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【亡国からの刺客】

187.逃げたくなった俺

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ガタゴトガタゴト馬車が疾走する。
一体どこへ向かっているんだろう?
意識が浮上してまず真っ先に考えたのはそんなことだった。

俺は現在手足を縛られ猿轡をされた状態で床に寝かされ、どこかへと運ばれている最中らしい。
目が覚めた途端犯されていたら悲惨だったが、どうやらそんな目に合うことなく普通に攫われたようだ。
この状況に少しだけホッとした。

そして次に気になったのは愛剣の存在だった。
馬車内に人の気配がないのを確認し、そっと目を開いて周囲を確認してみる。

(ない…)

当然と言えば当然かもしれないが、愛剣は馬車内のどこにもなかった。
きっと男達に奪われたんだろう。
最悪だ。

(俺の馬鹿!!)

剣を奪われたことが物凄くショックで、深追いし過ぎた自分を恨みたくなる。

(剣が俺の傍らにないなんてあり得ない!!)

半身を捥がれたようなこの不安な気持ちはきっと誰にもわかってはもらえないだろう。
それだけ剣は常に俺と共にあったのだから。

そして何よりも奪われた物が物だけにショックは大きい。
以前の愛剣もまだ所持してはいるが、今の剣はトルセンから結婚祝いに貰ったもので、セドと既に幾度も打ち合ってすっかり手に馴染んでいるし、何よりセドから貰った剣飾りもついている俺にとっては割と特別な剣だった。
手に入れてからずっと大事に大事に手入れしてきた剣だ。
何が何でも取り戻したい。
もし万が一裏ルートに流れてしまったのなら、苦手なロキ陛下に頭を下げて全財産投げうってでも裏に手を回してもらって取り戻そう。

(もう絶対こんなことに陥らないよう、今後は絶対深追いなんかしないぞ!)

しっかり反省したら兎にも角にも現状確認だ。
移動中のようだが男達の会話から何か情報を得られないだろうか?
そう考えたところでちょうど男がそれらしいことを口にした。

「連絡はついたか?」
「ああ。ハインリッヒ公国でオークションにかけようかってさ」
「お前も悪い奴だな。後で依頼主に話が違うと言われるぞ?ククッ」
「はっ!他国に連れ出せとしか言わなかったあいつが悪い。こっちはただでさえ危ない橋を渡ってるんだ。売り飛ばして逃亡資金を得て何が悪い」
「そりゃそうだ」

ハハハッ!と男達が笑う。
どうやら主犯である依頼主は街に留まっていて、ここに同行してはいないようだ。
そして俺は他国へと連れて行かれてそこからオークションにかけられる予定らしい。

(なるほどな)

それなら確かに英雄の片腕の名を持つ自分は高値が付くかもしれない。
護衛として手に入れるなら十分アリだろう。
ついでに言うと大国ブルーグレイの王子の側妃だ。
人質にしてブルーグレイを脅すこともできなくはないかもしれないし、逆に側妃を助けたとして恩を売ることだってできるかもしれない。
俺の使い方はいろいろ考えられる。

(ヤバいな)

一先ず身の安全は保障されたということは確信できたものの、ハインリッヒ公国という名を聞いて思う。
ハインリッヒ公国はブルーグレイの北西方面に向かい三か国ほど向こうにある遠い国だ。
となるとこの後はワイバーンに乗せられるのだろう。
流石にそんなところまで連れて行かれるとすぐには帰ってこられない。

(休憩を取るとしたらいくら何でも途中で街に降りるよな?)

逃げるチャンスがあるとすればその時だ。
飯は最悪食べさせられる形になるかもしれないが、流石にトイレくらいは自分で行かせてもらえるはず。
その時は足の拘束だって外されるだろうし、そこが逃亡する最大のチャンスだ。
でもそこから無一文で歩いて帰るには無理があるし、何か手を考えないといけない。
恐らくポケットに入れていたツンナガールは取り上げられているだろうし、そこから連絡を入れることはできないだろう。
それに金目の物も回収されているはず。
せめて剣があれば護衛と称して商人の馬車に同行する手もなくはなかったかもしれないが、それもできない。

(野宿はできるけど、せめてナイフとかがないとなぁ…)

男達から奪えたら一番いいが、そう都合よくナイフを手に入れられるとは限らないから他の手も考えないと。

そんなことを考えている間に馬車がやっと止まった。
木々の葉擦れの音と草の匂いがする。
人けのない山の中にでもワイバーンを隠していたんだろうか?
そう思っていると、俄かに馬車の外が騒がしくなった。

「よぉ!英雄の片腕を捕まえたって本当か?」
「ああ。ありゃあ確実にオークションで良い値が付くと思うぜ!見目もいいし、剣の腕も一級品!加えてあのセドリック王子の寵愛深い側妃ときたら、脅すネタにも使えるしな!」

ハハハッと上機嫌に男達が笑う。
けれどそこで何があったのか、緊迫した声で別の男が言った。

「マズいな。すぐにワイバーンに乗せろ!追手が来るぞ!」

(追手?)

もしかして俺が連れ去られたとセドに伝わったんだろうか?

(まさかな)

単独行動だったし、今回セドの暗部は俺についてきてはいない。
だからこそ俺が暴走して襲撃犯を追いかけたという情報がセドに入ることはあっても、捕まってそのまま攫われたなんて情報は入るはずもないのだが…。

(変だな?)

そう思いながら首を傾げていると、男にガバッと肩に担がれて、そのまま問答無用でワイバーンへと乗せられてしまう。

「行くぞ!」
「んんっ!!んんんっ!!」
「あんまり暴れるなよ?落っこちたら確実に死ぬぞ?」

その言葉と共にふわりとワイバーンが空へと舞い上がる。
悔しいがここで暴れても何も良いことはないだろう。
俺にできるのはここは大人しくしつつ、逃げる算段を考えることだ。

男は俺が暴れるのをやめたのを確認すると逃げられないようにと腕の中へと抱え直し、空を駆けた。
そんな男の肩越しに、俺の目に飛び込んできたのは追手と思しきワイバーンの群れ。

「ワイバーン部隊に囲まれたぞ!!」
「応戦しろ!!」

剣を手に男達が臨戦態勢に入る。
俺は大人しくしてろと言われ、振り落とされないようにできるだけワイバーンに身を寄せたのだが、途中で『面を貸せ!』と言われて抱き寄せられ、人質宜しくワイバーン部隊の方へと顔を向けさせられた。

「お前ら!側妃様がどうなってもいいのか?!あぁ?!」

その言葉に怯む追手達。
なんだか物凄く申し訳ない。
風向きも良くないから、向こうからしたら攻めるに攻めきれないというのもあるだろう。
余程の腕がないとこの状況で俺を取り戻すのは難しいと思う。

(こりゃ、一旦退却するかもな)

そう思った時、背後から見知った殺気を感じて俺は思わずそちらへと振り返った。

(セド…!)

でも喜んだのは一瞬で、その悪魔のような冷徹な表情を見た途端、俺の同乗者に『今すぐワイバーンの操縦を俺に代われ!全速力で逃げてやるから!!』と言いたくなった。
まあ縛られてるから無理なんだけど。

あんなセドに捕まったら俺、ヤリ殺されるんじゃないだろうか?

そんなことを考えながら絶望的な心境で救助されることになったのだった。


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