上 下
3 / 3

最終話 何がと聞かれると一つしかねぇだろ

しおりを挟む
 なまじ地に足がついていた生活を提示するからいろいろ考えちゃうんです。現在の自分から大きく離れてしまえば考えもまた変わるでしょう。人間を構成する要素の中で最も大きいもの、それは性別です。価値観の逆転、それまでの自分から離脱してしまえば見えてくる新しい世界があるかもしれません。

「そんなわけで思い切ってTS転生しちゃいましょう!」

 TSとはトランスセクシャル。いわゆる肉体的異性化、性転換ですね。

「美少女に生まれ変わるのはちょっとだけ惹かれるが、男からむやみに性欲向けられる対象になるのがマジ怖い。みんながアタシのこと狙ってる!」

「狙ってませんよ。まず美少女前提なのも図々しい」

「美形じゃないTS転生に何の意味があるんだよ」

 真顔で言われました。

「いやいや、美醜だけが全てじゃありませんし、最近は見た目が良くない方が溺愛されるみたいなシチュエーションも人気らしいですよ」

「いやいやいやいや。それはあくまでも二次元の中でだけだって。いくら人間顔じゃないつっても顔が良ければそれだけで相手に好印象を持ってもらいやすいわけで、人生における難易度がそれだけ違うから。まぁそれを言い出すと美形には美形の苦労もあって、総合的には『美形よりの普通』が一番かもしれねぇけどさ」

「普通が一番難しいんですよねぇ、さじ加減的に。普通って要するに平均的で突出したところがないとも言えますし。何を持って普通と言えるかは時代や流行や食糧事情や文化によるところも多いですから。ただ突き詰めていくとやっぱり、人間内面の美しさじゃないですか? そんな心の清くて偏見のない人を探せばいいじゃないですか。もしくは変わった趣味の人とか」

「そりゃ世の中見た目を気にしない人もいるだろうけど、そんな心の綺麗な人なら確率的には出会った時にはもう誰かと付き合ってるって。特殊な性癖の人だってネットとかじゃ固まってるから多いように思えるけど、実際に全人類見渡してみるとやっぱり少数派。相手を探しても選択肢ないってすごく実感するよ?」

「なぜそんな実感をお持ちなんです?」

「俺の愛好してるジャンルの話だけどね。具体的な事例を挙げると……」

「いいです、聞きたくないです。マジ無理なんで、そういうの」

「女神が偏見を持つな。分け隔てなく接しろ」

 正論を吐かれました。そうは言われましても、人間に近い知能や文化を持っている以上好みがあるのは仕方がないという話でもあり、逆に田中さんの懸念を証明する形になってしまいました。何事も自分のことを棚に上げて物を言うのは難しい話です。

「それじゃあ、人間社会から離れて動物や昆虫、魔物転生とか」

「いやいやいや動物もだし、個人的に昆虫はないわー。昆虫愛好者の人には申し訳ないけどさ、普通に虫嫌いな人だったら発狂して即自害するだろ。生殖とかも調べれば調べるほどに怖くなるよ。オスは食われるのが当たり前だったりさ。あと魔物も基本デフォルメしてるから可愛いけど、鏡で自分の顔見たら頭おかしくなりそう。それに普通に食物連鎖とかあるじゃん? 野生で生き抜くとか大変だし、うっかり保護されても人間の気まぐれでちやほやされ後に『自然にお帰り』とかされて即肉食獣の餌になっちゃうやつ。物語序盤に出てくる魔物とかだと基本勇者のおやつだし、上手いことやれてる先人はいるかもしれんが、同じことやれって言われて出来るかと言えば無理ゲーすぎるわ」

「いやそこはチートスキルあげますって」

「貰っても基本きついだろ。さすがに人間とは難易度が違いすぎる」

「じゃあ、植物! 真のスローライフ!」

「はい、植物来ましたー! 生存競争一番きっちいやつじゃねぇかよぉぉぉぉ!! 病気もあれば自然に振り回されるわ動物に食われたり糞を栄養にしたり虫さんと仲良ししなくちゃいけないだろぉぉぉ! 樹液とか吸われるし! 草とか花なら薬の材料として人間に採取されちゃうやつ! そもそも食物連鎖のヒエラルキー下の方じゃん。しかもさ、木なら切り倒されて家とかボードとか箪笥にだって本にだってなっちゃうじゃん。途中で話の趣旨が変わるやつ! まず前提として自力で動けない時点でどんな拷問だよ」

