古代中華乃官能(古代官能シリーズ④)

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秦と前漢の違い、さらに後代との比較

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 拙著『古代中華乃官能(古代官能Series④)』シリーズは、単なるエロ話であり、妻が夫に侍女とか皇女とか同僚の女将軍を夜の行為のために世話をする、というだけの話として読んでいただいて差し支えない。このエッセイは蛇足、読まなくても構わないもの。

 しかし、一夫一婦制度が強固な性倫理で確立した時代ではないことを理解いただきたい。近代以前では、これが上流社会から庶民まで普通のことだった。性行為は、まず第一に現代ような個人の楽しみのためではなく、子孫を残すことが目的だった。

 合計特殊出生率が2.13以上なら人口減少にならない現代と違う。なぜなら、平均寿命が現代の半分以下の社会では、2.13どころか、女性は生涯で五人から七人の子供を出産しなければ人口が保てない社会だった。新生児の三分の一は出産時に死亡する社会だった。性倫理も社会の保険と健康のレベルに左右されるということだ。

 また、このシリーズでは、秦滅亡から漢楚の抗争、漢王朝の創立の時代を取り上げている。そこで、アルファポリス読者には、中国の歴史は連続性を持った歴史ではなく、変遷の歴史であったということを認識して欲しい。むろん、中国の歴史に限らずあらゆる諸国の歴史が似たようなものである。例外があるとしたら、完全ではないが連続性を持っている日本の歴史がそうだと思う。

 秦と前漢も異なる。前者が厳格な社会に対する法治主義の適用という規制強化の時代とすれば、前漢は規制緩和の時代であった。また、後代の儒教の重苦しい社会に対する押しつけもあまりなかった。儒教が国家思想のように中華民族を締め付けるのはさらに将来の時代なのだ。

 秦と前漢の時代と後代の、生活、風俗、社会も異なる。前者では、板の間、椅子、机の後代に普及した家の構造、家具はなかった。土間、板の間であぐらをかいて暮らしていた。それもあぐらと書くと日本人は結跏趺坐、半跏趺坐の仏教の座り方を想像するが、秦と前漢の時代では、立膝で脚を股にかき込むようなだらしない座り方だったのである。男だけではなく女もそうだった。また、下着が普及していないから、立膝で座って、陰部は丸見えだ。

 紀元前3世紀から紀元後1世紀にかけて、中国大陸を支配した秦と前漢は、後世の儒教社会とは異なる様相を呈していた。しかし、秦と前漢を一括りにするのは誤りである。

 こういったことを踏まえて、『古代中華乃官能(古代官能Series④)』を読んでいただけるとありがたい。

 さて、

 秦は極端な法治主義を採用し、社会に閉塞感をもたらし、それが王朝の短命な滅亡を招いた。一方、前漢の劉邦は秦の失敗を教訓に法を緩和し、民を休養させることで、漢王朝が前漢から新を挟んで後漢まで長期に存続する基盤を築いた。さらに、後世の儒教が社会に及ぼした影響も見逃せない。この違いと変遷を、『史記』『漢書』、馬王堆漢墓の出土品などの史料から紐解きつつ、思想、社会、後宮、性風俗、庶民の暮らしを具体的に描いてみよう。

1.儒教以前の思想と社会の空気
  秦の厳しさ、漢の緩和、そして儒教の弊害

 秦(紀元前221年~紀元前206年)は、法家思想に基づく中央集権国家を築いた。『史記』秦始皇本紀に記される焚書坑儒や苛烈な法令は、思想の自由を奪い、庶民に重税と労役を強いた。司馬遷は「民の怨嗟が天に届いた」と書き、極端な法治が社会に閉塞感を生み、陳勝・呉広の乱を招いたと見ている。たとえば、農民は収穫の半分以上を税として納め、道路建設や長城工事に駆り出され、家族が飢えるのを黙って見ているしかなかった。

