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第三章 花はいつか散る
激情
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俺と陽菜は今、陽菜の母親と対峙している。
「陽菜、貴女が好きだったママよ、さぁ、こっちにおいで」
母親に名前を呼ばれただけなのに身体をビクッと震わす。陽菜はどうして良いか分からないようだ。
「すみません、散々放っておいて何で今更なんですか?」
感情を抑え込み、なんとか丁寧に言葉を吐き出していく。
「だから色々あったのよ、その辺は家族の事情って事であなたには関係無いでしょう」
「いいえ、関係あります、俺は陽菜の家族ですから!」
陽菜が俺の手にしがみつく力が強まる。しかし、母親は俺の言葉を一蹴した。
「家族ごっこでしょ?私と陽菜ははね、ちゃんと血が繋がってるのよ?」
「その、血の繋がってる家族を貴女は見捨てだんだ!」
母親の表情が段々ときつくなってくる。少し苛立ってるようだった。
「あー、もう、面倒くさいわね、もう良いわ、陽菜っ!こっち来なさい。ママの言う事聞けるわよね?」
恫喝とも取れる口調で陽菜の名を口にする。これが本性か?
陽菜のしがみついてく力が弱まり、段々と離れていく。
そして恐る恐る、母親の所へ行こうとする。
「陽菜、行っちゃ駄目だ!」
「…っ」
自分で何をしようと気付いたのか、陽菜は動きを止める。
「ねえ、ママの言う事が聞けないなら、また長い説教になるけど良いかしら?」
「あっ…ぁ…」
陽菜が全身の身体を強張らせ、震えだす。間違いない、この母親は敵だ…。
「おばさん、陽菜が怖がってるだろ、無理矢理言う事聞かせてどうするつもりだよ」
「なに?これは家族の問題ですから口出ししないで頂戴」
「俺と陽菜だって家族だ、本当の家族じゃないかもしれない、でもお互い認め合ってるんだ!」
「だからそれを家族ごっこというのよ、そんな関係に何の意味も無いわね」
馬鹿にしたような表情で俺を見る。陽菜を守るって決めたんだ、これくらいで諦められない。
「あんた、陽菜と久しぶりに会ったっていうのに謝罪の一つも無いのかよ!子供は犬猫じゃないんだ!捨てたり拾ったり出来るもんじゃないんだよ!陽菜の気持ちを何だと思ってる!」
「あら、そうね、私とした事が、ごめんなさいね、陽菜、でもこれからはずっと一緒に居てあげるからね」
それは形だけの謝罪。悪いとも何も思っておらず、この場を治めるための方便。
理屈ではもうどうにもならない感情が俺を襲う…。
「そこまでにしていただけませんか?藤野さん」
熱くなって気づかなかったが静音さんがいつの間にか来ていた。
「これは、施設長さん、どうも」
静音さんに気付いた母親はさっきみたいな穏やかな表情になる。
「藤野さん、まだ調査は終わってませんので今日はこの辺でお引き取り願えませんか?」
「あら、そうですね、娘に久しぶりに会えて感情が思わず昂ってしまいました。ごめんなさいね」
静音さんがこの場を抑えようとする。
「陽菜、ママまた来るからね」
その言葉を聞いてか聞かずか、立ち去っていくその母親の後ろ姿をジーっと見つめていた。
「ごめんね、琉弥君、大丈夫だったかしら」
静音さんが俺に話しかけてくる。俺はその時やっと身体の力が抜けた。
俺は静音さんに向き直る。
「あの、静音さんこれは…」
「…そうね、琉弥君も関係が無いとは言えないわね。一先ず帰ってからにしましょう?」
そして施設に帰る間、陽菜が言葉を発する事は一回も無かった。
施設に戻って、静音さんに話を聞く為、部屋に行く。陽菜はさっきからずっと俯いてるが俺の袖を掴んで離さない。
