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第24話:儚い生命

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「鳥に変身する人間なんて、初めて見たよ」
  治療用のベッドに横たえた少年を見つめて、リオは言う。

 「それとも、人間に化ける鳥……かな?」
  金茶色の鷹と、華奢な少年、どちらが本当の姿なのか?
  舞い降りた鷹が粉々になってしまったのには、正直彼も面食らった。
  金茶色の細かな粒が人間と化してゆくさまを見て、誰よりも動揺したのは、それが間近で起こったリオである。

 「多分、ファルスの森の者でしょう。あの地には、半人半獣が居るという噂がありますから」
  隣に立つエレアヌが、人づてに聞いた話を教えてくれた。

 「その森は、何処にあるの?」
  頬が少し痩けた金茶色の髪の少年から、柔和な微笑みを浮かべる黄金の髪の青年へと、リオは視線を移して問いかける。

 「ここからずっと遠く……結界と地割れを越え、更に南へ行ったところにある森です」
  エレアヌが、淡い緑の瞳で見つめ返して答える。

 「こんなに痩せて……可哀想に、食べ物が無くて探しに出たのかもしれませんね」
 「もしかして飲まず食わずで?」
 労わるように、エレアヌが少年の頬に触れる。
  まともな食事をとっていたとは思えない、少年の痩せた身体が痛々しい。

「この様子だと、おそらく口にできるものは何も無かったのでしょう」
  エレアヌが、哀れむ様な目を遺体に向ける。

 「……そういえば、シアルよりもずっと軽かった……」
  リオも視線を少年の亡骸へ向けた。

  たやすく抱える事が出来た、細い肢体。
  死因が飢えかどうかは不明だが、相当衰弱していた事は、フラフラとした飛び方を見た時に判った。
  猛禽類にしては鋭さのない瞳が、僅かに白濁しているのを目にした瞬間、「墜落する」と思った。
  だから咄嗟に手を差し延べ、それを受け止めようとした。
  巨鳥が少年の姿に変わらなければ、ナイフのような爪に切り裂かれるか、下敷きになっていたかもしれない。
  後から考えれば、かなり危険なその行為を、彼は躊躇いもなくやってのけていた。

 「お願いですから無茶はしないで下さい。本当に貴方はリュシア様そっくりですね」
  保護者のようなまなざしを向け、エレアヌが言う。

「そんなに似てるかな?」
  リオが目を向けると、中性的な顔立ちの青年は頷いた。

 「……でも……」
  再び少年の方を見つめると、リオは普段より1オクターブ低い声で呟く。

 「……僕は、この子を助けられなかった……」
  そっと手をかざしても、光は発せられない。
  癒しの力は生きている者に対してしか使えないのだと、このとき彼は悟った。
  息絶える前に【力】を発動させていれば、回復してやれたかもしれない。
 リオが悔やみながら冷たい頬に触れた時、ふいに死者の手が動いて手首を掴んだ。
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