 前漢(紀元前206年~8年)の劉邦は、この過ちを認識し、「約法三章」(殺人・傷害・窃盗以外は罪としない)を定めた(『漢書』高帝紀)。歴史学者陳舜臣は『中国の歴史』で、「劉邦の緩やかな統治が民心を掴んだ」と述べる。儒教が国家イデオロギーとなるのは武帝の「独尊儒術」以降だが、前漢初期は道家的な無為の思想が影響し、秦の厳しさとは対照的な穏やかさがあった。

 しかし、後世の儒教が浸透すると、新たな弊害が現れた。たとえば、唐や宋では、儒教の「礼」が社会を縛り、個人の自由が抑圧された。『論語』に由来する上下関係の厳格化は、家族内でも父や夫への絶対服従を求め、女性は家に閉じ込められ、外出さえままならなくなった。宋代の『朱子家礼』では、葬儀や結婚に細かな規則が定められ、庶民は儀式のために借金に苦しむこともあった。また、科挙制度は儒教経典の暗記を強要し、実践的な知識よりも形式的な学問が重視された。これらは、秦の法治主義と同様に極端な規則主義となり、庶民生活に息苦しさをもたらした。秦の法による抑圧と儒教の礼による抑圧は形こそ異なるが、社会を硬直化させる点で共通していたのだ。

2.上流社会と庶民の関係
  秦の抑圧と漢の緩やかな共存

 秦の社会は、厳格な身分制度と監視体制に支配されていた。貴族や官僚は法を執行する側に立ち、庶民は服従を強いられた。『史記』陳渉世家では、農民が徴発に耐えかねて反乱を起こす姿が描かれ、階級間の緊張が顕著だった。たとえば、地方の役人は農民の家を訪れ、納税の遅れを理由に財産を没収し、抵抗すれば鞭打ちや投獄が待っていた。

 前漢では、劉邦の農民出身という背景が影響し、貴族と庶民の関係に変化が生まれた。『漢書』食貨志によると、減税や土地分配が試みられ、地方豪族が朝廷と庶民の緩衝役を担った。作家池澤夏樹が『中国史小説』で想像するように、「漢の初期は、貴族と庶民が互いに干渉せず、それぞれの領域で生きていた」。具体的には、貴族は長安や洛陽の都で政治と文化に没頭し、詩を詠み、宴を開いた。一方、庶民は農村で自給自足の生活を送り、市場で穀物や手工品を交換し、村の祭りで歌い踊った。たとえば、貴族が黄河の氾濫対策を議論する頃、農民は堤防を自分たちで補修し、朝廷の介入を待たずに解決した。こうした棲み分けが、秦の抑圧的な統治とは異なる共存の形を作り出した。

3.後宮のあり方
  秦の威示と漢の複雑な制度

 秦始皇は、統一後、各地から美女を集めて阿房宮を飾った(『史記』)。後宮は皇帝の権力を誇示する場であり、組織性よりも個人的な欲望が優先された。一方、前漢では後宮が政治的役割を帯び、制度化が進んだ。『漢書』外戚伝に登場する衛子夫は、武帝の寵愛を受けつつ外戚として影響力を発揮した。

 前漢の宮女は、地方豪族や官僚の娘から選ばれ、貢物として宮廷に送られた。たとえば、地方の郡守が美貌の娘を献上し、それが皇帝の目に留まれば家族の地位が上がった。皇女は後宮の管理に携わり、母后として妃たちの序列を定めた。皇帝の性行為の相手は、占いや縁起に基づいて選ばれることもあった。『漢書』には、武帝が夢で衛子夫を見た後、彼女を召した逸話が残る。

 宦官は後宮の運営に不可欠で、皇帝と妃たちの私生活を管理した。彼らは去勢され、性的能力を奪われた存在であり、『漢書』宦者列伝によると、多くは貧困層の少年が親に売られ、宮廷で断種された。去勢の方法は様々で、「竿あり玉なし」(睾丸のみ摘出)や「竿なし玉なし」(陰茎と睾丸の両方を切除)が一般的だった。手術は麻酔なしで行われ、熱した刃で切り取った後、傷口に灰を塗って止血する過酷なものだった。歴史家黄仁宇は『中国大歴史』で、「宦官は皇帝の信頼を得る代償として人間性を失った」と述べる。彼らは後宮での監視役や連絡役を務め、妃たちの不満や陰謀を皇帝に報告した。

