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「すぐにお会いになるそうです。お手数ですが、本部裏手にある黒色のテント前でお待ちください。」
近衛騎士にそう言われ、マリー、ランス、リフィアはエルンストの手が空くのを待っていた。マリーの存在は公に伏せてあるため、名目上はランスが教会から派遣されたメンバーの代表であり、今後の動きについての打ち合わせをしたいという謁見申請をしてある。
「待たせて申し訳ない。教会騎士殿ご一行はこちらへ。」
本部である大きな緑色のテントから出てきたエルンストは、足早に黒いテントへ入っていった。マリーたちもそれに続く。
黒いテントはエルンストと一部の側近が使う食堂だった。椅子をすすめられたので、素直に座る。
「忙しくて食事をとることもままならなくて。申し訳ないが食べながらでも構わないだろうか。」
「もちろんでございます。殿下にはお忙しい中時間を割いていただき感謝いたします。」
人払いをして、食堂にはエルンストと先ほどの近衛騎士、マリーたちの合計五人だけとなった。
「これは私の側近でペイル・カルーネリ。カルーネリ侯爵の一人息子で、私が最も信頼している男だ。マリー達の事情も唯一話してあるので、気楽に接してほしい。」
「ペイル・カルーネリとも申します。よろしくお見知りおきください。」
「カルーネリ様にはじめてお目にかかります。教会治癒師のマリーと申します。こちらはランス・ロイ・ハルスタリス卿とメイ・ファリアス部隊長です。」
「「よろしくお願いいたします。」」
「挨拶も済んだことだし、早速始めようか。」
マリーは早速エルンストに、兵士たちを治癒するための簡易治療院の設置と、薬湯の設置を提案した。
簡易治療院についてはすぐに許可され、専用のテントを張ることになったのだが、問題は薬湯のほうらしい。薬湯は温泉であるが故に湯気が出る。それは狼煙のように敵に自分たちの本拠地を知らせてしまうため、あまり大規模なものは作れない。せいぜい焚火の時に出る煙程度に抑える必要があった。
「水場に直接湯殿を作れば水を運搬する手間が省けると思ったのですが、それは難しいということですね。」
「そうだな……。屋根でも作って屋内のようにすれば湯気を分散できるかもしれないが、建設する途中で気づかれそうだ。」
「そんなに大きなテントもないですしね。」
「やはりテントのサイズに合わせて穴を掘って、水を運ぶしかないのでは?」
「それだと水の運搬に余計な労力やな魔力を使うことになってしまいますね。」
「「「「「うーーーーーん……。」」」」」
全員で頭を悩ませる。色々と案が出たのだが、結局各自また考えてきて相談という宿題スタイルになってしまった。
目の下に隈が隠し切れないエルンストを薬湯に入れてあげたかったのだが。
「では殿下、失礼する前にお手を拝借してもよろしいでしょうか?」
「うん?手?構わないが……。」
差し出された手を両手で包み込み、治癒魔法を施す。この、年若く一生懸命に民を守ろうとする青年に幸多からんことを、と願いを込めて。
テントを辞するとき、エルンストがややボーっとしているように見えたが、治癒魔法が完全に届かなかったのだろうか。やはり少しでも気分がほぐれる薬湯を一刻も早く設置してあげたい。
マリー達はいったん自分たちのテントに戻り、ひとまず治療院を設置する準備に取り掛かった。
最初から治療院を設置するつもりで準備してきていたため、数刻でそれっぽいものが完成した。メインの救護テントにはマリーのほかにも騎士団所属の薬師、医術師が2名ずつ、看護師が10名。簡易ベッド10台に、重傷者を首都へ送るための魔法陣も設置してある。ただし、人ひとりを応急の救護所に送るだけのかなり簡易的なものではあるが。
それらの準備が一通り済むと、マリーは水場を前に薬湯の設置をどのようにすれば良いか再考し始めた。煙を出さず、人目につかず、体を癒しに来る兵士たちが急襲で傷ついたりすることがない、ゆっくりできる薬湯。考え込みながら歩いていると、気づけばマリーが水浴びをした滝つぼまで来ていた。相変わらず、天高くから降り注ぐ水が煙のようにあたりを漂っている。煙のように。煙……。
「ここ!いいじゃない!!!」
マリーは思わず駆け出した。向かう先はもちろんエルンストの居る本部のテントである。こっそり護衛のため後をつけてきていたメイが慌てて後を追う。正直、マリーはさほど運動が得意ではない。逸る気持ちとは裏腹に、思うように進まない自分の脚にちょっとイラっとする。ちょうど長い枝が足元に落ちていて、躓いてしまった。
「っもう!腹の立つ枝ね!!!」
手に持って折ってやろうと足をかけて、ふと思いついた。このサイズ感。イケるんじゃない……?
