dependency

りゅ氏

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2人と1人

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「夏海と付き合う事になった」

幼馴染の近衛 秋人が僕にそう告げる。
三嶋 夏海。彼女も僕の幼馴染だ。
僕、藤島 春樹は幼馴染二人といつも一緒だった。

小さい頃からずっと一緒で親同士も仲が良く、
お泊まり会なんてのも普通にあったし
家だって気軽に遊びに行ける関係だった。
でも思春期に入ればそこはやっぱり男の子と女の子で
僕は夏海が好きだった。でも三人を割る事は出来ず
もし三人の中で付き合う事になればどちらかがあぶれてしまうのだ。

僕はこの居心地の良い関係を壊したくなくて
夏海への思いをずっと押し殺してきた。
これからもずっと一緒だ…。そう思っていたのに…。


「そ、そうなんだ・・・どちらから告白したの?」

僕は悟られまいと目を少し逸らし、必死に冷静な態度を見せる。

「あー、それは俺からだ・・・」
「…そっか、おめでとう…」
「祝福してくれるか?」
「勿論だよ……」

秋人が少し照れたように言う。

僕にとっては秋人ももちろん親友で大事な人だ、素直に彼女が
出来た事は喜ばしい、だけど…。
なんで夏海なんだ…。僕はずっとずっと気持ちを押し殺してきたのに。
僕の中で黒い感情が身体中を駆け巡ろうとする。
これ以上話すと何を言い出すか分からない。

「ありがとな、これからも3人で仲良くやろうな」
「あ、ああ、僕はもう行くね」

顔を見られないようにその場を立ち去る。
秋人と離れていくにつれ、徐々に早足になる。
心臓が早鐘を打つ。汗もひどく、視線が定まらない。

辛い辛い辛い。今は誰とも話したくない。
これから秋人は僕の知らない夏海の顔を傍で
見ていく事になるんだろうか。
そこに僕が居ない。そう考えるだけで息が止まりそうになる。
そして徐々に身体が黒い感情に支配されていく。
なんで…俺じゃないんだよ…。

ドンッ

突然何かにぶつかり、僕はその場にしりもちをつく。

「いったぁ、ちゃんと前見て歩きなよ」
「す、すみませんっ!」
突然の事に動揺してしまったが、人にぶつかったのだと理解すると
直ぐに立ち上がるとすぐさま謝った。

「…どしたの?今にも死にそうな酷い顔してるよ?」

その人は僕の顔見るなり怪訝そうな顔をする。
よく見るとそれは同じ学校に通う"ある意味"有名人だった。

「あ、さ、三枝さん…?」
「なんだ、あたしの事知ってんのか?」

三枝 冬音。学園でも有名な素行不良の生徒。
噂ではしょっちゅう喧嘩してるだの
エンコーしてるだの、すぐ股を開くだの色々言われている。
顔は凄く可愛いのに少し勿体無い気もした。
まぁ顔も頭も恵まれてる幼馴染を僕は知っているが…。

「よっと、ありがとな、って言っても転けた原因はお前だけどな、確か藤島だっけ?」
「よく知ってたね、僕の名前・・・」
「まぁ、"ある意味"有名人だし」

ある意味・・・ね、秋人は背も高く、顔も整っていてバスケ部の人気者。
夏海は美人で頭脳明晰。周りからの人望も厚く頼まれごとも
率先してやる人気者。そしてその人気者2人に
金魚のフンみたいについてまわってるのが僕。
二人に挟まれば本来なら消えても可笑しくはないんだけど
二人は何故か俺を中心に考える事が多いので逆に目立ってしまうのだ。

「…三枝さんも人の事言えないよね」

僕は黒い感情を発散するように三枝さんに言い返す。

「なんだよー、そんな目で見るなって、悪かったよ、な?」

三枝さんは笑顔で僕の肩をバシバシ叩く。いてて、なんて豪快なんだ。
これじゃ嫁の貰い手もないはずだ。僕なら絶対にお断りだね!