4.性風俗の断片
  史料の隙間を埋める想像

 秦と前漢の性風俗は史料が乏しく、『詩経』の恋愛詩や『楚辞』の情緒的な表現が手がかりとなる。だが、その隙間を想像で補うことは可能だ。秦の厳しい統制下では、庶民の性生活は抑圧された。たとえば、農村では労役で疲れ果てた夫婦が、夜に土間で短い時間を共にし、子供を増やすことが生存の手段だった。一方、前漢の緩和された社会では、少し余裕が生まれた。市場で働く娘が旅商と恋に落ち、川辺で密かに会う姿があったかもしれない。

 宮廷では、秦始皇が后妃を次々と寵愛し、子孫を増やすことに執着した。前漢では、武帝が衛子夫を愛しつつ、他の妃とも関係を持ったことが『漢書』に記される。庶民レベルでは、村の祭りで若い男女が踊り、酒を酌み交わし、夜の藁の上で情を交わすこともあっただろう。こうした行為は、後世の儒教的な「貞節」観とは無縁で、実用的な子孫繁栄や共同体の一体感を高める意味を持っていた。

5.庶民の暮らし
  土間とリラックスした坐の日常

 秦と前漢の庶民は、後世の椅子や机とは無縁で、土間を中心に暮らした。馬王堆漢墓の出土品から、低い床に座る様式が確認される。歴史家田中芳樹は『中国史エッセイ』で、「胡坐が自然な姿勢だった」と述べるが、これは日本人が想像する結跏趺坐(蓮華座)ではなく、もっとリラックスした形だった。たとえば、片膝を立て、もう一方の足を崩して座る、あるいは両膝を軽く曲げて地面に踵をつける姿勢である。

 秦では、農民の土間は生存の場だった。疲れ果てた男が片膝を立てて座り、粗末な粥をすすり、女が子供をあやしながら麻糸を紡ぐ。家族は土間に藁を敷き、肩を寄せ合って眠った。前漢では、暮らしに余裕が生まれ、土間に竹の敷物を置き、家族が円になって座った。男は立膝で農具を磨き、女は膝を崩して穀物を挽き、子供は土間で転がって遊んだ。こうした姿勢は、厳格な礼儀よりも実用性と快適さを求めた結果であり、後世の正座とは対極的だった。

6.衣服と身体
  下着のない時代と文化の交錯

 秦と前漢の庶民の衣服は、袍(長い上着)と袴(ズボン状の下衣)が基本だった。袍は筒状で裾が広く、袴は膝下まで覆う簡素なものだ。後代の漢服は袖が長く、帯で締める洗練された形だが、この時代は動きやすさが優先された。『礼記』の深衣は貴族用で、庶民は麻布を纏った。同時期のローマでは、胸当て(ストロフィウム)や腰巻き(スブリガリウム)が普及したが、中国への影響は見られない。シルクロードが開かれるのは前漢末であり、それ以前はローマの下着文化が届く経路がなかった。
※シリーズでは張蓉にローマの話をさせているが、あれは私の創話である。

 秦では、農民は粗い麻布を腰に巻き、袍を重ねた。田畑で裾がめくれ、太ももや下腹部が露わになっても気にしなかった。前漢では、経済の回復で麻に加え、粗い絹が一部の農民に広まった。『漢書』食貨志によると、絹は貴族の交易品だったが、地方市場で少量が庶民に流れた。綿はまだ導入されておらず(インドから唐代に伝来)、麻から絹への移行は自然な進展だった。たとえば、市場で絹の袍を着た女が穀物を売り、子供が麻の短衣で走る姿が見られた。だが、下着はなく、身体の露出への無頓着さは両時代に共通していた。

 秦と前漢は、法治の厳しさと緩和、そして儒教の弊害という異なる顔を持つ。秦の閉塞感、前漢の共存、後宮の複雑さ、性風俗の断片、庶民の土間と衣服に、その違いが映し出される。『史記』や『漢書』の行間から浮かぶのは、後世とは異なる現実だ。
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