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大事にしてよ……
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ケンちゃんは学童に通っている小学二年生。
学童にはおうちにはない いろんなおもちゃがたくさん。
ケンちゃんはお友達と一緒に そのおもちゃで遊ぶことを毎日、楽しみにしている。
けれど、ケンちゃんはそのおもちゃを独り占めしたくてしかたがない。
遊びたいおもちゃが ほかの子に使われているところをみると。
「あいつ。そのおもちゃは俺が使おうとしていたのに!!」
いつも顔を真っ赤にして怒りだして。
「おい! そのおもちゃは俺が使おうとしてたんだぞ!!」
「なにすんだようっ!」
お友達を叩いたり、爪でひっかいたりすることはしょっちゅう。
ケンちゃんに叩かれたくないから、お友達がケンちゃんにおもちゃを譲ると。
「わぁ、面白い! 首が真後ろまで回るぞ!!」
人形の首を変な方向へ回したり。
「歯を全部抑えて口を開けられるかなぁ?」
当たりの歯を押すと口を閉じるワニのおもちゃの歯を、わざと全部抑えながら開けたり、おもちゃが壊れそうになることをやって遊んでいる。
もちろん、学童の先生たちに見つかると。
「ケンちゃん! そういう遊び方するものじゃないでしょ!!」
先生に怒られることになるけれど。
「えーっ? だって面白いんだもん!」
ケンちゃんは怒られることよりも、ケンちゃんが楽しく遊ぶことのほうがずっと大事。
だから怒られても気にせず、おもちゃが壊れるような遊び方を続けていた。
でも、おもちゃは丈夫にできてはいないし、学童の先生たちも、おもちゃを直すことなんてできない。
だから、一度壊れたら、そのおもちゃはもう捨てることになる。
捨てられたら、もう二度と、そのおもちゃで遊ぶことはできなくなってしまう。
「ケンちゃん! おもちゃを乱暴に使うのはもうやめてよ!」
「わたし、あのお人形さんで遊ぶの楽しみにしてたのに!」
「ぼくだって、サッカーゲームで遊ぶの楽しみだったのに、ケンちゃんのせいで壊れちゃったから遊べなくなっちゃったじゃないか!」
学童のお友達から、おもちゃを壊したことで文句を言われるようになった。
ケンちゃんも、おもちゃが壊れて遊べなくなっちゃうことが困ることだということはわかっている。
でも。
(遊んでると楽しくなっちゃって、つい忘れちゃうんだよね。気を付けてるけど、どうしてもやっちゃうから、しかたないだろ)
いつもそう思っていて、先生やほかの子たちから注意されても、いつまでも直すことがなかった。
ある夏の日。
学童で怖い話大会が開かれ、ケンちゃんは先生たちのお話に夢中になって聞いていた。
最初に話を始めた先生の話が終わって、今度は色んな怖い話や不思議な話を知っている先生に交代する。
「これは、君たちみたいに学童クラブに通っている子が体験したことらしいんだけど」
そう言って、二人目の先生が怖い話を始めた。
「みんなも、学童にはお人形をあるのは知ってると思うけど、その学童にも可愛い着せ替え人形があったんだ。けど――」
先生の話では、その学童クラブにあった着せ替え人形は女の子たちだけでなく、男の子たちからも人気が高かったそうだ。
けれど、学童に通う子の中におもちゃをとても乱暴に使う子が一人いたのだという。
その子は着せ替え人形の腕や足をもぎ取り、学童のいろんな場所に隠して、『カラダ探しごっこ』と名付けたゲームをして楽しんでいたそうだ。
「当然、そんな使い方は学童の先生たちもしてほしくないし、学童に通っている他の子たちも遊びたいのに遊べなくなるからやめてほしいってお願いしたんだ。でも――」
その子は何度言っても『カラダ探しごっこ』をやめなかった。
おうちの人に相談しても、その子は。
「『だってカラダ探しって映画がおもしろかったんだもん。おんなじことしたいよ』って言って、やめようとしなかったんだって。けど、ある日その子は『カラダ探しごっこ』をぱったりやらなくなったんだ」
『カラダ探しごっこ』をやめたこと自体は、学童の先生もほかの学童に通っている子も喜んだ。
けれど、突然、『カラダ探しごっこ』をやめた理由を学童の先生は知りたくなり、ある日、その子に理由を聞いてみたらしい。
すると。
