ただ今絶賛逃走中!!~治癒師が詐欺師にされる前に~

冬木光

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綿ではあるが、柔らかくて動きやすく、いい匂いのする服。丁寧に洗われ、花の香りを施された髪。丹念に磨き上げられた肌。かつてこれほど小綺麗にしていたことがあっただろうか。

唯一不満があるとすれば、やはりこの手枷と足枷である。どんなに美しい装飾が施されていても、所詮は拘束具。見栄えも悪ければ気分も悪い。

この屋敷に来て、早くも十日が過ぎ去ろうとしていた。その間、婦人はキオンに怪しい薬を嗅がせ、鞭を打って口がきけないことを確認し、それからどこにでもペットのように連れ歩いた。茶会に、夜会に、そして会合に。

情報を繋ぎ合わせて出した結論は、やはり大方の予想通り「砂の国サンルードの貴族」。ただ、意外なのは彼らがローゼン王家に強い関心を寄せている点だった。執着、と言い換えてもいいかもしれない。

サンルードのような小さな国の、それもたかが貴族が、なぜローゼンのような大国を狙うことができるのか。また、そんな考えに至ったのか、キオンはただひたすら耐えながら耳を澄ませた。

女奴隷商人は、はじめの五日ほど「メンテナンス」と称して毎日顔を出していたが、今は二日に一度の頻度に減った。来るたびにキオンの身体を隅々まで調べ、傷があれば治療し、そして、口の中に薬を仕込んで帰っていく。

この薬がなければ、彼は彼はとっくに廃人となっていただろう。現に、今はできるだけ虚ろな目で一点を見つめつつ、ふらついた足取りで歩くようにしている。夫人はそんなキオンの様子を見てご満悦だ。

こんこん、とドアがノックされ、と同時に開いた。

(ノックの意味……。)

なんて思わなくもなかったが、どうせ口がきけない設定だし、買われた男に対して礼を尽くす人間など居ないだろうと諦める。

入って来たのはいつもの女奴隷商人だった。

「さ、今日もメンテナンスするわよ。服を脱いで。」

声を掛けられたが、一応ボーっと聞こえないフリをする。まだ廊下に人の気配を感じるからだ。おそらくメイドが聞き耳を立てているのだろう。

「はぁ、婦人は随分とあんたをお気に召したのね。こんなに薬吸わされてちゃ長くもたないかもしれないわ。さ、お座り。お座り!」

わざと声を張り上げる女に、やはり彼女が自分の味方であることを確信する。

言っている事とやっている事が随分違うからだ。お座り、と声を張り上げているが、手を出してきたりはしない。キオンはわざとドサっと倒れこむようにして床に座った。

「そうそう、いい子ね。私の声も届かなくなるなんて、本当にいい犬だこと。さ、脱ぐわよ。」

そう言って手を出してくる。キオンは自ら服を脱ぎ、彼女に手渡した。

「これ、洗濯お願いね。」

女が何の前触れもなくドアを開けて、聞き耳を立てていたメイドに服を手渡すと、メイドたちは一瞬固まった後、蜘蛛の子を散らすように去っていった。その様子を実に愉し気に眺め、またキオンの側まで戻って来る。

「監視があの程度ってことは、私も随分信用されたみたいね。」
「これだけ足繫く通って貢ぎ続ければそりゃ可愛がられるだろうよ。」
「あら、誉め言葉として受け取っておくわ。」
「……サンルードの貴族はローゼンを狙っているのか?」

キオンはボソリと女の耳元で告げた。先程の様子を見て、彼女の正体を確信したらしい。

「そうみたい。どうもイルミー殿下と繋がるようだけど、そこがよく分からないの。」
「は?イルミー殿下と?」

まさかローゼンの王族の名が出るとは思わなかったらしい。キオンはすっかり固まっている。

「この国には何かある。あの奴隷市場も、その貴族たちも、マリー様もイルミー殿下も、多分どこかでつながるはずだわ。誰と誰がどういう関係性かは分からないけれど。」
「それを俺に探れ、と。」
「?最初からそう言う話でしょう?」
「最初も何も、俺は何一つ聞いてないんだぞ!そもそもお前その恰好は何だ、メイ!」

やっと自分の名を呼んだキオンに、メイは妖艶に微笑みポーズをとった。

「ふふふ、魔法ってすごいのね!別人になれちゃうなんて思わなかった!どう、美しいでしょう?」
「お前の動きは教会騎士そのものだ。違和感があって仕方ない。」
「だいぶ気を付けていたつもりなんだけど。キオンにばれるならまだまだ改良の余地があるってことね。」

そう言いながら、メイはてきぱきとキオンの傷を処置していく。

「さ、最期。口空けて。」
「いいけど、毎回歯に仕込んでるこれ、何だ?」
「オウル師特性の気付剤よ。夫人が使っているお香みたいな薬は麻薬の一種で、思考を奪い廃人を作り出すの。やがて幻覚に苛まれるようになるって。」
「…………どこまでも悪趣味なババァだな。」
「けど、彼女たちは薬に侵されるわけにいかないから、自分たちは少しだけ薬を楽しんでその度に解毒してるってわけ。」
「だから俺の解毒剤に気づかないわけか。」
「ご名答。」

解毒剤もあくまで薬草。キオンがそれを使ったことがばれてしまうのではないかと毎回疑問に思っていた。婦人たちも使っているのならば気づかれないのも頷ける。

「悪いが、今回は少し多めに仕込んでくれ。最近出番が多くてな。」
「そうするし、このままでは貴女の『ワンちゃん』が壊れてしまいますよ、と警告だけしておくわ。」
「頼む。……ところで、マリー様たちは、無事なのか。」

キオンはちょっとつっけんどんに聞いた。彼が気にしているのはマリーではないだろうが、メイはクスリと笑って答える。

「みんなそれぞれがんばってるわ。マリー様も、あんたのお嬢様もね。」







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