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第1章 フェニキア
第18話(1) ペトラとアイリス
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ムラーに知性体が転移する3年前。
ベリタス(現在のベイルート)市街で商談を済ました俺は、魚臭い港を通り、海岸線伝いに北へ伸びるローマ街道をゆるゆると歩いていく。お供には海賊のピティアスを連れて行った。
古代からのフェニキアの都市国家のティルスとシドン、グブラ、ベリタスは今やローマ帝国の統治下にある。今から十五年前の紀元前64年、ローマによる侵攻から、フェニキア地方の統治はセレウコス朝シリアからローマに移った。
ローマ帝国(正確には共和制ローマなのだが面倒なので呼び名はローマ帝国で統一しよう)の治世になって良いところは、ローマ軍団が街道整備をしてくれて、平坦でほぼ直線の道が整備されたことだ。
軍団兵は、わざわざ内陸まで敷石に使う花崗岩を採取にいって、拳よりもかなりおおきな塊に砕いて敷き詰めていく。彼らはご丁寧にも表土から1.0~1.5メートルほど掘削し、粒径の異なる砂利、砂を敷設した後、接合面がぴったり合うように切った一辺70cm程度の大石を隙間なく敷き詰める。幅四メートルほどの車道の中央は高く弓形の排水勾配を設けて、車道内に雨水が浸透しないよう配慮した。だから、水はけがよく、車道に水たまりができることはない。
車道はローマ軍団の移動に使われる。軍団が移動しない時は馬車などの交通も許される。車道の左右は幅三メートルの歩道になっている。車道と歩道の間は雨水溝が切ってあり、車道の表面の水は雨水溝に流れる。自国の統治のためとは言え、半島だけではなく、この東のパレスチナまで街道網を整備してくれるなどありがたいことだ。
街道だけではない。ベリタス(現在のベイルート)にはないが、円形劇場などの娯楽施設も整備してくれた。闘技場、大浴場、図書館、青果食肉市場が整備された。また、ローマの商人の扱う杉材(レバノン杉)、香水、宝石、ワイン、果物がローマに輸出されて景気も上々だった。我々商人を生業としているフェニキア人にとって、ローマ帝国の治世に文句はない。セレウコス朝シリアが出ていってありがたいくらいだ。
大浴場を過ぎて、娼婦街に差し掛かった。店の前のベランダに娼婦共が腰巻きひとつで胸をさらけ出しながら涼んでいる。俺に色目を使う娼婦がいるが、彼女らにあまり興味はない。
声をかけてきた娼婦に「ウチの女どもで俺は精一杯さね。おまえらにわけてやるほどの精力が余っちゃいない。小遣いをやるから勘弁してくれ」とピティアスに目配せする。
ピティアスはエジプト女にデナリウス銀貨を数枚握らせた。「旦那、ありがたいけどね、銭よりも旦那の竿が私は欲しいんだよ」という。「今日のところは銭で勘弁だ」
娼館を通り過ぎると、アラビア風の作りのアーチ型の柱を連ねた大理石の建物が数棟続いて建っている。奴隷市場だ。
「ピティアス、のぞいてみるかね?」
「ええ、旦那、ベッピンの出物があるかもしれませんぜ」
大きなホールだ。差し渡し100メートル四方の大きさだ。そこここに大理石の円柱が立ち並び、ホールの舞台に人が群がっている。数メートルおきに松明が壁のサックに差し込まれていた。
舞台以外でも、丸い大理石の演台の上に、首から名前や年齢、出自が書いてある札をぶら下げた奴隷がそこここにいた。地中海世界中から集められた奴隷どもだ。アフリカの黒いヌビア人の女もいれば、北欧の蛮族の白人の娘もいる。どこから連れてきたのか、東洋人の娘もいる。男もたくさんいた。労働用の屈強なアラブ人、12歳くらいの玉抜きで宦官にするにはちょうどいいギリシャ人。
俺らが冷やかしながら歩いていると、ピティアスが「旦那、あれは拾い物の上物かもしれやせんぜ」とある演台を指さした。
その演台には、髪の毛をおカッパにした少女が二人立っていた。首の札を見ると、エジプト人だった。名前はペトラとアイリス。13歳と12歳。体つきはよさそうだ。1~2年でかなりの美人に育つだろう。
そこの奴隷商人が「ムラーの旦那、どうですか?姉妹ですぜ。エジプトから拐われてきたんでさ。まだ、男の手はついちゃいませんぜ。安くしときますぜ」と説明した。
俺はピティアスに「なんでこれが上物なんだ?キレイはキレイだが、別に他とあまり変わらないじゃないか?」と小声で耳打ちした。「旦那、この商人、よくわからないでこの姉妹を売っているかもしれやせん。姉妹のイヤリングをみなせえ」
俺は彼女らの耳元を見た。「なんてことはないイヤリングだが」とピティアスに言うと「旦那、ありゃあ、プトレマイオス朝縁故の人間の身につけるものでさ。スカラベのイヤリングですぜ。庶民は身につけられませんや」と答えた。奴隷商人は、よそを見ている。
