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勇者セイル編
第76話:カートルの悲劇
しおりを挟む転送リクエスト:カートル孤児院( YES ・ NO )
奏真からの転送リクエストを受け取り、渡辺はカートル孤児院に来ている。
チャリティバザーで売られる花が人気の孤児院の庭では、年間通して様々な花が咲いていた。
門前には通行人を楽しませる為に、水を張った器に花を浮かべた物が飾られている。
「こんにちは、誰かいませんか?」
呼びかけて門をくぐる。
返事をする者はいなかった。
庭のあちこちに衣服が落ちている。
「誰かいませんか~?」
呼びかけながら建物の中に入った。
そこにも衣服が落ちている。
まるで、着ていた人間がその場で消えたかのような状態だ。
『テレーズさんの話では、この時間はスタッフと子供たちが一緒に庭の草むしりをしたり、明日のバザーに出す物を作ったりしているそうです』
人魚の里にいるヒロヤが脳波通信で伝える。
昨日ロシュを連れて来た孤児院スタッフのテレーズには、コテージで1泊して里の生活を体験してもらっていた。
『テレーズさんに現場を確認してもらった方がいいかもしれないよ』
『じゃあそちらへ行ってもらいますね』
ヒロヤはテレーズに話して、彼女の記憶を元に転移魔法で孤児院へ送った。
「みんな…どこへ行ったの………?」
渡辺と共にあちこち見て回り、テレーズは呆然とする。
孤児院の人々が全員不在などという事は基本的に無い。
「必ず1人か2人は留守番している筈なんです」
スタッフルームを見て回っても誰もいない。
「カートル国内の多くの村もこんな感じでした」
住民が消えた村を確認して回っている渡辺が言う。
孤児院の外に出て見て回ると、事態はもっと大きいものだと分かった。
………誰もいなくなった都市………
そこにいるのは渡辺とテレーズだけ。
王都の住民は1人残らずいなくなっていた。
ロミュラの魔力で作られた球体の中、不完全な魔王は眠り続ける。
そこへ、カートル王都から奪った【存在力】が注がれる。
ようやく意識を保てる程度に魔力が満ち、災厄の主は目を覚ました。
「ロミュラか…」
スウッと球体を通り抜けて、魔王は床に降り立つ。
フラッとよろめくのをロミュラが支えた。
一糸纏わぬ姿で出てきた子供に、用意していた衣服を着せる。
「そちらのお前は人間か。何故こちら側についた?」
フォンセに気付き、魔王は聞いた。
「人間が嫌いだからでございます。魔王様」
「そのような簡単な理由か?」
答えたフォンセに更に聞く。
「正しくは、闇魔法を忌み嫌う人間たちとは一緒に居たくないからでございます」
昏い瞳を伏せるようにしてフォンセは言う。
彼は魔王に自らの過去を話した。
フォンセは、今から約50年前、カートルの聖女の子として生まれた。
人々は彼が高度な光魔法を使う聖者になる事を期待する。
しかし、彼は光魔法を使えなかった。
調べられたその属性は、その真逆にあたる「闇」。
彼が使えたのは闇魔法だけだった。
その知力と魔力は優れており、闇の魔道士となるなら頂点に立てるだろうと言われる。
しかし、聖女である母と親族たちは、闇属性の息子を忌み嫌う。
そしてフォンセは幼いうちに魔道士のところへ養子に出された。
「何故、闇魔法が見下されるのか。何故、忌み嫌われるのか。調べてゆくうちにこちら側を知ったのです」
フォンセは言う。
聖女である母にとっての敵は、闇属性の魔王。
だから闇属性しかない自分は嫌われ追い出されたのだと知った。
その後出会った魔族ロミュラは、魔王の時代となれば闇属性魔法使いが忌み嫌われる事は無いと言った。
ならば魔王に味方しよう。
闇魔法の妨げとなる聖女を殺そう。
そしてフォンセは20年前、暗殺者を雇ってカートルの聖女を殺した。
「母を殺してでもこちらに味方するか。ならば認めよう、我が眷属となる事を」
子供の姿をした魔王がフッと笑みを浮かべる。
男性でも女性でもない災厄の主は、傍らのロミュラからナイフを受け取り、自らの指先に傷をつけるとその血でフォンセの額に印を描いた。
印は闇の力を引き上げる。
闇属性しか持たぬ人間と魔王の血の融合率はかなり高いものとなった。
フォンセの生体情報が書き換えられ、その姿が変わる。
青白い肌・灰色の髪と瞳・頭部に2本のねじれた角・背中には蝙蝠のような被膜の翼………
………魔族の姿となったフォンセの身体能力が大きく上昇した。
「我はまだ【存在力】が足りぬ。しばしそなたが魔王を演じよ」
命じると、本物の魔王は再び眠りにつく。
フッと力が抜けて崩れるように倒れるのを、魔族の姿となったフォンセが支えた。
ロミュラが魔力で作った球体を指差し、フォンセは華奢な子供の身体をした魔王をそこへ納めた。
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