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第一話「新年度開始編」
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佐垣胡桃は奏音達にとってまさに理想の人材だった。
若いせいか教師歴が浅いせいか、はたまた彼女の人柄からか、話を素直に受け止め、とにかく聞き役に徹したのだ。
部長である奏音が取っ付きにくい部活の説明をしている間も、時折質問を挟みながら相槌を打っていた。
「アヤメちゃんから聞いたかもしれませんが、我が不思議系研究会は普通の部活じゃありません」
「えぇ、教師の間では変人の集まりと呼ばれているとも聞いているわ」
「概ねその噂通りで合ってます。各々が疑問に思うことをジャンル問わず好き勝手調べる部、というのがこの部ですから。つまり自分の興味があるものを好きに突き詰めるだけの部です」
「だから、ジャンルが幅広いこともあって個性豊かな生徒の溜まり場となっている、と」
「先代までが振り切っていただけなので、私達の代は例外だと思いますが」
「あの人らは論外なだけで、オレらも大概や思うで」
口を挟んだ虎琉が佐垣の前へ静かに器を置く。
厚みのある褪せた茶色のそれは、平坦ではなく如何にも手作りらしい歪な凹凸をしていたが、だからこそ掌で包み込めば吸いつくように収まった。
その器から濃厚な香りを放つそれは、自然の色をした日本らしいモノ。
「これは…抹茶?」
「一応茶道部の部室なんで。先生飲めます?」
鮮やかな緑に目を落としながら、佐垣はこくりと首を振る。
そして慣れた手付きで器を持ち上げ、慣れた手順で嚥下してみせた。
「抹茶なんて久しぶりだわ。高校の時の授業以来」
「茶道経験者、と」
「えぇ。女子校だったから大和撫子育成として授業があったのよ」
その言葉に虎琉が奏音へ視線を送る。
それを予測していたかのように受けた奏音は、やれやれと自身の前の湯のみに口をつけた。
すっかり冷えてしまった日本茶で喉を潤すと、今度は盛大に溜め息を吐く。
「逸材すぎて言葉も出ないわ」
「逸材?私が?」
「不思議系研究会の部員ならびに顧問は、何故か全員茶道経験者なんですよ。ずっとね」
「せやから、部室が茶道部が使っとった此処で、抹茶やら茶請けやらが普通に出てくるっちゅうわけなんで」
「佐垣先生は私達からすれば、部の歴史も踏まえて顧問として申し分ない、いえ是非お願いしたい方ではあります。ですので前向きに考えてもらえると、私達としても───」
「私が顧問でいいかな」
にっこり、と音が聞こえそうな程靨を浮かべて微笑んだ佐垣は、その丸い瞳で真っ直ぐ奏音を見据えた。
実年齢より幼く見える容姿は生徒達に溶け込んでしまっているが、時折見せる表情はやはり大人であり生徒を見守る教師のそれだ。
「そんなあっさり…寧ろいいんですか?こんな変人の集まりで」
「沙久羅さんも文瑪くんも飛び抜けた色を───オーラを持っているから、その不思議に触れるときっと面白いと思うの」
「色?オーラ?」
虎琉が問いかけると、佐垣は感慨深げに頷いた。
「あくまで私のイメージだけど、そう見えるって言うか」
「…………覚悟はしとったけど、やっぱ先生もコッチ側やったか」
現部員の奏音と虎琉だけでなく、どうやら新顧問である佐垣もしっかり不思議体質らしい。
特異な瞳にどう映っているのかは本人のみぞ知る、と言ったところで、その濃い茶色の瞳から見て取れるものはない。
「これでウメ先に劣らない顧問の確保は出来た…けど」
「問題は部員やな。一応手当たり次第ビラは撒いてあるで」
不思議系研究会が生徒会に部として認められるには、後2人部員が足りないのである。
そしてこの2人を、不思議系研究会に入ることが出来る変わり種を、新入生から補充せねばならない。
虎琉が仕込んだビラを見た新入生に声をかけられるのを待つという博打は、正直なところタイムリミット迫る今、かなり運要素が強いと言えるだろう。
しかしその心配を払うようにおっとりと言い放った教師は、さすが不思議系研究会の顧問を承諾しただけはある逸材だった。