「所で藤島なんかあったん?今にも飛び降りそうな顔してたけど」
「ベ、別に何もないよ…」

そういえば僕はさっきまで辛かったはずなのに今少し治まってる事に気づいた。
少しバツがわるそうに僕は三枝さんから目を逸らす。

「ふーん、まあいいけど、何かあっても幼馴染さんが話聞いてくれるもんな」

僕はその言葉に少しだけカチンとした。

「そうだね、三枝さんには関係ないから、僕はもう行くね」
「あ、ちょっと待ちなよぉっ」

このまま居れば三枝さんに黒い感情をぶつけそうで
そして早く1人になりたくて自宅に戻り、布団に潜り込んだ。
気付けばスマホの着信が来てたが
僕は無視を決め込んだ。どうせ秋人か夏海だろう。

僕は秋人からは報告を受けたけど夏海からは
何も言われていない。夏海の口から直接聞く事で
より現実的になるのが怖いのだ…。
現実を叩きつけられて粉々になる事を恐れている。

明日の朝、いつものように一緒に学園に行く時、僕は出来るだろうか。
…顔色一つ変えずに2人の空気になる事を。




朝のアラームが鳴る。
どれだけ逃げても辛い現実は必ずやってくるわけで…。
僕は重たい腰をあげ、顔を洗い、歯を磨く。
毎朝やってる事なのに今日はひとつひとつに神経が傾いてる。
もうすぐ、夏海と顔を合わせるからだろう…。

結局返事を返さないままに、いつもの待ち合わせ場所に向かう。
僕が返事を返さないなんて事は滅多にないのできっと二人も気にしてるかもしれない。
…気を遣わせたくないのに。2人がちゃんと付き合えるようにしなきゃなのに。

「あっ…おはよう!ハル君!」
「おう、おはよう春樹」

ゆっくりと歩いてた為か、2人が先に来ていた、二人の距離がいつもより近い気がした。
そして僕を見た二人は少し距離をあけた。

気を遣わせたくないのに、僕の存在だけで気を遣わせてしまう。
僕はお邪魔虫という感覚が離れない。いつもの三人なのに…。
いや、もうずっと前から二人と一人だったのかもしれない。
知らなかった…否、知らないふりをしていた。

「…おはよ」

ようやく言葉を発する。必死で心臓を落ち着かせ、冷静に務める。

「ハル君、昨日ずっとメッセ送ってたのに何で無視するの?」
「…昨日は寝てたんだよ、朝気づいたけどどうせここで会うし返事しなかった」
「もう、相変わらず私には冷たくない?」

夏海は苦笑いをしていた。僕は夏海には冷たくあしらってしまう。
好きな気持ちを悟られたくなくて。我ながら子供だと思うけど
子供の頃から好きだったんだから仕方ない。
今更態度なんて変えれない。
でも秋人は…。

「夏海さ、春樹も疲れてたんだよ。良いじゃん、夏海の相手は俺がするから許してやってよ」

秋人は笑って僕を庇う。その優しさが時には毒になる事もある。

「ねぇ、ハル君・・・その、私達の事聞いた?」

……そして今最も聞きたくない言葉が飛び込んできた。

「・・・ああ、聞いたよ・・・おめでとう」
「ありがとう・・・」

夏海は照れたのか少し俯いている。
僕も少し俯いて顔を見られないようにする。三枝さんの言う通り
酷い顔をしてるかもしれないから。

「ハル君はこれからも居てくれるよね?」
「…ああ…」

それは僕にとっては呪いの言葉…
これからも彼氏の居る好きな女の前に居続けるという拷問。
夏海を好きな気持ちを殺してしまえたらどれだけ楽になれるんだろうか。

そんな事考えても意味無いって解ってるのに
感情がぐるぐる回る。そんな意味の無い
無限回廊から解き放たれたのは昼休みだった。

いつものように3人で机を囲み弁当を食べる。
そこにクラスメイトの堀さんがやってきた。

「あのさぁ夏海、近衛君と付き合い始めたってマジ?」
「・・・うん、ほんとだよ」

夏海は少し照れながら答えた。

「マジ?おめでとー!お似合いだよお2人さん!」
「え、2人付き合い始めたの?やっぱりねー」

クラスメイト達が集まってきて2人は質問攻めにあっている。そう、僕は完全に蚊帳の外だ。

「いやぁ、でもこれから藤島は自重しなよ?2人の仲を邪魔すんなよな?」

クラスメイトがそう言うと夏海はちょっと怒った顔で言う

「…やめて、ハル君の事を仲間外れみたいに言うのは!」

夏海が突然席を立ち叫んだ。皆驚いているようだ。

「夏海ごめん、変な事言ったかなぁ」
「あ、ううん、こっちこそごめん、でもハル君も一緒だから」
「でもそれって夏海・・・」

堀さんは困惑しているようだ、それはそうだろう。
彼氏とラブラブしているのを邪魔するなと言っただけなのだ。
しかし僕たちは幼いころからずっと一緒で三人でいる事当たり前になっている。
幼馴染二人もそう言う事は全く考えてなかったようだ。

