飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

5-2. 世界に平和を願って

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目に入る部屋の明かりは、寝ぼけ眼にはとても辛辣だ。
固まったかのような目をほぐすようにぐいぐいと目をほぐしている俺に、まひるちゃんの声がかかる。

「あの、さすがに未成年とのいんこうはどうかと思うな、あたしは」
「いんこう?」

突拍子のないまひるちゃんの言葉を笑い飛ばすように、俺は鼻で笑って答える。

「馬鹿言うなよまひるちゃん。どこをどう見たらそう見えるんだい」
「どっからどう見てもそう見えるよにいちゃん。犯行現場で現行犯だよにいちゃん」

じっとりとしたまひるちゃんの目線の先は俺の隣。
それを辿るとにこにこ笑ったヨルくんと目が合った。

「やあおはよう」

そう笑って挨拶をするヨルくんは、全裸だった。

「服を着ろ!」

俺の言葉にヨルくんは悪びれずに、言い返す。

「あう服がないんだ」

まひるちゃんは、そんな俺たちを見て笑い、諭すように言う。

「じゃあ、今度買ってきてあげないとね」

そんなまひるちゃんは、ゴミだらけの机を片付けているところだった。
その様子を見て、しみじみと思う。

「…いつもありがとね」

俺がそういうとまひるちゃんは一瞬手を止めて、「なに急に」なんて可笑しそうに笑って、

「いいのいいの、前も言ったけど、好きでやってるだけだから」

そうして片づけを続けた。
それから目につくごみをを片付け終えたまひるちゃんは、勝手知ったるといった様子で掃除機を取り出しておもむろにかけ出した。
ヨルくんは気にせず携帯ゲーム機でゲームを始めた。

まひるちゃんがしばらくがーがーと掃除機かけるが、少しするとまひるちゃんは首を傾げて掃除機を止めた。
眉を顰めてフィルターを確認するまひるちゃんを、俺はぼんやりと眺める。
そして、ふと思って口を開いた。

「ねえまひるちゃん」
「なあににいちゃん」

こちらに目を向けないまひるちゃんに、俺は尋ねる。

「ナギちゃんって、どんな子」
「いい子だよ」
「ああ、うん。それはまあわかるんだけど」

そこでようやく、まひるちゃんは手を止めてこちらを向いた。

「なに急に。興味湧いたの?」
「うん、まあ。そういえば俺、あの子のこと何も知らないなって」

意外そうなまひるちゃんに俺がそう答えると、まひるちゃんはまた可笑しそうに笑う。

「変なの。今まで、あたしの友達とか全然気にしてなかったのに」

心底意外そうなまひるちゃんの言葉に、俺は考える。
そうかな。そうかもしれない。
俺の友達じゃないし。まひるちゃんの友達は、まひるちゃんの友達なんだから。

「そういうこともある」

俺が適当にそう返すと、まひるちゃんは少し考えて答える。

「にいちゃんみたいな子」
「俺?」

予想外の回答に俺が驚いて聞き返すが、まひるちゃんは当然のことのように「うん」と頷いた。
その言葉に考える。

「似てるか?俺」

全く理解できない俺がそう返すとまひるちゃんは間髪入れずに、

「そっくりだよ。だから気に入ったわけだし」

そう返した。
その言葉で、まひるちゃんがさくらちゃんをどれだけ気に入っているかすぐに分かった。
しかし、そうなのか。俺は、あの子と似ているのか。
まあ、まひるちゃんが言うんだからそうなんだろう。

俺は、小動物系なのか。

ぺたぺたと自分の顔を触りながらしみじみそう呟くと、まひるちゃんが呆れた顔で言った。

「中身の話だよ?」
「わ、わかっとるわい」

俺がそう返すとまひるちゃんはチラリと時計を見た。
時間は、もうすぐ午後六時になろうというところだった。
まひるちゃんは掛け声とともに立ち上がる。

「ついでにご飯も作っちゃおうか」
「いや、悪いよ」
「あたしがにいちゃんと食べたいから、いーの」

笑って答えるまひるちゃんに、ヨルくんはぴんと反応して、

「まひるちゃん。僕ハンバーグ食べたい」

なんて答えた。
こいつ、いままでまるで興味なさそうだったのに…。
まひるちゃんはそんなヨルくんにまるで悪い気がしないようで、

「ハンバーグ?あー、じゃあ煮込みハンバーグにしよっか」
「なにそれ? まあハンバーグならなんでもいいか」

なんて、ヨルくんが首を傾げている間に、あっという間に食事の用意を済ませたのだった。

まひるちゃんが片付けてくれたちゃぶ台に、ほかほかと湯気を立ち上がらせる料理たち。
濃い琥珀色のスープに浸かった大きなハンバーグをヨルくんは見つめていた。
まひるちゃんが席に着くとふわりと香しい匂いが鼻をくすぐった。
ヨルくんは今にもよだれを垂らしそうな顔で、ごくりと喉を鳴らした。
苦笑するまひるちゃんの「どーぞ」という言葉を聞くが早いか、ヨルくんは手にしたフォークでハンバーグを一切れ頬張った。
直後、目を輝かせ、それからしばらく無心にもきゅもきゅと咀嚼するヨルくんを見て、まひるちゃんが尋ねる。

