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勇者セイル編
第78話:対する者
しおりを挟む肩から脇腹へ袈裟懸けに斬られたロミュラは、大量出血の重傷で樹海の中の小川へ飛ばされた。
その川の水には、最上級回復魔法と同じ効果がある。
数秒で傷が癒え、ロミュラは水を滴らせながら立ち上がった。
(…あの黒髪はプルミエの勇者か。フォンセの話では人殺しが出来ない甘ちゃんだそうだが、魔族には容赦がないらしいな…)
ふうっと息をついて考える。
髪や衣服を濡らす水を水蒸気に変えて乾かし終えた時、視界の端に一瞬何か動く影が見えた。
ドンッという衝撃と共に、魔族にとっての心臓にあたる核を刃が貫く。
ロミュラの口から鮮血が溢れ出た。
「不意打ちばっかりで悪いね。こうしないと魔族は捉えられないから」
黒髪の少年の顔が間近にある。
止めを刺しに追ってきたらしく、的確に急所を貫いていた。
(…これが人殺しの出来ない甘ちゃんか? フォンセの嘘つきめ…)
次第に意識が薄れてゆく中、ロミュラはそんな事を思っていた。
弱々しい子供の身体をした魔王は、ロミュラが飛ばされた場所より上流に転移させられた。
しかし怪我をしているわけではないので、身体や衣服が濡れるだけだ。
川から出ようとしても、虚弱な身体は満足に動かない。
ふらついて水の中に倒れ、起き上がれずに溺れかける。
回復効果があるといっても水なので、肺に流れ込むとかなり苦しい。
(フォンセの馬鹿者、陸地に転移すればよいものを…!)
力なくもがきながら、眷属になって間もない男のやる事に悪態をつく。
身体を動かす体力が尽き、意識が朦朧とし始めた時、何者かが水の中から抱き上げてくれた。
ゲホゲホと咳き込んでいると、背中にそっと手を当てて何か魔法を使ったらしく、肺の中の水が無くなって楽になった。
濡れた身体や衣服も、水を分離させる魔法を使って乾かしてくれた。
(フォンセか…?)
今の自分を助ける者は、ロミュラ以外にはフォンセしかいない筈。
そう思いつつ目を開けて、自分を抱いている者の顔を見た途端………
「!!!」
………魔王は驚愕した。
金色の髪、鮮やかな青色の瞳、白い肌に整った顔立ち…
(トワの勇者………?!)
魔王はその顔に見覚えがある。
遠い昔、自分と刺し違えて逝った初代勇者だ。
「大丈夫? 怪我はないか?」
聞かれたが、困惑する魔王はすぐには答えられない。
(…何故ここに勇者が…? 我が魔王だと気付いてないのか…?)
「…うん…」
とりあえず、子供のフリをする事にした。
「お兄ちゃん誰? どうしてここに?」
子供のフリをしながら聞いてみる。
魔王を演じるフォンセをほったらかして、この勇者はここに何をしに来たのか気になった。
「俺はイル。君に返してほしいものがあって追ってきたんだよ」
「え………?」
何の事だろう?と思っていると、イルと名乗った青年は魔王を草の上に座らせた。
そして、ストレージから青い星型の花が付いた小枝を取り出し、魔王の足元の地面に刺した。
………彷徨う霊たちよ、正しき道へ還れ………
青い星型の花が、その数を増やして子供の身体を包む。
微かに甘い花の香りが広がる。
そして光が、魔王の中に流れ込んだ。
魔王の体内にある【存在力】が抜け出てゆく。
身体から溢れ出た黒い霧は、花びらに包まれて消える。
意識を保つ魔力を失い、花に包まれた子供が昏倒した。
ロミュラが人々から奪い、魔王に注いだもの。
カートル王都の民200万の肉体と魂を犠牲にして作られたエネルギー。
奇跡の雫で復活したナルを除く、数人の獣人たちも犠牲になっている。
イルはそれを取り返し、無垢な魂に戻して神の元へ送った。
華奢な子供の身体を覆った鎮魂花は、そのまま皮膚に溶け込んで見えなくなる。
草の上に倒れた魔王は、人魚の心臓だけで生命を維持している状態に戻ってしまった。
もはや身体を動かす事も意識を保つ事も出来ず、無防備に眠り続ける子供だ。
目覚めの為の【存在力】を注ぐロミュラは、星琉に葬られている。
(?! なんだ? 急に身体が重くなったような…)
魔王の状態の変化は、その眷属となったフォンセに大きく影響する。
急に動体視力が落ちた彼は、その動きが遅くなった。
その変化を奏真は見逃さない。
(今だ!!!)
左右の手に握った短めの曲刀を振るい、双剣使いは自己新記録となる20連撃を放った。
魔王を演じた大魔道士は、複数の裂傷を負ってよろめく。
その後頭部に奏真の飛び蹴りがヒット。
フォンセは脳震盪を起こして倒れた。
その後、奏真はアプリを起動した。
収納型アプリ:other dimension prison
異空間の牢獄に収容されれば、自力では出られない。
討伐命令ではその場で死亡させてもよいとの事だが、奏真はそれはしなかった。
逃げられない場所に閉じ込めて、後は法に任せよう。
こうして、カートル地下大迷宮の大規模な攻略は完了となる。
討伐対象フォンセは捕らえられ、賢者シロウが対応する事になった。
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◇ ◇ ◇
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