クラスメイトからは邪魔するなと言われ、幼馴染からは3人がいいと言われ、
蚊帳の外の癖に板挟みに合うこの状況。とっても惨めだ・・・

「あのさ、俺達ずっと3人だったから今はこれでいいんだよ、これからゆっくり変えていければさ」

秋人が弁解する。秋人は本当に良い奴だ。
いっそ悪い奴ならよかったよ…。

「そっかー、なんかゴメンね、夏海も近衛君もお幸せにね!」

堀さんは離れていく。この3人の今の関係を周りは変に思ってるんだろう。
俺が居なければこんなに変に思われる事は無かったかもしれない…。
やっぱり少し距離を置いた方が3人の為な気もする。
俺なんて居てもいなくても影響ないだろうし…。
それから幼馴染二人が言われるのも嫌だ。俺が我慢すれば良いだけだよ。

「春樹、メシ食おうぜ、俺とお前は親友だろ?」
「ハル君、気にしないでね、私たちずっと3人一緒だったじゃない」

嗚呼、世の中は無情だ…。

「…ハル君?」

気付けば夏海が心配そうに僕を見つめていた。

「ごめん、何でもないよ」

なんとか気持ちを奮い立たせ、答える。
付き合った初日でこれなのだ。持つわけもない。
何とか離れようと試みる。

「今日は2人で帰りなよ?僕は用事あるから」
「え、春くん何の用事なの?」
「何でも良いじゃないか、夏海には関係ないだろ」
「でも・・・」

夏海はそれでも食い下がろうとする。

「ああ、春樹が用事なら今日は夏海と2人で帰るよ
夏海もそれでいいよね?」
「わかったよ」

秋人がそう言うと夏海は直ぐに追及をやめた。
秋人の言う事は素直に聞くんだなぁ。
ひょっとして僕凄くめんどくさい奴になってる?
でもこれで放課後は何も考えずに1人になれるかもしれない。





HRが終わり僕は2人と鉢合わせしたくなくて
直ぐに教室を出て行き、屋上に向かう。
そして隅に寝転んで空を見上げる。何をやってるんだろ。
…2人を気持ち良く祝福したい気持ちはあるといえばある。
秋人も僕にとっては親友で良い奴で
夏海も僕の想い人で幸せになって欲しい。
でもどうしても僕の恋心がそれを邪魔するんだ。
いっそ僕が消えてしまえば……。

ガタンっと突然ドアが開いた音がした。
クラスメイトの堀さんとその友達が来ていた。
僕には気づいてないようだ。

「私近衛君狙ってたんだけどなー、まぁ夏海相手じゃ仕方ないよね」
「あの2人すっごいお似合いだもんね」

2人は話に夢中になっている。

「でも、藤島がちょっと可哀想だよなー、あいつどうするつもりなんだろ」
「あの2人に埋もれてるもんね、幼馴染だっけ?
私なら居心地悪いなぁ」
「だよねー、まあこれから藤島もあの2人の傍には居られないって思い知るでしょ」
「あんたさ、近衛君ダメだったんだから藤島に告ってみれば?近衛君とお近付きになれるよ?」
「たしかにー、それ良いかも」

二人は笑っていた。

「でも藤島何考えてるかわかんないし、ちょっと不気味だよね」
「あー、わかるぅ、あの二人も幼馴染ってだけで庇うけど藤島がなんか脅してんじゃない?
子供の頃の弱みとかさぁ」
「あははー、ありえるぅ」



