奴隷商人 (旧)(紀元前47年の物語①)

✿モンテ✣クリスト✿

文字の大きさ
35 / 75
第1章 フェニキア

第4話(2) 奴隷市場、紀元前47年

しおりを挟む
 私は知性体に押された。彼女に入った。ダウンロードってこういうこと?私の意識と知識データが彼女の脳に解凍されて展開されているようだ。展開が終わると、私の意識が彼女の神経系に接続される。

 手と肩が痛い!黒人男に手を捻り上げられているのだ。嗅覚も効き出した。臭い。獣の脂の燃える匂い。おまけに、この体も臭い。香油でも塗られているんだろうか?古代世界は臭いのだ。

 目の前に、古代のアラビア服を着た腹の出ている男がいた。私の体をまさぐっている。陰部に指をいれようとしている。なんてこと!

 私は思い切りその男を蹴り上げた。男がひっくり返る。黒人男がさらに腕をひねり上げ、頬を思いっきり叩かれた。冗談じゃないわ!これは・・・たぶん・・・奴隷の競りなの?競売会?

「この野郎!何をしやがる!」と私が蹴った男が立ち上がって、私の顎を掴んで捻り上げられる。顔を近づけられて、臭い息を吹きかけられる。「おい、お前、ちゃんと動かないように押さえつけておけ!」と黒人男を怒鳴る。

 なぜ言葉がわかるんだろうか?私/ぼく、いや、ムラーはここがフェニキア地方と言っていた。なぜ、私はフェニキア語がわかるんだろう?頭の中で『あなた、誰?』と声がする。この女の子の意識かしら?

「まあ、活きが良い女だ。なかなかに勇ましい。おい、こいつはいくらだ?処女なんだろうな?」
「正真正銘、処女ですぜ、旦那」と黒人男が言う。「そうですなあ、コーカサス山脈から引っさらってきた極上ですぜ。黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)でっせ。金髪碧眼、ベッピンですわ。性格もキツイから調教のしがいがありまっせ。50アウレウスでは、旦那、いかがでしょう?」

 50アウレウス?なによ、それ?お金なの?私、じゃないや、この女の子、高いの?安いの?

 しかし、手と肩の痛みの加えて、叩かれた頬と捻り上げられている顎が猛烈に痛い。ムラーはすぐ来るっていったじゃない!

 デブの男が「年は?」と黒人に聞く。「18歳です」と黒人男が答えた。

「ババアじゃないか?」
「処女ですよ、処女。この年まで処女でっせ。なんでも族長の娘らしくって、18歳で処女なんてまずいませんや」
「それにしても50アウレウスは高い!25だ!」
「旦那、そりゃあ相場に合わない!」
「値を下げろ!」
「じゃあ、45!」
「馬鹿野郎!30だ!」

 デブと黒人が値段交渉で言い合っていると、デブの後ろの人混みをかき分けて、アジア系の長身の若い男性が寄ってきた。「おい、ちょっと待て!俺はこの子が気に入ったぞ。お前、50アウレウス、即金で払うぞ!」と彼が言う。

 デブが後ろを振り返って「横から口を出すんじゃ・・・」と言いかけて「あ、ムラーの旦那でしたか。旦那、50、言い値で払うんですかい?このデカブツがつけあがりやすぜ?」と黒人男を指さして言う。

「良いんだ。俺がこの子を気に入ったんだからいいだろう?ここは悪いが譲ってくれ。代わりといっちゃあなんだが、エチオピア人の15歳の上玉をお前に譲るよ」
「ムラーの旦那に言われちゃあ仕方ない。譲りますよ。エチオピア人の娘、たのんまっせ」
「ああ、俺の執事のアブドゥラに言っておく。明日にでも引き取りにきてくれ。値付けはアブドゥラに聞いてくれ。安くしておくよ」

 デブはブツブツ言いながらも引き下がって、群衆をかき分けて離れていった。ムラ―は重そうな革財布をアラビア服の胸元から引き出すと、黒人男に金貨を50枚、数えながら渡した。1枚余分に渡す。「中途で横槍を入れたお詫びだよ」と黒人男にウィンクした。黒人男がお辞儀をして、腕を捻っていた私をムラ―に押し付けた。

 ムラーは私の肩を抱いて、群衆をかき分けた。黒人男が「旦那、縄でしばんなくていいんですかい?」と聞いた。ムラーは「逃げやせんよ、この子は」と頭の上で手をヒラヒラさせた。

