おもらしの想い出

吉野のりこ

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吉田奈々のおもらし 利尿剤を試して 高校2年生のとき

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 茉莉那のおもらしの原因をつくった葉紀子のことが、どうしても許せない吉田奈々(よしだなな)は土曜日のお昼、自宅で姉に頼んでみた。 
「お姉ちゃん、前に利尿剤を買ってたよね。体重を減らすのに」 
「ん? ああ、あれ」 
「あれを私にも分けて」 
「いいよ。いいけど、ダイエットとしては最低の手段だよ、あれ。効果は一時的だし」 
「効果はあるの?」 
「あるよ」 
「分けて」 
「はいはい」 
 姉はパッケージされた薬剤シートを奈々にくれた。奈々はまずトイレに入って、おしっこをしてから自室に500ミリリットルのペットボトルと利尿剤をもって戻った。 
「まずは自分の身体で試してみよ」 
 時刻をメモし、利尿剤を2錠、500ミリリットルのボトルで飲んでみた。ボトルもすべて勢いよく飲みきる。 
「ふーっ…」 
 それから利尿剤についてスマートフォンで調べてみる。 
「ふ~ん……腎臓での再吸収を妨げるのか………これ医師の処方箋がないと手に入らないんだ。……あ、個人輸入なら診察うけなくてもいいんだ。あ、しまった。盛るなら、味を確かめないと。もう1錠くらい平気かな」 
 奈々は薬剤シートから、さらに1錠を取り出し、清潔に拭いたカッターナイフで半分にしてみる。 
「まずは水溶性の実験を………」 
 一階から水道水をコップに入れてきて、そこへ半分にした錠剤を落としてみた。 
「いいね、すぐ溶ける……あ~、でも、ちょっとザラついた感じが底に残るなぁ。ミルクティーとかに混入すれば見えないけど、底に残った分を飲みきってくれないと効果がないかも。味は……」 
 奈々は利尿剤を溶かし込んだ水道水を飲んでみる。 
「うん、いい、ほとんど無味無臭、これを盛られたらわからない。けど、底に残るなぁ」 
 匂いも味も無かったけれど、溶けきらない分が底に残りやすかった。 
「直接、食べるとどうかな? あむ」 
 奈々は残り半分の錠剤を食べてみた。舌の上で転がす。すぐに溶ける。 
「ん~……ほんの少しだけニガい? でも、これは食べ物に入れたらわからないレベルかも」 
 奈々は飲んだ水の量と時刻を再びメモし、下腹部を撫でる。 
「そんなに、いきなりくるわけでもないんだ。まあ、まだ5分だし。空腹時と食後で作用も変わるかな。あいつに盛るなら、しっかり実験を繰り返した後の方がいいし。フフ、一発で一生消えない大恥をかかせてやる。茉莉那ちゃんの仇は討つからね」 
 頼まれていないけれど、雪辱を晴らしてやるつもりだった。その前に薬の性質と効果を優良校の生徒らしく実験で確かめている。 
「優良校って言っても、それは頭がいいだけの話で性格はみんなバラバラだなぁ。当たり前だけど。みんながみんな加藤みたいなガリ勉だったら、それはそれでキモいし。トップテンは天才タイプが多いし。私も中学では天才って言われたけど、たいしたことなかった」 
 ごろりとベッドに寝転がり、また下腹部を撫でてみる。 
「8分経過、ぜんぜん変化なし」 
 きちんとメモは取っている。時間がもったいないので久しぶりに数学の自習をしてみる。しばらくして尿意を覚えた。 
「あ、ちょっと、おしっこしたい。これで17分。なるほど」 
 やや効果を実感してくる。さらに自習を続ける。 
「うわぁ、きた、きた、一度おしっこしたくなるとドンドンくるね」 
 時刻と尿意をメモし、奈々は部屋の姿見で自分の服装を眺める。 
「この服はおもらしで汚したくないなぁ……茉莉那ちゃんのときと同じ体操服にしよ」 
 お気に入りのジーンズを汚したくなかったので奈々は体操服に着替えた。 
「ついでに体育館シューズも履いて完全再現して体験してみよ」 
 茉莉那の気持ちを知るために当時と同じ服装になった。それを姿見で確認する。 
「うん、よし。って、なにが、いいんだか、おもらしするのに」 
