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無視できない程の悲鳴とざわめきに、ランスが何が起きたのかと様子を見に行き、血相変えて戻って来た。

「マリー様、イルミー殿下がお倒れに!!」
「大変!!!」

マリー達が慌てて駆けつけると、ちょうど王宮救護隊が向こうから駆けてくるのが見えた。それでもここで治癒した方が圧倒的に早い。

「診察。解毒。……解呪。治癒。」

皇子を守ろうと駆けつけた騎士たちを、ランス達が止める。

「この方はサン・レイ教会所属の治癒師様です。殿下を一刻も早くお助けしたいのならば、我らに少しの間だけお任せください。」

なりふり構ってはいられない。祝賀会の場で皇族の身に何かあれば、エルンストの努力が報われなくなってしまう。マリーは治癒具合を慎重に見極め、ちょっとふらつく素振りを見せながら、イルミーを皇室騎士団に預けた。先ほどグラスを運んできた従者が騎士団に拘束されている。毒を盛られたのだろうか。ざわめきが止まらない会場にラッパが響き渡り、空気が一転して静寂に包まれる。

「国王陛下の、お成ぁーりぃー!」

仰々しく発せられた声に続いて、国王が壇上に姿を現す。そこからは先程皇子が倒れたとは思えないほど、形式的に式典が進行していった。エルンストも大きな拍手で迎え入れられ、無事にその功績を讃えられている。途中、従者が王に何かを耳打ちし、王がホッとした表情を見せたので、恐らくイルミーが目を覚ましたのだろう。あえて会場に居る者たちに表情だけでそれを伝えるあたりが役者である。
それから更に式典は進み、遂にマリー達の番となった。

「サンセリア教、サン・レイ教会所属、教会騎士団教皇直属部隊部隊長ランス・ロイ・ハルスタリス卿。教会騎士団部隊長メイ・ファリアス卿。教会騎士団キオン・サリウッド聖騎士。マリー・エリーゼ・リンドール治癒師。シスターリフィア・クレセント。」

呼ばれた順に一歩ずつ前に進み出る。ちなみにマリーは教皇と話し合ってミドルネームと家名を仮でつけておいた。ミドルネームを持つ者は、教会から何かしらの能力があると認められた者、という意味合いを持つ。マリーは治癒の力を持っているため、ミドルネームが必要なのだった。そして、全く名前が思いつかなかったので必死に前世の記憶を探り、名前をつけるに至るのだが、それが全てお菓子の名前だと知る者はここにはいない。

「此度の遠征において、貴殿らは素晴らしい貢献をしてくれた。特に死者ゼロはこれまでにない偉業であり、それを支えたのがマリー・エリーゼ・リンドール治癒師とシスターリフィア・クレセントであることは医療班からも報告が上がっておる。また、ランス・ロイ・ハルスタリス卿、メイ・ファリアス卿、キオン・サリウッド聖騎士は攻撃に加わりながら負傷者を迅速に治療院へ送る中継役を果たした。よって、褒美を取らすこととする。」
「ありがたき幸せに存じます。このことは教皇猊下にも謹んでお伝え申し上げます。」
「わがローゼン王国において、王家と教会は手を携えるものと信じておる。今後ともよろしく頼む。」

一同は頭を垂れた。それから、各自に贈られる褒章が読み上げられる。教会への莫大な寄付と、個々への褒賞金、そして何より王宮で自由に出入りする権利が与えられることとなった。次期枢機卿であるランスや貴族出身のリフィアはともかく、後ろ盾を持たないマリー、メイ、キオンにとってはこれ以上ない誉れである。といっても、マリーの治癒能力を王家のためにも使わせる名目であり、マリーを王宮に呼び出す時の護衛としてメイとキオンにも入城許可が下りたというのが実情ではあるが。

一礼して下がろうとしたとき、王が口を開いた。

「マリー・エリーゼ・リンドール治癒師。」
「!はい。」
「言い忘れておった。先の戦いで怪我を負った我が息子エルンストを救い、先程はイルミーまでもが貴殿に命を救われた。子の父として、礼を言いたい。」
「とんでもないことでございます!私は私の責務を果たしたまで。それが皇子殿下であっても、別のどなた様かであっても、するべきことは同じでございます。」
「それでもそなたは我が子たちの命の恩人だ。何か望むことはないか。」

突然のことで頭が真っ白になり、何も答えられない。というか、あまり目立ちたくないので名指ししないでほしい。もう無理だが。

「……望むことは、特にございません。過分なお言葉だけで私には過ぎた褒美でございます。」
「ほう。治癒の女神は謙虚だな。臨むならば爵位も領地も与えてやることができるのだぞ。」
「私には身に余るものでございます。」

身分を得て領地を得るということは、この国の貴族に名を連ねるということだ。それはつまり、完全にローゼン王国の、ひいては王家の傘下に入るということ。教会は政治に口出ししないとはいえ特殊な存在であるため、今は王家の権限で自由を奪われることがない。そんな特権をみすみす手放すようなマリーではなかった。

ここで下手なことを言えば利用される。国王はいつだって国益を一番に考えるはずだから当然だ。マリーはバクバクする心臓を落ち着かせるように大きく深呼吸してから、意を決して口を開いた。

「それでは……ひとつ、国王様にお願いがございます。」

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