「無機物! 剣とか槍とか」

「だ・か・ら! 自分で一切動けず他人に振り回されるのは大概しんどいだろうが!! 下手すりゃ血肉にまみれたり錆付いたり折られたり、おまけに明確な死がわかんねぇから、下手したら半永久的に動けない存在とかなりかねねぇだろォ!? 持ち主が死んだあとどっかでウン百年も突き刺さってる奴! ふつう劣化してボロボロになるわ! そもそもなんだよ無機物転生とか!! 選べるなら絶対選ばれないやつ!! それに無機物の場合転生と言うより憑依だろ憑依!」

「でも異世界憑依ってなんか様になりませんし」

「様になるか否かで話を持ってくるなよ。問答無用で転生させられた人たちが気の毒になるわ」

 本当のところ言いますと、人間の魂を異種存在に転生させた方が上からの評価とかが良かったりするんですよね。転生前との落差がある方がそれだけ相手をうまく説得できたってことになりますから。まぁここは自分の評価よりも田中さんの気持ちを一番優先するしかありません。

「じゃあ、現代日本に限りなく近い世界では?」

「普通最初に提案するならそれだよね。ていうか、それもむっちゃリスクあるけど」

「何がです?」

「そもそもさ、現代日本でどれだけ心穏やかに暮らせてる人間がいると思う? 何の落ち度もない弱者がどれだけひどい目に遭ってる? 子どもは親を選べない、不慮の事故に巻き込まれる被害者、自分だって逆にいつ加害者になるかわからない。政治家も頼りにならない。高齢化社会に増え続ける未来への借金とか考えるだけで気が遠くなるわ。今は世界情勢だって不穏なばっかだしさ。マクロな視点は置いとくとしてもだよ、日本特有の相互監視社会に、何より無責任なネット社会がきついわ」

「今の時代、社会の諸問題やネットは避けては通れませんからね」

「本当、今の時代地獄よ? 他人を馬鹿にすることが娯楽化してマジ怖い。有名人叩きや売り上げの低い爆死したコンテンツ嬲り、見てもいないアニメやマンガや映画の酷評への便乗叩き、ゲームは買わずに実況で済ませる奴、なぜかクリエイターの宣伝行為に異様に厳しく苦言を呈す奴、わざわざ炎上してるネタを検索で探して話題に乗っかってついさっき知った話を訳知り顔で語る奴、好きな声優さんとかに距離なしリプとか飛ばしたり、人気配信者さんの結婚で手のひら返しして叩きまくったり、ついさっきまでベタ惚れレベルだったのに愛情が一気に憎悪に反転したりさ、何か知らんがとにかく妙に毒舌で上から目線、一度大多数から叩いてもいい認定された相手なら死ぬまでサンドバックにし続けるネット民、俺だよ!」

「お前かよ!」

 つい勢いで荒い口調になってしまいました。

「もちろん一線は越えてねぇよ? 仕事でイライラしてて、クソだしクソだーってつい乗っかっただけだし……でもさぁ、悪いことだって自覚はあるよ? さすがに本人凸とかはしたことないし、犯罪に触れるようなことはした覚えもない。ただ金持ちとか有名人とかマジイラッと来るんだよ、軽くやっかんだりするくらいいいじゃん! もう理屈じゃないの、本能なの。あぁそうだよ、金がないからイライラすんだよ!」

「有名人やお金持ちは叩くけどSNSのギフト券プレゼント企画には絶対参加しとくタイプの人ですね貴方」

「ていうかさ最近世の中、成功者のインフレ激しくない? 何が成功するとか全く読めない時勢でさ、一度ドカンと来ると極限まで伸びるじゃん。あれ見てると繊細なクリエイターならマジ心を病むわ。格差、もうね格差がひどすぎる。成功した人も一切悪意ないんだろうけどさ、ちょっとした余裕の一言に無駄にグサッと来ちゃう自分が居てそこもせつなぁい」