 奈々はショートヘアで少しだけ茶髪にしている。切れ長の目をしていて小顔で手足が長い、脚が速くて長いのが自慢だった。 
「部屋の中で体育のカッコだと変な気分」 
 だんだん尿意が切迫してきた。 
「あぁ……ヤバ……トイレ行きたい……トイレのことしか考えられない……ふー…これで30分か」 
 メモしながら股間を撫でた。 
「うぅ……やっぱ、この歳でおもらしするのは抵抗あるなぁ……トイレでしちゃおうかなぁ……けど、それだと限界を知れないし……この抵抗を突破して、おもらしに至る時間を実験で確かめないと」 
 椅子に座りながらモジモジと奈々は身動きして、おしっこを我慢し続ける。 
「ハァっ……ハァっ……ううっ、けっこう、おしっこを我慢するのって全身運動かも……う~……漏れそぉ……37分……ここまでの尿意になると、もう授業中でも挙手してトイレに行かせてもらうかな。あと5分で授業終了なら我慢してみるかも」 
 葉紀子に飲ませた場合のことを色々と想定してみる。 
「休み時間を迎えたときにトイレを塞ぐ協力者もいるよね。一年生と三年生にも。う~、あ~……漏れそう漏れそう」 
 座っていられなくて奈々が立つと余計に尿意が増した。 
「うーっ……うーっ…42分……くぅぅ……茉莉那ちゃんと同じ姿勢で…」 
 奈々はマイクを握って体育館の壇上にいたときの茉莉那と同じ体勢になってみた。あのとき茉莉那は恥ずかしかったからか、股間を押さえたりしなかった。 
「ハァっ……この状態で全校生徒に…」 
 より深く茉莉那の気持ちを知るために奈々は目を閉じて自分が体育館に居て全校生徒に注目されていると想像してみた。 
「………ヤバい……これ恥ずかしすぎる……そりゃ泣くわ。あんだけ泣いて当たり前」 
 想像の中で全校生徒の前に立つと、より身体が緊張して奈々は急に限界が来た。 
 ジワァ…ジャアァアァ! 
 ショーツが濡れ、ハーフパンツも濡れる。長い脚をつたって、おしっこが流れる。体育館シューズと靴下もおしっこで濡れてフローリングの床に水たまりができた。 
「ううぅぅ……44分39秒…ハァ…ハァ…」 
 ほんのりと頬を赤くしつつ奈々は時刻をメモする。そのとき姉がドアを開けて入ってきた。 
「さっきから呻いてるけど大丈夫? うわっ、奈々、おもらしして…」 
「っ?!」 
 一気に奈々の顔が真っ赤になる。想像の中の全校生徒に見られるより、実際に肉親に見られるのは、はるかに恥ずかしかった。 
「っ……ぅーッ…」 
「利尿剤のせい? ってか、トイレいけばいいのに」 
「ほっといて!」 
「でもさ、なんで体育館シューズまで履いてるの? 何をしてたの?」 
「うぅ……」 
「もしかして特殊な性癖に目覚めた?」 
「っ、違うから!!」 
「じゃあ、なんでよ? わざと、おもらししてたようにしか見えないよ?」 
「…………ちょっと、おもらししてみたかっただけだから!」 
「え~………どうしよ、お母さんに言った方がいい? 甘えたい気分?」 
「違う!!」 
「とりあえずタオル、持ってきてあげようか?」 
「………それはお願いするよ」 
 実験に夢中で漏らした後のことを考えていなかった奈々は姉にタオルを取ってきてもらい、下半身裸になって股間と脚を拭いた。 
「奈々、お風呂に入ってきたら」 
「うん。……一応、これ誰にも言わないでね」 
「はいはい」 
 奈々は風呂場で全裸になりシャワーを浴びる。途中で、おしっこしたくなったので排水溝の方へ放尿した。 
「ふぅ……なかなかに絶大な効果。これを盛られたら、おもらし確実………問題は盛る方法……飲み物より食べ物かな……あと、トイレを塞ぐメンバー……でも、あいつ、木村さんたちを録音で罠に嵌めたし、証拠は絶対に残さない方法でないと…」 
 色々と陰謀を考えつつ、奈々は風呂場を出て自室に戻った。姉が待っていて言ってくる。 
「奈々、もしかして、利尿剤を学校の誰かに使ってやろうとか考えてる?」 
「まさか」 
「おもらしさせて恥かかせてやる、みたいな」 
「そんな小学生みたいなことしないよ」 
「この前、奈々の友達、学校でおもらしさせられたらしいね。生徒会長だった子が副会長に」 
「………そんな話、したかもね」 