「その子はその質問をされると、ビクって体を震わせて、顔を青くしたんだ。ちょっとかわいそうかなって思ったその先生は、それ以上聞くのをやめようとしたんだけど、その子は頑張って話し始めたんだ」
その子が言うには、その子は体を動かすことができなかったのだそうだ。
かろうじて、目だけは動かすことができたので、目を動かして、あたりを見てみると。
「『おかしいな。机やいすって、あんなに大きかったっけ? それに、なんだか周りにあるものもこの部屋の景色も、見たことがあるような気がするんだよなぁ』って、その子は思ったんだ」
少しの間、周りを見ているうちに、そこが自分が通っている学童の教室だということに気づいたらしい。
すると。
ずん、ずん
ずん、ずん
とても大きな物音が聞こえてきた。
音はどんどん、自分の方へと近づいてくる。
「『なんだ? なんなんだよ!』――男の子は悲鳴を上げたんだけど、声をあげることはできなかった。さっきも言った通り、なんでだか体が動かないから、逃げることもできなかった」
逃げたいけど逃げられない状況で、男の子はようやく、自分が人形になっていることに気づいたそうだ。
「どうしよう、どうしようって思っているうちに、男の子の体は近づいてきた何かに捕まれたんだ。持ち上げられて初めて、男の子は自分が人形になっていることに気づいて、ついでに、自分を捕まえたのが髪の長い女の子だってことに気づいたんだ」
まさか自分がおもちゃになるとは思いもしなかった。
少しの間、呆然としていると、突然、男の子の右肩に激痛が走る。
見ると、捕まえている女の子が自分の右腕をつかみ、引っ張っていることがわかった。
「『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! やめて! お願いまじで!!』って男の子は叫んだんだ。でも、声は出せないから、女の子の耳にはその悲鳴は届かなかったんだ」
女の子はその悲鳴に気づくことなく、男の子の左腕と両足も引き抜いていく。
四回も激痛を受け、普段から強気で泣くことがない男の子は、声をあげられない中でとうとう、泣き出してしまった。
そんな男の子の首をつかむ。
何をされるか想像できてしまった男の子は、必死にやめてと叫んだ。
だが、女の子はその声は聞こえていなかったため、やめることはなかった。
「首をつかんだ女の子は、顔をそっと男の子の耳に近づけてきた。『何?! 何?! 何するんだよ?!』。男の子は聞こえていないってことはわかってても、女の子に聞かずにはいられなかった。その声が聞こえたのか、女の子はすっと男の子を持ち上げて、顔を耳元に近づけたんだ。そして――」
『わかった? わたしたちはあなたに、いつもこんなことをされてるの……あなたはわたしたちをこうするのが楽しいんだよね? じゃあ、あなたもきっと楽しんでるよね?』
「そういって、男の子の首を思いっきり引っ張った。首が抜けるって思った瞬間、男の子は目を覚ましたんだ」
それ以来、その男の子は人形やほかのおもちゃを壊したり、乱暴に扱ったりすることなく、大事に使って遊ぶようになったという。
「だから、みんなもおもちゃは大事に使わないと――みんなの夢に出てきて、仕返しされるかもしれないよ?」
そう言って、学童の先生は話を終える。
ケンちゃんはふと周りを見ると、みんな少しだけ顔が青くなっているように感じた。
もしかしたら、自分の夢にもおもちゃたちがやってきて仕返しをするのかもしれない。
そう考えているんじゃないかと思うと、ケンちゃんは鼻で笑いながら。
――馬鹿じゃねぇの? おもちゃが夢で仕返しなんてしてくるわけないじゃん。もし出てきたら返り討ちにしてやる
と思っていた。
その日の夜。
おうちに帰ったケンちゃんは寝る時間になったので、布団に入っていた。
けれど、頭の中が学童の先生が話していたおもちゃの怖い話のことでいっぱいになっていたせいで、眠ることができない。
いつもなら、眠くならないことはないし、学童で聞いたお話のことを思い出すなんてこともないのだけれど、今夜はなぜか、頭の中で学童で聞いた人形の話がずっと思い浮かんできていた。
どうにか浮かんでくる話を忘れようと、ケンちゃんは目を閉じて、枕元にある目覚まし時計の音を集中して聞いていると、ケンちゃんはふわふわと体が浮かんでいくような沈んでいくような、不思議な感覚を覚える。