「うちのクラスに2人、同じようにちょっと変わった色を持つ生徒がいたんだけど、どうかしら。女の子の方は部活を探しているみたいだったし」
変わった色、というのが些か気になるところではあるが、その特殊な教師の目に留まるのならば十分素質はあるはずだ。
勿論最大の問題は、本人達がこの不思議な部活に興味を示し、入部という決断に至るかどうかではあるのだが。
「すいませ~ん。部活の話聞きたいんですけどぉ~」
突如、きゃぴきゃぴと緩い声と共に扉が開かれた。
突然の来訪に奏音と佐垣が目を丸くする中、類い希な体質である虎琉はただ1人状況を理解し、そして同時に胸を撫で下ろす。
すっかりそれなりの付き合いとなった部長の機嫌を、損ねることがなくなったと『直感した』からだ。
「あ、佐垣先生だぁ~!」
「由利姫華さん…と、矢凪誠くんね?」
「…はい」
女子高生ブランドを全面に押し出している女子と、対照的に寡黙で表情すら窺えない男子は、言わずもがな佐垣の生徒で、話題に上がったばかりの訳ありコンビのようである。
女子生徒は胸元までのブラウンがかったブロンドを緩く巻いており、それらが縁取った真っ白な肌とブルーグレーの双眸、すっと通った鼻梁に赤く色付いた薄い唇を備えた、小柄で華奢なまさに西洋人形。
男子生徒は緑がかった黒髪が目元を覆っているせいで顔色が悪く見える以外顔立ちはさっぱりだが、中肉中背のその背筋は正しすぎる程真っ直ぐと伸びており、しなやかな筋肉を携える体躯のようだった。
一見するだけで個性のある面々であるが、奏音の注意を引いたのは彼女達の容姿ではなく、何のリアクションも見せないまま勝手口に消えた虎琉。
明らかに話題に出たばかりの2人の登場だというのに、関西人の誇りを持つ虎琉が反応しないはずがないのだ。
経験則で、例えツッコミでないにしても普段なら何らか口を挟むに違いないのである。
そしてここまでを流れ作業で弾き出した奏音は、後輩達に席を進めてから静かに息を吐いた。
虎琉の落ち着きようからして心配はいらないのだろうが、これを逃すと次はないのだ。
「まぁとりあえず茶でも飲みますか」
準備万端な虎琉に促され、1年生2人が和室側の席へ並んで腰を下ろす。
様子は正反対ではあるが共に落ち着かない様子の2人の前に、佐垣と同じく抹茶と茶請けが出された。
何から何まで虎琉が先に行ったせいで出番のない奏音ではあるが、部長である彼女が今最もやるべきことは『観察すること』と『隙を逃さず口説き落とすこと』である。
「いただきま~す」
「…いただきます」
揃って抹茶に手を伸ばした2人は、これもまた佐垣同様手慣れた様子でそれに口をつけた。
誠は何か思うところがあるのか、器を手に一瞬動きが止まりはしたものの、所作からして少なくとも茶道の経験はあるのだろう。
「佐垣先生が顧問なら、姫華、余計に気になるかも!」
「部活についてなら沙久羅さんに聞けばいいわ。彼女が部長だから」
「そうですね…何から話しましょうか」
さすがと言わざるを得ない自然なパスを受けた奏音は、先程佐垣へ言った通りの説明をしてみせた。
不思議体質な部員達がひたすら興味のあることを追究するだけの部であること、部員達全員が不思議体質のせいで他の生徒達との間に高い壁が聳え立っていること、ただし廃部となる可能性も十分にある部であること。
それらを静かに、そして真剣にじっと聞いていた後輩2人に、虎琉は少なからず驚かされていた。
彼の直感が告げている事柄が覆ることはないだろうが、この真剣さは想定外だったのだ。
2人揃って、部室に入ってきた時と印象がまるで異なる。
佐垣の言葉を借りるなら、色が違うからこそ満たすことが出来なかった飢え、キャンバスを埋めることが出来なかった『獲物』を血眼になって貪欲に追う肉食獣のようだった。
「沙久羅先輩っ!姫華入部したいです~!」
ピシッと真上に手を挙げた姫華は、西洋人形のような愛くるしい顔に明確な興味を浮かべながら振り返る。
「ねぇ、貴方も入るんでしょ?姫華、貴方も同じだと思うの」
「同じ?」
言葉尻に首を傾げたのは奏音だけではなかった。
ただ1人それを理解したらしい誠は、静かに頷いてみせる。
