【完結】声優女子、恋人を救うためＶＲゲームの勇者になる

第８話：シナリオ分岐

　ルウ攻略エピソードには、幾つか分岐がある。
　エピソード２では、通常プレイには出てこない「魔界からの暗殺者」が登場するよ。
　神殿での分岐は、主人公の台詞ではなく行動によって変化するシナリオだ。

　主人公の行動選択肢は３つ
　①暗殺者の攻撃に気付かない
　②飛んでくる黒炎の玉に気付き、ルウを庇う
　③暗殺者の存在に気付き、飛んでくる黒炎の玉を受け止めた後、反撃する

　①は、ルウに黒炎が当たって怪我をしてしまい、主人公がキスをして回復させる。
　②は、ルウは無事で主人公が負傷、ルウのキスで回復してもらう。

　私は、ルウが負傷する展開は嫌だった。
　ルウの中にはケイがいる。
　痛覚などを共有しているかは分からないけれど、ケイが苦しむ可能性はある。
　私は、ケイに苦しい思いをさせたくない。
　エピソード１では出会った時点で既に怪我をしていたので防げなかったけど。
　エピソード２ではルウを守る選択肢があったから、それを選ぶよ。

　私が選んだ行動選択肢は③。
　これは、成功・失敗で更に分岐があるの。

　主人公が初期ステータスだった場合は【失敗】。
　炎の玉を受け止めたまではいいけれど、黒炎に焼かれて瀕死の重傷を負う。
　暗殺者は強く、主人公はまだ何もレベル上げをしていないので、普通に戦ったら勝てない。
　この場合、暗殺に失敗した敵は逃げてしまい、後にまたルウの命を狙ってくる。

　でも、チュートリアルフィールドで激苦珈琲を飲んで「根性値」を上げておけば、負傷はするけど瀕死にはならない。
　さっき私がやったみたいに、炎の玉を受け止めて浄化して投げ返す反撃で、暗殺者を倒すことが可能になる。
　暗殺者はかなりレベルが高いけど、全力で放った魔法のダメージに光ダメージを上乗せされたら、さすがに耐えられなかったみたいだね。
　暗殺者を逃さずに済んだから、ルウが３度目の襲撃を受けることは無い。
　痛い思いをした甲斐があったよ。

「ヒロ！　なんて無茶をするんだ！」

　暗殺者が片付いた後、ぼーっと立っていた私にルウが慌てた様子で声をかけてくる。
　私はフリートークモードに切り替えた。

「ケイが怪我するのは嫌だったから」
「？！」

　私が振り返り、微笑んで答えると、ルウはハッとしたような顔で言葉を失くした。

　あ、しまった。
　ルウをケイと言い間違えた。
　ＡＩが何を言えばいいか分からなくなったのか、ルウが沈黙している。

「私はあなたが大切なの。あなたに怪我をさせるくらいなら、自分が痛い思いをした方がいい」

　私は言葉を続けた。
　黒炎に焼かれるのはめちゃくちゃ痛いけど、ケイが怪我をするのを見る方が辛い。
　私にとって彼は、何よりも大切な存在だから。
　彼の意識が入っているルウを、私は全力で守りたい。

「……」

　ルウが無言で私を抱き寄せて唇を重ねてくる。
　治癒の力を使ってくれるんだね。
　私は無抵抗でされるがままになり、ルウの接吻と身体に流れ込む天使の力を心地よく感じながら治療を受けた。
　天使長の力は素晴らしく、手や腕や胸は焼け焦げて悲惨な状態だったけど、すぐに完治してしまったよ。

　後ろから、四大天使たちの会話が聞こえてくる。

「暗殺者がこんなところまで入り込むとは……」
「警備を強化した方がいいな」
「さっきの奴はかなりの力を持っていたぞ」
「そんな奴の攻撃によく耐えられたな」
「しかも反撃するとは大したもんだ」
「彼女は一体何者だ？」

　そんな会話を聞きながら、私はルウのキスと抱擁に身を任せていた。

　……あれ？

　なんか、台本に書いてあるタイムより長いような？
　おまけに、周りから見られないようにローブの袖で隠しながら、舌を絡めてくるディープなキスに変わったよ？
　このキスの仕方は、ケイにそっくりだ。
　思考がとろけそうなくらい気持ちいいけど、シナリオと違う。
　長くて濃密な口付けの後、ルウはこう言った。

「この子は、私が連れて帰ろう」

　……え？！

　おかしい、ここでこんな台詞は無かった筈。
　困惑する私を、ルウが軽々と抱き上げた。

　本気でお持ち帰りするの？！

　台本には無い展開に動揺する私をお姫様抱っこして、ルウは神々しい６対の白い翼を広げる。
　直後、私たちは神殿からルウの私室にワープした。


　　　◇◆◇◆◇


　ゲーム制作スタッフが見せてくれた絵コンテと似た、ルウの部屋。
　ルウ攻略ルートを進めば、いずれは行ける場所だけど。

　会うの２回目で来ちゃった。

　部屋にある広いベッドに寝かされながら、私は茫然としていた。
　こんな展開、知らない。
　どうしよう？

　って思っていると、ルウが私の服を脱がせ始める。
　抵抗する暇も無く、私は半裸にされてしまった。
　え？　何？　まさかエピソード２でベッドシーン突入？！
　待って！　心の準備できてないんだけど？！
　私は焦ったけど、ルウの目的はそれじゃなかった。

「よかった。傷跡ケロイドにはならなかったようだね」

　ルウは私の胸を見て、ホッとしたように言う。

　なんだ、傷を確認しただけか。
　よかった。いきなりベッドシーンじゃなくて。
　私は別の意味でホッとした。

　ルウと結ばれるエンディングが目標だから、いずれはそういう行為に及ぶだろうけど。
　今すぐとは思ってなかったから動揺しちゃったよ。
　でも、次のルウの言葉に、私はまた動揺することになった。

「ゲーム世界だからって無茶し過ぎだ、ヒロ」
「え？！」

　今なんて言った？！

　驚いている間に、ルウにまた抱き上げられた。
　ルウはベッドに腰かけて私を膝に乗せると、耳元で囁いてくる。

「でも、助けに来てくれて、凄く嬉しいよ」
「……ケイ？！」

　間違いない。
　今話しているのは、ケイだ。
　私は嬉しくて、ルウ（ケイ）に抱きついた。
　ＮＰＣは自由に動かせないんだと思ってたけど、そうでもないのかな？

「お前が怪我をするのを見て、じっとしていられなくてＡＩからルウの身体の主導権を奪っちまったよ」
「これからは、こうやって話せる？」
「ああ。ＡＩが俺の意識に優先権をくれたよ。まあ、シナリオ関連はＡＩルウに任せるけどな」

　ケイは、ＡＩと入れ替わることができるようになったらしい。
　エンディングまではなるべくシナリオ通りに行動しつつ、ゲーム世界からの脱出を目指そう。