その感覚を覚えたあと、ケンちゃんは何も考えることなく、静かな寝息を立て始めた。
眠りに入ってからどれくらいの時間が経っただろうか。
ケンちゃんはやっと、夢の世界に旅立つことができたのだけれど、ケンちゃんは体を動かすことができず、声をあげることもできない。
どこかで聞いたことがあるようなこの状態に、ケンちゃんの頭は混乱してしまう。
――お、落ち着け。落ち着け、俺……ど、どうせ夢なんだ。何かあれば起きることができるに決まってる
自分にそう言い聞かせて、ケンちゃんはどうにかパニックにならないようにすることで精いっぱいだった。
すると、突然。
ずしん
ずしん
大きな何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
その音を聞いたケンちゃんは。
――これ、もしかして学童の先生が話してた怪談なんじゃ
と思った。
その予想の通り、ケンちゃんは突然、ずんむと大きな手に捕まれ、持ち上げられていく。
自分を持ち上げている何かの顔を見るけれど、前髪に隠されているせいで、その顔を見ることができない。
顔を見ることができない、ということと、学童の先生が話していたことが重なったせいで、余計に『怖い』という想いが強くなっていく。
そうこうしているうちに、ケンちゃんを持ち上げた人間は、ケンちゃんを持ち上げている手とは反対の手でケンちゃんの右腕をつかんだ。
――え……ちょ、ちょっと待って。まさか、こいつほんとに
ケンちゃんはこのあと、何をされるか、簡単に予想することができた。
その予想の通り、ケンちゃんを捕まえていた人間は、ケンちゃんの右腕をゆっくりと引っ張り始める。
――痛い痛い痛い痛い痛い!! やめて! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!
必死にやめてほしいと頼んだ。
けれど、捕まえている人間は腕を引っ張ることをやめてくれなかった。
ぎりぎり
めきめき
ぼきぼき
音を立てながら、ケンちゃんの右腕は鈍い痛みを走らせて、徐々にケンちゃんの方から外れていく。
そしてついに。
ばきっ
音を立てて、ケンちゃんの右腕が外れた。
――痛あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
ケンちゃんは悲鳴を上げたが、ケンちゃんを捕まえている人には聞こえていない。
さらに、ケンちゃんを捕まえている人は左腕、両足を順番に引っ張っていく。
外れるたびに、ケンちゃんは大声で悲鳴を上げるけれど、その人はケンちゃんの悲鳴を聞いていないようで、今度はケンちゃんの首をつかんだ。
その首をどうするのか、すぐに想像できたケンちゃんはやめてと叫ぶ。
けれどもその叫びは聞こえていなかった。
叫びは聞こえていなかったけれども、何かを察したのか、つかんでいる人はケンちゃんの耳元に口を近づけてくる。
「わかった? あなたがずっと『痛い』って言っていたように、わたしたちもあなたに腕や足を引っ張られているとき、『痛い』って叫んでいたんだよ? なのに、あなたはやめてくれなかった……」
そう話している人の顔を見たケンちゃんは、目を見開く。
その顔は、ケンちゃんがいつも腕や頭を引っこ抜いて遊んでいた、着せ替え人形のものだった。
驚きで声を出すことができなかったケンちゃんに、着せ替え人形はさらに続ける。
「わたしだけじゃないよ? あなたがひどい使いかたをしてきたおもちゃたちもみんな、『痛い』って叫んでいるのにやめてくれなかった。だけどわたしたちはおもちゃ。あなたみたいな子に遊ばれるのがお仕事」
だから、と着せ替え人形は続ける。
「わたしたちはあなたに遊んでもらったお礼に、あなたがわたしたちにした『遊び』をしてあげることにしたの」
そんなの遊びじゃない。
こんな痛いの、遊びじゃないだろう。
ケンちゃんは動かない口で必死にそう叫んだけれど、着せ替え人形はにっと、口と目を三日月のように歪めて。
「……だって、あなたにとって、わたしたちに『痛い』っていう叫ばせてることが『遊び』なんでしょう?」
そう言われて、ケンちゃんは。
――ご……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!! もうこんなことしないから!! だから、もうこんなことはやめて! お願いだから!!
これ以上、引っ張らないでくれ!