 だんだん言い逃れが苦しくなってきた。姉は実験メモを見ていたようで、わざわざそんなことをする必要性と奈々の日頃の愚痴から妥当な推理をしていた。そして忠告してくる。 
「他人に利尿剤を騙して飲ませるのは、かなりの犯罪だよ」 
「……やっぱり?」 
「前にタクシー運転手が女性客に飲ませて、おもらしさせて逮捕されてた」 
「うわぁ……怖っ……そんなタクシー。というか、タクシーの運転手からもらった物を普通は口にする?」 
「うまく世間話で盛り上がった後なら、あるかもね」 
「最低なヤツ」 
「あんたのしようとしてることは?」 
「………私はね! これは正義の鉄槌だから!」 
 奈々は姉へ茉莉那と葉紀子についての経緯と、これから考えている計画のすべてを話してみた。姉は腕組みして聴き終え言ってくる。 
「なるほどォ……いくつか忠告してあげる。まず処方薬だから、私が奈々にあげたこと自体が違法。だから、あなたは私の引き出しから勝手に薬を持ち出した。私は知らなかった。あなたは万一、逮捕されても、そう答えるの。OK?」 
「……はい」 
「次、聴いた感じ、その塚本って子は相当に気が強いよ。だから、おもらしさせられてウエーンと泣いて、こんなに恥ずかしかったのね、茉莉那ちゃんゴメンナサイ、とは言わない。急におしっこが我慢できなくなるなんて変、なにかされた、って先生に訴えるだろうし、最悪は警察沙汰にしてくる。そのとき奈々の指紋が水筒やコップから検出されたら泣くのは、奈々よ。もちろん退学」 
「……はい」 
「たしか、タクシー運転手が逮捕されたのも、食べ残しのお菓子を女性客が警察に持ち込んで発覚したはずだから」 
「そうなんだ……」 
「あとはトイレを塞ぐ仲間、今どきSNSで募れば証拠が残るのはわかるだろうけど、口頭で集めても首謀者が誰かは聞き取り調査で判明してしまう。いっそ怪文書か何かで集める方がいい。その文書の紙の出所、筆跡、印刷するならソフトウェア、コピーするならコピー機、その他いろいろ注意しないといけない。これが100%大丈夫、絶対に自分は捕まらない、そう確信できるまで、実行するのはやめなさい。犯罪はね、完全にやれば犯罪じゃなくなるの。それが完全犯罪、イジメも同じ、完全イジメはイジメじゃない」 
「完全イジメ……」 
「今回はイジメじゃなくて仇討ちかな。でも自分が捕まるのは下策。思えば大石内蔵助も、討ち入りなんてしないで毒殺にすればよかったのにね。まあ、それだと地味すぎて後世に残らないかな。きっと歴史の中にはね、残らなかった犯罪はいっぱいあるよ。さて、今回の会長副会長バトルはどうなるだろうね?」 
「……しっかり考えてみるよ」 
 奈々は姉からの指導を参考に、より計画を綿密に練ってみる。そしてアルバイトの時間になったので自転車でバレエ教室へ向かった。幼児期からクラッシックバレエを習っていて中学まで続けたけれど、中学校で陸上部に入って性格的に突っ走る方が合っていたのでメインは陸上にしているものの、そうなるとバレエ教室の講師が高齢なため、小学生向けのクラスを手伝うアルバイトとして行くようになっていた。星丘高校はアルバイトを禁止しないまでも、あまり認めてくれないのでコンビニやファーストフード店では働きにくい。バレエ教室は3時間で2000円という微妙な時給だったけれど、週一回で1ヶ月に8000円は女子高生にとってありがたい副収入なので頑張っていた。奈々はバレエの練習着に着替えて鏡張りの教室で女子小学生たちを指導する。 
「はい、もっと高く脚をあげて! 爪先を意識してピンと!」 
 厳しく指導して休憩に入り、女児たちとお茶を飲んでから練習を再開すると急に尿意を覚えて困った。すぐに尿意は切迫してくる。 
「………」 
 ヤバ……また、おしっこしたい……あの薬、まだ効果あるの……トイレ行っちゃダメかな、と奈々は講師補助の立場でトイレに行きたくて悩む。高齢の講師は厳しい人なので生徒にも練習中のトイレを認めてくれない。おかげで奈々も小学2年生の頃、おもらしした思い出がある。女児用の白いバレエ練習着の股間から内腿にかけてを、おしっこで濡らして泣いた思い出は、まだ記憶に残っていた。 
「吉田さん、本日の最後に子供たちへ模範演技を見せてあげなさい。イメージが残るよう美しく」 