「実は少し前から来てたの、陽菜ちゃんのお母さん」
「俺も、見たことあります…なんで急に」
「心を入れ替えたからもう大丈夫だって、だから陽菜ちゃんを引き取りたいって訴えてきたの」
「心を入れ替えたって…そんな事わかるんですか?」
「そうね、表面的なものしかわからないでしょうね、調査の結果で家庭的に問題が無ければ、引き取らせないって選択は無くなってしまうの…」
静音さんは申し訳ない顔で俺達を見る。
「つまり、陽菜は…」
「迎えに来たって事は恐らく問題も出ないでしょうし…陽菜ちゃんはお母さんの元へ行く事になるわ」
そんな事って…。確かに俺と陽菜は本物の家族じゃないけど、本物の家族みたいに過ごしてきたじゃないか。
それを今更…。
「わたし、行きたくないっ、お兄ちゃんと一緒に居たい!」
「陽菜ちゃん…」
今までずっと沈黙を保っていた陽菜がようやく言葉を発する。
「絶対やだ、ママの所になんて行きたくないっ」
「大丈夫、お兄ちゃんがずっと付いててやる」
陽菜の手を取り、ぎゅっと、握る。例え実の母親でも渡したくない。
でもそんな様子を静音さんはずっと悲しい表情で見守っていた。
それから陽菜と部屋に戻る。電気はつけずにただ二人でボーっとしてる。
「わたし、ママを久しぶりに見て思い出しちゃった。色々と…」
暫く経ってから陽菜がそんな事を言い出す。
「わたしね、ママに愛されてなかったの。それでもわたしにはママしかいなくて、気に入られようと必死だったの、多分ここに来たのも…」
陽菜は自分なりに生きていく為に必死だったんだと思う。それでも思いは届かなくて…。
そして陽菜に背中から抱き着かれた。
「でもね、ここに来てお兄ちゃんと出会ってからは初めて外の世界に踏み出せた気がしたの…今のわたしにはお兄ちゃんが全てなの、でもね、ママに強く呼ばれた時、身体が上手く動かせなくて、嫌なのに、ママの所に行こうとしたの、自分でもどうしたら良いのかわかんないよぉ…」
陽菜が目に涙を浮かべる。いつもの元気な姿はなく、小さい子供が何も出来ずにただ泣いていた。
母親が普段から陽菜に対してどういう風に接していたのかが、良く分かる。ここに来た理由は恐らく…。
「心配するな、どんな事があっても、何があっても、絶対に、絶対にお兄ちゃんは陽菜の味方だ!」
「うん、お兄ちゃん…」
陽菜が俺を強く抱きしめる。陽菜が少し震えてるのを俺は感じ取れた。
と言ってもまだまだ子供の俺に出来る事なんて…。
それに相手は母親だ。今の俺にはこうやって陽菜の傍に居て安心させてやる事しか出来ない。
大人に頼る事だって出来ない。
「陽菜、俺がずっと傍に居るから、守るから、安心しろ」
それはまるで自分に言い聞かせるように何度も何度も呪文のように繰り返した。
「陽菜、貴女が好きだったママよ、さぁ、こっちにおいで」
母親に名前を呼ばれただけなのに身体をビクッと震わす。陽菜はどうして良いか分からないようだ。
「すみません、散々放っておいて何で今更なんですか?」
感情を抑え込み、なんとか丁寧に言葉を吐き出していく。
「だから色々あったのよ、その辺は家族の事情って事であなたには関係無いでしょう」
「いいえ、関係あります、俺は陽菜の家族ですから!」
陽菜が俺の手にしがみつく力が強まる。しかし、母親は俺の言葉を一蹴した。
「家族ごっこでしょ?私と陽菜ははね、ちゃんと血が繋がってるのよ?」
「その、血の繋がってる家族を貴女は見捨てだんだ!」
母親の表情が段々ときつくなってくる。少し苛立ってるようだった。
「あー、もう、面倒くさいわね、もう良いわ、陽菜っ!こっち来なさい。ママの言う事聞けるわよね?」
恫喝とも取れる口調で陽菜の名を口にする。これが本性か?
