飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

1-2. 運命に首輪をつけて

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教室を出た後、ヒマリは俺を気遣ってくれた。

「本当に体調は大丈夫なんだよね?」
「ああ、本当に平気だよ」
「よかった。じゃあ、あたしは次の講義いくけど本当に体調悪かったら無理しちゃだめだからね。じゃあね」
「ありがとう。じゃあね」
「おう、じゃあな」

元気よく手を振る龍次郎をよそに、ヒマリはちらちらとこちらを気にしながらも人ごみの中に消えて行った。
龍次郎はヒマリが見えなくなるまで手を振ってから、「さて」と一息ついてこちらに向き直った。

「俺は今日はもうこれで終わりだけど、お前は?」
「俺も今日は今の講義で終わり」

俺がそう答えると龍次郎は嬉しそうに、

「お、じゃあどっか遊び行くか」

言いつつ俺の肩に腕をかけた。その反応に申し訳なくなりつつ、俺は携帯をチラリと見てから答える。

「いいや。この後バイトなんだ」

龍次郎はそれを聞いて眉を下げた。

「またかよ」
「しょうがないだろ、急用ができちゃった子がいてさ。穴はあけられねえよ」

適当にメールで投げっぱなし、とかなら俺も考えるが電話で直接頼まれたのだ。特に予定もなかったのだから断る理由もなかった。

「それ昨日も聞いたぜ。その前も。そのまた前もだ。お前相変わらずだなあ」
「いいだろう別に。頼られてるってのは悪い気しないし。それに、」
「それに?」
「死んだばあちゃんが、人の為になることをしなさいって言ってたんだから。これも人助けみたいなもんだよ」

そうだ。人の為になること、だろうこれも。困ってる人がいるんだし、穴があいたら何より店も困る。
しかし龍次郎は納得いかなそうにしばらく唸ってから、ようやく言う。

「……お前それ体よく利用されて、……あー、いいや。でもいい加減にしておかないと体壊すぞ」

龍次郎が言いたいことはわかる。それに彼が言いかけた言葉は既に、そっくりそのままヒマリからも聞いている。思いだして、その表情までそっくりだったものだから、笑みが漏れた。

「はは。ヒマリもお前も心配症だなあ」

そういう所を考えると、ああ、龍次郎とヒマリはなるほど似たもの同士の幼馴染なんだろう。俺と知り合った時にはもうかなり仲が良かったし。それから高校の制服を着た龍次郎とヒマリを想像して、ああ、絵に描いたような不良男子と優等生女子だったんだろうなと。

「うるせ。心配してやってるだけありがたいと思え」

照れくさそうにして「これだから人間は」とか零す龍次郎にお前も人間だろうが、と思いながら。
次こそは一緒に遊ぼうと意味もない口約束をかわしてから、バイト先のスーパーへと向かった。

・・・

時刻は0時を少し過ぎた頃。閉店作業も終わり、さすがに少し疲れたなあとだらだらバックヤードで着替えていると店長に声をかけられた。

「いやあ、いつもありがとうね四ノ宮くん。君がいるとすごい助かるよ」
「いやいや仕事ですから」

俺がそう答えると、これまた絵に描いたような気弱な中年男性の見かけをしている店長が、正しく申し訳なさそうにする。別に本当に嫌な時は断っていると何度伝えてもこんな様子なので、きっとこの人はいい人なんだろう。

「そういえばさ、四ノ宮くん」
「なんですか」

そんな店長が、珍しく真面目な顔してこちらに向き直るので、これは大事な話なのだろうとこちらも少し背筋を伸ばすと、店長は重苦しく、口を開いた。

「君、悪魔って信じる?」
「あ、お疲れ様でした」

そして真面目に聞いて損したと瞬時に把握した俺は店長の顔も見ずにバックヤードを後にしたのだった。

「ああ! 待って待って!そういうんじゃなくて!そういうんじゃないんだけど!」

いや。
あとにしようとした所で必死の形相の店長に腕を掴まれた。眼鏡をずり落ちそうにさせ、顔面蒼白で縋りつく店長に向けて溜息を吐きながら俺は答えた。

「いや今のは完璧にそういうのでしたよ」
「僕じゃなくて! 娘! 娘がね!」
「ああ、娘さん。今高校生でしたっけ」
「そうそう。なんか急に、いや前からそういう噂とかには興味津々だったんだけど。なんか今まで以上にそういうのにはまっちゃってる感じでさ」

