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「ふぅ。なんとかなったわい。」
「うふふ、マリー様お元気そうでよかったです。」
「全くじゃな。……問題はこの後じゃが。」

王城の一室で、オウル・ゾリンジャーとフリジアーナ姫は胸を撫でおろした。
マリーが消息を絶った後の会議で、王城での第二皇子の監視役を買って出ることになったフリジアーナにはもう一つの狙いがある。その身の安全を担保するために教師役で側付きとなったオウルと共に強化型通信魔法の開発を行うことだ。その願いはすぐに叶えられ、オウルの長年にわたる研究の成果と、フリジアーナによってもたらされたルマリー大国に伝わる「まじない」によりあっさりと新しい通信魔法の開発に成功した。

通常の通信魔法では、お互いの座標を特定するためそれぞれが通信具を持っている必要がある。しかし、今回はマリーの居場所が分からないため、通信したい相手を探し出してから強制的に相手を通信状態とする必要がある。そこでフリジアーナは「贄」を捧げ、それを元に相手そのものを特定してはどうかと考えた。

例えば狩や戦を行うとき、獲物や敵の位置を把握するための索敵魔法というものがある。これは、対象がハッキリしていないため一定の範囲における生体反応を探っていくというものだ。それを応用して、かなり広い範囲、国全体と隣国までの境界線ギリギリに範囲を指定した。かつ、探す対象が具体的なのでマリーの私物、今回の場合は普段身に着けていた治癒師の制服の一部を「贄」として捧げてみたのだ。

実はこの魔法、ルマリーの母親たちの間で口伝されてきた「迷子探しのまじない」の応用である。幼い我が子の無事を願って、我が子の身に着けていたものや大切にしていたものを祭壇に捧げ呪文を唱えると、子供の居場所が分かりほんの少しの間言葉が交わせるというもので、「贄」を捧げることで魔力のない者でも使うことのできるものであった。

この「まじない」が成立する仕組みについては誰も詳細をわからずに居たが、フリジアーナの母はそれが精霊の力を借りているものだということをなぜか知っていた。絶対に他言してはいけないと言い聞かされていたが、背に腹は代えられない。皆までは明かさずともオウル・ゾリンジャーならば仕組みを察するだろうと思いつつも、悪いようにはしないはずだという信頼があった。月明りの下に祭壇を組み、月の精霊に「贄」を捧げてマリーの位置を探ったところ、運よく月の精霊の力の及ぶところに居てくれて補足できた、というわけである。

「それにしてもそのまじない、便利じゃのう。」
「そうなんです。ただ、悪用を防ぐためなのか何なのか、国外持ち出し禁止のまじないでした。もし他国に嫁に行くならば、たとえ我が子が行方知れずになろうとも使ってはならない、と言われているようです。」
「いくらでも応用の仕方があるからの。じゃが人の口に戸は立てられん。どこかから漏れ出てもおかしくないんじゃが……。」
「誠かウソかわかりませんが、ルマリーの血を引くものだけがこのまじないを使える、という説もありました。」
「それは……ルマリー人が過去に何らかの誓約か契約を結んでいる可能性があるの。」
「はい!わたくしも同じ仮説を立てております!ただ、検証する術はないのですが……。」

フリジアーナは残念そうに言った。彼女の母は小さな魔術師の村の出身である。村に口伝として様々な魔術が伝えられており、生涯出ることが叶わない後宮という檻の中で小さな娘にひっそりとそれらを伝えることをライフワークとした。

「ではやはり、姫は魔術を使えるのじゃな。」
「えぇ。ただ、ローゼンと違いルマリーでは『術』を持つ者が第三の名前を得ているわけではございません。ですので、わたくしが魔術を使えると知る者は亡き母と姉ペルシャーナ、そしてローゼンの皆様方のみでございます。」
「それは良いことじゃ。あの国は今大変なことになっておるからの。力は隠しておいた方がよいじゃろう。」

フリジアーナは真剣な顔で頷いた。祖国が元々内部分裂で揉めていることは骨身にしみて分かっているが、外から見た王室の顔もまた酷いものだということが分かった。普通、対外的には情勢が安定していることを示すものだが、ルマリーは内部がもめていることを隠そうともしていない。それをローゼンのような大国が悪意を持って見た場合……代理戦争のような事が起こってもおかしくはない。オウル・ゾリンジャーからその第三者的な視点で見た祖国を騙られた時、フリジアーナは雷に打たれたような衝撃を受けた。自国の内部分裂の隙を狙って他国が攻めてくるかもしれないと考えたことはあるが、それを丸ごと利用されて自国の民だけが血を流すかもしれないなどという考えがなかったからだ。

正直、王宮に隠れ住んでいたフリジアーナにとって、国民は統治する相手ではない。しかし、たまにそこを抜け出して町に降りていた彼女にとって、国民はそこに当たり前にいる良き隣人であり、友人であった。

「オウル様……、マリー様が 拐かされたことと、ルマリーの内部分裂。関係があるとお考えですか?」
「今はまだそこまで確信をもって言えることは何もないがの。ただ、少なくとも今マリーが攫われて向かっている方向にあるのはルマリー大国じゃ。このままゼナスの小倅がルマリーに入ったら、限りなく黒に近くはなるじゃろうの。」
「そうですよね……。オウル様、 わたくしもうひとつ開発したい魔法がございます!」

フリジアーナに気圧されるようにして、オウルは協力を承諾する。彼女の瞳は使命感に燃えていた。その強い光が失われない限り、全てが上手くいく。そんな気さえしてくる、強い瞳だった。

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