Locust

ごったに

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「現代の吸血鬼……あれが、そうなのか」
 為す術もなく、コウモリ人間にシケイダ君のスタッフ、中野を攫われてしまった。
 既にコウモリ人間の影も見えなくなってしまった。
 引き返そうと訴える運転手をなんとか説得し、俺たちは航行を続けている。
 GoProの電源を切り、甲板にへたり込むシケイダ君に、かける言葉もない。
 子供を攫って精気オドを採取して売っている、というだけでもトンデモ話だ。
 その採取にしても、公になっていない科学的な器具機材を使っているものだと。
 だが、あれはなんだ。
 伝説上の吸血鬼は、無数のコウモリや狼人間に変身することが可能とも言われる。
 あれが元ネタとなる未確認生物なのか、はたまた何者かに造られた人造生物なのか。
 後者だとすれば、一体、どうやって?
 陰謀論によくある、宇宙人からもたらされた超科学の産物なら、もはやファンタジーと大差ない。
 あんなものに精気を吸われているのだとしたら、おそらく、もう直斗は優愛と同じく……。
 俺の後悔を嘲笑うように、クルーザーは角髪島へと到着した。
 運転手に無理を言った手前、ここまで来て怖気づいてなどいられまい。
「君はどうする」
 へたり込んだままのシケイダ君に声をかける。
 男なら仲間を助けに行くべきだ、立ち上がれ。
 そんなことは言えない。言う権利もない。
 きっと、運転手はさっさと本土へ帰ってしまうだろう。
 上陸すれば、十中八九死ぬ。
 銛を弾く皮膚を持つコウモリ人間のようなものが、他にもいるに違いないからだ。
 それでも、俺は行かずにいられない。
 直斗が生きている可能性がわずかでもあるのなら、死神とだって戦う。
 クルーザーを降り、島に上陸する。
 海水が靴に染み込み、足元に不快感が纏わりつく。
 砂を踏んで歩き、目の前に広がる暗い森を目指す。
「待ってください」
 海水を散らして走ってくる足音がした。
「俺も、行きます」
「死にに行くようなものだぞ」
「だとしても。ここで尻尾巻いて帰ったら、一生、後悔すると思うので」
 覚悟が決まっているのは、どうやら俺だけではなかったようだ。
 シケイダ君もまた、喫茶店で俺に協力すると決めたときから、心を決めていたのだ。
「ナビを頼むぞ、シケイダ君」
「任せてください」
 一応、地図は頭に叩き込んでいる。
 しかし、こういうとき、男は自分に役目があると自覚がある方が滾る生き物なのだ。
 俺たちは、森の中へと分け入って行った。