様子を鑑みて、別にやべえ宗教の勧誘とかでもなく単純に相談のようなので、俺がしっかり向き直ると。店長は漸く安心したように一息吐いて俺から手を放した。

「その、あの子が言うには今学生の間で噂になってるらしいんだよ。悪魔に供物を捧げて契約ーとか。なんでも願いが叶うーとか。なんかさあ、あれだよ。年頃の娘なわけだしやっぱり心配になるわけなんだよ。悪い男に引っかかっちゃいそうでさあ。うちの子かわいいからさあ」

そこから始まる店長の娘自慢。
あ、これ違う。相談じゃない。ただ話したいだけのやつだ。俺は時計をチラリと見て、さすがに帰りたいと思ったので、適当に相槌を打つことにした。

「あはは。まあ、そういうのってやっぱり信じちゃう子は信じちゃうみたいですね。俺はそういうの覚えないですけど。周りにはいました」

うんうんと言いながら手荷物を確認しながら続ける。

「学生の流行なんて入れ換わり激しいですからね。そのうち忘れると思いますよ」
「そうかなあ。うんまあ、僕もそんな気がするけど」
少し熱が下がった調子でそう答える店長の声を聞きながら忘れ物がないことを確認し、俺はバックヤードの出口に手をかけ、言った。
「それじゃお疲れ様です」
「ああはい、お疲れ様。またね」

その後特に引き止められることもなかったので、俺はサクサク歩いて自宅のアパートに向かうのだった。

・・・

俺が通う大学はちょっとした山を切り開いた潤沢な敷地に経っていて、バイト先は山の麓の駅前だ。そして俺の借りているアパートは山の中腹ほど。大学と駅と線で結ぶと丁度三角形になるような位置にある。
こんな疲れた調子で坂を登るのは少し嫌だななどと駅前を歩いていると、向かいから男の二人組が歩いて来るのが見えた。

ひとりは逆立てた金髪にアロハシャツを着た正しくチンピラのような柄の悪い男。
もうひとりは、まるでプロレスラーかってほどやたらとガタイのいい、これまた人相の悪い大男。
そんな二人が夜の静かな駅前通りをゲラゲラ笑い、大声で会話をしながら向かって来た。

「だからよ、時代はやっぱヒップホップだと思うんだよなオレは。ギターの弾き語りには丁度限界を感じてたんだ」

ペラペラ語る金髪の男に対し、大男はうんざりしたように答える。

「だから俺がギターやってやるって言ってんだろうが。そんでお前が歌えばいいだろ」
「ギターとベースの違いもわかんねえ奴が何言ってんだ。だからな、あれよ。今後は“Mr.クラッチ”改め“MC.Clutch”よ。レペゼン中目黒よ」
「何言ってんだかさっぱりわかんねえ」

確かに意味わかんねえな、と大男に心の中で同意していると、二人と俺がすれ違う時、不意にバチリ、と。

金髪の男と目があった。

途端、背筋に寒気が走る。目を逸らせずにいると金髪の男は眉間にしわを寄せ、ドスの利いた声で、

「あ? なに見てんだテメエ」
「あ、あーいや……。その、」

俺が口ごもると金髪の男は俺の目の前まで迫ってくる。
ヤバい。これはまずい。ヤバい奴に絡まれた。なんとか誤魔化さないと。
なんて考えながら目を逸らす。そこで男の首に下がる、金色の錠前型のネックレスが目についた。
これだ。

「か、かっけえアクセだなって思って。すげえ、センスあるなって、つい」

口に出してから思った。
あ、違うわこれ。ダメだわ。こんなあからさまなおべっかじゃ。
しかし、男からは反応がない。
チラリと表情を窺うと。男はポカンとしてから、先程までの機嫌悪そうな表情を一変させてすこぶるご機嫌な調子で、