…暫くボーッとしていた。何も考えずに頭を真っ白にする。
気が付けば堀さん達は居なくなっていた。

起き上がり、フェンスの下の校門を覗く。
丁度秋人と夏海が楽しそうに手を繋ぎながら
帰っていた。

…解っていたじゃないか。僕らはずっと3人じゃない。ずっと二人と一人だ。
これまでも、そしてこれからも。
僕にはない物をあの二人は持っている。僕には何もない。
あの二人が僕を庇う度に、ずっと惨めな思いをしたじゃないか。
何が秋人は優しいだ。僕にとっては、迷惑でしかなかったじゃないか。
僕が好きで告白しようがこの関係を初めから壊せるわけが無かった。
だって僕にはそんな事すら出来ない無能だから…。

ずっとずっと、子供の頃から…僕は二人の背中を見ていただけだ…。

「はは…」

自然と笑みが零れる。気が付けば涙が溢れていた。
僕は今どんな表情をしてるだろうか。
笑えてるって事は笑顔に違いない、うん…。
頭を鈍器で殴られたような衝撃がする。

「あっはは」

何故だか少し楽しい気分になった。そしてもう見えなくなった
二人の姿をずっと思い浮かべてた。

「ふふ…ははは…」

手に力が入る…景色が歪んで見える…

「うぁぁぁぁぁぁ!!!!」

僕は力任せにフェンスに拳を叩きつけた。
何度も、何度も、何度も…。
血が滲んでいる。でも今はこの痛みが凄く心地よかった。

この痛みが、僕の劣等感や喪失感を麻痺させてくれる。
この痛みだけが…。

「やめなよ!!!」

殴っていた拳を突然誰かから掴まれ、止められる。
気付けば人が立っていた。僕はどうやら人が居た事にも
気付かなかったようだ。

「あーあー、こんなに腫れちゃって、これ暫く消えないからね?」
「…三枝さんか…」

僕は少し目をやると直ぐに興味を失った。

「あたしで悪かったね、ほら、もう十分だろ?保健室行くよ」
「…ほっといてくれよ!」

僕は乱暴に振り払おうとするも痛みが強いのか振りほどけない。
三枝さんは呆れたような顔になる。

「あのなー、ほっとけるわけないだろ、そんな今にも死にそうな顔して」
「…死にそうか、前にも言われたな…」
「良いからほら、いくよ!」

三枝さんは僕の手を引っ張る。僕は結局感情に身を任せる事も出来ないまま
素直に引っ張られていった。
そのまま保健室に着く。

「あー、先生も誰もいないじゃん、消毒液はどこだー?」

…思えば三枝さんが誰かと居る所なんて見たことが無い。
三枝さんの悪い噂は耳にする。それは本人にも入ってる
はずなのに、それでも気にしてないのか、普段通りのように見える…。
僕は三枝さんが羨ましかった…。僕は三枝さんのように強ければ
こんな思いをする事も無かったのかもしれない。
僕も三枝さんのように…。

「あれー、ここの棚にも無いなー、どこにあ‥‥えっ…」

僕は無意識に三枝さんに後ろから抱き着いた。

「ちょ、ちょっとどうしたんだよ、藤島…っ」

あんなに強そうに見えた三枝さんが今は何故かしおらしく見えた。

「おい、、いい加減にしろ、殴るぞ!」

「・・・しい」
「えっ…?」
「三枝さんが欲しい…」

僕も三枝さんの様な強い心が欲しい。そう思っていた。

「おい、冗談はやめろって、大体お前は、あっ…」

僕はそのまま強く抱きしめる…。
三枝さんは無理にほどこうとはせず、なすがままにされる。

「…はぁ、あたしに逃げるのは勝手だけどさ、覚悟できてんだろうね?」

僕は欲しいだけなのだ。覚悟も必要ない。

「返事が無いって事はいいんだね、知らないよ?」
「…ああ」

三枝さんは突然力を入れ、簡単に僕の腕を振りほどく。
そして僕と向き合うと、突然僕に顔を近づけた。
そのまま唇と唇が触れ合う。そしてすぐさま三枝さんが離れる。
一瞬の出来事で何が起こったかわからず立ち尽くしていた。

「これは契約の証だよ、じゃあ消毒するからそこに座って」

突然三枝さんが照れたような顔を浮かべ、僕の手を消毒し始める。
三枝さんが何を考えてるか分からないけど、彼女は契約だと言った。
今の僕にはそれをかみ砕いて考える余裕はなかった。
これから起こる未来も…。

ただずっとずっと、唇の感触を噛みしめ、その間は一切幼馴染の事を考えていなかったことに
気が付いたのはずっと後だった…。
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