「あなた、遅かったわね!私、痛い想いをしたんですからね!」と彼(?)の肩をどやしつけた。
「これでも急いで来たんだよ。この体にダウンロードしていたからな。ところで、ここでは俺はムラ―だ。ムラーと呼べ。キミはエミーだ。忘れないように。黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘だぞ」
「わかったわ」
「それから、これから俺の家に行くんだが、その格好はなあ・・・」

 私は自分の体を見下ろした。上半身裸じゃない!下半身もスケスケの薄いベールのような腰布だけ!「キャッ!」
「これを着るといい」とムラ―は自分のマントを私に羽織らせた」あら、親切なのね?
「あ、ありがとう。ムラ―、あなたは実体化したのね」
「実体化?ああ、これか。これは、本体のプローブユニットをムラ―にダウンロードした。説明しただろ?純粋知性体の個体は、情報収集のためにプローブユニットを本体から分裂させて放つって。プローブユニットは、力こそ本体ほどではないが、本体と相似の存在で、惑星、恒星、恒星系の生物種の知能レベルでは、本体の膨大なデータ量を維持できないから、プローブユニットのデータ量は、その生物種の知能に合わせて縮小してあるわけだ。人類の脳全体の記憶容量は1ペタバイト程度でしかない。プローブユニットのデータ量も1ペタバイト以下で本体から放出される」

「本体はどこに行ったの?」
「この第2ユニバースとキミらの仲間が呼んでいる世界から第4ユニバースに戻った。なんでも、本体と仲の悪い別の純粋知性体がいて、第4でなにかしでかしそうだから、第4の21世紀の世界に戻ったんだ。その内ここに帰ってくるだろう」
「なるほど・・・それで、これから私はどうするの?」
「今、考えているところ。単なるプローブユニットだから、時間軸を見渡せないんだよ」
「なんですって!」

 私たちが奴隷市場を出ようとして、若い男が近寄ってきた。18歳くらいだろうか?アラブ人のようだった。鼻筋の通ったハンサムだ。「旦那様、急に家を出ていかれて、どうなさったんですか。心配いたしました」とムラーの足元に跪いた。

「ああ、アブドゥラか。あのな、俺の知り合いで、黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘がさらわれて、この市場に売りに出ていると聞いたんだ。それで買い戻しに来たわけさ。エミー、彼は俺の執事のアブドゥラだ。アブドゥラ、彼女は族長の娘でエミー。丁重に扱ってくれ」

 アブドゥラは立ち上がって「了解いたしました、旦那様」とムラ―に言うと、私に「エミー様、アブドゥラと申します。何なりとお申し付けください」と私にお辞儀をした。「よ、よろしく、アブドゥラ」

「ムラ―、話の展開が急すぎてついていけわ」と私は日本語で彼に言った。
「ま、俺の家に言って話を整理しよう」
「ところで、ムラ―、私、じゃないや、このエミーが金貨50枚、50アウレウスって、ここの物価でいくらくらいなの?」
「ちゃんと聞きたいのか?」
「この体に入っちゃったんだから、この世界の通貨システムは知らないと」

「まず、ローマの通貨は、アウレウス(金貨)、デナリウス(銀貨)、セステルティウス(青銅貨)、デュポンディウス(青銅貨)、アス(銅貨)で構成されている。二十世紀とここのパンやワインや肉の価格で比較すると、デナリウス(銀貨)は、二十世紀の15ドル、二千円くらいなんだろうか?アウレウス(金貨)はデナリウス(銀貨)の二十五倍の価値だから、375ドル、五万円くらいの価値だ。つまり、50アウレウスは、二十世紀の日本で言えば、250万円ほどになる」
「それは奴隷女としては高い方?安い方?」
「コーカサス女の十代前半の処女のベッピンだったら、30~60アウレウスだから、エミーが18歳と考えると、まずまずいい値段と言えるだろうな。そんなことを知ってどうする?」
「せっかく入った体だから、安いよりも高い方がいいでしょ?自尊心の問題よ。まだ、鏡でよく自分を見てないけど」
「エミー、この時代、キミの考えるようなガラス鏡はないぜ。あるのは、黒曜石を磨いた石板の鏡や金属板を磨いた金属鏡だ。銅の鏡だな」
「あら!時代をよく忘れちゃうわね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...