「は…はい…」 
 え~……今そんなのしたら漏らしちゃうよ……、と奈々は緊張したけれど拒否できる雰囲気ではないので身体と尿道に気合いを入れて舞った。片脚を大きく180度に挙げて、その足首を両手で掴み、そのままクルクルと回転する。 
「…………」 
 うっ………ううっ………漏れるぅぅぅ………、と奈々は回転しながら苦しみ、おしっこを漏らし始めた。 
 ピュゥゥゥ… 
 開脚しきった股間から、おしっこが噴き出し、クルクルと回転しているので360度に飛び散る。薄いバレエ練習着を透過した奈々のおしっこが照明を反射してキラキラと輝いた。 
「エクセレント! 素晴らしい演技です。輝く後光が見えるよう。みなさん、吉田さんのようになれるよう精進なさい」 
「「「「「……はい!」」」」」 
 女子小学生たちは私語を禁止されているので、とりあえず返事はした。 
「ハァ……ハァ……」 
 先生は老眼だから、私のおもらしに気づいてない? でも、子供たちは……、と奈々が女児たちの顔を見ると、驚きながらも私語すると怒られるので黙っている顔だった。奈々は定刻なので講義を終わらせる。 
「はい、お疲れ様! 今日は大サービス、教室の掃除はナナ先生がやっておくから、みんなは帰っていいよ!」 
「「「「「……はい! ありがとうございました!」」」」」 
 奈々は急いで雑巾とモップで教室の床を掃除する。その掃除が終わって着替えて外に出ると、お迎えを待っている女児たちがヒソヒソと話していた。 
「絶対、おもらしだよ、あれ」 
「ナナ先生、おしっこ撒いて回ってた。プフフ!」 
「シッ、先生が出てきたよ」 
「…………」 
 奈々は平静な顔をつくって女児たちの前を通り過ぎ、自転車に跨った。 
「じゃ、みんな、お疲れ様」 
「「「お疲れ様です!」」」 
 女児たちは礼をしてくれたけれど、顔が笑っている気がする。奈々は気になるので自転車で出発してから建物をグルリと回り、女児たちからは見えない位置で様子をうかがってみた。 
「きゃははははは! 可笑しすぎ!」 
「おしっこして回ってた! ぴゅー、って!」 
「あはははは! バレたくないから自分で掃除して!」 
「でもバレバレだよね! 顔を真っ赤にして!」 
「あの人でも恥ずかしいと思うことあるんだ!」 
「大先生が輝いてるとか言って! ぷふふ!」 
「白鳥の湖じゃなくて、おしっこの湖!」 
 お腹を抱えて大笑いされていた。 
「………く~ぅ………あの塚本のせいだ……」 
 他人のせいにして奈々は自転車で帰る。けれど、その途中にも再び尿意を催した。 
「くっ、いったい何回、おしっこ出るの、これ。やたら、喉も渇くし」 
 付近にコンビニはない。急いで家に向かってみたけれど、おしっこが漏れてきた。自転車のサドルで股間が圧迫されているおかげで一気には漏れないけれど、チビチビと漏らしてしまう。信号待ちの停車中に股間を見ると、もう手のひらくらいにジーンズが濡れていた。 
「はぁ………もういいや、誰もいないし、しちゃおう」 
 車は通るけれど歩行者がいないので奈々は力を抜いた。 
 シュワァァァァ… 
 おしっこが溢れてきてジーンズを足首まで濡らし、自転車の車体も濡らす。 
 ピチャピチャ… 
 おしっこの匂いは風がもっていってくれた。 
「はぁ………喉が渇いた……実験だし、いったい何回漏らすか、やっておこうかな」 
 奈々は自動販売機でジュースを買って飲んだ。 
「飲むと、すぐくる……10分で膀胱いっぱい……すっごい薬……一応、我慢してから漏らしてみよ」 
 おしっこを我慢してみたけれど飲んでから17分で漏らした。 
「家の中で漏らすより誰もいないところで」 
 奈々は自転車で移動し、河原に行ってみる。そこで2時間過ごして3回も失禁し、ようやく膀胱におしっこが貯まらなくなった。そうして家に帰ると玄関先にバケツとタオルが置いてあったので姉に予想されていたのだと思い知った。 
  
  
  
 数週間後、奈々は万全を期して謀略を進め始めた。朝練の前にいつもより早く校舎へ入り、両手にゴム手袋をして自分の指紋をつけないようにしてから、クラスメートで同じ陸上部の小山の机に怪文書と利尿剤のパッケージを入れ、素早く手袋を外すと普段通りに朝練をする。途中で小山が参加してきた。 