ケンちゃんは着せ替え人形に必死に頼む。
けれども、人形は目と口を三日月型にゆがめたまま。
「だ~め」
そう言って、着せ替え人形はぐっとケンちゃんの頭をつかむ手の力を強め、ケンちゃんの首を引っこ抜く。
その瞬間、ケンちゃんの視界は真っ黒に染まり――。
「――あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ケンちゃんは絶叫とともに起き上がり、首をさする。
自分の首がつながっていることを手の感触が伝えてくれたおかげで、いままでのことが全部夢であることがわかり、ケンちゃんはほっと溜息をつき、再び枕に身を沈めた。
「……くっそ……ひっでぇ夢見た……」
息を荒くしながら、悪い夢を見たことに文句を言った。
けれども、もうあの夢を見ることもないだろう。
そう思い、再び目を閉じて眠りに就こうとした。
けれども、今度はなかなか寝付くことができない。
どうしても、頭から着せ替え人形が言っていたことが気になって仕方がなかった。
――あいつ、わたし『たち』にした遊びを俺にするって言ってたよな……もしかしてわたし『たち』って
俺が今まで遊んでいたおもちゃ全部のことじゃないだろうか。
ケンちゃんはそう考えると、このまま眠ってしまったら、着せ替え人形以外のおもちゃたちに何かされるんじゃないか。
そんな予感がして、眠ることができなかったけど、ずっと眠らないでいることができるわけもなく、ケンちゃんは眠りに就く。
幸運なことに、その後、ケンちゃんはおもちゃたちから遊ばれる夢をことなく、朝を迎えることができた。
迎えることはできたけれども。
――もしかして、今夜も夢に出てくるんじゃ……
今夜、眠った後に自分と遊びに夢にやってくるかもしれない。
そう考えると、震えがとまらなくなった。
そうして、ケンちゃんは学童に置いてあるおもちゃたちに謝り、もう夢に出てこないでほしいと頼み、学童のおもちゃだけでなく、おうちにあるおもちゃや道具を大事に大事に扱うようになった。
そのおかげか、あれからケンちゃんの夢におもちゃたちが遊びにくることはなくなり、学童のみんなも気持ちよくおもちゃを使えるようになったけれど。
もし、またおもちゃを大事にしない子が出てきたら……。
「その時は、また夢に遊びに行くからね……今度は、あなたの夢に行くかもしれないよ?」
学童にはおうちにはない いろんなおもちゃがたくさん。
ケンちゃんはお友達と一緒に そのおもちゃで遊ぶことを毎日、楽しみにしている。
けれど、ケンちゃんはそのおもちゃを独り占めしたくてしかたがない。
遊びたいおもちゃが ほかの子に使われているところをみると。
「あいつ。そのおもちゃは俺が使おうとしていたのに!!」
いつも顔を真っ赤にして怒りだして。
「おい! そのおもちゃは俺が使おうとしてたんだぞ!!」
「なにすんだようっ!」
お友達を叩いたり、爪でひっかいたりすることはしょっちゅう。
ケンちゃんに叩かれたくないから、お友達がケンちゃんにおもちゃを譲ると。
「わぁ、面白い! 首が真後ろまで回るぞ!!」
人形の首を変な方向へ回したり。
「歯を全部抑えて口を開けられるかなぁ?」
当たりの歯を押すと口を閉じるワニのおもちゃの歯を、わざと全部抑えながら開けたり、おもちゃが壊れそうになることをやって遊んでいる。
もちろん、学童の先生たちに見つかると。
「ケンちゃん! そういう遊び方するものじゃないでしょ!!」
先生に怒られることになるけれど。
「えーっ? だって面白いんだもん!」
ケンちゃんは怒られることよりも、ケンちゃんが楽しく遊ぶことのほうがずっと大事。
だから怒られても気にせず、おもちゃが壊れるような遊び方を続けていた。
でも、おもちゃは丈夫にできてはいないし、学童の先生たちも、おもちゃを直すことなんてできない。
だから、一度壊れたら、そのおもちゃはもう捨てることになる。
捨てられたら、もう二度と、そのおもちゃで遊ぶことはできなくなってしまう。
「ケンちゃん! おもちゃを乱暴に使うのはもうやめてよ!」
「わたし、あのお人形さんで遊ぶの楽しみにしてたのに!」
「ぼくだって、サッカーゲームで遊ぶの楽しみだったのに、ケンちゃんのせいで壊れちゃったから遊べなくなっちゃったじゃないか!」