  ◆

 持参した鉈を振り、足元の草木を払いながら進む。
 山道を切り拓くためであるが、毒蛇避けの意味もある。
「鈴とかつけてなくていいんですかね」
「クマ避けか」
「はい」
 スプレー缶のキャップを取る音がした。
 クマ撃退スプレーだろう。用意のいいこった。
 日本の山ならどこでも、クマがいたっておかしくはない。
 イノシシなら、海を泳いで渡ってくる様を動画で見たこともある。
 不安に思うのも無理はない。
「だがコウモリ人間にとっては目印になるぞ」
「コウモリだったら超音波で居所バレるんで、どの道なんじゃないですか?」
「それもそうだな」
 角髪みずら島は、無人島というわけではない。
 島の反対側には、普通に港や人家、商店が広がっている。
 森側から上陸したのは、療養所や秘密教会が森を背に建っているからだ。
 元刑事とはいえ、俺は三七歳。
 シケイダ君も二〇代と若いが、山登りに慣れているわけでもない。
 目的地を前にして、二人とも肩で息をしていた。
「あっ、森を抜けますよ」
 土地勘のない森の中で、化け物に襲撃されるかもしれない。
 そんな緊張感でいっぱいだったからだろう。
 開けたところに出るという解放感から、走りだそうとしたシケイダ君を引き留める。
「ピクニックに来たんじゃないぞ」
 小声でたしなめて、わかりやすい森の出口から右へと旋回する。
「もう、闇に目が慣れているだろう?」
 回り込んだ先から、シケイダ君が飛び出そうとした出口の方を指差す。
「えっ」
 声を上げようとしたシケイダ君の口を塞ぎ、それを封じる。
 俺が指差した先には、肩ベルトから提げたアサルトライフルを構えた男が、首を傾げていたからだ。
「こ、ここ。日本ですよね?」
「驚くのも無理はない。だが、精気を求める連中は政府、いや政府を牛耳る大企業にだってゴマンといるんだ。銃刀法の一つや二つ、なんてことはない」
「あれじゃ入れないじゃないですか」
「心配するな」
 俺は鉈を構えると、腰を落とした。
「こいつがある」
「いや無茶でしょ」
「お前は合図するまで、ここで待ってろ」
 シケイダ君を残して俺は単身、銃持つ衛兵への接近を試みる。
 そう、兵だ。
 アサルトライフルを持った者をただの警備員とは、呼ぶまい。
 心臓が早鐘を打つのを、努めて落ち着かせる。
 怖くない、と言えば嘘になる。
 刑事時代に銃を撃ったことはあるが、所詮は訓練だし、ハンドガンだ。
 一般市民よりも銃に慣れているなんて、アサルトライフルの前で言えるわけがない。
 銃口を向けられた瞬間、ここまでの努力は水泡に帰す。
 協力してくれたシケイダ君を道連れにしてしまうし、優愛の仇も取れない。
 直斗の安否もわからないまま、終わりだ。
 死の恐怖と、失敗の許されないプレッシャー。
 脂汗が滲む。
 口から心臓が出そうな緊張の中、一歩、また一歩と進む。
 鉈を握る手に力が入る。
「────ッ!?」
 突如、足裏に針のようなものが突き刺さる。
 悲鳴を上げそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
 針は足を上げても突き刺さったままで、次の一歩でも俺を苛んだ。
 顔面に力を込めて全力でそれに耐え、木の陰に隠れて靴裏を確認する。
 栗のイガだった。
 クソみてぇなもん、植えてるんじゃねぇっ!!
 鉈持つ右手をそれに伸ばしかけた、そのとき。
 目の前で赤いレーザーポインターが二本、交差した。
 まずいっ……!!
 こういうところで衛兵が一人、なんてことはまずない。
 一人を奇襲で倒し、奪ったアサルトライフルでもう一人を始末するつもりだった。
 なのに、二人に一遍に見つかってしまった。
 俺が隠れている木のすぐそばまで来ている。
 イガが刺さったせいで、どうしても慎重に歩を進められなかったのだろう。
 こうなったら、仕方ない。
 逸る心を必死に鎮める。
 優愛ゆあ
 俺に力を貸してくれ。
 亡き元妻に祈り、神経を研ぎ澄ます。
 近づいて来る足音に耳をそばだてる。
 精一杯引きつけた後、俺は木の陰から飛び出した。
 右手側から来ていた衛兵の顔面に、振り上げた鉈を渾身の力で叩きつける。
 一撃の下に昏倒させると、くずおれた衛兵を素早く抱え上げる。
 銃声が轟いた。
 もう一人の衛兵が引き金を引いたのだ。
 盾にした衛兵の身体越しに、着弾の衝撃が伝わってくる。
 踏ん張って耐えるが、足を狙われれば終わりだ。
 一秒でも早く、反撃しなければ!
 一か八かだ!
 俺は鉈を捨て、衛兵の死体を盾にしたまま吶喊とっかんした。
 当然、足を狙われるのだが、間一髪で銃弾を回避した。
「ぐうぅっ!!」
 踏み込んだ際、イガが深く足に刺さった。
 ついに堪えきれず、その痛みに飛び上がったのと同時、足元を銃弾が抉った。
 思わぬ幸運だった。
「うわぁっ!」
 幸運ついでに、盾にしていた死体を生きている衛兵めがけて突き飛ばした。
 当然、俺は無防備になってしまう。
 だがもう一人の衛兵は、急に死体をパスされたことで体勢を崩した。
 銃口も俺から逸らされている。
 好機チャンス
 拳を硬く握りしめ、全体重をそれに乗せる。
 振り下ろした拳骨に、衛兵の鼻を折る手応えがあった。
 即座にアサルトライフルを奪い取り、腹を蹴り飛ばす。
 倒れた衛兵に馬乗りになり、床尾板バットプレートで頭を滅多打ちにする。
 伸びたところに、額へ銃口を宛がう。
「悪く思うな。何事にも練習は必要なんでな」
 引き金を絞る。
 銃声がして、衛兵の頭が跳ねた。
 拭うことのできない汚れが、魂にべったりとこびりついたような感触を覚えた。
 だが、そんな感傷に浸っている暇はない。
 死体を裸に剥き、衛兵のジャケットなど装備一式を奪い取る。
 変装、というよりも弾倉マガジンなどを携行するのに都合がいいからだ。
 イガを靴から抜くと、鉈で殴った衛兵の装備も剥ぎ取った。
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