「おはよう、小山っち」 
「うん、おはよう…」 
 どこか上の空という風に小山が朝練を始めたので奈々は怪文書を読んでくれたのだと確信する。怪文書には利尿剤のパッケージをどう使うべきか指示してある。もちろん、奈々の名前など出さず、正義の味方スターヒル仮面という偽名で、茉莉那をおもらしに追い込んだ葉紀子を誅するため協力してほしい、と頼み、細かく指示してあった。朝練が終わり授業が始まっても小山は誰にも話さないでほしいと伝えた指示を守り、何も言わずにいてくれる。四限目の体育の時間を迎え、小山は指示通りに動き出してくれた。 
「私、早めに着替えにいくよ」 
「じゃあ、私も」 
「私も」 
 奈々と三井も席を立ち、三人で女子更衣室へ向かった。まだ女子更衣室では前の時間が体育だった1組と2組の女子が体操服から制服に着替えている。その混雑した中へ入った小山は覚悟を決め、演技する。利尿剤のパッケージを手にして、それが床に落ちていたかのように、しゃがんで拾ったフリをして言う。 
「塚本さん、スカートのポケットから何か落ちたよ」 
「はい?」 
 スカートを穿く途中だった葉紀子が留め金を留めてから小山が差し出すパッケージを受け取った。 
「………。私の物じゃないわ」 
「そうなの。塚本さんのスカートから落ちたように見えたけど。じゃあ、誰の? ねぇ、みんな、この薬が誰のか、わかるぅ?」 
 近くにいる数人の視線が集まり、みなが首を横に振る。 
「そっか。とりあえずベンチの上に置いておくね」 
 指示通りに小山は葉紀子が更衣室にいるうちは深く追及しない。しばらくして葉紀子は着替えが終わり更衣室を出て行った。小山は奈々に問うてきてくれる。 
「この薬、生理痛か、頭痛の薬かな、見たことない感じ」 
「そうだね。大事な薬だと落とした人が困るから、あとで調べてみよ」 
 そう言って、まずは制服から体操服に着替える。女子更衣室からは1組と2組の女子が出て行って減り、次が体育である3組と4組の女子が増える。その段階で奈々は三井に頼んでみる。 
「あの薬、どういう薬か、スマフォで検索してみて」 
「はいはい、ピルだったりしてね」 
 冗談を言いながらパッケージに書いてある薬品名を検索した三井の顔が曇る。 
「……利尿剤………おしっこを出す薬だって………小山っち、さっき、これ塚本が落としたって言った?」 
「うん、そう見えたよ」 
「「………」」 
 意味ありげな沈黙をしていると他の女子たちも興味をもってくれる。おかげで体育の間に3組と4組の女子全員が知ることになった。 
「おしっこ出す薬ってさ、それって永戸さんをハメたとか?」 
「ありえるね、あの人、そういうことしそう」 
「自分が会長になれなかったから?」 
「あの後の放送でも、ひどかったよね、永戸さんを傷つけて辞めさせよう、みたいな感じだった」 
「おもらしする前にも永戸さんは挨拶を替わってほしいって頼んだのに、無視されたらしいよ」 
「でも、どうやって永戸さんに飲ませたのかな」 
「あの人は人を疑わない感じだから」 
 もう体育の授業よりも噂話に夢中になり、昼休みになるとウワサは内部生ルートで2組の女子にも拡がる。奈々と三井は今日も2組で茉莉那と弁当を食べていた。食べながら周囲の女子から視線を感じる。食べ終わった頃、視線だけでなく小山と木村が質問しに来る。他にも何人もの内部生に囲まれ、茉莉那はキョトンとして問う。 
「みんなで、どうしたの?」 
 木村が質問に質問を返す。 
「永戸さん、ちょっと、いいかしら? おもらしした日のことを思い出してほしいの」 
「……あの日の……」 
 もうその話は忘れたいのに、という顔をした茉莉那の目尻に涙が貯まるので木村が補足する。 
「あ、からかうわけじゃないよ、とっても大事な質問なの。だから、ちゃんと答えて」 
「…ぐすっ……うん……何?」 
「あの日、塚本さんから薬か、飲み物を受け取ったりしなかった?」 
「薬か、飲み物………ううん、何も」 
「じゃあ、あの日、永戸さんは体育館で何を口にした? おもらしする前に口へ入れたものは何?」 