「わかりみが過ぎて悲しくなりますね」

 あぁ格差社会。

「やっぱりネットの一番辛いところは格差が浮き彫りにされるところだよ。どうしても比較しちゃうよ、色々見えすぎて」

「敗者が顧みられず、成功者が目立ちやすい世界ですもんね」

 他人は他人、自分は自分とは言ってもどうしたって比べてしまうのもまたしかり。

「あとさ、別にその人が悪いわけじゃないんだけどさ、なんかちょっとしたことで傷つくってない?」

「まぁ、ありますね」

 ただ配慮に配慮を重ねれば問題が一切起こらないかと言えばそんなこともなく、世の中常に人の心をかき乱す可能性に満ち溢れています。

「好きな飲食店行ってたら『毎日ありがとうございます』って言わると心底ビクッってなるし、二度と行かなくなる……だって顔覚えられてるんだよ? コイツ毎日アボガドマヨサーモン丼並食ってる奴ーとか裏で笑われてそう。あいつ、温泉卵トッピングしてるよ! とか。いつの間にか写真取られてネットに流出してアーマン顔とか勝手に似顔絵に書かれて晒されるんだ」

「いやいや、さすがにそれはないですって。どれだけ自意識過剰なんですか。世の中の人間貴方が思うほど貴方に興味ないですから。そもそもね、仮に他人様の顔をとやかく言うような人が居たって放っておきなさいよそんなの。誰に迷惑かけたわけでもないのに人を貶めるとか最低じゃないですか。いいじゃないですかアボガドマヨサーモン丼並食べたって。温泉卵でもチーズでも好きにトッピングしてください。サラダだって頼んでもいいんです。あとアーマン顔ってなんです?」

「平和なはずの自宅でだって怖いこといっぱいあるし。天変地異は言うに及ばず、夏に極限まで活動が活発になる黒くて動きの速い生き物とか、せっかく買っておいたのに消費期限の一年切れたナッツ類を恐る恐る開いて食べたり、ツナ缶開けたら蓋でサクッと指を切り裂いて血まみれになったり」

「切り傷が深い場合はお医者さんに行って縫ってもらった方がいいですよ」

 あと、日常的な嫌なことを挙げていくとキリがないのでは?

「年々受けつけなくなっていく油もの、ストレスで逆流性胃腸炎になってグロッキーになったりしてさ、家族が癌になっちゃって、自分もいつかそうなるのかなって泣きたくなってきたり、睡眠が不規則になってしんどくなったり、いままで出来てたことが全然出来なくなったりしてさ。人間年を取れば取るほどに弱っていって、昔もっと努力しとけばよかったってなるしさ」

「取りあえず食生活とかに気を付けるしかありませんね。保険とかも入っておいた方がいいですよ」

 つい話に乗ってしまいましたが、すでにここ死後の世界なので健康とかの問題は全部終わっちゃってるんですけどね。まぁ転生後も同じ苦労を背負うと考えればナイーブになってしまうのも仕方ないかもしれません。来世が前世より健康で幸せが保証されるかと言えば絶対ということもないわけですし。

「そんなわけで現代日本はもういいよ……疲れる」

「生々しいですね、わかりますけど」

 そう言ってテンション高くやり取りをしていた田中さん、ちょっとお疲れ気味になってしまったようです。話の後半は何か愚痴というか自虐になっていましたし、生前余程思うところがあったのでしょう。誰かを傷つけるようなことはいけませんが、余裕のない辛い状態って誰にでもあるわけで。う~ん。なんか彼にふさわしい転生先が良くわからなくなってきました。

 王道冒険活劇はダメ、スローライフもダメ、ハーレム転生はダメ、TS転生に動植物から魔物転生もダメ、無機物はもってのほか、現代日本に極めて近い世界もダメとなると、ちょっと見当もつきません。

