ナオミちゃんの恋

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ナオミちゃんの恋‐2

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「はい、では次。夢田尚臣君、インタビューを発表してください」
「はい」
 小辻先輩とは逆隣に座っていた、確かおでんの具みたいな名前の同学年の女子からマイクを受け取った。
 衆人環視の環境で女を泣かせるなんてサイテー、と顔に書いてあった。
 こういうやつがネットで政治とか戦争について愚かな持論を展開するから、SNSが腐るのだ。
 小さく溜め息を吐いて、マイクのスイッチを入れる。
「『私、グラビアアイドルになりたい!』
 卒業後の希望の進路を筆者が訊ねるよりも早く、小辻先輩は夢を語ってくれた。
 天真爛漫、とでも言うのだろうか。
 子供のように純粋な気持ちで目を輝かせるや、頼んでもいないのにポーズを取ってくれた。
 小辻先輩こと、小辻空は本学の三年生である。
 空襲の空でクウと読む、個性の光る名前に負けないキャラクターを感じさせる女性である。
 ──どうして、グラビアアイドルになりたいんですか?
 筆者が訊ねると、自信満々に
 『ここだけの話。私、結構モテるのよね』
 と小辻先輩はウインクした。
 どこでモテるのかは秘匿されたが、
 男友達や元カレがたくさんいることを匂わせたいのは、
 そういったことに疎い筆者にもさすがに読み取れる。
 ──失礼ですが、現在既に活動はされているのでしょうか?
 モテることとグラビアアイドルとして活躍することは、直結しないのではないか。
 本音で質問しては、相手の機嫌を損ねかねないので遠回しに訊いてみた。
 『うーん、カラダ作りが間に合わなかったから、
  来世で目指そうと思ってる』
 まさかの来世の展望だったとは、お釈迦様でもわかるまいというやつだ。
 何も巨乳だけがグラビアアイドルではあるまい、
 今生でも挑戦するだけしてみればいいのに、とは言わぬが花か。
 『今回の人生ではねぇ~、近所のお姉さんとして
  中高生男子の噂になってみたいなぁ。
  んで、仲良くなった子を甘やかすの』
 屈託のない笑みで堂々と未成年者を篭絡したいと、語る小辻先輩に筆者の背中を冷たいものが伝った。
 本インタビューが、後年の彼女が未成年者への性加害で逮捕されたときに、
 犯罪者の卒業文集よろしく引用されないことを切に願う。
 ──同い年や年上よりも、はっきり年下と感じる男性が好みなんですね?
 『うんっ、だって可愛いから! 
  年上とか偉い人は私を可愛がってくれるのはいいんだけど、
  何か世渡りムーヴしちゃって、素直になれないんだよねぇ』
 小辻先輩が男と女はまったく違う、という価値観の持ち主であることを筆者は読み取った。
 自分は年上相手では素直になれないが、男子は馬鹿だから甘やかせば自分に依存するに違いない。
 そういった傲慢とも呼べる自信を持っているのだ、と。
 ──ちなみに、希望のデートプランなどありますでしょうか。差し支えなければ、お聞きしても?