ベリタス(現在のベイルート)市街で商談を済ました俺は、魚臭い港を通り、海岸線伝いに北へ伸びるローマ街道をゆるゆると歩いていく。お供には海賊のピティアスを連れて行った。
古代からのフェニキアの都市国家のティルスとシドン、グブラ、ベリタスは今やローマ帝国の統治下にある。今から十五年前の紀元前64年、ローマによる侵攻から、フェニキア地方の統治はセレウコス朝シリアからローマに移った。
ローマ帝国(正確には共和制ローマなのだが面倒なので呼び名はローマ帝国で統一しよう)の治世になって良いところは、ローマ軍団が街道整備をしてくれて、平坦でほぼ直線の道が整備されたことだ。
軍団兵は、わざわざ内陸まで敷石に使う花崗岩を採取にいって、拳よりもかなりおおきな塊に砕いて敷き詰めていく。彼らはご丁寧にも表土から1.0~1.5メートルほど掘削し、粒径の異なる砂利、砂を敷設した後、接合面がぴったり合うように切った一辺70cm程度の大石を隙間なく敷き詰める。幅四メートルほどの車道の中央は高く弓形の排水勾配を設けて、車道内に雨水が浸透しないよう配慮した。だから、水はけがよく、車道に水たまりができることはない。
車道はローマ軍団の移動に使われる。軍団が移動しない時は馬車などの交通も許される。車道の左右は幅三メートルの歩道になっている。車道と歩道の間は雨水溝が切ってあり、車道の表面の水は雨水溝に流れる。自国の統治のためとは言え、半島だけではなく、この東のパレスチナまで街道網を整備してくれるなどありがたいことだ。
街道だけではない。ベリタス(現在のベイルート)にはないが、円形劇場などの娯楽施設も整備してくれた。闘技場、大浴場、図書館、青果食肉市場が整備された。また、ローマの商人の扱う杉材(レバノン杉)、香水、宝石、ワイン、果物がローマに輸出されて景気も上々だった。我々商人を生業としているフェニキア人にとって、ローマ帝国の治世に文句はない。セレウコス朝シリアが出ていってありがたいくらいだ。
大浴場を過ぎて、娼婦街に差し掛かった。店の前のベランダに娼婦共が腰巻きひとつで胸をさらけ出しながら涼んでいる。俺に色目を使う娼婦がいるが、彼女らにあまり興味はない。
声をかけてきた娼婦に「ウチの女どもで俺は精一杯さね。おまえらにわけてやるほどの精力が余っちゃいない。小遣いをやるから勘弁してくれ」とピティアスに目配せする。
ピティアスはエジプト女にデナリウス銀貨を数枚握らせた。「旦那、ありがたいけどね、銭よりも旦那の竿が私は欲しいんだよ」という。「今日のところは銭で勘弁だ」
娼館を通り過ぎると、アラビア風の作りのアーチ型の柱を連ねた大理石の建物が数棟続いて建っている。奴隷市場だ。
「ピティアス、のぞいてみるかね?」
「ええ、旦那、ベッピンの出物があるかもしれませんぜ」
大きなホールだ。差し渡し100メートル四方の大きさだ。そこここに大理石の円柱が立ち並び、ホールの舞台に人が群がっている。数メートルおきに松明が壁のサックに差し込まれていた。
舞台以外でも、丸い大理石の演台の上に、首から名前や年齢、出自が書いてある札をぶら下げた奴隷がそこここにいた。地中海世界中から集められた奴隷どもだ。アフリカの黒いヌビア人の女もいれば、北欧の蛮族の白人の娘もいる。どこから連れてきたのか、東洋人の娘もいる。男もたくさんいた。労働用の屈強なアラブ人、12歳くらいの玉抜きで宦官にするにはちょうどいいギリシャ人。
俺らが冷やかしながら歩いていると、ピティアスが「旦那、あれは拾い物の上物かもしれやせんぜ」とある演台を指さした。
その演台には、髪の毛をおカッパにした少女が二人立っていた。首の札を見ると、エジプト人だった。名前はペトラとアイリス。13歳と12歳。体つきはよさそうだ。1~2年でかなりの美人に育つだろう。
そこの奴隷商人が「ムラーの旦那、どうですか?姉妹ですぜ。エジプトから拐われてきたんでさ。まだ、男の手はついちゃいませんぜ。安くしときますぜ」と説明した。
俺はピティアスに「なんでこれが上物なんだ?キレイはキレイだが、別に他とあまり変わらないじゃないか?」と小声で耳打ちした。「旦那、この商人、よくわからないでこの姉妹を売っているかもしれやせん。姉妹のイヤリングをみなせえ」
俺は彼女らの耳元を見た。「なんてことはないイヤリングだが」とピティアスに言うと「旦那、ありゃあ、プトレマイオス朝縁故の人間の身につけるものでさ。スカラベのイヤリングですぜ。庶民は身につけられませんや」と答えた。奴隷商人は、よそを見ている。
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