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着飾った騎士が、豪華な馬車が、これ見よがしに山積みされた財宝を積んだ荷車が、街道を進み沿道の人々から歓声が上がる。婚約式のためルマリー大国から姫とそれに伴う一行がローゼン王国にやってきた。前王妃ミリカリアスが来た時よりも、更に豪華で長くなった隊列がルマリーの豊かさを物語っている。
先頭が王城の門をくぐっても、その隊列が街に入り切ることはなく、これから続く祝いの日々に町の人々の心は踊った。
教会も治療院もあれから嘘のように平和な日々が続いている。治療院に急患が来ることはあるが、皆日常生活で病気や怪我をしたからで、争いや陰謀の影は見られない。それがかえって、マリーを不安にさせていた。
エルンストからひさしぶりに連絡が入ったのは、姫が王城に入ったその日の夜であった。これから夕食、という時に呼び出されたマリーは不満顔である。しかし、それを見越していたのかエルンスト自室に食事を準備し、そこに彼女を招いた。もちろん、リフィアも伴ってのことなので、スキャンダルにはならない。テーブルに並ぶ美食に目を輝かせる二人を見た彼は、食事がある程度進むまで話を切り出すことができなかった。側近のペイルにため息をつかれたが、こればかりは仕方がない。彼女たちの機嫌を損ねるわけにはいかないのだから。
「さて、食事も進んできたところでいくつか相談と頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか。」
「ふぁい!あ、っ、す、すみません、すっかり夢中になっちゃって。」
「無理に飲み込まなくてもいいから。これからの話は他言無用で頼む。」
マリーとリフィアは黙って頷いた。口をもぐもぐさせてはいたが。
「今日、遂にルマリー大国から姫が入城された。名前はフリジアーナ・エル・ルマリー。ルマリーの第五皇女だそうだ。」
「?第三皇女の予定が変わったんですか?」
「直前になって変更があったらしい。……あちらの国はかなり内部で揉めているらしいからな。」
「王家って大変なんですねぇ。」
完全に他人事かつ相変わらず食事に夢中なマリーに、エルンストは短い溜息をつくと、本題に入った。
「そのフリジアーナ姫、少々訳ありらしくてな。様子が……なんというかその、おかしい、というわけではないのだが……。」
エルンストにしては歯切れの悪い物言いに、マリーとリフィアは眉を顰める。そんな訳あり姫がやって来たのだろうか。
「で、なぜ今回マリー様をお呼び立てされたのですか?」
「あぁ、少し落ち込んだ様子というか、具合が悪いのかもしれないとか、色々と我々も考えて、一旦治癒をしてもらったらどうかという案が出て。ルマリー大国はサンセリア教の信仰が厚いことでも有名だから、下手に薬師が行くよりもシスターのほうが気が許せるのではないか、という……。」
「なるほど、要は教会からのご機嫌伺いの体で様子を探り、解決できそうなことがあればするようにということですね?」
リフィアが溜息をつきながら言った。吐き捨てた、と言っても過言ではないくらいだ。彼女にしては珍しい乱暴な物言いに、マリーが少し焦ってフォローを入れる。
「ご機嫌伺いで済むならお安い御用ですよ!明日非番ですし、謁見申請はお願いしてもよろしいのでしょうか?」
「!もちろんだ!明日の午前、必ず時間を押さえておく。なんだったら今日王宮に泊まってもらっても構わない!」
「あ、それはご遠慮します。緊張して眠れなくなるので。」
「……そうか。では明日、日が昇りきる少し前にまたこちらに来てほしい。」
「承知いたしました。」
それからまたマリーとリフィアは美食の限りを尽くし、正直帰るのも億劫なほど腹が膨れてしまったのだが、宿泊を断った手前きちんと帰宅するしかなかった。
