飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

3.5 密かに一狩り

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時刻は午前2時半。そのわずか数秒の間。
丑三つ時を迎えたこの世界は、悪魔とその契約者にとって戦場と化す。
悪魔と契約者にとっての現実の時の進みが極端に遅くなり、体感時間はその6秒の間だけ、66分に引き伸ばされる。

その時空の捻じれともいえる時間帯に、平然と動けるということは。
それは当然、悪魔か契約者のいずれかということである。

少女二人が、駅前の商店街を走っていた。
傍目で見たら学生の姉妹に見えるかのような、黒髪の少女たち。
一人はチョーカーを首につけた、短髪の背の高い女の子。
もう一人はチョーカーをつけていない、ロングヘアの女の子。
未だにちらほろと見える通行人を縫うようにして、何かから逃れるように背後を気にしながらひた走る。

隠れるように路地へと入り込み、二人は息を整える。
それから追手が現れないことに安堵して。
ヒュン、という風切り音と共にロングヘアの女の子が吹き飛ばされた。

大通りに放り出されたロングヘアの少女に、短髪の少女が駆け寄る。
そして、目線を向けた裏路地から、一組の男女が現れる様子をじっと睨んだ。
短髪の少女が、角を生やし叫ぶ。

「卑怯者! 契約者を狙うなんて!」

男女のうち、少女がきょとんとした顔で彼女を見つめ、それからふいと隣に立つ男に目を向ける。
男には、角と翼と、そして尾が生えていた。
目を向けられた男は肩を竦める。

そうして男は手にした鞭を、倒れた少女に向けて振り下ろした。

黒髪短髪の少女の姿をした“悪魔”は倒れた少女をかばうように背中でその鞭を受け止める。

男の“悪魔”は構わず鞭を振り下ろす。
何度も。何度も。

ぱん、ぱんと渇いた音が鳴るたびに。
鞭が肉を叩く音が鳴るたびに。
少女をかばう悪魔が苦悶の声を上げる。

「や、いやだ、やめ、やめて。やめさせて!」

悲痛な訴えを聞いた少女はしかし首を傾げる。

「んー?」

そして鞭を振るう男を見て言う。

「ねえロアノス。なにか聞こえた?」

男は鞭を振るう手を止めずに、答える。

「いいや?」

その回答に少女はにっこりと笑った。

「そうだよね」

そうして一頻り打ち据えられた少女の悪魔はごろりと地面に転がる。
悪魔と倒れる少女の間に、今にも消えそうな光の線がつながっていた。
その様子を見て、男・ロアノスが言う。

「さくら、魔力を」
「うん」

さくらと呼ばれた少女から、光が伝ってロアノスへと送り込まれる。
さくらは、自身から光が抜ける際に、少し俯いた。
しかしその表情は恍惚の笑みが浮かべられている。

光を受け取ったロアノスが、手にした鞭でその光の線を容赦なく叩いた。
パキン、とまるでガラスが砕けるような音。

そうして、少女の悪魔が苦しみだす。
ロアノスはそんな彼女の首元に手をやり。

そのチョーカーを、引きちぎった。
少女の悪魔は目を見開き、それから苦悶の断末魔を上げながら自身から湧き上がる青い炎に包まれて、消えた。

・・・

その青い炎を眺めながら、少女・さくらはポツリと零す。

「…きれい」

青い炎は一頻り燃えたあと、ロアノスの手に吸い込まれるようにして消えていった。
ぼんやりとしているさくらに気づいたロアノスが声をかける。

「しかし大分手馴れてきたねえ」

その言葉に、さくらは愉快そうに、そして照れくさそうに少し笑う。

「ロアノスの教え方が上手いんだよ」
「それは家庭教師冥利に尽きるねえ」

そう言って満足げに笑うロアノスの手が、光る。

「さくら、これを」
「うん」

さくらが頷くとその光は、二人をつなぐ鎖を通って、ロアノスからさくらへ送られる。
その光がさくらに到達した時、さくらはびくんと体を震わせた。

「すまないね。僕たち悪魔は魔力をためておくことができないから、君に渡すしかないんだ」

少し息が荒くなったさくらをまるで労わるかのようにロアノスは言う。

「体調はどうだい?」

さくらは大きく息を吐いてそれから弱々しく笑って答える。

「悪くないよ。むしろこの感覚は嫌いじゃない」

それから自分の感覚に浸るようにゆっくり目を閉じる。

「まるで自分の中にある穴を埋めてもらっているみたい」

うっとりとした表情で語られるそれは、確かに彼女が苦痛を覚えていないことを表していた。
だが、と。さくらが目を見開く。

「でも、まだたりないんだよね?」

ロアノスはさくらの言葉を受けて、言う。

「ああ、そうだね。だってそうだろう? これは手段であって目的じゃない」
「そうだよね。あの女だけじゃない」

そう言って、さくらは震える声でぽつりと漏らす。

「あの赤髪の男」

さくらの目に、怒りと憎しみが色づく。

「あいつ、あいつ、あいつ。あいつ邪魔、邪魔なの。あいつだけじゃない。アサヒさんの周りにいる奴らみんな」

宥めるようにやさしい声でロアノスは答える。

「ああ、わかってる」

そんなロアノスを伺うように、確認するようにじろりと見つめてさくらは言う。

「これを続ければ。あいつも消しちゃえるんだよね?」

その目を真正面から受けたロアノスは、一瞬背筋を伸ばした。
それから小さく整えるように息を吐いて、さくらの目を見ながら答える。

「そうだ。僕が力不足で申し訳ない。でも、こうやって少しずつ力を蓄えていけば。きっと僕は君の願いを叶えられる」

その答えを聞いたさくらはようやく満足そうに、

「そっかあ。うれしいなあ。お勉強、もっとがんばらないとね」

そうして、嬉しそうに笑った。

「んふふふふ」

そんなさくらの様子を見て、ロアノスは、また一つ小さく息を吐いた。
その額には、一筋の汗が流れていた。
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