いてくる。
そして、この犬を皮切りに狐や鳥、ドラゴンの子供などが一斉にじゃれついてきて、俺は床に押し倒される形になった。
「ははは、そんな来られても困るって!」
「ほら、ロティアが困っているでしょう?一度離れなさい」
全員、不満そうな鳴き声を出して離れて行った。俺としては久しぶりに遊べて楽しかったのだが。
「ん、そういえば蜥蜴とかげは引き取り手見つかったのか?」
「ええ、私の部下が丁度使い魔が欲しかったらしいので引き取ってもらいました」
そう、こいつは人の領地に偵察に行く時、毎回群れから外れている魔獣__使い魔に出来る、魔物に近い存在だ__を連れて帰って来て、魔族に引き取り手が居ないか探しているのだ。
「そっか。まあ、蜥蜴とかげ一匹減った所でそこまで変わらないけどな」
俺たち幹部級になるとそこそこ部屋は広いのだが、こいつの部屋の殆どが魔獣で埋め尽くされている。
「引き取り手も、中々見つからないんですよ…」
「そーなんだよな…」
俺も、最初は人間に売りつければ良いと提案したのだが、人間が使い魔にする魔獣は猫系が基本らしい。どうやら、汎用性が高く、従えやすい魔獣だから、と言う理由らしい。あまり面子メンツが変わらないせいで、最早俺までもが全員の姿を覚えていた。
「主様、張り紙等をしてみてはどうでしょう?」
「あ……フェオン。確かに、その手は思いつきませんでしたね」
フェオンと言うのはこいつの使い魔のふくろうだ。雰囲気は老執事って感じで、風吹ストーム属性エレメントらしい。フェオンには俺達魔族の様な姿と、梟としての姿があるのだが、今日は後者の様だ。
「では、事務作業のついでに作っておきますか」
「お前な……。事務長と側近大変じゃねーのかよ。時々討伐任務任されるんだろ?」
「大変ですけど……仕事は似てますし、楽しいですから。討伐任務も敵を片付けるって意味では一緒ですし」
俺が肩を竦めて言うと、さも当然と言う風に返された。
……普通の奴は疲労で倒れるっての。
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