「おもらしの前に…………あの日は忙しかったから、お弁当も食べられなくてスポーツドリンクを飲んだだけだよ」 
「そのスポーツドリンクは、どうやって手に入れたの? 水筒? 自販機?」 
「学校の自販機で買ったはず」 
「自分で?」 
「自分で」 
「………。それを飲んでる間、そのペットボトルから目を離したことは?」 
「それは………どうかな……ちょっと置いたりもしたし、あれこれ忙しくて」 
「どこに置いておいたの?」 
「体育館の前の方に用意してあった生徒会で使う机にだよ。試合結果の記録とかする」 
「ってことは、その机の周りに副会長の姿があっても誰も不審に思わなかったわけね」 
「…………いったい、なに? どういうこと?」 
「これを見て。これが塚本さんのポケットから落ちたらしいの」 
 木村が手のひらにある利尿剤のパッケージを見せ、小山はスマートフォンで検索した薬効のページを見せる。 
「……利尿剤………」 
 それらを見ている茉莉那の顔色が変わる。不安そうで悲しげだった顔から、怒りで顔が赤くなる。そして木村の手からパッケージを握り取ると、立ち上がり、真っ直ぐに葉紀子のところへ行く。葉紀子は一人で弁当を食べ終わって自習していた。そこに茉莉那が正面に立ち、木村や小山、奈々、三井など合計10人以上の女子が集まり、葉紀子を取り囲む。 
「………何かしら?」 
 いきなり取り囲まれても葉紀子は落ち着きをつくり指先で眼鏡を押しあげた。茉莉那が泣きそうな声で詰問する。 
「これ、どういうこと?!」 
 茉莉那が手にしたパッケージを葉紀子に突き付けた。突き付けられて葉紀子はパッケージを一瞥し、茉莉那を見上げる。 
「どうって?」 
「私にこれを飲ませておもらしさせたんでしょ?! だから、おしっこを我慢できなくなって! 私がどれだけ恥ずかしい想いをしたか! 許せない!!」 
「…………。はぁぁぁ……」 
 葉紀子は深々とタメ息をついた。 
「何をわけのわからないことを」 
「わけならあるよ!! 私に会長を辞めさせて自分が会長になろうとした!! 自分と替われって言ったよね?!」 
「妄想もいい加減にしてくれない?」 
「みんなの前で、おもらしなんかさせられて私はッ! 死にたいくらい恥ずかしかったんだから!!」 
「………生きてるじゃない」 
「っ!」 
 茉莉那が右手を振り上げて葉紀子の頬を叩こうとするのを奈々は予想していて手首を握って止めた。 
「茉莉那ちゃん、落ち着いて」 
「っ、でも…」 
「こいつ録音したりチクったり、普通にする女だから。人をハメるのが得意だよ」 
「人聞きの悪いことを言わないでよ。人をハメたりなんかしないわ」 
「じゃあ、どうして私にこんな薬を飲ませたの?!」 
「だから飲ませてないし」 
「飲まされたから私はおもらしさせられた!!」 
「あれはあなたがバカだから、勝手に漏らしただけよ。バカを人のせいにしないで」 
「っ…、そんな言い方……ひどい……」 
「何を被害者ズラしてるの? 勝手に自爆して勝手に人のせいにしておいて。今現在、被害者なのは私の方よ。変な疑いをかけないでちょうだい」 
「証拠はあるもん!! これ!!!」 
「それがどうだというの?」 
「塚本さんのポケットから落ちたって!!」 
「私の物じゃないわ」 
「ウソっ!!」 
「はぁぁ……もしも、かりに私があなたにそれを飲ませて、おもらしさせたとして、その証拠になる物品を、いつまでも私が持ち歩くわけがないでしょ? その程度のこともわからないの? 本当にバカね、おもらしがお似合いのバカ底辺頭脳」 
「………ぐすっ……ひっく………ううっ…うわーーんっ!」 
「また、そうやって泣いて……」 
 うんざりした顔になった葉紀子は自分のスマートフォンを出して録音を始める。 
「はい、録音してるから、証拠も無しに私へ言いがかりをつけないで。邪魔よ、あっちへいきなさい」 
「こいつ、ホントに最ッ低ッ」 
 木村が言い、三井も頷き、中指を立てて葉紀子へ向けた。そのジェスチャーなら録音されないことに気づいた木村も中指を立てる。奈々は泣いている茉莉那を連れて席へ戻る。今日のところは、これで十分だった。 
  
  
  