「……泊まるって言えばよかったかな……。」
「やめておいて正解だと思いますよ。泊ってもロクなことがないです。」
まるで王宮に泊まったことがあるかのような物言いが引っかかったが、とりあえずマリーは帰ることに専念した。ちょっと気を緩めると、何かがキラキラリバースしてきてしまうかもしれない。
ちょっとジャンプして胃を下げようと足掻いてみたり、色々考えてはみたものの、翌日王宮に行かなければいけないので、念には念をだ。二人は薬師に消化剤を作ってほしいというかなり個人的な頼み事をするため、治療院に顔を出した。
「チョウ~……今ヒマ??」
「あ、まりぃさん!だいじょぶですよ、どっか痛い?」
偶然にも患者がいない時間に当たったらしい。薬師のチョウがあくびをしながら言った。彼はこの国の生まれではなく、はるか東方の国から旅をしてきた東国人だ。元々家業が薬を扱うもので、その豊かな知識をジパル・レイ・ハルスタリス卿に見い出され教会の薬師となった。ちょっと片言だがとても優しく、皆に好かれる好青年だ。
「ちょっと食べ過ぎちゃってさ、何か消化にいい薬あるかな。」
「……美味しいけど効かない、不味いけどよく効く、どっち?」
「ん~~~~~~……効く方。」
「あいよ。」
そうしてチョウは薬棚から数種類の乾燥した薬草を、彼だけが使う特殊な器具に入れてゴリゴリとすり潰し、そこにはちみつを少しずつ流し込んで練っていく。やがて、小さな黒いつぶがいくつも出来上がった。
「まりぃさん、りふぃさん、すぐ食べ過ぎるからこれ持っておくいいよ。」
「失礼ね!……けどありがとう。」
そうして出来上がった丸薬を蝋引きの紙に包んでそっと持つ。このまま風通しの良い日陰で乾燥させればチョウの国でよく使われる「丸薬」という持ち運び可能な薬になるらしい。もしかしたら今後王宮に顔を出す頻度が上がるかもしれない。そんな予感を感じながらマリー達は大切な丸薬を窓際に並べ、日除けを設置した。この後、今日の分の丸薬を飲むのだが、その強烈な苦みとえぐみに悶絶する羽目になることを、彼女たちはまだ知らない。
先頭が王城の門をくぐっても、その隊列が街に入り切ることはなく、これから続く祝いの日々に町の人々の心は踊った。
教会も治療院もあれから嘘のように平和な日々が続いている。治療院に急患が来ることはあるが、皆日常生活で病気や怪我をしたからで、争いや陰謀の影は見られない。それがかえって、マリーを不安にさせていた。
エルンストからひさしぶりに連絡が入ったのは、姫が王城に入ったその日の夜であった。これから夕食、という時に呼び出されたマリーは不満顔である。しかし、それを見越していたのかエルンスト自室に食事を準備し、そこに彼女を招いた。もちろん、リフィアも伴ってのことなので、スキャンダルにはならない。テーブルに並ぶ美食に目を輝かせる二人を見た彼は、食事がある程度進むまで話を切り出すことができなかった。側近のペイルにため息をつかれたが、こればかりは仕方がない。彼女たちの機嫌を損ねるわけにはいかないのだから。
「さて、食事も進んできたところでいくつか相談と頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか。」
「ふぁい!あ、っ、す、すみません、すっかり夢中になっちゃって。」
「無理に飲み込まなくてもいいから。これからの話は他言無用で頼む。」
マリーとリフィアは黙って頷いた。口をもぐもぐさせてはいたが。
「今日、遂にルマリー大国から姫が入城された。名前はフリジアーナ・エル・ルマリー。ルマリーの第五皇女だそうだ。」
「?第三皇女の予定が変わったんですか?」
「直前になって変更があったらしい。……あちらの国はかなり内部で揉めているらしいからな。」
「王家って大変なんですねぇ。」
