ANGRAECUM-Genuine

清杉悠樹

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 娘(エマ)の歩みのことなどお構いなしの父・バシリーの歩みについていくのが大変だった。痛みを感じる左足を必死に動かしなんとか舞踏会場へとたどり着いた時には息が上がっていた。
 そんな私を蔑む様に見た父は、そのことについては何も言わずただ低く告げた。
「お前は会場の後ろの壁際にいろ。勝手にうろつくな。いいな」
 そう言って知り合いの挨拶周りと、エマの夫となる予定の相手の所へと向かう為にその姿は人混みの中へと消えて行った。

 父がいなくなるとエマはやっと息が出来た気がした。ずっと緊張しっぱなしで舞踏会が始まる前だというのに疲れ切っていた。息が整うのを待ってから、ゆるゆると父に言われた通り会場の後ろへと移動した。
 足の痛みを逃がすために壁に背を預けると、ようやく周りを見渡す余裕が出てきた。
 さすが王宮で開催されるだけあって、見える限りのあらゆる物が煌びやかな装飾が施されている。天井からはシャンデリアがつりさげられており、壁には煌々と明かりが灯されている。マクレーン家でも夜には明かりを灯すがこんなに明るい室内は見たことが無い。
 広すぎる空間にいる着飾った人達の輝かしさにも目を奪われた。
 エマの周りにもいくらか人はいたが、一定の距離を開けられそこだけ小さな空間が広がっていた。

 ・・・気にしない。こうなることは分かっていたのだから。

 自分がどれだけ醜いかということを嫌と知っている。けど、分かっているからといって他人からの心が受ける痛いと感じる気持ちはけして小さなものではなかった。

 前方からは人が多くてその姿、形は見えないが、楽団が奏でる音楽が聞こえてくる。心地よい音色は何時までも聞いていたいと思わせる。目を閉じて聞けば、安穏の音色のあまり睡魔に襲われそうになって慌てて目を開けた。いくら疲労しているからと言って、こんなところで眠ってしまうことは許されないだろう。

 居心地が悪いのを我慢しながら立っていると、暫くして楽団の一度音が止んだ。それに合わせたようにして周りのがやがやとしていた話し声が止み、しんと静まった。
 そして誰かの声で今から祝賀行事が始まることが宣言され、再度音楽が鳴り響いた。曲調が変わり前方には開催者である王とその妃が静かに入場してきた。
 エマの所からは遠すぎて良くは見えなかったが、背が高いらしい王の髪が金色に輝いているのがちらりと見えた。
 王様の開会の挨拶が済むと、続いて舞踏披露が始まった。招待客全員が中央を開けたので、その様子はエマも見ることが出来た。
 黒の燕尾服のセラフィード・クレイヴ・フルメヴィーラ王と、臙脂(えんじ)色のドレスの正妃が曲に合わせ流れる動きで踊っている様はまるで一つの絵画のように精緻で完璧で、エマは曲が終わり2人の姿が見えなくなるまで瞬き一つすることを忘れていた。
 
 ・・・なんて綺麗。そしてなんて素敵なお二人。

 王様の絵姿を見たことがあったので、ある程度の要望は知っていたとはいえ、想像していた以上の凛々しさと精悍な顔立ちに、ぼうっと見惚れてしまう。
 王妃様は確か今年嫡男をお産みになったと聞いたのだけれど、清楚で透き通るような美貌とほっそりとした体つきはとてもお子をお産みになったとは思えない程だ。

 フルメヴィーラ王の遠くからでも輝いていて見えた髪は、動くたびに天井の明かりをうけて尚輝き、王妃の髪も同じく柔らかな金色をしている。宝石なのだろうか、髪に飾られている装飾に劣らずに眩しく見える。
 フルメヴィーラ王の碧眼の瞳は、薄浅葱色を持つ王妃の瞳へと優しく注がれ、互いに見つめ合いながら踊っている姿からは、互いを愛しく想っている、そんな気持ちまで溢れているように見えた。

 誰もがほうと見惚れていた国王夫妻の舞踏が終わると、後は無礼講となったようだ。
 華やかな色とりどり着飾った女性たちのドレスがくるくる動くさまは、壁際でぽつり見ていてるだけのエマの心も華やかで軽やかな気持ちにさせた。

 一般的に若い娘が白いドレスを着ているということは、社交界デビューを果たしたという事。周りにいた若い娘たちが異性からダンスの誘いを受ける中、エマだけは取り残されている。
 白いドレスを着た娘が1人ポツンと壁に立っていても、若い男性から何度も目を止められたとしてもエマの全身を見ると、一瞬にして痛ましげな表情をし、最初から気が付いていないかのようにして素知らぬ顔をされ姿を消していく。
 反対に女性達は目を見張った後、口元を扇で隠し眉を顰め、近くにいる人とひそひそ話し合う姿ばかりを目にした。

 早く帰りたい。

 どんな人かも分からない夫候補の方と会う為、帰ることが出来ないのは理解していたが、早く顔合わせをして帰ってしまいたかった。
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