 『えとねぇ、んっとね、制服の男の子とスイーツ食べに行ってね、
  姉弟かな、って道行く人に勘違いされたい!』
 ──なるほど。本日はありがとうございました。
 彼女の夢が、法律の範囲内で叶うことを願い、筆を置きたいと思います」
 まばらな拍手と、男子の先輩たちの忍び笑いに送られて俺の発表は終わった。
 小辻先輩の回答(※捏造)に朗読風の抑揚をつけたのが、ツボったのだろう。
「先生もそこのペアのやり取りをしっかり聞いていたわけではないですが、えー、そんなやり取りをしていたんですね」
 揚げ足取りのメモを元に組み上げた完全な創作であることが、教授にはバレているようだった。
 バレいでか。
 だいぶ落ち着いてきたようだが、小辻先輩は未だに俯いている。
 髪の毛が垂れて顔を覆うベールのようになっているのは、彼女にとって幸いなことかもしれなかった。
「小辻、大丈夫か? 発表、できるか?」
 半笑いで教授が小辻先輩に確認を取る。
 泣いているだけなのか、肯定したのか定かでない首の動きの後「はい」と涙声の返事があった。
「えー、では、夢田君。小辻さんにマイクを渡してください」
 マイクが見えるよう、俺は机に乗る小辻先輩の髪の毛の中へ差し入れた。
 ゆっくりと手でマイクを掴んだ小辻先輩。
 インタビューというより俺への個人的な恨み言がこれから始まるのだな、と思わず身構えた。
 だが、マイクの電源をオンにした小辻先輩が勢いよく顔を上げたことで、俺は完全に虚を突かれてしまう。
「はーい、じゃあ発表始めまーす!」
「うるさい、小辻。落ち着いて発表しなさい」
「えへへぇ、すみませぇん」
 にへら、と笑う小辻先輩。
 泣いていた痕跡は残っているものの、その笑みは太陽のごとく明るい。
 いや、正直に告白しよう。花咲くように、可憐だった。
「『女みたいな名前だって言われるのが、死ぬほど嫌いです』
 私が彼の名前を初めて聞いたときに、少しからかったのがいけなかったようでした。
 夢田尚臣君、大学二年生。
 出身は東京、とだけ。
 何区かを言わない人は、二十三区外出身というのは私の偏見かもしれないけれど、
 そういう印象を受けました。
 ただでさえ機嫌を損ねているし、わりとどうでもいいのでそこは流すことにしました」
「いや、訊きなさいよ。オホン、失敬。続けて、どうぞ」
 普通に偏見だった。
 俺は小笠原諸島出身とでも思われているのか。余裕で世田谷区じゃ。
「──大学生活は楽しいですか?
 『高校までの空間に比べれば、楽しいですね』
 我ながら当たり障りのない質問だと思ったのですが、返ってきたのは闇を感じさせる回答。
 大学と違って、クラス単位で行事に参加したりみんなで同じ授業を受けたりして、
 不思議な縁と連帯感があるのが高校まで。
 自由もいいけど、三年になって友達と講義が被らなくなってきた私としては、
 あれはあれでいいものだったのに。
 尚臣君はそうは思っていない様子。
 来年になれば、高校までも良かった、と彼も思うかもしれませんね」
 友達と講義が被らなくなってきて、小辻先輩は寂しいらしい。
 だったら俺は一年生の頃からずっと寂しいわけですが?
 サークルもやらない、バイトは女系社会で気を遣うのと女の負の側面を見せられるだけ。
 実家から通学する関係で、親との連絡も煩わしいから飲み会やカラオケを断っていたら完全に友達を作るタイミングを逸してしまった。
 それでも、クラスという趣味も気質も合わない集団に押し込められ、何かを勘違いした猿山の大将に仕切られ、虐げられる環境の方が良かったなどと思う日など。
 永遠に来ない。誓ってもいい。
「課外活動について訊ねると、チェーンのドーナッツ屋さんでアルバイトをしているとのこと」
 〇〇屋、という言葉は昨今では蔑視の意味があるとのことで校正さんにチェックを入れられる、と小説家がネットで嘆いていた。
 ゼミという閉鎖的な空間だし、所詮は大学生の群れだからそのへんはどうでもいいが、このいけ好かない女には少しでもケチをつけてやりたい。
 発表を遮ると注意されかねないので、心の中で言うだけだけど。
「──おしゃれなお店でバイトしてるんだね
 実は制服が可愛いのに憧れて、実は私もドーナッツ屋さんの面接を受けたことがあったんだけど、
 残念ながら落ちてしまいました。たははぁ……。
 素敵なバイト先に受かったことへの羨ましさを込めてした質問だったけど、
 夢田君の回答はまたもやさぐれたものでした。
 『おしゃれだろうが、華やかだろうが労働は労働です。
  年寄りは何を言っているのか理解が難しいし、ガキは席を汚す。
  それが現実です。卒業後、接客業にだけは就きたくないです』
 失礼かもしれないけど、夢田君にはドーナッツ屋さんでバイトするには
 クールすぎるところがあると私も思いました。
 代わりに私が働きたいなぁ、と思いました」
 新しいバイトを探すのがダルいから、惰性で続けているだけのものをそんなに美化されても戸惑うだけだ。
 話すことを考えてから口を開くことのできない年寄りは、支払いの終わった後からドーナッツを別の商品と交換しろとゴネだすんだぞ? 二時間とか経った後で!