「チートじゃ解決できません? 諸々の不安とか懸念とか」

「でもさぁ、チートって要は生まれ持っての才能とか天稟ってやつでしょ。あるならあるでこしたことはないけど、自分の努力で何とかするってのとは違うと思うんよね。なんか都合よすぎるっていうかさ、俺さ、チート転生者とそれに嫉妬する凡俗の人間だとどうしても後者に感情移入しちゃうんだよな。特に努力もなしに最初から持ってるものだけで余裕ぶっこきやがってって思わない?」

「持てる者への嫉妬ですか。まぁわからないではないですけど、自分がその立場になるなら別にいいやって思う人が大半だと思いますよ」

「でもなんか、それを受け入れたら負けな気がする。人生どこまで堕ちてもズルだけはしたくねぇよな。でも貰えると言われてそれを拒否できない自分もいて、それもまた嫌だわ」

 そんな意識高い系のことを言ったっきり黙り込んでしまわれます。

 別に全然いいと思いますけどねチート。大抵の人は貰えるものは貰っておきたいと思うわけですし、持てる者と持たざる者、どちらになりたいか言われて後者を積極的に選ぶ必要性はないわけです。何も考えずただ楽しいことを受け入れるだけじゃダメなんですかね。

「それじゃあ、他に何がいいんですか?」

「何がと聞かれると一つしかねぇだろ」

「はい?」

 えらく自信ありげな口調です。
 覚悟が決まっている顔というか、ある種の悟りを開いた方特有の顔つき。
 これは何か良い転生先を思いついたやつでしょうか?

「無に還る」

「は?」

「無だよ、無」

「え、はい? 無駄じゃなくて『無』? あぁ何にもないことを示す漢字一文字」

「無」

 そう呟いた田中さん、みるみる内に姿が薄くなっていきます。
 存在への活力を失った魂に訪れる特有の現象です。
 それはすなわち、女神による対話が失敗したということ。

 あわてふためき彼の存在をつなぎ止めようとしますけど、その手は空を切るばかり。自分の手のひらの中からどんどん彼の存在が欠け落ちていくのを感じてしまいます。

 混乱する私に対し、彼本人はどこか満たされたように満足げな表情を浮かべています。色々話すことが出来てなんかスッキリしたわ、ありがとう。そんな感じのことを呟いているようですが、もう彼の言葉は私には届きません。あぁ、なんということでしょう。これほど悲しいことはありません。自分が目の前につかめていた命が、魂が、そして私の評価が音も立てずに消え失せていきます。

「あぁぁぁぁぁ消えないでぇぇぇ、これ査定に響くのぉぉぉぉ!!」

 そんなこんなで担当女神の悲鳴がこだまします。
 
 ここは不慮の事故で死んだ者たちを『転生』へと誘う部署。
 相手をうまく転生に導けば評価が上がり、その逆はまたしかり。

 言葉巧みにいかに相手を「これってアリじゃね」と思わせるかが腕の見せどころであり、同時に「これはないわー」と思わせた女神には無能の烙印を押されます。

 ストレスまみれの現代社会。次の人生を提示したところでズタボロメンタルの人が前向きになれるかと言えば難しいわけで。問答無用で転生さえさせてしまえば済む話も、わざわざ対話形式にしたことによってこじれていく状況が続発しています。

 もしも自由に転生先を選べるなら?
 それは当然のごとく「転生の拒否」も選択肢に入っちゃうわけですよね。
 生きると言うこと自体がある種の苦行。

 存在すれば傷つくならいっそ消えてしまえばいい。
 悲しいことですが、それもまた数ある選択肢の中では賢いものの一つかもしれません。

 誰しもが一度は考えるありふれた結論とも言えます。

 王道冒険活劇やスローライフにおける労苦の問題、ハーレム転生における家族形態とその維持についての諸問題、TS転生に動植物から魔物転生に関する現実的な懸念、提示されても態度に困る無機物、現代日本に極めて近い世界って、それ元の世界で良くね? という話であって。

 極めつけのチートを貰えると言っても「性に合わない」の一言で無理。

 絶対に転生したくない魂との対話が女神にとって何よりの受難と言われています。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

道産子
2022.11.22 道産子

女神様、ファイト…………( ̄▽ ̄;)

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。