陽菜のしがみついてく力が弱まり、段々と離れていく。
そして恐る恐る、母親の所へ行こうとする。
「陽菜、行っちゃ駄目だ!」
「…っ」
自分で何をしようと気付いたのか、陽菜は動きを止める。
「ねえ、ママの言う事が聞けないなら、また長い説教になるけど良いかしら?」
「あっ…ぁ…」
陽菜が全身の身体を強張らせ、震えだす。間違いない、この母親は敵だ…。
「おばさん、陽菜が怖がってるだろ、無理矢理言う事聞かせてどうするつもりだよ」
「なに?これは家族の問題ですから口出ししないで頂戴」
「俺と陽菜だって家族だ、本当の家族じゃないかもしれない、でもお互い認め合ってるんだ!」
「だからそれを家族ごっこというのよ、そんな関係に何の意味も無いわね」
馬鹿にしたような表情で俺を見る。陽菜を守るって決めたんだ、これくらいで諦められない。
「あんた、陽菜と久しぶりに会ったっていうのに謝罪の一つも無いのかよ!子供は犬猫じゃないんだ!捨てたり拾ったり出来るもんじゃないんだよ!陽菜の気持ちを何だと思ってる!」
「あら、そうね、私とした事が、ごめんなさいね、陽菜、でもこれからはずっと一緒に居てあげるからね」
それは形だけの謝罪。悪いとも何も思っておらず、この場を治めるための方便。
理屈ではもうどうにもならない感情が俺を襲う…。
「そこまでにしていただけませんか?藤野さん」
熱くなって気づかなかったが静音さんがいつの間にか来ていた。
「これは、施設長さん、どうも」
静音さんに気付いた母親はさっきみたいな穏やかな表情になる。
「藤野さん、まだ調査は終わってませんので今日はこの辺でお引き取り願えませんか?」
「あら、そうですね、娘に久しぶりに会えて感情が思わず昂ってしまいました。ごめんなさいね」
静音さんがこの場を抑えようとする。
「陽菜、ママまた来るからね」
その言葉を聞いてか聞かずか、立ち去っていくその母親の後ろ姿をジーっと見つめていた。
「ごめんね、琉弥君、大丈夫だったかしら」
静音さんが俺に話しかけてくる。俺はその時やっと身体の力が抜けた。
俺は静音さんに向き直る。
「あの、静音さんこれは…」
「…そうね、琉弥君も関係が無いとは言えないわね。一先ず帰ってからにしましょう?」
そして施設に帰る間、陽菜が言葉を発する事は一回も無かった。
施設に戻って、静音さんに話を聞く為、部屋に行く。陽菜はさっきからずっと俯いてるが俺の袖を掴んで離さない。
「実は少し前から来てたの、陽菜ちゃんのお母さん」
「俺も、見たことあります…なんで急に」
「心を入れ替えたからもう大丈夫だって、だから陽菜ちゃんを引き取りたいって訴えてきたの」
「心を入れ替えたって…そんな事わかるんですか?」
「そうね、表面的なものしかわからないでしょうね、調査の結果で家庭的に問題が無ければ、引き取らせないって選択は無くなってしまうの…」
静音さんは申し訳ない顔で俺達を見る。
「つまり、陽菜は…」
「迎えに来たって事は恐らく問題も出ないでしょうし…陽菜ちゃんはお母さんの元へ行く事になるわ」
そんな事って…。確かに俺と陽菜は本物の家族じゃないけど、本物の家族みたいに過ごしてきたじゃないか。
それを今更…。
「わたし、行きたくないっ、お兄ちゃんと一緒に居たい!」
「陽菜ちゃん…」
今までずっと沈黙を保っていた陽菜がようやく言葉を発する。
「絶対やだ、ママの所になんて行きたくないっ」
「大丈夫、お兄ちゃんがずっと付いててやる」
陽菜の手を取り、ぎゅっと、握る。例え実の母親でも渡したくない。
でもそんな様子を静音さんはずっと悲しい表情で見守っていた。
それから陽菜と部屋に戻る。電気はつけずにただ二人でボーっとしてる。
「わたし、ママを久しぶりに見て思い出しちゃった。色々と…」
暫く経ってから陽菜がそんな事を言い出す。
「わたしね、ママに愛されてなかったの。それでもわたしにはママしかいなくて、気に入られようと必死だったの、多分ここに来たのも…」
陽菜は自分なりに生きていく為に必死だったんだと思う。それでも思いは届かなくて…。
そして陽菜に背中から抱き着かれた。
「でもね、ここに来てお兄ちゃんと出会ってからは初めて外の世界に踏み出せた気がしたの…今のわたしにはお兄ちゃんが全てなの、でもね、ママに強く呼ばれた時、身体が上手く動かせなくて、嫌なのに、ママの所に行こうとしたの、自分でもどうしたら良いのかわかんないよぉ…」
陽菜が目に涙を浮かべる。いつもの元気な姿はなく、小さい子供が何も出来ずにただ泣いていた。
母親が普段から陽菜に対してどういう風に接していたのかが、良く分かる。ここに来た理由は恐らく…。
「心配するな、どんな事があっても、何があっても、絶対に、絶対にお兄ちゃんは陽菜の味方だ!」
「うん、お兄ちゃん…」
陽菜が俺を強く抱きしめる。陽菜が少し震えてるのを俺は感じ取れた。
と言ってもまだまだ子供の俺に出来る事なんて…。
それに相手は母親だ。今の俺にはこうやって陽菜の傍に居て安心させてやる事しか出来ない。
大人に頼る事だって出来ない。
「陽菜、俺がずっと傍に居るから、守るから、安心しろ」
それはまるで自分に言い聞かせるように何度も何度も呪文のように繰り返した。
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