そして徐に中身の減った茶碗を両手で包み込むと、小さく口を開いた。
「本格的だとは思っていましたが、この茶碗も文瑪先輩のご親戚───伯父様が用意されたんですね」
「あれ?リアル二次元?」
ぞわりと背中を走る悪寒に震えながら虎琉が言えば、唯一表情が窺える口元に笑みを見せる誠。
「読み取り型とでも言えばいいのか…僕は物の残留思念を読み取ることが出来る不思議体質なんです」
「………誰が本物連れてこいって言ったのよアヤメちゃん」
「オレ連れてきたんちゃうし本物とか知らんかったし」
「やっぱり~!姫華もなの!」
頭を抱えた先輩2人の動揺を掻き消すように楽しげに騒ぎ始めた姫華は、追い討ちをかけるかの如く爆弾発言を続けていく。
そしてその爆弾発言が嫌でも耳に入ってしまった2人とは対照的に、不思議を目の前にした佐垣はにこにことご機嫌なようだった。
「って言っても、姫華のはどっちかって言うと能動的で…圧力型とでも言えばいいのかな?」
そう言うと、姫華は掌を畳へと向けた。
すると次の瞬間、
「外部に圧力をかけるタイプの不思議体質なのっ」
華奢な彼女の体がそのままふわりと浮き上がった。
開いた口が塞がらないどころか、元来築かれていた厚く高い壁が粉々にぶち壊されたような破壊力である。
表立っては言えなかったが、生まれつきこのような体質であり、誠のようにちょっとした共通点を持つ体質の者とは初めて出会ったのだと姫華は矢継ぎ早に付け足したが、またしても登場した想定外の本物に先輩2名の何かも吹っ飛んだらしい。
「だから!誰が!本物を!連れてこいと!言ったのよ!」
「せやからオレやないって!落ち着け奏音!」
間違いなく自分の目で見てしまった光景から逃げ出したいのか、座ったまま虎琉の開いた胸倉を掴み上げた奏音は必死の形相である。
かく言う奏音自身も音楽一家に生まれ、所謂音感の優れた体質だ。
幼い頃からその才能を遺憾なく発揮していた彼女からすれば、その環境が至極当たり前であり、高校入学まで何の疑いも持たず全人類が同じように聞こえているものだと思い込んでいた。
しかし現実は、当然ながら異なっていたのだ。
友人達は彼女のように一度聴いた曲を楽譜に起こすことは出来なかったし、調和されたハーモニーを歌うことは出来なかったし、音楽教師の代わりにクラシックを演奏するなど出来なかった。
人より少し飛び出した奏音は羨ましがられ妬まれ、次第に何処に行っても憧憬と羨望を浴び続けるようになっていったのだ。
だが、そんな奏音も家庭の中ではただの少女。
指揮者として世界で曲を操る父に、世界で人々を魅力するピアニストの母に、コンサートミストレスとして世界中で腕を磨く姉がいる音楽一家沙久羅家では、奏音は可もなく不可もなく普通の少女なのである。
では、後輩2人はどうだろうか。
国家が動き出しそうな未知の体質であるらしい2人に、『普通』の空間はあったのか。
否、なかったからこそ、姫華は誠との出会いを喜んでいるのだろう。
初めて出会った『普通』に。
「沙久羅先輩、僕も出来れば入部したいと思っています」
厚い前髪で覆われた目元はやはり全く確認出来ないが、誠は落ち着いた声音で言った。
連続する衝撃にぐったりとしていた奏音が静かに長く息を吐き出すと、瞬く間に室内の空気が変わる。
「アヤメちゃん、入部届お願いね」
「はいはい。もうこのまま行くん?」
「当たり前」
いそいそと身支度を整え始めた奏音を横目に、虎琉は洋室エリアに備え付けられている資料棚から引っ張り出してきた入部届を1年生へ手渡した。
2人が躊躇いもなく署名し終えると、それらと忌々しげに投げ捨てていた廃部通告書を引っ掴む。
「先生と2人には申し訳ないんですが、廃部阻止のために暫し席を外します」
「出来るだけ早よ帰ってくるけど、まぁ茶でも飲んでゆっくりしといて下さい」
早口に告げて部室を飛び出せば、目指すは本城、中央校舎3階最奥の生徒会室。
自分達の足音しか聞こえぬ程人気のない廊下を行き慣れた様子で進めば、これ見よがしに全身全霊を込めてその扉を開け放つ。
バン、という大きな音が生徒会室だけでなく、人気のない廊下にも反響した。
が、陸の孤島のように教室や部室から離れた位置にあるせいか、辺りは静かなままだ。