完全に他人事かつ相変わらず食事に夢中なマリーに、エルンストは短い溜息をつくと、本題に入った。
「そのフリジアーナ姫、少々訳ありらしくてな。様子が……なんというかその、おかしい、というわけではないのだが……。」
エルンストにしては歯切れの悪い物言いに、マリーとリフィアは眉を顰める。そんな訳あり姫がやって来たのだろうか。
「で、なぜ今回マリー様をお呼び立てされたのですか?」
「あぁ、少し落ち込んだ様子というか、具合が悪いのかもしれないとか、色々と我々も考えて、一旦治癒をしてもらったらどうかという案が出て。ルマリー大国はサンセリア教の信仰が厚いことでも有名だから、下手に薬師が行くよりもシスターのほうが気が許せるのではないか、という……。」
「なるほど、要は教会からのご機嫌伺いの体で様子を探り、解決できそうなことがあればするようにということですね?」
リフィアが溜息をつきながら言った。吐き捨てた、と言っても過言ではないくらいだ。彼女にしては珍しい乱暴な物言いに、マリーが少し焦ってフォローを入れる。
「ご機嫌伺いで済むならお安い御用ですよ!明日非番ですし、謁見申請はお願いしてもよろしいのでしょうか?」
「!もちろんだ!明日の午前、必ず時間を押さえておく。なんだったら今日王宮に泊まってもらっても構わない!」
「あ、それはご遠慮します。緊張して眠れなくなるので。」
「……そうか。では明日、日が昇りきる少し前にまたこちらに来てほしい。」
「承知いたしました。」
それからまたマリーとリフィアは美食の限りを尽くし、正直帰るのも億劫なほど腹が膨れてしまったのだが、宿泊を断った手前きちんと帰宅するしかなかった。
「……泊まるって言えばよかったかな……。」
「やめておいて正解だと思いますよ。泊ってもロクなことがないです。」
まるで王宮に泊まったことがあるかのような物言いが引っかかったが、とりあえずマリーは帰ることに専念した。ちょっと気を緩めると、何かがキラキラリバースしてきてしまうかもしれない。
ちょっとジャンプして胃を下げようと足掻いてみたり、色々考えてはみたものの、翌日王宮に行かなければいけないので、念には念をだ。二人は薬師に消化剤を作ってほしいというかなり個人的な頼み事をするため、治療院に顔を出した。
「チョウ~……今ヒマ??」
「あ、まりぃさん!だいじょぶですよ、どっか痛い?」
偶然にも患者がいない時間に当たったらしい。薬師のチョウがあくびをしながら言った。彼はこの国の生まれではなく、はるか東方の国から旅をしてきた東国人だ。元々家業が薬を扱うもので、その豊かな知識をジパル・レイ・ハルスタリス卿に見い出され教会の薬師となった。ちょっと片言だがとても優しく、皆に好かれる好青年だ。
「ちょっと食べ過ぎちゃってさ、何か消化にいい薬あるかな。」
「……美味しいけど効かない、不味いけどよく効く、どっち?」
「ん~~~~~~……効く方。」
「あいよ。」
そうしてチョウは薬棚から数種類の乾燥した薬草を、彼だけが使う特殊な器具に入れてゴリゴリとすり潰し、そこにはちみつを少しずつ流し込んで練っていく。やがて、小さな黒いつぶがいくつも出来上がった。
「まりぃさん、りふぃさん、すぐ食べ過ぎるからこれ持っておくいいよ。」
「失礼ね!……けどありがとう。」
そうして出来上がった丸薬を蝋引きの紙に包んでそっと持つ。このまま風通しの良い日陰で乾燥させればチョウの国でよく使われる「丸薬」という持ち運び可能な薬になるらしい。もしかしたら今後王宮に顔を出す頻度が上がるかもしれない。そんな予感を感じながらマリー達は大切な丸薬を窓際に並べ、日除けを設置した。この後、今日の分の丸薬を飲むのだが、その強烈な苦みとえぐみに悶絶する羽目になることを、彼女たちはまだ知らない。
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