「浮遊。前進!!」
案の定だ。木の枝は箒よろしくマリーを乗せてひとっ飛びである。メイが騎士にしてはかわいらしい悲鳴を上げて全速力で追いかけたが、追いつけるはずはなく、マリーがそれに気づくこともなかった。
「殿下!エルンスト殿下にお目通りを!!」
そう叫びながら木の枝に跨ってやって来たマリーを、先ほどの近衛騎士ペイルが慌ててテントへ引っ張り込んだ。
「マリー殿!なんて登場をしてくれるんですか!あなたが聖女並みの治癒師であることは伏せてあるのに、自ら力を示してしまっては台無しですよ!!!」
「ごめんなさい!それよりエルンスト殿下は!?」
「貴女は……。」
それからペリーが何やらぶつぶつ言っていたが、無視してエルンストを探し始めると、今仮眠をとっているということだった。治癒魔法はかけたけれど、睡眠が必要なくなるわけではない。むしろ、食べて寝ることが体にとっては最も大切なことである。食事の時間に打ち合わせをすることはできても、あんなに隈のあった人の睡眠を邪魔しては治癒師の名が泣く。マリーはペイルに「滝つぼ薬湯」の設置案を伝え、概要を記した紙を預けて仮設治療院へと戻ったのだった。
近衛騎士にそう言われ、マリー、ランス、リフィアはエルンストの手が空くのを待っていた。マリーの存在は公に伏せてあるため、名目上はランスが教会から派遣されたメンバーの代表であり、今後の動きについての打ち合わせをしたいという謁見申請をしてある。
「待たせて申し訳ない。教会騎士殿ご一行はこちらへ。」
本部である大きな緑色のテントから出てきたエルンストは、足早に黒いテントへ入っていった。マリーたちもそれに続く。
黒いテントはエルンストと一部の側近が使う食堂だった。椅子をすすめられたので、素直に座る。
「忙しくて食事をとることもままならなくて。申し訳ないが食べながらでも構わないだろうか。」
「もちろんでございます。殿下にはお忙しい中時間を割いていただき感謝いたします。」
人払いをして、食堂にはエルンストと先ほどの近衛騎士、マリーたちの合計五人だけとなった。
「これは私の側近でペイル・カルーネリ。カルーネリ侯爵の一人息子で、私が最も信頼している男だ。マリー達の事情も唯一話してあるので、気楽に接してほしい。」
「ペイル・カルーネリとも申します。よろしくお見知りおきください。」
「カルーネリ様にはじめてお目にかかります。教会治癒師のマリーと申します。こちらはランス・ロイ・ハルスタリス卿とメイ・ファリアス部隊長です。」
「「よろしくお願いいたします。」」
「挨拶も済んだことだし、早速始めようか。」
マリーは早速エルンストに、兵士たちを治癒するための簡易治療院の設置と、薬湯の設置を提案した。
簡易治療院についてはすぐに許可され、専用のテントを張ることになったのだが、問題は薬湯のほうらしい。薬湯は温泉であるが故に湯気が出る。それは狼煙のように敵に自分たちの本拠地を知らせてしまうため、あまり大規模なものは作れない。せいぜい焚火の時に出る煙程度に抑える必要があった。
「水場に直接湯殿を作れば水を運搬する手間が省けると思ったのですが、それは難しいということですね。」
「そうだな……。屋根でも作って屋内のようにすれば湯気を分散できるかもしれないが、建設する途中で気づかれそうだ。」
「そんなに大きなテントもないですしね。」
「やはりテントのサイズに合わせて穴を掘って、水を運ぶしかないのでは?」
「それだと水の運搬に余計な労力やな魔力を使うことになってしまいますね。」
