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第四章 フォルクナー帝国編Ⅱ(只今恋愛&婚約期間堪能中)

90.焦りと喜びと Side.メイビス

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今日は待ちに待ったルマンドの誕生日。
この日のために用意した品物を最高のシチュエーションで渡そうと皇族所有の別荘を準備。
そこにはちょっと変わった露天風呂があって、眼下に広がる湖と森のコントラストが楽しめるのだ。
夜には露天風呂と星空だけを楽しんで、朝にその眼下に広がる光景を見せたら二度楽しんでもらえるだろうルマンドが喜びそうな場所だった。
夜を一緒に過ごしたいという願望が透けて見えてしまうけど、そこは許してもらいたい。
だから今日は仕事をさっさと片付けたくて、ここ何日かルマンドに会うのを我慢して執務に集中していた。
そんな中、ルマンドにつけていた侍従が手紙を持ってやってきた。

「こちらをお預かりしてまいりました」

もしかして今日は誕生日だからサプライズ的なお誘いかな?程度に考えて軽い気持ちで手紙を開いた。
けれどそこにあったのは思わぬもので……。

『ヒースが誕生日祝いしてくれるから、ちょっとコーリックの港まで行ってくる。今日はあっちに泊まってくるから』

(あっちに……泊ってくるから?)

「…………え?」

正直言われていることが信じられなくて自分の目を疑ってしまった。
しかも侍従が物凄く言い難そうに言葉まで足してくる。

「その……ルマンド様はこのお手紙を書かれる前に、ヒースクリフ殿にデートの誘いかと訊かれておりまして、ヒースクリフ殿も笑顔でそうだと肯定されておられました」

グシャッ……。

思わず手紙を握りつぶしてしまうほど自分の中に動揺が走る。
ケインはルマンドに振られているらしいが、ヒースクリフは別だ。
わざわざルマンドを誘いに来て、誕生日祝いを餌にコーリックまで連れ出して夜泊まるということは…。

(夜にルマンドを……抱く気か?!)

違う可能性は高いが、一度そういう考えに陥ってしまうともう駄目だった。
たとえ1%の確率だったとしても可能性があるのなら放っておくことなどできるはずがない。
そんなこと、絶対にさせられない。
ルマンドがいくらヒースクリフに憧れているからって、それだけは絶対に許せなかった。

「メイビス様!」

侍従達の声なんて聞こえないふりをして転移魔法を必死に発動させコーリックの王城前まで移動する。
城の門番に身分を証明する短剣を見せて馬を借り、港の場所を教えてもらって急いでそちらへと向かった。
門番からは馬車を用意すると言われたが、そんなもの待っていられるわけがない。
謝辞だけ述べてそこからは一気に港まで駆けていく。距離なんて関係ない。

(ルマンド…!)

どうか間に合ってくれと思いながらひたすら走り続け、やっとたどり着いたと思ったところで何か巨大な魔物をルマンドが切り裂く姿が目に飛び込んできた。

(あれは……クラーケンか?)

話には聞いたことはあるが見るのは初めてだった。
噂に違わぬ巨大な海の魔物────。
そんな魔物を一刀両断にしてルマンドがちょっと嬉しそうに不敵に笑う姿が見えた。
あんな魔物まで無傷で倒せるのかと目を奪われると共に、傍に居るケインとヒースクリフの姿に我に返った。
きっとあの二人と協力してクラーケンを倒したのだろう。
また…ヒースクリフに惚れ直したとか口にして喜ばせているのではないのか?
勘違いさせて、喜ばせて……攫われたらどうするんだろう?

「ルマンド!」

必死に名を呼び駆け付けたものの、息が上がって声が思うように出ない。

「はぁ…はぁ…」
「メイビス?何かあったのか?」

何かなんてルマンドのこと以外にあるわけがないじゃないか。
ちっともわかっていないルマンドがもどかしくて泣きそうになる。
でももう捕まえたから、絶対にヒースには渡さない。

「あんな…あんな手紙を渡されて、追い掛けてこないわけがないだろう?」
「え?」

全くわかっていないルマンドだったが、ケインが指摘し俺が侍従の言葉まで伝えたらやっと理解しているようだった。けれどこれはあまりにも酷すぎる。
流石にケイン達もこれには同情してくれたようで、この後は二人で過ごしたらどうだと言われたので、連れ帰る気満々で転移魔法を発動しようとしたらルマンドに止められてしまった。

「……メイビス。急で悪いんだけど、この後ちょっと付き合ってくれないか?」
「え?」
「その…フォルクナーに帰る前に、一緒に船で夕飯食べよう?」

できればすぐにでも連れて帰りたいのに、ルマンドが必死の眼差しを向けてくるから断るに断れなかった。
手を引かれ連れてこられた船は豪華なクルーズ船だ。
どうやら元々この船の船上ディナーを予約していたらしく、全く何の問題もなくデッキに設けられた席へと案内された。
皆でここでクラーケンの討伐祝いでもしようと思っていたのかと少々腹が立ったので、ルマンドからの弁明にもついつれない態度を取ってしまう。
けれど次の言葉にピタリとカトラリーを動かす手を止めてしまった。

「そ、それで……今日ここを予約してたのは、メイビスにプ、プロポーズする予定だったから、その下見で入れてたんだ」

その言葉に初めて周囲に目を向ける。
すぐ横に広がるのは綺麗な夕焼け空とその夕焼け色に染まっていく一面の海。
陽が落ちていく一番綺麗な時間帯だ。
このシチュエーションはまさにルマンドが望んでいた光景なのではないだろうか?

(ああ…それでここに来たのか……)

この場所を下見して、年末にプロポーズしてくれようとしていたのだとやっと腑に落ちた。

「ちょっと予定よりも早いかもしれないけど、メイビス…俺とけ、結婚してくれないか?」

そして紡がれたのはずっと待っていたプロポーズの言葉────。
嫉妬で凝り固まっていた心が一気に和らいで、泣きたくなるほど嬉しい気持ちが込み上げてきてしまった。

「指輪は…くれないのか?」

折角プロポーズしてくれているのに肝心のものを忘れてしまっているルマンドがすごく愛おしい。
慌ててマジックバッグからケースを取り出しそっと開いてくる姿はルマンドらしくて、断るなんて選択肢はどこにもなかった。

「メイビス=フォルクナー。俺と結婚してください」
「…喜んで」

そして指輪を受け取りそれをスッと指へと嵌める。
ぴったりとそこに収まるのはこれがレターニアではなく俺へのものだという証拠。
やっと自分の指に収まったそれを見て、ただただ幸せを噛みしめた。

それを見て周りで見守っていた人達から拍手が上がる。

「「「おめでとうございます!!」」」

クルーズ船の船長達からも祝福の言葉が贈られた。
同性婚はこの国では認められていないというのに、ここの皆は温かく祝ってくれるのかと嬉しくなった。
船員達から沢山の花びらで祝われて、沈んでいく夕日を見ながら幸せな気持ちで微笑み合う。

きっと俺はこの光景を一生忘れられないだろう。

それだけ最高のプロポーズだった────。




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