「コンソメで煮込んでみた。どう?ヨルくん」

まひるちゃんの言葉に、ヨルくんは十分な時間をかけてそれを味わった上で惜しむように嚥下し、震える声でぽつりと、

「天才か…?」

ハンバーグを見て、まひるちゃんを見て、それから再度ハンバーグを見て。
反芻するように、ヨルくんは改めて口を開く。

「この食べ物を発明した人間は、天才か…?」

おもむろに立ち上がるとまひるちゃんの方を向く。
そして恭しく片膝をついて、頭を垂れた。

「このヴィルヘルム・ヨルムンノート。生涯でこれほどまでに“おいしい”と感じたことはない…!わが主の妹君よ、君に最大限の感謝を…!」

大げさに言うヨルくんに俺が訝しむ。
その長ったらしいのはヨルくんの本名なのだろうか。
当の本人は微動だにせず。
そしてまひるちゃんは「あはは、なにそれ。なにごっこ?」なんて笑って流した。
そしてヨルくんは気が済んだのか卓につき、

「無限に食べれるんだけど」

なんて言いながらもりもりハンバーグと米をかき込むのだった。

「そりゃよかった」

山盛りご飯を掻き込むまひるちゃんがそう言っている間に、ヨルくんはペロリとお茶碗を空にして、俺に「おかわり」なんてお茶碗を差し出した。
俺はため息を吐いてから、炊飯器に向かう。

そしてつけっぱなしのテレビから、ニュースの音が聞こえた。
思わず俺は手を止める。
内容は、10代から20代くらいの女性が、ここ数日この街で意識を失った状態で見つかっているというものだった。見つかるのは朝だったり夜だったりするらしいが、決まって夜に被害に遭っているだろうという話だった。その被害者たちは事件前後の記憶がなく、警察も捜査が難航しているらしい。

俺は昨日のバイトで聞いた店長の話を思い出す。
昨夜のことを思い出す。
柳さくらと、その悪魔のことを思い出す。

「うわ、この辺じゃん。こわー」

まるで他人事のようにそう漏らすまひるちゃん。
俺は少し考えて、そして口を開いた。

「ねえまひるちゃん」
「なに?」
「もし。もしなんだけど。自分の友達が、いい子だと思ってた子が、実は裏では悪いことしてたら、どう思う」

俺がそう問うとまひるちゃんは「うーん」と唸ってから答える。

「いっぱいかなしい」

まるで実感のない言い草に、俺はまひるちゃんをじっと見て、もう一度問う。

「…目の前で、悪いことをしようとしてたら、どうする」

俺が真面目だということが伝わったのだろう。
まひるちゃんはようやく箸を止め、「あー」と漏らした。

そして、目を逸らしながら言う。

「全然関係ないけど。あたしの親友が、最近夜遊びしているらしくて。その子が、もし悪いことしてるんだったら。見つけたら、止めてほしい、かな」

歯切れ悪くそこまで言ってから、まひるちゃんは俺の目を見て、加えて言う。

「お願いしていい?お兄ちゃん」

そんなまひるちゃんに、俺は気になっていたことを尋ねる。

「まひるちゃんはその子が悪いことしてても、それでもその子のこと、友達だと思う?」

俺の問いに、まひるちゃんは、呆れたように笑って、

「当たり前でしょ」

そう答えた。
それから、「ま、心配かけたお仕置きくらいするかもだけどね」なんて、冗談めかしく付け加えた。
なるほど。
その言葉に、彼女に対してどう向き合うべきか、わかった気がした。

「あたしもおかわりしようかな」

そう声を上げるまひるちゃんに「あれ?さっき米盛られてたよね?」なんて思いながら炊飯器の蓋を開ける。
そして中を覗いて、固まった。

「…ごめんね二人とも。我が家の米は有限なんだ…」

まひるちゃんは俺の肩越しに空の炊飯器を覗き込み、

「ありゃ残念」

そう言って踵を返した。
それからまひるちゃんは付け足すように、

「まあいいか帰って食べれば」

なんて零した。
お前まだ食うの?
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