 マジでやってられん。
 ガキはガキで、店内での飲食でよりによってメロンソーダのグラスをぶちまけるから嫌になる。
 大量に含まれる砂糖がしつこくて、テーブル、ソファ席、床はどれだけ拭いてもベタベタ感が残る。
 いっそ薄めて提供すべきではないかと、店長に談判したこともあったが当然のように却下された。
 確かに、客からすればぼったくり価格なのに薄いメロンソーダを出す店なんかあったら、俺は二度と行かない。
 宝くじでも当たれば、喜んで代わってやる。
 インタビューでは言及しなかったが、女子高生なんかも最悪だ。
 群れで入って来ては、長時間居座り、けたたましい怪鳥のような声で喚き散らす。
 そういうのはハンバーガーショップでしろ、と思ったのは一度や二度ではない。もっと雰囲気を大事にしろ。
 今日の帰りに、宝くじ買ってみようかな。
「普通の質問をしているだけなのに、夢田君はまるで地雷原。
 何を訊いても闇の深い感じの答えばかり。なんとか、明るい話題はないものか。
 そこで、私はみんなが気になっていることを質問してみることにしたのでした!
 ずばり────!
 ──お付き合いしてる彼女さんはいるんですか?
 訊かれると思ってなかった、という顔で沈黙する夢田君。
 たっぷりの間を使った後、夢田君は重い口を開いたのでした。
 『こんな嫌な性格の男と付き合う、物好きな女がいると思いますか?』」
 瞬間、ゼミ室内が爆笑の渦に包まれた。
 教授までが、指差して俺を笑っている。
 今日顔合わせしたばかりの、よく知らない人たちが、俺を嘲っている。
 恥ずかしさで全身が熱い。今すぐこの場から逃げ出したい。
 何がおかしい、事実じゃないか。
 世界広しといえど、俺みたいな男をいいと言ってくれる同年代の女子なんかどこにもいないだろうが!
「また夢田君の地雷を踏んでしまいました」
 笑いが収まるのを待って、小辻先輩は発表を再開した。
 クソッ、俺に彼女がいれば小辻先輩をビンタしてくれたのだろうか?
「もう何を訊いても光の回答が得られないと思った私は、ヤケクソで失礼な質問もすることにしてみました」
「いいぞ、それでいいんだ……あ、失礼。続けて」
 教授はもっと中立的な立場でいて欲しい。
 俺を腐すような茶々をいちいち入れないでくれ。
「──どうして、嫌な性格になったんだと思いますか?
 『名前を女みたいだとイジってくるやつがゴマンといたからですよ。
  先輩みたいにね』
 なんと、私の出した何気ないチョッカイが、
 彼をさらに追い詰めていたことが明らかになってしまいました。
 同時に、私は彼が一瞬目を伏せるのを見逃しませんでした。
 それを見た私は思ったのです。
 あぁ、うちのマリンを拾ったときと同じだ、と」
 誰だそれは。
 お前は弟か妹を橋の下で拾ってきて、キラキラネームをつけたのか。
「初めて会ったときのマリンはすべてを諦めたような顔で、
 橋の下の段ボールから抱きあげようとする私にそっぽを向いて拒絶しました。
 私はそれでも食い下がり、マリンを抱きあげたのですが、
 腕を噛んで私の腕の中から飛び出して行ってしまいました」
 歯の生え揃った捨て子を……いや、これ人間じゃねぇな。
 犬かなんかだろ。
 俺がインタビューをマイルドに創作するのに、あんなに心を砕いたというのに!
 この女は、あろうことか俺を犬畜生と同じだと言うのか。
 捨て犬が狂犬病を持ってさえいれば、俺の名誉がこんなにも踏みにじられることはなかったのに!
「──ごめんなさい、そんなにナオミ君を傷つけるとは思わなくて
 『謝らなくていいですよ。
  そんなことで俺の嫌な気持ちは晴れないし、
  あなた一人が謝ったところで、
  他の大勢は言ったことも忘れてのうのうと生きてるんですから』
 今日一番の、極大の夢田君の闇を私は引き出してしまいました。
 諦めに心を支配され、この世のどこにも安らげる居場所、温かな愛はないと達観した言葉。
 こんなの、悲しすぎます!