 数日後の放課後、奈々は下校時刻前の校舎にいた。誰もいないことを確認してから7組の教室に入ると机をピラミッド状に積み、ハシゴの代わりになるようにする。それを登って手袋をしてから天井にある点検口を開ける。点検口は45センチ四方で努力すれば大の男でも入れるので奈々の身体なら余裕で通り抜けられる。そして事前に点検口の中にある丈夫な支柱に結びつけておいたロープを床へ垂らし、一度おりると机を片付けて元通りにする。点検口と支柱の位置関係で7組を選んでいた。 
「さて、正義の味方スターヒル仮面の登場といこう」 
 そう言って指紋を隠せる手袋だけでなく顔も黒い覆面で隠した。これで髪の毛も落ちにくいし、もしも人に見つかっても奈々の走力で走れば逃げ切れる。逃げ切れば、たとえ目撃されていても生徒なら誰もが持っている体操服姿なので個人を特定されはしないし、用務員や教師は生徒だと思えば警察へは通報しない。その状態で垂らしたロープに登る。ロープは事前に二重にして結び目を40センチごとにつくってあるので苦労なく手足をかけて登れた。登り切って天井内に入るとロープを引き上げ、懐中電灯をつけてから点検口の蓋も中から閉める。これで奈々の姿は見えないし、スマートフォンにはGPS機能があるので持ってきていない。むしろ姉に預けて小山へメッセージを送ってもらい、今夜は外泊するので小山の家に泊まっていることにしてほしい、と頼んでいる。さらに、めったに使わない腕時計をして、大人用オムツもつけているので長時間の待機に耐えられる。 
「…………」 
 しばらく待っていると用務員が戸締まりに来る気配が天井の下にする。用務員は窓の鍵をチェックし、出て行った。 
「クリア」 
 これが奈々の考えた夜中の学校に潜入する方法だった。戸締まりされた窓ガラスを割れば、すぐに潜入が発覚してしまう。そして怪文書を葉紀子と茉莉那を除いた全校の女子全員約448人の机に入れるには教室一つあたり10分としても30クラスあるので5時間もかかる。早朝に解錠されてから登校したのでは間に合わないし、小山の机に入れたように一人分だけならともかく448人分となると必ず目撃される。身元を隠し、なおかつ全女子に配るには夜のうちに潜入する必要があった。 
「ここは、さすがに盲点だよね」 
 そして潜入ではなく放課後から、ずっと学校内に居るという方法を取ることで校門付近にある監視カメラや施錠の問題は無くなり、あとは用務員のチェックを抜けるのが課題だった。この課題を天井に潜むことで解決している。用務員は生徒が悪ふざけや肝試しで潜むのを警戒しているのでトイレの個室や掃除用具入れ、大きめのロッカーなどは内部をチェックする。けれど、さすがに天井の点検口内までは見ていない。奈々は発見されなかった確信をえたので少し眠る。夜中の1時になって目を醒ました。 
「そろそろおりよう。オムツ無しでも大丈夫だった」 
 夕方からトイレに行っていないので尿意はあるけれど、漏らすほどではない。奈々は時刻と外の気配を確認すると点検口を開け、ロープをつたっておりた。また机をピラミッド状にしてロープを片付けると机を元に戻す。そうしておいて事前に天井裏に隠しておいた怪文書を配り始める。パソコンでつくった怪文書は遠くのコンビニで原本から何度もコピーを繰り返して印刷機やワープロソフトを特定できないようにした二次原本から大量印刷し、それらを女子の机にだけ入れていく。 
「はぁ……なかなかに重労働だね、やっぱり」 
 すべてを配布し終えた頃には朝日が昇っていた。そろそろ用務員が校門を開けに来る。戸締まりは各教室をチェックしても解錠は校門と校舎昇降口を開けるだけなので、あまり逃げ隠れしなくていい。奈々は覆面と手袋を外した。そして部室へ移動すると汗臭い室内で我慢して仮眠する。朝練に来た小山が起こしてくれた。 
「あれ? 夕べは外泊じゃないの?」 
「うん、ナンパというかコンビニで出会った大学生と話し込んでね。朝まで過ごした」 
「うわぁぁ♪ やったの?」 
「なんのこと?」 
「またまたトボけて」 
「あははは、実は、けっこう真面目な人でさ、ゆっくり人生について話して終わり。さっき校門におろしてくれたの」 
