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第5章

第49話:古代の神

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「エリに見てほしいものがある」
そう言うと、仔猫ルシエはエリシオの肩からヒラリと降り立ち、遺跡の奥へ誘導するように歩き出す。
ついて行った先に在るのは、黒曜石のような黒光りする石に古代文字が刻まれた石碑。

「この石碑は何?」
「ここには、神の心が保管されている」
問いかけるエリシオに、ルシエは遠い記憶を辿りつつ答える。

「昔、我とその民が滅びかけた時、自らの魂を分け与え、記憶を持ったまま転生する秘術を施して下さった神の心を敬い、ここに保管している」
「記憶を持ったまま…。セイラの転生と似てるね」
「セイラにその秘術を施した創造神の弟にあたる神だからな。使う力も共通するものがあるようだ」
言いながら、仔猫ルシエはその石碑を前足で撫でた。

「古代文明を復活させる事は無い今、我は神に魂の欠片を返すべきだと考えている」
「そうですね」
「私もそう思います」
「私たちはもう、過去の記憶を残しておかなくてもいいですから」
「転生する際は記憶を消して、普通の赤子として生まれたいです」
ルシエの言葉に同意する声が、古代の民たちから発せられた。

「エリ、魔力を貸してもらえるか?」
「いいよ」
ルシエの頼みを、エリシオが断る筈が無い。
「その制御リングを外して、本来の魔力を解放してほしい」
「えっ、極大魔法でも使うの?」
霊魂の再生レジュレクシオンですね」
話しているとロミュラが歩み寄って来た。

存在力強奪ロブエナジーで消えた民を復活させられないか、魔王様と私が研究していた魔法よ」
そう言うと、ロミュラも石碑をそっと撫でる。
「前にエリが生命の復活リザレクションの話をしてくれたでしょう? 私が存在力強奪ロブエナジーで消滅させたカートルの民をセイルとイリアが復活させたという話」
「うん。創造神のギフトだね」
エリシオは頷いた。

「そのギフトは普段は封印されていて、神が解放したら使えるようになるとセイルが言ってる」
エリシオは魂の内に在る前世セイルの言葉を伝える。
「全世界に範囲を広げられるような魔法、簡単に使うわけにはいかないものね」
過去に使用許可が下りた事は奇跡に近いとロミュラは言う。

生命の復活リザレクションが範囲魔法なら、霊魂の再生レジュレクシオンは単体魔法、1つの対象に絞って大きな力を使うの」
「その力で失われた神の御魂を復活させられないか、試してみたいのだ」
ロミュラの説明にルシエが続いて願いを言う。
「そっか、神様の復活なんて魔法で出来るのか分からないけど、試してみるのは良いと思う」
エリシオは承諾した。


その右腕のブレスレットが外されると、周囲に居る者の大半が溢れ出す魔力に驚愕する。
予想していたルシエとロミュラですら、圧倒されて身震いしたほど。

仔猫から灰色の髪の少女へ、ルシエは姿を変える。
普段なら人型になったらエリシオに触れて魔力譲渡イムパートを受けなければ意識を保てないが、今はエリシオから使い魔への魔力供給が増大しており、接触していなくても普通に動き回れた。

「では、始めるぞ」
ルシエが言い、古代の民が石碑を取り囲む。

ロミュラが、ルシエに支援魔法の効果増大インクリーストをかける。
エリシオは、いつでも魔力譲渡イムパートが使えるように、ルシエの傍に寄り添う。

ルシエは術式を起動する。
彼女が魔法を使う事自体が2000年ぶりくらいだ。
漆黒の石碑に両掌で触れて、実際に使うのは初めてというその魔法を発動させる。
遥かな昔、人々を慈しみ、その魂を分け与えてくれた神の復活を願って。

霊魂の再生レジュレクシオン

蛍の光に似た燐光が、石碑を覆う。
大量の魔力が抜け出たルシエは気を失い、傍らにいたエリシオに抱き留められる。
エリシオはすぐに魔力譲渡イムパートを使い、ルシエに魔力を注ぎ込んだ。


『私の可愛い子供たちよ…』
エリシオに抱かれながら、ルシエはその声を聴いた。
魔法の成功を確信し、石碑の方へ視線を向ける。

月光に似た白金色の髪、蛋白石オパールに似た虹色の瞳、神秘的な美しさを持つ青年がそこに居た。
『子供たちよ、本当にそれでよいのか?』
青年は念話で問う。
その言葉は、ルシエと連結リンクしているエリシオにも届いた。

「父なる神ルシエル様、我等は現代の人類と共存の道を歩もうと思います」
エリシオの腕に身を委ねながら、神と似た名を持つ少女ルシエは言う。
「そして、ルシエル様にはアーシア様と共にこの世界を見守って頂きたいのです」
ロミュラも続けて言った。

『愛しい我が子たちよ、私はお前たちの中に在って全てを見てきた』
美貌の神は、ルシエたちがこれまで進んで来た道を知っている。
『お前たちが過去の栄光を取り戻す望みを捨て、まだ見えぬ未来に希望を抱くのならば、私はそれを見守ろう』
月の光のように優しく、穏やかな微笑みを浮かべて神は告げた。

それから、神はエリシオに視線を向ける。
『アーシアの子よ、良い手土産を持って来たな。私の名のもとにそれを解放しよう』
ルシエ経由ではなく直接エリシオの脳に伝えられた念話。
少し驚いたところで、左手から光がにじみ出てくる。
勇者認定の際に創造神が与えた力。
それが何か、エリシオは今理解した。

『消えた魂たちに新たな輪廻を…』
遺跡の中に光が満ちる。
それは全ての魂を等しく救う神の贈り物ギフト

生命の復活リザレクション

魔王と魔族の歴史の中、王に存在力を捧げて消えた者たちの魂が蘇る。
その魂は新たな生命として生まれる為に、輪廻の流れに還っていった。
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