学童のお友達から、おもちゃを壊したことで文句を言われるようになった。
ケンちゃんも、おもちゃが壊れて遊べなくなっちゃうことが困ることだということはわかっている。
でも。
(遊んでると楽しくなっちゃって、つい忘れちゃうんだよね。気を付けてるけど、どうしてもやっちゃうから、しかたないだろ)
いつもそう思っていて、先生やほかの子たちから注意されても、いつまでも直すことがなかった。
ある夏の日。
学童で怖い話大会が開かれ、ケンちゃんは先生たちのお話に夢中になって聞いていた。
最初に話を始めた先生の話が終わって、今度は色んな怖い話や不思議な話を知っている先生に交代する。
「これは、君たちみたいに学童クラブに通っている子が体験したことらしいんだけど」
そう言って、二人目の先生が怖い話を始めた。
「みんなも、学童にはお人形をあるのは知ってると思うけど、その学童にも可愛い着せ替え人形があったんだ。けど――」
先生の話では、その学童クラブにあった着せ替え人形は女の子たちだけでなく、男の子たちからも人気が高かったそうだ。
けれど、学童に通う子の中におもちゃをとても乱暴に使う子が一人いたのだという。
その子は着せ替え人形の腕や足をもぎ取り、学童のいろんな場所に隠して、『カラダ探しごっこ』と名付けたゲームをして楽しんでいたそうだ。
「当然、そんな使い方は学童の先生たちもしてほしくないし、学童に通っている他の子たちも遊びたいのに遊べなくなるからやめてほしいってお願いしたんだ。でも――」
その子は何度言っても『カラダ探しごっこ』をやめなかった。
おうちの人に相談しても、その子は。
「『だってカラダ探しって映画がおもしろかったんだもん。おんなじことしたいよ』って言って、やめようとしなかったんだって。けど、ある日その子は『カラダ探しごっこ』をぱったりやらなくなったんだ」
『カラダ探しごっこ』をやめたこと自体は、学童の先生もほかの学童に通っている子も喜んだ。
けれど、突然、『カラダ探しごっこ』をやめた理由を学童の先生は知りたくなり、ある日、その子に理由を聞いてみたらしい。
すると。
「その子はその質問をされると、ビクって体を震わせて、顔を青くしたんだ。ちょっとかわいそうかなって思ったその先生は、それ以上聞くのをやめようとしたんだけど、その子は頑張って話し始めたんだ」
その子が言うには、その子は体を動かすことができなかったのだそうだ。
かろうじて、目だけは動かすことができたので、目を動かして、あたりを見てみると。
「『おかしいな。机やいすって、あんなに大きかったっけ? それに、なんだか周りにあるものもこの部屋の景色も、見たことがあるような気がするんだよなぁ』って、その子は思ったんだ」
少しの間、周りを見ているうちに、そこが自分が通っている学童の教室だということに気づいたらしい。
すると。
ずん、ずん
ずん、ずん
とても大きな物音が聞こえてきた。
音はどんどん、自分の方へと近づいてくる。
「『なんだ? なんなんだよ!』――男の子は悲鳴を上げたんだけど、声をあげることはできなかった。さっきも言った通り、なんでだか体が動かないから、逃げることもできなかった」
逃げたいけど逃げられない状況で、男の子はようやく、自分が人形になっていることに気づいたそうだ。
「どうしよう、どうしようって思っているうちに、男の子の体は近づいてきた何かに捕まれたんだ。持ち上げられて初めて、男の子は自分が人形になっていることに気づいて、ついでに、自分を捕まえたのが髪の長い女の子だってことに気づいたんだ」
まさか自分がおもちゃになるとは思いもしなかった。
少しの間、呆然としていると、突然、男の子の右肩に激痛が走る。
見ると、捕まえている女の子が自分の右腕をつかみ、引っ張っていることがわかった。
「『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! やめて! お願いまじで!!』って男の子は叫んだんだ。でも、声は出せないから、女の子の耳にはその悲鳴は届かなかったんだ」
女の子はその悲鳴に気づくことなく、男の子の左腕と両足も引き抜いていく。