「付き合うの?」 
「ううん、一期一会っていうかさ、連絡先も聞いてない。いつかまた偶然に、会えればいいね、って」 
 架空の男性との一夜を語りアリバイをつくると、小山は別の話題を真剣にふってくる。 
「さっき教室に行ったら、私の机にこんなのが入ってた。ちょっと見たら、みんなの机に入ってたよ。女子だけ」 
「へぇ、なにそれ?」 
 知らないフリをして自分が配った怪文書を見てみる。 
「……ふーん……正義の味方スターヒル仮面……アホか……あ、でも、塚本におもらしさせる案はいいね。それは是非やりたい」 
「だよね!」 
 朝練もそこそこに教室へ戻ると女子たちには独特の雰囲気が漂っていた。みんなウワサで葉紀子のポケットから利尿剤が落ちたことは事実として認識している。もう葉紀子に対しては疑いの目ではなく、確定犯への目を向けているので、怪文書で協力する人は協力してほしいし、協力できない人は無視して怪文書だけは人目につかないよう学校以外の場所で破いて捨ててほしいと頼んであるのは受け入れてもらえている雰囲気だった。 
「私は徹夜だったし、ちょっと寝るよ」 
 あまり興味はないフリをしつつ授業中も居眠りする。遅刻や途中退席には厳しいのに、授業以外の自習をすることや居眠りには寛容なので仮眠がとれて三時限目を迎えると授業中に挙手した。 
「すいません、先生、頭が痛くて、保健室へ行っていいですか?」 
「いいけど、一点加点を失うぞ、いいのか?」 
「そのくらい痛いから」 
「そうか、お大事に」 
「失礼します」 
 そう言って奈々は小さなポーチを持って教室を出る。男子は女子の持ち物に興味をもたないし、女子たちは頭痛薬か生理用品でも入っていて、本当は頭痛ではなく生理痛やナプキン交換が我慢できなくて途中退席するのかもしれないと考えてくれる。 
「………ファイナルミッション♪」 
 廊下に出た奈々は微笑むと隣にある2組の教室へ入る。体育の時間で誰もいない。そっと戸を閉め、手袋をすると葉紀子の席にあるカバンを開け、弁当箱を出す。勝手に葉紀子の弁当を開けると、ポーチから出した弁当箱のオカズと交換する。そのオカズには利尿剤が注射器で仕込んである。葉紀子の母親がどんなオカズを入れるのかは何日もかけて盗み見して覚えた。だいたいの母親がそうであるように葉紀子の母もまたスーパーで買った冷凍物のオカズを周期的に使っていた。よく使われるオカズを数種類チェックして買い集め、それに利尿剤を仕込み冷凍して、昨日から保冷剤で冷蔵してポーチに入れていた。もしかして、ちょっと温度があがり腐りかけていて葉紀子が下痢になるかもしれないけれど、それはそれで面白いので気にしない。手早く犯行を終えると2組を出て保健室に向かう。わずかに7分で犯行を終えていて、もしも途中で教師が見に来ても友達の茉莉那のカバンから頭痛薬を探していたという言い訳を考えていたけれど、それを使う必要もなく終わり、あとは保健室の養護教諭に早退を告げて学校を出る。 
「…………フフ♪」 
 ここからは仕掛けた爆弾が葉紀子の膀胱で爆発するのを待つだけだった。爆破時刻は五時限と六時限の間にある休み時間。自分の身体で何度も利尿剤を試して効果を確認し、葉紀子の行動パターンが多くの場合で三時限後の休み時間と五時限後の休み時間にトイレへ行くので決定した。そうして、あえて葉紀子のおもらしを見に行くことはしない。爆弾魔が成功を確信して現場を離れるように、天才プログラマーが機械の暴走を仕込んでおいて成功を確認しないように、奈々は校門を出ながら微笑む。 
「フ……フフ……フフフ……」 
 嬉しくて。 
 嬉しすぎて。 
 あまりに嬉しくて、おしっこを漏らしそうだった。 
 ショワ… 
 そういえば、オムツを脱ぐのを忘れていた。 
「ぁ~……楽しみぃ」 
 ショワ…ショ、ショ、チョワァ… 
 どうせオムツだから、と奈々は嬉ションを漏らしつつ、最後の証拠である葉紀子のオカズと、使わなかった種類の利尿剤入りオカズを通りがかった子猫に与えながら微笑み続けた。 
 チョワァァ… 
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