 私は、やっぱり光を諦めたくありません。
 マリンだって、今では我が家の一員です。
 それは、私が諦めずにマリンと向き合い、愛情を注ぎ続けたからです。
 だから私は、最後にこう質問しました。
 ──彼女、欲しいと思いますか?
 夢田君の顔は歪みに歪み、これ以上ないというほどに歪み切りました。
 そして、たっぷりと考えた後に、彼はこう答えたのです。
 『億万が一できたら、いい経験には、なると思います。まったく期待してませんけど』
 なんと、最後の最後で暗黒夢田君から彼女募集中という前向きな言葉を引き出すことが出来ました!
 これも私が可愛いからですよねっ☆
 おしまーい!」
 俺は彼女募集中で、インタビューを利用してゼミ中にその情報を拡散した。
 この曲解は、再びゼミ室に爆笑をもたらした。
 にっこにこでマイクを次の発表者に渡す小辻先輩に、悪びれる様子はまるでない。
 俺がこんな生き恥を晒したというのに……!
 生きてきた時間がたった一年違うだけで、こんなにも悪辣なことができるのか。
 人間とは、かくも邪悪なものなのか。
「えー、とね。夢田君は、ゼミの空気がギスギスしない程度に彼女を、作ろうとしてみてください」
「そんなことしません!」
「しないの!?」
 思わず教授に食って掛かったが、そこに小辻先輩が割り込んで来た。
「するわけないでしょ。結果のわかっている負け戦なんて。徒労、骨折り損のくたびれ儲けですよ」
 こんな恥ずかしいやつの彼女になりたいとか、まともな神経の女が考えるわけがない。
 だからそんな女、いたところでこっちから願い下げだ。
「なんでなんで? 私、立候補するのに」
「は? 何言ってるんですか、先輩」
「だから、夢田君の彼女に立候補するって」
 おおお~っ!? とゼミ室内にどよめきが満ちる。
「嫌です。先輩だけは、絶対に嫌です」
 彼女以前の問題だ。
 噓泣きの芝居まで打って、俺に恥をかかせるような相手を近くに置きたくない。
 またいつめちゃくちゃなことを仕掛けられて、恥をかくかわかったもんじゃない。
 だったら、一人で死ぬ方がマシだ。
「ケチー! いいもん、夢田君が首を縦に振るまでしつこくつき纏うから!」
「おまわりさんこいつです、ストーカーです」
「ちーがーうー! 彼女募集中だって言うから応募して内定取った彼女です」
「募集自体が捏造だし、内定出した覚えはねぇ!」
「はーい、ひとまず小辻は夢田と対角線で背中合わせになる席に移動。他の人の発表も残ってるんだから、静かに聞け」
「先生の意地悪!」
「先生、俺が動きます」
「あー、逃げるな!」
「もういい、おまえらもう今日は出ていけ!」
 ゼミ初日にして、教授の逆鱗に触れてしまった俺は、迷惑な先輩ともども欠席扱いとなってしまった。
「えへー、怒られちったね」
「誰のせいですか、誰の」
 ゼミ室を出て、とぼとぼと歩く俺の周りを小辻先輩がぱたぱたと走り回る。
「えー? でもさぁ、こんな可愛い彼女できたの、嬉しくない? ん?」
「それ本気なんですか?」
「私、嘘つかない」
「嘘泣きしておいて、どの口で言うんですか」
「嘘じゃないよ、お芝居だよ」
「一緒だろ!!」
「でもねでもね、年下の可愛い男の子に、あんなにひどいこと言われて悲しかったのはホントなんだぞっ」
 ぷくぅ、と頬を膨らませる小辻先輩。
 あの、可愛くないですよ。
「へーへー」
 妙なキャラ付けで戯言をまくし立てられるのは、案外しんどかった。
 しかも年上だからな。
 こういうのが許されるのは、アニメだけなんだなと学んだ。
「何その態度ー! 謝って! 私、先輩だよ?」
「インタビューのメモ通りのことは言ってないでしょうが」
「でも、来世でグラビアアイドル目指してる痛い女~、って言ったじゃん」