「「「「「うーーーーーん……。」」」」」
全員で頭を悩ませる。色々と案が出たのだが、結局各自また考えてきて相談という宿題スタイルになってしまった。
目の下に隈が隠し切れないエルンストを薬湯に入れてあげたかったのだが。
「では殿下、失礼する前にお手を拝借してもよろしいでしょうか?」
「うん?手?構わないが……。」
差し出された手を両手で包み込み、治癒魔法を施す。この、年若く一生懸命に民を守ろうとする青年に幸多からんことを、と願いを込めて。
テントを辞するとき、エルンストがややボーっとしているように見えたが、治癒魔法が完全に届かなかったのだろうか。やはり少しでも気分がほぐれる薬湯を一刻も早く設置してあげたい。
マリー達はいったん自分たちのテントに戻り、ひとまず治療院を設置する準備に取り掛かった。
最初から治療院を設置するつもりで準備してきていたため、数刻でそれっぽいものが完成した。メインの救護テントにはマリーのほかにも騎士団所属の薬師、医術師が2名ずつ、看護師が10名。簡易ベッド10台に、重傷者を首都へ送るための魔法陣も設置してある。ただし、人ひとりを応急の救護所に送るだけのかなり簡易的なものではあるが。
それらの準備が一通り済むと、マリーは水場を前に薬湯の設置をどのようにすれば良いか再考し始めた。煙を出さず、人目につかず、体を癒しに来る兵士たちが急襲で傷ついたりすることがない、ゆっくりできる薬湯。考え込みながら歩いていると、気づけばマリーが水浴びをした滝つぼまで来ていた。相変わらず、天高くから降り注ぐ水が煙のようにあたりを漂っている。煙のように。煙……。
「ここ!いいじゃない!!!」
マリーは思わず駆け出した。向かう先はもちろんエルンストの居る本部のテントである。こっそり護衛のため後をつけてきていたメイが慌てて後を追う。正直、マリーはさほど運動が得意ではない。逸る気持ちとは裏腹に、思うように進まない自分の脚にちょっとイラっとする。ちょうど長い枝が足元に落ちていて、躓いてしまった。
「っもう!腹の立つ枝ね!!!」
手に持って折ってやろうと足をかけて、ふと思いついた。このサイズ感。イケるんじゃない……?
「浮遊。前進!!」
案の定だ。木の枝は箒よろしくマリーを乗せてひとっ飛びである。メイが騎士にしてはかわいらしい悲鳴を上げて全速力で追いかけたが、追いつけるはずはなく、マリーがそれに気づくこともなかった。
「殿下!エルンスト殿下にお目通りを!!」
そう叫びながら木の枝に跨ってやって来たマリーを、先ほどの近衛騎士ペイルが慌ててテントへ引っ張り込んだ。
「マリー殿!なんて登場をしてくれるんですか!あなたが聖女並みの治癒師であることは伏せてあるのに、自ら力を示してしまっては台無しですよ!!!」
「ごめんなさい!それよりエルンスト殿下は!?」
「貴女は……。」
それからペリーが何やらぶつぶつ言っていたが、無視してエルンストを探し始めると、今仮眠をとっているということだった。治癒魔法はかけたけれど、睡眠が必要なくなるわけではない。むしろ、食べて寝ることが体にとっては最も大切なことである。食事の時間に打ち合わせをすることはできても、あんなに隈のあった人の睡眠を邪魔しては治癒師の名が泣く。マリーはペイルに「滝つぼ薬湯」の設置案を伝え、概要を記した紙を預けて仮設治療院へと戻ったのだった。
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