【完結】星の海、月の船

BIRD

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第3章:翼の惑星

第24話:引き継がれる歌

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ルチアは、コメスという吸血族に連れ去られた後、凌辱される前に命を絶ったらしい。
彼女は思念体となって我が子を導き脱出させた。
カエルムはルチアの【声】に気付いて僕を合流させ、現在に至る。
僕が保護した子は孵化から数時間程度で、まだ何も食べていない状態。
無茶な飛び方をしたせいで衰弱していたので、アイオが翼人用に調合した栄養剤を注射して回復させた。
意識が戻ったところで高栄養の液状食を飲ませた後、カエルムの残留思念に案内されて彼の自宅へ行ってみると、蓄えていた木の実などの食料があった。
生まれてくる子のためにルチアが用意していた衣服もある。
ルチアの残留思念から教えられるままに子供を産湯に浸からせ、身体に付いていた羊水を洗い落とした後、新しい衣服を着せてあげた。

 宇宙船アルビレオ号
 艦長トオヤ・ユージアライトの日記より



血を全て抜き取られた遺体があちこちにある村の中。
移民団は死者の弔いを始めた。
惑星アーラの埋葬は土葬で、体力自慢の男性宇宙飛行士たちがスコップを使って穴を掘り、遺体を1人ずつ丁寧に埋めてゆく。

「う……あ……うぅ……」

父親の亡骸を見た子供は、言葉にならない声を上げて泣き崩れる。
遺体にしがみついて慟哭する子の背後には両親の残留思念がいるけれど、我が子を撫でてあげられない。
代わりにアイオと移民団最年少のカールがそっと寄り添い、震える白い翼を撫でて慰めていた。

『トオヤ、頼みがある』
『いいよ』
『内容を聞く前に承諾していいのか?』

頼み事をしようとしたカエルムは、即答で承諾されて驚いた。
トオヤはこの場の状況とカエルムの精神感応テレパシーから、彼が我が子のために何かしたいのだと察している。

『あの子に何かしてあげたいんだろう? それを僕が手伝えるのなら、もちろん協力するよ』

そう伝えて微笑むトオヤは、カエルムとは既に打ち解けていた。

『頼みたいのは、歌の継承だ』
『歌?』
『翼人の男は、父親から子へ受け継ぐ歌がある。あの子にそれを与えたい』
『どうすればいい?』
『君の身体に憑依して歌わせてくれ』

古代の地球には、死者の霊を自らの身体に憑依させて語らせる者がいた。
カエルムはそれと同じ事をトオヤに求めている。

『どうぞ。入ってきていいよ』
『ありがとう』

トオヤはカエルムの思念と同調し、自分の脳へのアクセスを許可した。
立体映像ホログラフのようだったカエルムの思念体が、トオヤに重なるように入り込む。
カエルムはトオヤの身体を自由に動かせるようになり、トオヤの意識は深層へ落ちた。


トオヤの身体を借りたカエルムは、もう動かせなくなった自分の本来の身体を抱き締めて嗚咽している我が子に歩み寄り、背後からそっと腕を回して抱きながら耳元で何か囁く。

「?!」

途端に、子供は驚いたように泣くのをやめた。
囁かれたそれは、家族しか知らない筈の名前。
トオヤ(カエルム)は更に何か囁く。

「あ……あぁ……」

少年は父の亡骸をその場にそっと寝かせて、父が憑依している者に抱きついた。
我が子を優しく抱いて、今は亡き翼人は地球人の声帯を借りて歌う。
テノール系の心地よい歌声が、少年の耳と心に染み込んでゆく。


「あれ? トオヤってあんなに歌上手かったっけ?」

近くで埋葬を手伝っていたティオが、歌声を聞いて首を傾げる。
大声を張り上げているわけではないのに、その歌声は穏やかな波長で村全体に流れていた。

「鎮魂歌かしら? でも悲しいというより、温かくて優しい歌ね」

一緒に手伝っていたレシカも言う。
その歌は聴く者の心を安らがせるような旋律を持っていた。

「ん? 【癒やし音楽ヒーリング】か? いつの間に覚えたんだ?」

穴掘り作業で出ていた腰の痛みが消えて、歌が持つ力に気付いたパウアが呟いた。


「とうさんのうた、おぼえた」

少年が、初めて言葉を紡いだ。
翼人の【歌の継承】は、言語を教える事でもある。
覚えたての歌を口ずさむ我が子を、トオヤ(カエルム)は微笑みながら見つめていた。
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