「わがままボディとか、自分で言うからでしょうが。自称わがままボディ、ってみんなに言った方が良かったですか?」
「自称じゃないもん! 胸あるもん!」
「そりゃ胸も乳首も、男や子供にだってついてますからね」
「ちーがーうー! おっぱいあるもん!」
 突如、小辻先輩が両手を広げて、飛び掛かって来た。
「うわっ」
 腕に抱き着かれた瞬間、やわらかな感触が伝わって来た。
「ほらぁ、あるでしょう? もう私のこと、女としてしか認識できなくなったでしょう?」
「な、なってない!」
「なってるなってる! 顔真っ赤だよ、ナオミちゃん」
「その呼び方やめろ! 顔も赤くない!」
 全身が火照っているので、赤面しているのは自分でもなんとなくわかるのだが、認めたら負けだ。
「私ね、ホントに年下好きなんだよ? 別に、中高生限定ってわけじゃないし」
「何の話ですか」
「ナオミちゃん、捏造インタビューで言ってたじゃん。私のこと、年下好きだー、って」
「おっしゃる通り捏造ですから。それが偶然当たったから、なんだってんです」
「いや~、あのやり取りだけで私のこと言い当てるなんて、すごいなぁ、って。もしかして、運命だったりして、ね?」
「馬鹿馬鹿しい! そんなもん、あるわけないでしょうが。もう俺につき纏わないでください」
「え~? ゼミ一緒なのに?」
「俺が先輩を避けて、一切口を利かなかったらどうにでもなりますから。それじゃ」
 胸の感触は惜しかったが、力ずくで小辻先輩を振り払い、俺はコンビニへ向かう。
 まだこの時期は、真面目に講義へ出ている学生が多い。
 せっかくゼミを欠席にされて追い出されたのだ、さっさと昼食を確保しておくのがいい。
 学食を利用すると、ストーカーを絶対に振り切れないだろうから、コンビニだ。
 ソーセージのうまいナポリタンでも買おうか。
「ねぇ~、ナオミちゃーん」
 無視だ、無視。
 あれは犬猫や昆虫の鳴き声と一緒だ。
「お昼、お姉さんがおごったげよっか」
 ピタッ。
 危うく、前のめりに倒れるところだった。
 俺は立ち止まり、ゆっくりと小辻先輩の方へ向き直る。
「サークルは金の無駄だからやらない、お金がもらえるからアルバイトはする。じゃあ、タダ飯には興味あるよね~?」
「……まだまだ食べ盛りですよ、俺」
「んっふふ、女に二言はないのです」
「今、完全にステーキの気分です」
「学食にあるなら、いいよ」
「異様に高い貸しを作る気は、こちらもありません」
「ところで、ご飯で釣られてくれるなんて、そんなにお金に困ってるの?」
「困ってるっちゃ困ってますけど、憐れまれるような理由ではありません」
「何? 奨学金返済貯金?」
「……ソシャゲの課金です」
「あはははは、それにバイト代全ツッパしたくてサークルやんないの? もったいな!」
「俺の勝手でしょう」
「はいはい、勝手勝手。私が彼氏を餌付けするのも、私の勝手」
「……そこだけ聞かなかったことにしますね」
「いや聞けし!? そんで私のこと好きにな~れっ☆」
 また小辻先輩が、腕に抱き着いて来た。
 もう振り払うのもめんどくさいので、放っておくことにする。
 すれ違うぼっち感MAXの男子学生に舌打ちされると、違うんだ、と弁明したくなる。だが小辻先輩が離れてくれない限り、説得力が発生しない。
「私は何食べよっかなぁ~、とろろ蕎麦とかにしよっかなぁ。ねぇねぇ、ナオミちゃん、子供何人欲しい?」
「うるせぇ! 気が早いわ!」
「あーっ、気が早いってことは、いつかはオッケーなんだ! やったー、彼氏できたー!」
「ぬああああ、どう返せばいいんだよ、これは!」
 まったく、この先輩には敵わないな。
 どうせいつか飽きるだろうし、それまでせいぜい、昼飯でも奢ってもらうとしようか。
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