「お? お? なんだてめえよくわかってんじゃねえか!」

そんなことを言うのだった。
マジか。そんなんでいいのかよ、などと逆に驚く俺を気にせず。男は続ける。

「やっぱわかる奴にはわかるよな! 原宿で見つけてよお。思わず一目ぼれして即買いよ。 そこで思ったわけよ。オレってやっぱラッキーだ、ってな」
「ええ。俺もそう思います」
「はは。いいじゃねえかお前気に入ったぜ」

金髪の男はご機嫌に笑うと俺の肩に腕を回してばしばし叩く。
そして懐から何かを取り出し俺に差し出した。

「やるよ」
「はあ」
「寝る前に存分に聴くといい、オレ様“Mr.クラッチ”の名曲を。じゃあな!」

金髪の男がご機嫌に離れて行くのに合わせ大男もついて行った。俺はその背中が十分に見えなくなったことを確認してから、渡されたそれを見た。
それは見たこともないジャケットのCDで、謎のサインと思わしき線がマジックで引かれていた。ジャケットには大きな文字で“Mr.Clutch”と描かれていた。
なんとなく捨てるのも忍びないので。あとここで捨てたら絶対俺だとばれるので、俺は大きく肩を落としながらこの謎のCDを鞄にしまった。
そして俺は、できればもう会いたくないなあなんて思いながら、いつも通る道ではなく、ほんの少しだけ近道となる脇道を通って帰ることにした。

山道という訳ではないけれど、車もギリギリ通れるような少し急なその坂は、街灯こそ立っているが夜になるとあまり十分な明るさはない。それこそ午前0時を過ぎれば通り沿いの家からの明かりも消えてしまい、ちょっと心細くなる。それこそこんな道で襲われでもしたら。

「……ああ、やめよう」

ただでさえ、さっきは無駄に肝を冷やしたんだ。さっさと我が家に帰ってゆっくりしたい。誰が待ってるわけでもないけど。
心許ない街灯の明かりを補うように光る自動販売機を見つけ、そういえば喉が渇いたなと近づく。ああ、あんまり好きなのないなあ、なんて思って、それからなんともなしに、自販機の脇に目を向けた。

そしてそれに気付いた時に、思わず悲鳴を上げそうになった。

自動販売機の陰に横たわる、大きな物体。
小さく縮こまるように横たわっているその物体。
これは、間違いなく、人だ。

それを認識した時、心とは別に目が、意識がその人型に、集中してしまう。
ともすれば死体か、とも思ったそれはよくよく見れば子供のようだった。
ただなんというか。あまりにも非日常的な状況に心臓が早鐘を打つ。
出来れば見なかったことにしたい。いや。でも。ああ。そうだ。

これが人なら、

その横たわる子供を観察する。ただでさえ暗い上に陰にいる為よく見えないが。この辺じゃ見かけない子だということはわかる。一目瞭然だ。
日焼けとは少し違う、小麦色というよりは“褐色”という表現がしっくりくる肌の色。薬品で脱色したようには感じない銀に近い白い髪色。とにかくこんな、日本人離れした子はこの辺りじゃ見たこともない。
年の頃は小学校高学年から中学1年、くらいだろうと思う。男の子のように見える女の子、というか。中性的という言葉が一番しっくりくる。
ただ、それくらいの年の頃の子供が、こんな時間にこんな場所で、こんな大きな一枚布を無理やり服の形に整えたようなぼろきれみたいな服を纏って、裸足で外にいるんだ。
ああ、事件の臭いがする。トラブルの臭いがする。
でも。だからこそ。

「ほっとけない、よなあ」

そう誰にともなく呟いて俺はその子を無理やり背負った。
誘拐か。家出か。わからないがまずは本人に話を聞いてみよう。良いか悪いかもう俺の家はすぐそこだ。警察に預けるのもいいが、もし家が辛くて出てきたんだとしたら、それはそれで無理やり家に帰すのも忍びない。
傍から見たら俺の方が誘拐犯だよなあ、とか。
もし職質とかされたら親戚ですって言い張ろう、とか。
そんなことを思いながら、俺はその少年(暫定)を連れて家路に着いた。
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