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第3章 back to school 青春の甘い楽園

第37話 魅惑のバニーガール

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    その後、自信をつけた玲奈はメキメキと腕を上げて、探偵として成長していった。元秘書という経歴で鍛えられた交渉力・観察力、時にはぶりっ子をして懐に潜り込む強かさを、探偵業でも遺憾無く発揮している。ある日、所長に呼ばれた玲奈は、今度は雅文の下に着いて、一緒に捜査してみてはどうか、と薦められた。
「雅文さんと?」
「あぁ、彼は君より年下だが、冷静沈着で頭脳明晰。数々の案件を解決してきた。1度、一緒に捜査してみてはどうやろうか?」
「いいんですか!ありがとうございます!!」
玲奈は、雅文のデスクに近づき、挨拶をする。
「雅文さん、おはようございます!!」
「あぁ、おはよう。」
雅文は、冷蔵庫にストックしてあったミルクティーを取り出し、一口飲んだ。
 「雅文さん、ミルクティー好きなんですか?」
「あぁ、このミルクの優しい味わいと、紅茶の爽やかさが混じって、上品な風味がするんや。それが好きなんよ。」
「所長さんは、レモンティーをよく飲んでました。」
「君は飲み物で何が好きなん?」
「えっ、玲奈はコーヒーが好きです…。ベトナムコーヒーや、グァテマラコーヒーが好きで、他には生クリーム入ってるウィンナーコーヒーも絶品で…。それから…。」
「コーヒーか、幻のトアルコトラジャは1度飲んでみた方がええよ。」
「トアルコトラジャ…。」
雑談はこの辺にし、玲奈は雅文のやり方を見ながら、共に仕事をする。

    この日は美夜子が休み。所長と雫は捜査で外に出ている。午後は雅文と玲奈の2人きりとなった。午前中は、事務作業や過去のデータの整理をした。昼食後、依頼がいつ来てもいいように、準備をして待つ。14時に、誰かが事務所を尋ねてきた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「はい、こちらへどうぞ。」
元秘書というだけあり、玲奈はテキパキと依頼者を誘導し、席に着かせた。依頼者は30代の女性で、黒髪ショートで、紺のシャツに青いスカートという格好をし、ムッチリとして落ち着いた雰囲気がある。粗茶を出し、依頼を聞く。
「初めまして、私は中村探偵事務所の音無玲奈です。新人探偵ですが、よろしくお願いいたします。」
「皆川沙紀と申します。」
「今回はどういったご依頼でしょうか?」
雅文は、奥のデスクに座って、玲奈の様子を見守る。いつでも動けるように、メモ帳を用意して、依頼内容をしっかりとメモする。
「夫のことについてですが、浮気しているのではないのかと心配になりまして…。」
依頼人 皆川沙紀 36歳。ポートアイランドに住んでいる。彼女は専業主婦で、夫と2人暮らし。夫は神戸国際会館に勤める明朗快活なビジネスマン。
「何か思い当たる節は、ありますか?」
「1ヶ月前のことなんですが…。」
その日、夫は21時過ぎに帰宅。夕食は済ませてきた、と言い、シャワーを浴びた。彼女は夫の服を整理していると、あるお店の広告とそこに勤務している女の子の名刺が出てきた。お店のジャンルは、ガールズバー。何も如何わしくは無く、彼女も、そういうことに興味あるんだ、という風に解釈し、夫には何も訊かなかった。
「でも、気になったので依頼しました。」
「分かりました。浮気調査ということですね。」
依頼人から調査料5万をもらい、夫の写真を借りた。依頼人が帰った後、2人は調査計画を練った。
「神戸国際会館に、勤務しとるんか。まあまあ稼いどるな。」
「ポートアイランドに住んでいるから、結構なお金持ちやね。」
今回の案件は、浮気調査。ターゲットは、依頼人の夫。彼の勤務している神戸国際会館に張り込み、退勤してきたら、尾行するというもの。
「今夜は長くなりそうやな。」
「雅文さん、頑張りましょう。」
「君のことは、何て呼んだらええかな?」
突然の一言に、玲奈は赤面して俯いた。それから、上目遣いで口元に手を当てて、
「玲奈ちゃんって、呼んでください…。」
と、呟いた。
「分かった。これからよろしく、玲奈ちゃん。」
「はい!」
(玲奈ちゃん、って言ってくれた~!雅文さんの弟子として、頑張ります!)
所長に連絡し、事務所の戸締りをしてから、調査に出た。

