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第13話:サバイバルブック②

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「残りメンバーには生徒会会計と生徒会書記がいる。これはタイミングは特に決まっていないんだけど、物語の内の早い段階で転校生に惚れ込む事になっているんだ。
 生徒会メンバーは皆、転校生に惚れる理由とエピソードが各々はっきり決まっている。
 その内の一人である書記は剣道をたしなむ古武士のような男前だ。
 寡黙といえば聞こえはいいが実は心中を表すのが苦手でそのためいつも押し黙って過ごしている。
 伝えたい事を相手に伝えられないもどかしさを感じている彼の心中を、転校生は敏感にも察する。
 そして彼を思いやり真意を口にするのを待っていてくれる。
 そんな思いやりのある転校生に書記は惚れるんだ。」
 
「生徒会会計はいわゆるチャラ男だ。セフレが学園中にいる金髪の、いかにもそれらしいチャラい男。
 転校したての主人公にもすぐにそれと分かるほど放埓な性生活を送っている。
 転校生はその投げやりに見える性生活を面と向かって彼に注意する。
 それに対して『なんだ、転校生ちゃんが相手してくれんの?』なんてチャラい返事を返す会計。
 性に生真面目そうな転校生が怒って離れていくことを期待してわざと挑発をした形だが、以外にも転校生は挑発に乗らず、ただ真摯な目で彼を見返している。転校生は彼がただ寂しくて人に触れていたくてそうした生活を送っているのを見抜いていたんだ。そして真剣に彼を心配していることを伝える転校生。
 放埒な態度に惑わされず彼の真性を見抜いた転校生に会計もまた恋に落ちる。」
 
「ふむ。」

「日増しに主人公の周りを囲む男は増えていく。
 君が今日授業を受けたホスト教師もその一人だよ。
 外見は君が見たとおり、そして呼び名通りにホストのようなていの教師だ。
 内面も外見に違わぬ色好みで、面白がってあちこちの生徒に手をつけているバイセクシャルだ。
 遊び半分で転校生に手を出して、反撃された威勢にほれ込んだりするけど…まあその辺のエピソードは様々で特にこれと決まったものはないかな。理由は様々だけどやっぱり主人公の事を好きになるんだ。」

「なんだか会計と性格がかぶってないか?」

「多少かぶってはいるけど、大人と子供だから役割が違うね。
 寂しさから放埓な性生活を送る会計と違い、ホスト教師の遊びは大人の楽しみに過ぎない。」

 ふうん、あの金瓶梅がね。
 まあ、ドスケベなのは間違いないだろう。男子校で生徒に手を出すのと春本趣味とではまるで違う趣向には思えるが。
 
「こうして男子校の主だった面々の心を射止め、学生生活を謳歌する主人公。
 その主人公の前に立ちふさがり強い存在感を放つのが親衛隊の面々だ。」

 昴は『親』と書かれた人型のマグネットをホワイトボードに貼って、それを指し示す。わざわざそんなものを前もって作るほど重要な存在なのか?

「親衛隊…人気生徒毎につく男ハーレムと説明していたやつだな。」

「そう、人気生徒にはそれぞれの生徒専属の親衛隊がある。
 生徒会長の親衛隊は学園内最大の人数で、かつ学園内一の過激派。
 生徒会長に急接近した転校生の存在が気に入らず、遠ざけたくて仕方ない。
 そこで始まるのが『制裁』だ。
 詰まるところリンチでありいじめだね。
 嫉妬に狂った親衛隊長の音頭のもとに、転校生に対し過酷ないじめが始まる。
 嫌味嫌がらせ暴力レイプ示唆、あらゆる手段を使って主人公は迫害され、痛めつけられる。」

「まるで少女マンガの悪役だな。」 
 
 姉がよく読んでいた少女マンガの事を思い出す。

「役割としてはその通りだね。
 また彼らは主人公が打ちやぶるべき学園の硬直した気風を象徴的に表す存在でもある。
 貴族主義、成績主義、顔面至上主義が蔓延している学園内において親衛隊はそれを是とし学園生徒に強いようとしている存在として描かれる。
 その主義の全ての指標において彼らを圧倒し魅了する生徒会長、それを落とそうとしている全ての指標において並以下の主人公、彼らはその存在を許すわけにはいかないのさ。」

「存在も…許されないのか?」

 たたみかける物言いの迫力に、なんとなくどうでもいいところに突っ込みをいれてしまう。

「隅っこで並以下らしく震えている分にはいくらでも存在は許されただろうね。
 けれども彼らの崇拝する偶像に近づこうというのなら話は別だ。
 そんな愚か者には太陽を目指す不遜なイカロス宜しく墜落してもらわなければならない。
 そして地上に叩きつけられ、思い知ってもらわねばならない。
 太陽を手に入れようとした人間の思い上がりの愚かさを。」
 
