初恋奇譚

七々虹海

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奇妙な手紙

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 あれは、卒業に向けての試験が行われる一週間ほど前からの出来事でした。
 ちょうど世間は明智先生という名探偵の出現に大騒ぎしていた頃。卒業試験に向け僕たちは一緒に帰らずに、学校から各々真っ直ぐ家に帰るようでした。親達からそう言われていたからです。

 学校から帰宅し、郵便受けを見るのは自然と習慣になっていました。

 その日も、特に自分にはないだろうと無意識に思いながらもいつも通りの作業として木の取っ手を引いたのです。
 中には、竹久清一様と書かれた差出人空白の封筒が入っていました。大変珍しい事です。なぜ慌てたのかは分かりません。
 なぜかその時は親に見せずに部屋に持ち帰ろうという気になり、学生カバンに急いでしまい「ただいま帰りました」と一言発しすぐに自室に入ったのです。

 ドキドキしました。本当にあの時の事はよく思い出すのですが、なぜドキドキしながら封を開けたのかは思い出せないのです。
 自分の所へも明智先生が来てくれるかもしれないと感じていたのかもしれません。中には便箋が一枚。


『竹久清一様

突然のお手紙をお許しください。
ただ一言だけお伝えしたく、筆をとった次第です。

お慕い申しております。

ただこれだけ伝えたかったのです。

あなた様が卒業を控えた大事な身であるのは分かっております。

お邪魔するつもりはありません。
単なる自己満足でお伝えしたかっただけなのです。
失礼致します。』


 それは、奇妙な文字でした。筆で書いたという割には角ばっており、なにか線引きを使って書いたのではないかと思われました。
 ゆっくり読んで、自分には正一くんがいるというのに胸が高鳴ってしまったことを覚えています。こんな名無しの手紙で一言だけ伝えたかったとは、なんと奥ゆかしい人なのでしょう。手紙は元の通りに丁寧に畳み、机の引き出しの奥底にそぉっとしまいました。

 次の日も同じ宛名で封筒が入っていました。差出人は同じ方でしょう。また文面も同じでしょうか。その場で開いてしまいたい気持ちを抑えて自室へ急ぎます。
 中には『気持ちです』の一言と小さな物体が数個入っておりました。恐る恐る触って数えてみると5つ。切った爪でした。5つということは片手分なのでしょうか。
 片手…そう考えると、もしかしてまた送られてくるやもしれないいう気持ちになって、少しだけゾッとしました。ゾッとした反面、明日が楽しみです。


 
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