 事務所を出て、阪急電鉄神戸三宮駅から南下し、大通りに出る。SOGOや神戸市役所のある通りを暫く歩くと、神戸国際会館に着いた。
「大きな建物やね。」
「色々、テナントや施設が中に入っとるからな。」
この周辺で、夕方になるまで張り込む。張り込みは、ただじっとターゲットを待つことで、探偵の仕事で最も地味で、忍耐力が求められる。梅雨のジメジメした時期で、じっとりと汗ばんでくる。ただただ車の走る音だけが響く。
「暑い…。」 
「大阪はもっと暑いですよ…。ビルばっかりでコンクリートジャングルやから…。」
待つこと2時間、夕陽が射してきた頃、ようやくターゲットが出てきた。
「あっ、やっと出てきた。」
「よし。玲奈ちゃん、行こうか!」
2人は気づかれないように、ターゲットの背後から尾行する。ターゲットはスーツ姿で、上はカッターシャツとネクタイである。阪急電鉄 神戸三宮駅方面へ北上し、三宮センタープラザに出る。退勤ラッシュの時間か、駅の前の横断歩道は多くの人が行き交っていた。人混みを避けながら、2人はターゲットを追う。ターゲットは駅には入らず、高架下をズンズン進んでいく。高架下は飲食店が建ち並び、雑多な雰囲気がある。阪急電鉄 神戸三宮駅西改札口方面は、大通りに出ると、サンキタ通りと呼ばれる通りがあり、生田ロードまでの道のりにも飲食店が軒を連ねる。信号で立ち止まった時に、雅文は依頼人の話に出てきたお店の存在に気づいた。
「確か、あのお店の名前「「Loft101」」って言うてたな。」
「はい、何やらガールズバーのようです。」
雅文はスマホで、店名を入力して検索する。
「玲奈ちゃん、これは中々大人の世界やで。」
「楽しみですね。」
生田ロードを北上すると、ターゲットは雑居ビルに入った。ホワイトローズタワーと呼ばれる雑居ビルで、ここの8階にある。2人は勘付かれないように、距離を置いて入った。

 ビルの8階に上がると、大人の世界の入り口のような雰囲気が漂う。
「どういう所か、気になりますね…。」
「まあ、入ってからのお楽しみや。」
「玲奈ちゃんは、秘書の頃にこういう所はよう行ってたん?」
「はい、接待などでキャバクラなんかは行きました。北新地は凄かったですよ。一晩で20万は飛びましたから…。」
「20万…。中国1周出来るやん…。」
雑談をしながら、緊張を紛らわして中に入る。店内は薄暗く、派手な音楽が流れていた。
「いらっしゃいませー。」
そこには、ピンク色のレオタードを着たバニーガールが居て、2人を出迎えた。バニーガールは女の子のコスプレの1つで、レオタードにウサギの耳の被り物、蝶ネクタイ、網タイツ、ハイヒールというセクシーなものである。ウサギは1年中発情している動物なので、バニーガールは「1年中発情している女」という暗喩でもある。バニーガールに案内され、2人はカウンター席に着いた。女の子は無料で、雅文は調査料からお金を出す。2人の目の前に、バニーガールが付く。
「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」
「ああ、ドリンクは烏龍茶で。フードはカプレーゼとサイコロステーキで。」
「私は、コーラとFreshFruitで。」
注文の品が来る間、2人はターゲットを観察する。ターゲットは何やらバニーガールと話をしている。
「やあ、ゆりあちゃん。今日もバニーガールの格好似合ってるね~!」
「ありがとうございます。お兄さんもダンディーですね~。」
このバニーガールの名はゆりあと言い、黒髪ショートの丸顔でムッチリとした身体つき、白いレオタードを着ている。ひょっとしたら、何か手がかりが掴めるのでは、と踏んだ雅文は、席を立ち、そっと彼女の背後に忍び寄り、お尻の尻尾に手を入れて盗聴器を仕掛けた。
「これで、2人の会話を録音できる。」
「ねえ、お兄さん。お兄さんは何のお仕事してるんですか?」
雅文の目の前に居る、青いレオタードで茶髪ショートのバニーガールが話しかけてきた。
「んっ?あぁ、私は探偵をしております。」
「探偵…。カッコいい~!」
そうしている間に、飲み物と料理が来た。
「さ、いただこうか。」
バニーガール達と乾杯し、飲み物を飲んだ。その中でも、雅文はしっかりとターゲットを監視する。健康志向の雅文は、カプレーゼからいただく。トマトの酸味とモッツァレラチーズの風味が相まって、絶妙なハーモニーを奏でる。
「お兄さん、食べさせてあげますね。」
そう言うと、バニーガールはステーキをフォークで刺して、雅文の口に運んだ。
「美味しいですか?」
「あぁ、ありがとう。君にもあげるね。」
お返しに、バニーガールにステーキを食べさせる。
「はい。あーん。」
「あーん🖤」
「美味しい?」
「はい。」
「いっぱい食べて大きくなってね。うさちゃん🖤」 
雅文はバニーガールの頭を撫でた。
(雅文さん、モテる男やな~。バニーちゃん、中々可愛いやん🖤)
その様子を見ている玲奈も、胸キュンした。
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