 突如神話になってしまった。
 しかしアレが太陽か。嫌な空だな。

「しかし!」

 急に語調を変えて昴が叫ぶ。
 ちょっとよそ事を考えていたので驚いて口をつけようとしていたコーヒーをこぼしそうになった。

「転校生は!そのような妨害には負けない!」

 力をこめて言葉を吐き出し、ぱんと教鞭を目の前の卓上にたたきつける昴。
 講談なのか、この話は。

「何故ここまで彼らは自分を痛めつけようとするのだろうか!?
 嫌がらせに腹を立てながらも誰にもそれを告げることなく一人で抱え悩む日々を送る転校生!
 彼らにも理由はあるのかも知れない、ここまでしなければならない彼らなりの理由が…!
 傷つけられながらもあまりに必死な親衛隊員達の様子に、そこにすら何かを見取ろうとする心優しき主人公!
 しかし煩悶と憂悶のその日々に元来明朗な主人公はすぐにケリをつける!
 そこにどのような思いがあろうとも、こんなやり方は間違っている!
 親衛隊と、ひいては学園を覆う硬直した権威主義と戦う決意をする主人公!」

 激しい身振り手振りを交えて一人劇のような様相を呈しながら説明に熱が入る。
 俺はといえばこぼれそうになったコーヒーを宙に浮かせたまま口もつけず昴から目を離せないでいる。
 
「自分へのいじめに耐えられなくなったからではない!
 主人公の周りに居る新たな友人たちの苦しみを見かねての決意だ!  
 親衛隊がもたらす権威主義により、一見華やかに祭り上げられた生徒達は自由に友人すら作れず高段の上の孤独にひそかに苦しんでいる!
 また親衛隊の陰惨な制裁により風紀は乱れに乱れ日中のレイプも日常茶飯事になっている校内は目も覆う悲惨な状況!
 そして権威主義に満ちた校内の底で能力の無い一般生徒たちは報われぬ悲しみに青春を謳歌することすら忘れて青息吐息でようやく息をしているような有り様!
 転校生は自分のためではなく、状況を変えるために親衛隊と、いいや学園内をおおうこの硬直した権威主義と戦うことを決意するんだ!」

 そこまで語ると昴は腰を落ち着け紅茶を一口すする。
 うん、ちょっと落ち着いたほうがいい。今息継ぎが無かったような気がする。
 そして一息ついたのか、幾分落ち着いた口調でまた滑らかに語りだす昴。

「学園の四季折々に起こるイベント、新入生歓迎会や臨海学校、文化祭体育祭、その中で主人公は友人達と親睦を深めながら、その絆に対して嫉妬の度合いを増していく親衛隊と衝突を繰り返す。投げつけられる嫌がらせや妨害を一つ一つ克服しながら、彼は懸命に周りに働きかけていく。ただ学園を変えるために。大切な友人達のために。」

「生徒会長はその転校生の真摯な行動、真摯な眼差しに惹き寄せられていく。最初は冗談で手を出しただけだったが、関わるうちに転校生を好きになっていた自分の気持ちに気がつくんだ。
 おっと!君は今コメントしないでね、茶々入れようとしてるでしょ!」

 教鞭でピシと指され、突っ込みを入れようと開いた口を閉じた。

「やがて…主人公の努力は実を結ぶ。戦いの果てに全ての生徒にその人柄を認められついに迎え入れられる時が来る。
 戦い抜いた主人公の熱意に動かされた人々によって、学園の風紀はついに一新された。
 重苦しい硬直した校風の底で喘いでいた生徒達も、転校生が風穴を開けてもたらした清新な空気の元、その表情は明るく希望に満ちた瞳は輝いている。
 誰もがそれをもたらした人物を知っていた、口々に主人公を称える人々。
 そうして、学園には清新な気風と、誰もが認める新しい主人がもたらされた。
 全校生徒の祝福の元にもはや誰はばかることも無く生徒会長と結ばれる主人公。
 祝福の言葉の洪水が校内を舞う。」

 人の鼻先に教鞭を突きつけたまま、とうとうと水が流れるように話し続ける。
 俺はコーヒーカップを持ったままで居る事にようやく気がついたのでゆっくりと机に置く。

「学園には恒久に平和がもたらされた!そうして…」

 教鞭を置き、すいっ、と口元に人差し指を立てる昴。

「『二人はいつまでも幸せに暮らしました』」

 ちょっとキメた顔でお決まりのセリフを言う。

「めでたし、めでたし!」

 両手を開き、嬉しそうに締めの言葉で話を閉じた。
 俺はといえばその話ぷりに思わず立ち上がり拍手をしていた。
 それに答えて昴が頭を下げる。

「ご清聴ありがとう。」

「ええと、話の筋には興味がわかなかったがなんだか面白かったぞ。
 今度機会があったら、同じ口調で『桃太郎』を読んでくれないか。」

「や、褒めてもらえてうれしいけどさ、なんだいその微妙な要求。」

「ちょっと聞いてみたくなった。」

「君もなかなか好事家なのかな…。じゃあ『その内気が向いたら』ね。」

「近日中に是非よろしく。ところで俺もお前も話に登場しなかったんだが…」

「うん、僕たちはそんなに重要なキャラクターではないから流れを意識して省いたんだ。」

 もう座って紅茶をすすりながら、先ほどまでと打って変わって間延びした口調で答える。

「今あらすじとともに説明したのは学園内の重要なメインキャラクター達だけなんだ。
 キャラクターは他にもまだいるんだよ。
 といっても残っているのは保険医、風紀委員長と風紀副委員長くらいかな。」

