初恋奇譚

七々虹海

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二人の始まり

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 そんな時でした。学級のお金が消えたのは。

 学級のお金というのは、一月(ひとつき)に一度、学校に納めるお金を集め、僕と正一くんで先生方の部屋に持ってゆくのです。厠へ立ったほんの寸分の出来事でした。正一くんが見ていてくれたはずなのに、その寸分で何が起きたのでしょう。
 僕の頭は混乱しました。この出来事を先生に伝えるべきか。否。解決して何もなかった事にした方が信頼を失わないでしょう。正一くんはごめんなさいごめんなさいと頻りに僕に謝ってきました。

 「正一くん。みんなを集めよう」
僕と正一くんで学級の者を集め、僕が教壇に立ち、みんなに問いました。一瞬の過ちだろうし退っ引きならない事情があるに違いない。事情があるのなら、僕も力になる、学級の仲間も力になってくれるはずだ、そのお金は出して、僕たちに相談してはくれまいか。
 熱心にこのような内容で訴え続けると、彼は自ら名乗り出てくれました。(彼の事を考え名前は明かしません)

 一家であまり裕福ではない暮らしをしていたところに、父も職を失い困ってどうしようもなく盗んだものの、いけない事をしてしまったと1人震えていたらしい。
「よくぞ言ってくれたね、職の事は父に相談すれば何とかなると思う。みんなも、今日のことはなかったことにしよう。○○くんは家族思いの、僕たちの学級の仲間だ」
 
 正一くんと二人、お金の入った袋を持ち、先生方の部屋に向かいました。
 途中、正一くんの両手を包まれ、驚きで袋を落としそうになりました。
「清一くん、ありがとう。お金の問題なので怖かった。君を好きになった僕の目は間違いなかったね」
正一くんの手は震えていました。記憶の通りふっくらとして、掌はマメのある手でした。
「ごめんね、気持ちが昂ってしまって、打ち明けるつもりのなかった気持ちが出てしまった。忘れてくれないかな?」
好き。その言葉は、ずっと僕が正一くんに対して抱いていた気持ちにしっくりくるなと思いました。
 離れていこうとした手を掴みかえし「僕も同じ気持ちだ」と伝えました。
 自分の中の正一くんに触れたい気持ちがすぅっとすっきりした気持ちでした。

 正一くんはあの目になって、恥ずかしそうに笑っていました。
「実は清一くんは僕が会った事のない初恋の人に似ていてね。初対面の時から気になっていたんだ。覚えてるかい?僕が帽子を拾った時の事」
「もちろん覚えているとも。会ったことない…というのは、その人は俳優さんとか有名な人なのかい?」 
「有名ではないけど、そのようなものだよ」
ふふっ。いたずらっぽく正一くんが笑う姿はまだ幼く、今触れあってる部分に感じる掌のマメが大層アンバランスで、そこがまた僕をドキドキさせるのでした。
 
「お互い結婚して跡継ぎを作らなきゃならぬ身。それまでの短い間と分かってはいるけれど、僕といてくれませんか?」
正一くんが頷いた時、窓も閉まっているはずの廊下に春の風が吹いた気がしました。
 これは、父にも母にも話せぬ秘密の、初めての恋なのです。

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