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3章

12話目 中編 初昇級

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 ……ん?

「昇級……?」
「そうだ」
「な、なんで急に!?」

 俺の驚きにクロウナさんは顎に手を当てて首を傾げる。
 そこにはあざとさとかは全くなく、「なぜそんなことをわざわざ聞くんだ?」とでも言いたそうな怪訝な表情をしていた。やっぱりそういう姿が様になっている。
 待て、それよりも昇級?

「急じゃない。さっきも言った通り君は十二分に貢献してくれた。冒険者の依頼でもないのに……残念ながら金などの報酬を渡すことはできないが、代わりに昇級という形で讃えようと思う」
「昇級……」

 正直実感が沸かなかった。
 というのも元の世界での俺は功績なんてものは立てたことがなく、ずっと平社員だったからだ。
 別に何もしなかったとかじゃない。入社した当初はそれはそれは頑張った。
 若気の至りとも言うべき所業だ。
 「社会に出て頑張れば救われる」なんて思っていた時期もあったが、結局社会も変わらなかった。
 つまり何が言いたいかと言うと、俺の頑張りは全て上司に奪われ、「貢献」や「昇給」などといったものとは無縁になった。
 そりゃあ、その時は上司が悪かったと言えばそうなるだろう。その後、その上司は横領などがバレて左遷されたとかクビにさらたとか……
 でも俺にはもう関係なかった。
 「もしかしたら」「かもしれない」……裏切られるのがもう面倒だったから、頑張るのをやめた。
 ほどほどにして、定時に帰れる程度にして。
 そんな俺がなぜか異世界とかいう未知の場所に連れてこられ、生き残るために右往左往してたら一ヶ月で昇級だとよ。

「昇級すればワンランク上の依頼も受けられるようになる。聞けば借金をしてるみたいだが、そんな君にはタイムリーな話じゃないか?」

 借金を餌にするクロウナさんの言い方に若干の腹立たしさを感じた俺は、小さな反抗をしたくなってしまった。

「俺はできる限り安全な雑用の依頼を受け続けたいんですがね、ワンランク上の雑用依頼ってあるんですか?」

 普通ならこんな我が儘など言う意味がないのだが、ちょっとでも困らせてやろうという発言だった。

「なるほど、雑用……たしかに君はこの町に来てから受けた依頼のほとんどが家庭の庭掃除に洗濯荷物、整理などなど。おかげで誰もやらなかった消化不良だった依頼もだいぶ減った。そういう意味でも階級を一度に二つほど上げたいのだが……規約でそれは禁じられている……あぁ、より上ランクの雑用だったな。心配しなくても腐るほどある。金を出してまでしてほしい面倒臭がりはいくらでもいるからな。まぁ、この町にはないが特殊な内容なものもあるから、それだけ肝に銘じておいてくれ」
「わ、わかりました」

 ……純粋に凄いと思った。
 ここまで噛まずに長々と早口に喋った人はテレビ番組以外で見たことない。俺だったら絶対噛む自信があるからな!

「では昇級手続きはすでにほぼ終わっているから、次に依頼を受ける時には昇級している。これからも精進してくれ、『見習い』冒険者ヤタ」
「……ありがとうございます!」

 その言葉を口にした瞬間、なんだか認められた気がして嬉しく思えた。
 ……あっ、そうだ。

「そういえばこの二人は?特にマルスは俺と一緒に……いや、こいつがいなかったら俺はこの場にはいなかったと思いますから……」
「ヤタ……」

 横でマルスが俺を見てる気がするが、視線はクロウナさんに向けたままにしてある。俺はゲイじゃないからな。

「……彼らか。彼らには本当に申し訳ないが、もう階級を上げることはできないんだ。だから報酬は本当に何もない。精々、次の依頼を達成した時の報酬金を二倍にすることくらいだろう」
「階級を上げることができない?それって……」