「俺とお前は重要じゃないキャラクターなんだな、ところで何を持って重要じゃない事になるんだ?」

「はっきりした性格が決まっていなかったり、主人公に惚れると決まっていなかったり、そんなところかな。基準は単に僕の主観だね。
 んじゃ、また順番に説明していくよ。
 保健医とは見ての通り、僕のことだ。
 中性的な美貌を持ち、そして笑顔で居ることが多い校内医だ。
 この笑顔の意味は、作品の内で保険医に与えられる性格によって意味を変える。
 保健医は大抵、癒し系ののんびり屋か、怪しく笑うマッドサイエンティストかつ獲物を狙うバイセクシャルのハンターだ。
 その笑顔は前者の場合は優しい慈愛の笑みとなり、後者の場合は獲物をロックオンした際の企みの笑みを示す事になる。」

「両極端だな…。お前はどちらの演技をするんだ?」

「するもなにも、この世界に『高井昴』が居る以上はすでにどちらかの性格として人生を送っているからね。それに合わせないといけないでしょ?
 そこで彼の評判を昨日今日で探りを入れて調べてみた。その結果、バイセクシャルのマッドサイエンティストの方だと判明したね。」

「ふふ、なんかお前も大変そうな役柄だな。」

「そうでもないよ。保健医は殆ど保健室に居るし、面倒な学園イベントにはほぼ参加しなくていいからね。」

 こいつ、人を強制的にそれに参加させる気の癖に面倒と言い切りやがった。やっぱりいい性格してるな。

「役割を演じる以外の日常は、かなり楽な部類だと思うな。
 さて、すでに一応ほぼ概要は話したけど、もう少し詳しく保健医のことを説明するよ。
 他の人の前で僕と関わる時は、僕は『そういう役割』なんだ、と念頭に置くようにしてね。
 『怪しく笑うマッドサイエンティストなバイセクシャル』である保健医は、勿論保健室を根城にしている。
 怪しい媚薬などを作って人を実験台にしたり、興味本位で生徒に手を出したり、ホスト教師よりよっぽどやりたい放題の変態校内医だ。
 保健室で寝込む生徒は実験台か抱く相手にしか見えていない、犯罪者の危険な魅力を振りまく白衣の麗人だ。」

「はははっ…!駄目だ、説明が一番面白い…ふふふ…ふはは…!」

 今まで話にあまり水を差さないようにしていたのだが、自分の事として説明している内容が酷すぎる。噴出してしまった後ツボにはまって3分くらいケタケタ笑ってしまった。

「君って笑い方魔王みたいだね。」
昴はその間手持ち無沙汰そうに紅茶を飲みながら俺が笑い止むのを待っていた。
 
「…お前、その役をやるのか?」

ようやく笑いおさまって、涙をぬぐいながらようよう昴に問いかける。

「ふふふ、見てみたいな、お前のそんなところ。本当似合わなさそうだ」

「ふん、僕は名演技でやりきる自信があるよ!なんなら見せてあげてもいいね!」
 
 長い黒髪をかっこつけた仕草で払いながら言い放つ。

「はは…やる時は観客席に呼んでくれ。頑張って笑わないようにするから。」

「言ってろ、笑い上戸め。
 じゃ、副委員長の説明をしようかな、君が襲い掛かりその花を散らした可愛い子だ。」

「お前もしつこく人の評判を落としにかかるなあ…。」

「『風紀副委員長』は保険医と違い、はっきりした性格が決まっていない。
 そもそも作品によって登場しないこともある。」
 
 俺の抗議を打ち捨てて昴は副委員長の説明に入る。

「一番作者の裁量が大きいキャラクターと言えるかもしれない。
 ただ、基本的には風紀委員長には忠実だ。尊敬していることが多いかな。
 外見は不定。
 不良よりの外見と態度だったりすることもあれば、中性的女性的な容姿で委員長を内心慕っていることも有る。」

「ああ…どうやら後のやつだな。」

「ふふふ。そうらしいね。彼の思いを叶えてあげるといいよ。」

教鞭の先をこちらに向けてくるくる回しながら昴が言う。
何か暗示でもかけようとしているのか。

「嫌だ。男に興味ないし、相手が女でもそんな事している場合じゃない。」

 顔に向けられた教鞭を払って答える。

「あは、知ってる?そういうの『フラグ』って言うんだよ。回収が楽しみだなあ。」

「フラッグ?」

「独り言だよ。気にしないで、じゃあ続きを説明するね。」

「もう、残っているのは『風紀委員長』だけだな。」
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