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 30歳になって始めたこと。

 1人暮らし。水商売。そして、処女でなくなったこと。

 1人暮らしは、快適と孤独の繰り返しやと、ようやく、この生活に慣れてきて思うようになった。

 派遣社員として、9:30~18:00まで会社にいる。
節約のために、帰りは40分かけて歩いて帰ってる。
おかげで、体重は、5~6kg痩せた。

平日は、買い出しに、料理、洗濯、掃除、目まぐるしく“なにか”に追われているのに、休日は、やることを、なぜか探してる。

派遣社員のメリットは時給のよさ。事務職で1000円以上もらえるけど、もちろん、昇給・賞与はない。

正社員やった前の会社を辞めた理由は、よくある、上司からのモラハラ。
たぶん、あのとき、56歳の未婚の4人の子どもがいる、藤枝英美局長から、ある日、出社したら、パソコンに『婚活実らず葬活を』って書かれた付箋が貼られてた。

演説や講演会が得意な大声で、取引先のお偉方に対しても怯まずに持論を展開する藤枝さんからの謝罪はなくて、なぜか、次長と次長補佐から、へらへらとした謝罪があった。
ただ、『コミュニケーションの一種。』とな『20年前は、こんなことよくあった。』って、訳の分からん言い訳をされた。

その後、藤枝さんが、数週間、無断欠勤して、(正確には、出社せず、在宅勤務していたと後から判明。)私の居心地が悪くなって辞めた。

派遣を選んだ理由は、こういうトラブルがあったときに、会社と私の間に入ってもらえると思ったから。

派遣会社や担当者に当たり外れがあるのは、後から知った。私の担当は、菊地雅代というアラフォーの小柄な女性。
たぶん、仕事はできるほうじゃない。毎回の面談時にもらう資料は、いつも、どこか間違ってるし、会社見学のときも道を間違えて、全然ちがう会社に連れて行かれそうになった。

ただ、いまの会社は、業務に追われてるし、“ちゃんと”社会人としての常識がある人たちばっかりなので、不満がない。だから、菊地さんとの面談も、報告することも相談することもない。

時給が上がらんのも、昇給・賞与がないことも分かって、契約書に判を押した。

週に数回、夜だけのバイトで時給が派遣以上の求人には、正直、ビックリした。

水商売なんて、実家に居たら、絶対できひんかった。
まず、父も母も反対する。娘が『バイト見つけた。水商売やねん。』って言って、賛成する親は居らん気がするけど、世間体や経歴を気にする両親は、絶対的に反対したと思う。

スマホのバナー広告からバイトの求人サイトにいって、ダメ元で、希望条件をチェックしていった。

大阪市内。難波・心斎橋あたり。週1からOK。高収入。未経験者OK。高収入。

いくつかエントリーした。それが、水商売やとは思わんかった。

1番早くに返信がきたのは明子ママのお店。『ラウンジ MOMO』。

いまでも覚えてるのは、面接の時間が21時で驚いたこと。持ち物はなにも要らないと返信がきて、履歴書も職務経歴書も要らないと言われたこと。
そんなバイトがあるのかと思った。

宗右衛門町なんて行ったことなかったし、まず、あの門をくぐったら、戻って来れんと思ってた。

1人暮らしを始めて、1ヶ月が経ってた。半袖は寒いけど、長袖は、まだ暑い。「なにを着たらいいか分からんくて、毎朝、悩むんです。」って、更衣室で社員さんと話すような時季やった。

夜の宗右衛門町は、キラキラしてた。看板がピカピカ光ってて、平日なのに、人が多かった。誰かと目が合ったら連れ込まれると思ったけど、オフィスカジュアルで、夜の街とは不釣り合いな格好をしてる私を、すれ違う人は、ジロッと見てた。

面接の時間は21時。だから、20:50にはお店に着こうと思って、家を出た。20時以降に出かけるのも、ほとんど、初めてに近かった。新鮮だった。

夜の街に魅せられて、それでも、虚勢を張りながら、スマホを片手にお店に向かったけど迷った。明子ママに電話しても、私自身の居場所が分からず、当時、どの通りにもどの筋にもあるドラッグストアーがあるって言っても通じず、なんとか、お店に着いたのは、21:15。約束の時間、面接の時間を過ぎたのに、笑顔で迎えてくれた。

男性のお客さんが1人居た。そのお客を囲むように、女のひとが4人居た。ママは、お客の左側に座ってて、葡萄を食べてた。

『遅かったなぁー。ずっと、向こうの通りまで行ってたんやろ?なに飲む?』

ママはそう言った。

『遅れて、申し訳ありません。』と頭を下げる私に、ママは、『お茶でいい?』と烏龍茶を出してくれた。

ママとのやりとりはショートメールだったけど、そのやりとりの内容がしっかりしてると褒めてくれた。

水商売の経験や、出勤の希望、お酒が飲めるかどうかを聞かれた。ほとんど、それだけだった。

いつから出勤できるか聞かれ、その週の金曜日と答えたら、『21時からの出勤でお願いな。』と言われた。

服は、ママが用意してくれるとも言った。

お店を出る際、もう一度、遅刻したことを謝罪した。

たぶん、内定が出た。水商売をする。そう思いながら帰った。なんか、自分でも笑ってしまった。

ちなみに、処女を失くしたのは、この水商売じゃない。

出会い系サイトで出会ったオトコとヤった。それだけのこと。

水商売デビューは、抵抗がなかったって言ったら、嘘になる。見る人が見たら経歴に傷はついてるし、お嫁にいきにくくなると思った。でも、持て余す時間を有意義に使いたかったし、それをお金に変えたかった。

一流ブランドのバッグとかコスメが欲しいとか、もちろん、そういう希望はあるけど、私が欲しかったのは、今日を生きるお金。

1人暮らしは夢いっぱいで始めた訳じゃない。家族と特に母から離れたかった。当時の実家の居心地は最悪だった。でも、いざ、1人暮らしを始めたら、毎日、なにかの支払いをしてる。生活費を廻すのに精一杯で、貯金はない。

ドアを開けたら、ママが迎えてくれたけど、『服、これな。』と更衣室に着いて、そう言ったら、お客さんのところに、すぐ戻って行った。

用意してくれた服は、私にはブカブカの黒いワンピースだった。

更衣室を出て、フロアに出ると、ママから『いやぁー、アンタ、お化粧してる?全然分からんで。』と言われ、メイクポーチにほとんどモノを入れてない私は、『どうしたらいいですか?今日、コスメは、なにも持って来てなくて。』と伝えると、大声で『ユウキちゃん。ちょっと来て。』とユウキさんを呼んだ。

『ユウキちゃんは、うちのメイク担当やねん。』と笑顔で言い、『この子、メイク薄暗いから、ちょっと直したって。』といい、また、お客さんのところに戻って行った。
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