四回も激痛を受け、普段から強気で泣くことがない男の子は、声をあげられない中でとうとう、泣き出してしまった。
そんな男の子の首をつかむ。
何をされるか想像できてしまった男の子は、必死にやめてと叫んだ。
だが、女の子はその声は聞こえていなかったため、やめることはなかった。
「首をつかんだ女の子は、顔をそっと男の子の耳に近づけてきた。『何?! 何?! 何するんだよ?!』。男の子は聞こえていないってことはわかってても、女の子に聞かずにはいられなかった。その声が聞こえたのか、女の子はすっと男の子を持ち上げて、顔を耳元に近づけたんだ。そして――」
『わかった? わたしたちはあなたに、いつもこんなことをされてるの……あなたはわたしたちをこうするのが楽しいんだよね? じゃあ、あなたもきっと楽しんでるよね?』
「そういって、男の子の首を思いっきり引っ張った。首が抜けるって思った瞬間、男の子は目を覚ましたんだ」
それ以来、その男の子は人形やほかのおもちゃを壊したり、乱暴に扱ったりすることなく、大事に使って遊ぶようになったという。
「だから、みんなもおもちゃは大事に使わないと――みんなの夢に出てきて、仕返しされるかもしれないよ?」
そう言って、学童の先生は話を終える。
ケンちゃんはふと周りを見ると、みんな少しだけ顔が青くなっているように感じた。
もしかしたら、自分の夢にもおもちゃたちがやってきて仕返しをするのかもしれない。
そう考えているんじゃないかと思うと、ケンちゃんは鼻で笑いながら。
――馬鹿じゃねぇの? おもちゃが夢で仕返しなんてしてくるわけないじゃん。もし出てきたら返り討ちにしてやる
と思っていた。
その日の夜。
おうちに帰ったケンちゃんは寝る時間になったので、布団に入っていた。
けれど、頭の中が学童の先生が話していたおもちゃの怖い話のことでいっぱいになっていたせいで、眠ることができない。
いつもなら、眠くならないことはないし、学童で聞いたお話のことを思い出すなんてこともないのだけれど、今夜はなぜか、頭の中で学童で聞いた人形の話がずっと思い浮かんできていた。
どうにか浮かんでくる話を忘れようと、ケンちゃんは目を閉じて、枕元にある目覚まし時計の音を集中して聞いていると、ケンちゃんはふわふわと体が浮かんでいくような沈んでいくような、不思議な感覚を覚える。
その感覚を覚えたあと、ケンちゃんは何も考えることなく、静かな寝息を立て始めた。
眠りに入ってからどれくらいの時間が経っただろうか。
ケンちゃんはやっと、夢の世界に旅立つことができたのだけれど、ケンちゃんは体を動かすことができず、声をあげることもできない。
どこかで聞いたことがあるようなこの状態に、ケンちゃんの頭は混乱してしまう。
――お、落ち着け。落ち着け、俺……ど、どうせ夢なんだ。何かあれば起きることができるに決まってる
自分にそう言い聞かせて、ケンちゃんはどうにかパニックにならないようにすることで精いっぱいだった。
すると、突然。
ずしん
ずしん
大きな何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
その音を聞いたケンちゃんは。
――これ、もしかして学童の先生が話してた怪談なんじゃ
と思った。
その予想の通り、ケンちゃんは突然、ずんむと大きな手に捕まれ、持ち上げられていく。
自分を持ち上げている何かの顔を見るけれど、前髪に隠されているせいで、その顔を見ることができない。
顔を見ることができない、ということと、学童の先生が話していたことが重なったせいで、余計に『怖い』という想いが強くなっていく。
そうこうしているうちに、ケンちゃんを持ち上げた人間は、ケンちゃんを持ち上げている手とは反対の手でケンちゃんの右腕をつかんだ。
――え……ちょ、ちょっと待って。まさか、こいつほんとに
ケンちゃんはこのあと、何をされるか、簡単に予想することができた。
その予想の通り、ケンちゃんを捕まえていた人間は、ケンちゃんの右腕をゆっくりと引っ張り始める。
――痛い痛い痛い痛い痛い!! やめて! やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!