 そこでルフィスさん、そしてマルスに目を向けると二人は立ち上がり、通行プレートと一緒にダイヤのようにキラキラした別のプレートを見せてくる。
 ルフィスさんのは手の平、マルスは剣の形を中央にし、それらをトゲトゲしたものが円を描くように囲っていた。
 ちょっと厨二心をくすぐる形。それが意味するところは……

「『拳魔』ルフィス、『剣聖』マルス、彼らはそれぞれの分野で最高峰の階級を持った猛者たちだ」
「……マジかよ」

 目の前にいる二人は見た目だけじゃなく階級もイケメンだったらしい。

「悪いね、あまり自慢は得意じゃないんだ」
「どうだい、惚れたかい?惚れたのなら明日にでもデートを――」
「それはないです無理ですごめんなさい」

 ……どうやら俺は今まで凄い奴を二人も相手にしていたらしい。

――――


「昇級!?やったじゃニーか!」
「ヤッタ、ヤッタ!」

 クロウナさんたちとの話をそこそこにその場を後にし、レチアたちのところへと戻った。
 そして報告もついでにしたら彼女たちからはそんな反応が返ってきた。

「なんで俺より嬉しそうなの?」
「むしろなんでヤタはそんなに嬉しそうじゃない二?」

 いや、嬉しいよ?嬉しいけど実感が湧かないだけ。

「それじゃあ早速、一つ上の依頼を受けてみる二!」
「そうだな、それじゃあ……」

 俺は掲示板に貼られた「急募!荒れた庭の掃除!」という紙に手を伸ばした。
 すると後頭部が叩かれて衝撃が走る。

「何をする」
「おみゃーこそ何を選んでる二?せっかく階級が上がったんだからそれ相応の依頼を受けなきゃどうする二!?」
「何言ってる、これが『それ相応の依頼』だろ。ほれちゃんと見てみろ、条件に『見習い以上』って書いてあるだろ?」
「そうじゃにゃいだろ!」

 再びスパーンッ!と綺麗な音を立てて叩いてきた。レチアさん、興奮し過ぎて語尾が戻ってますよ。

「……俺は痛みを感じないからいいけど、レチアは痛くないのかよ、その手?あと語尾」
「痛いに決まってるにゃ……二!このあんぽんたん!」

 あんぽんたんって久しぶりに聞いた気がする。あざとくされるより余程可愛いと思えてしまう。

「なんで階級が上がっても雑用をやろうとする二!もっといい依頼とかあるじゃ二ーか!」

 レチアは「これとか!」と言って一つの依頼書を指差す。
 そこれは見たことのない魔物の絵が描かれた討伐の依頼だった。
 えー……

「俺としてはこの町に引きこもって稼いでいたいんだけど」
「……家に引きこもるのは聞いたことあるけど、町に引きこもるって初めて聞いた気がする二」

 自宅警備員ならぬ住宅警備員ってな!
 ……ん?それってロザリンドさんたちと同じ役職ってこと?なんだかちょっと申し訳ない気がする……

「そもそもこの内容……『猿っぽい魔物の退治十体』って、俺たちには荷が重いんじゃないか?しかも内容的にはまとまって行動してるみたいだし」
「……本当、ヤタはどうでもいいところに目を付けるのが上手い二」
「まぁな。これでも詐欺に合わないよう契約の内容とかはちゃんと確認する男だか、な」
「一応言っとくけど褒めてない二よ?」

 そう言ってジト目で睨んでくるレチア。
 前から思っていたけど、そろそろ本気で癖になりそうだからやめてくださいレチアさん。

「でも雑用も立派な依頼なんだ。さっき昇級する時、ここの代表にちょっとだけ褒められたぞ?」
「多分それ皮肉じゃ二ーか?」

 やめろ。せっかく褒められたと思っていい気分だったのになんでそんな落とすようなことを言うの。
 これで本当に皮肉だったら、俺はまた一歩人間不信になるぞ?

「ったく……ん?」

 そこで何となく扉の開いた音がして、気になったのもあって視線を出入り口の方へ向けると、そこにはララが立っていた。
 なんであいつがここに?
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