必死にやめてほしいと頼んだ。
けれど、捕まえている人間は腕を引っ張ることをやめてくれなかった。
ぎりぎり
めきめき
ぼきぼき
音を立てながら、ケンちゃんの右腕は鈍い痛みを走らせて、徐々にケンちゃんの方から外れていく。
そしてついに。
ばきっ
音を立てて、ケンちゃんの右腕が外れた。
――痛あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
ケンちゃんは悲鳴を上げたが、ケンちゃんを捕まえている人には聞こえていない。
さらに、ケンちゃんを捕まえている人は左腕、両足を順番に引っ張っていく。
外れるたびに、ケンちゃんは大声で悲鳴を上げるけれど、その人はケンちゃんの悲鳴を聞いていないようで、今度はケンちゃんの首をつかんだ。
その首をどうするのか、すぐに想像できたケンちゃんはやめてと叫ぶ。
けれどもその叫びは聞こえていなかった。
叫びは聞こえていなかったけれども、何かを察したのか、つかんでいる人はケンちゃんの耳元に口を近づけてくる。
「わかった? あなたがずっと『痛い』って言っていたように、わたしたちもあなたに腕や足を引っ張られているとき、『痛い』って叫んでいたんだよ? なのに、あなたはやめてくれなかった……」
そう話している人の顔を見たケンちゃんは、目を見開く。
その顔は、ケンちゃんがいつも腕や頭を引っこ抜いて遊んでいた、着せ替え人形のものだった。
驚きで声を出すことができなかったケンちゃんに、着せ替え人形はさらに続ける。
「わたしだけじゃないよ? あなたがひどい使いかたをしてきたおもちゃたちもみんな、『痛い』って叫んでいるのにやめてくれなかった。だけどわたしたちはおもちゃ。あなたみたいな子に遊ばれるのがお仕事」
だから、と着せ替え人形は続ける。
「わたしたちはあなたに遊んでもらったお礼に、あなたがわたしたちにした『遊び』をしてあげることにしたの」
そんなの遊びじゃない。
こんな痛いの、遊びじゃないだろう。
ケンちゃんは動かない口で必死にそう叫んだけれど、着せ替え人形はにっと、口と目を三日月のように歪めて。
「……だって、あなたにとって、わたしたちに『痛い』っていう叫ばせてることが『遊び』なんでしょう?」
そう言われて、ケンちゃんは。
――ご……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!! もうこんなことしないから!! だから、もうこんなことはやめて! お願いだから!!
これ以上、引っ張らないでくれ!
ケンちゃんは着せ替え人形に必死に頼む。
けれども、人形は目と口を三日月型にゆがめたまま。
「だ~め」
そう言って、着せ替え人形はぐっとケンちゃんの頭をつかむ手の力を強め、ケンちゃんの首を引っこ抜く。
その瞬間、ケンちゃんの視界は真っ黒に染まり――。
「――あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ケンちゃんは絶叫とともに起き上がり、首をさする。
自分の首がつながっていることを手の感触が伝えてくれたおかげで、いままでのことが全部夢であることがわかり、ケンちゃんはほっと溜息をつき、再び枕に身を沈めた。
「……くっそ……ひっでぇ夢見た……」
息を荒くしながら、悪い夢を見たことに文句を言った。
けれども、もうあの夢を見ることもないだろう。
そう思い、再び目を閉じて眠りに就こうとした。
けれども、今度はなかなか寝付くことができない。
どうしても、頭から着せ替え人形が言っていたことが気になって仕方がなかった。
――あいつ、わたし『たち』にした遊びを俺にするって言ってたよな……もしかしてわたし『たち』って
俺が今まで遊んでいたおもちゃ全部のことじゃないだろうか。
ケンちゃんはそう考えると、このまま眠ってしまったら、着せ替え人形以外のおもちゃたちに何かされるんじゃないか。
そんな予感がして、眠ることができなかったけど、ずっと眠らないでいることができるわけもなく、ケンちゃんは眠りに就く。
幸運なことに、その後、ケンちゃんはおもちゃたちから遊ばれる夢をことなく、朝を迎えることができた。
迎えることはできたけれども。
――もしかして、今夜も夢に出てくるんじゃ……
今夜、眠った後に自分と遊びに夢にやってくるかもしれない。
そう考えると、震えがとまらなくなった。
そうして、ケンちゃんは学童に置いてあるおもちゃたちに謝り、もう夢に出てこないでほしいと頼み、学童のおもちゃだけでなく、おうちにあるおもちゃや道具を大事に大事に扱うようになった。
そのおかげか、あれからケンちゃんの夢におもちゃたちが遊びにくることはなくなり、学童のみんなも気持ちよくおもちゃを使えるようになったけれど。
もし、またおもちゃを大事にしない子が出てきたら……。
「その時は、また夢に遊びに行くからね……今度は、あなたの夢に行くかもしれないよ?」
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