奏音達が我が物顔で踏み込んだ生徒会室は広々とした小洒落た応接室となっていて、扉の前のソファー席の奥に各役職の机が左右向かい合うように備えられている。
そしてそれらの最奥、ちょうど扉から見て一直線上にある生徒会長の机に、彼は姿勢正しく座っていた。
その眼差しは来客に向けられているが、例の如く端正な顔立ちを微塵も動かずまさに鉄壁である。
しかしその表情は、幼馴染みである奏音も付き合いの長い虎琉も見慣れたいつもの香住理玖の表情だ。
どうやら彼以外の役員は留守にしているらしい。
これは好都合だと、敵対心剥き出しの嘲笑と共に奏音は言った。
「不思議系研究会は今年も『部活動』するわよ、生徒会長様!」
「ま、名前は研究『会』やけどな」
「お前ら、扉壊れてたら『部費』から引くからな」
意地悪く鼻で笑ってみせた後、理玖は手元を確認せぬまま書類へ手早く判をついた。
これで喧しい声が減る、とほくそ笑みながら。
こうして少人数制の希有な部活、不思議系研究会は廃部の危機を脱することとなった。
と同時に、沙久羅奏音率いる新生不思議系研究会の幕が上がったのである。
若いせいか教師歴が浅いせいか、はたまた彼女の人柄からか、話を素直に受け止め、とにかく聞き役に徹したのだ。
部長である奏音が取っ付きにくい部活の説明をしている間も、時折質問を挟みながら相槌を打っていた。
「アヤメちゃんから聞いたかもしれませんが、我が不思議系研究会は普通の部活じゃありません」
「えぇ、教師の間では変人の集まりと呼ばれているとも聞いているわ」
「概ねその噂通りで合ってます。各々が疑問に思うことをジャンル問わず好き勝手調べる部、というのがこの部ですから。つまり自分の興味があるものを好きに突き詰めるだけの部です」
「だから、ジャンルが幅広いこともあって個性豊かな生徒の溜まり場となっている、と」
「先代までが振り切っていただけなので、私達の代は例外だと思いますが」
「あの人らは論外なだけで、オレらも大概や思うで」
口を挟んだ虎琉が佐垣の前へ静かに器を置く。
厚みのある褪せた茶色のそれは、平坦ではなく如何にも手作りらしい歪な凹凸をしていたが、だからこそ掌で包み込めば吸いつくように収まった。
その器から濃厚な香りを放つそれは、自然の色をした日本らしいモノ。
「これは…抹茶?」
「一応茶道部の部室なんで。先生飲めます?」
鮮やかな緑に目を落としながら、佐垣はこくりと首を振る。
そして慣れた手付きで器を持ち上げ、慣れた手順で嚥下してみせた。
「抹茶なんて久しぶりだわ。高校の時の授業以来」
「茶道経験者、と」
「えぇ。女子校だったから大和撫子育成として授業があったのよ」
その言葉に虎琉が奏音へ視線を送る。
それを予測していたかのように受けた奏音は、やれやれと自身の前の湯のみに口をつけた。
すっかり冷えてしまった日本茶で喉を潤すと、今度は盛大に溜め息を吐く。
「逸材すぎて言葉も出ないわ」
「逸材?私が?」
「不思議系研究会の部員ならびに顧問は、何故か全員茶道経験者なんですよ。ずっとね」
「せやから、部室が茶道部が使っとった此処で、抹茶やら茶請けやらが普通に出てくるっちゅうわけなんで」
「佐垣先生は私達からすれば、部の歴史も踏まえて顧問として申し分ない、いえ是非お願いしたい方ではあります。ですので前向きに考えてもらえると、私達としても───」
「私が顧問でいいかな」
にっこり、と音が聞こえそうな程靨を浮かべて微笑んだ佐垣は、その丸い瞳で真っ直ぐ奏音を見据えた。
実年齢より幼く見える容姿は生徒達に溶け込んでしまっているが、時折見せる表情はやはり大人であり生徒を見守る教師のそれだ。
「そんなあっさり…寧ろいいんですか?こんな変人の集まりで」
「沙久羅さんも文瑪くんも飛び抜けた色を───オーラを持っているから、その不思議に触れるときっと面白いと思うの」
「色?オーラ?」
虎琉が問いかけると、佐垣は感慨深げに頷いた。
「あくまで私のイメージだけど、そう見えるって言うか」
「…………覚悟はしとったけど、やっぱ先生もコッチ側やったか」
現部員の奏音と虎琉だけでなく、どうやら新顧問である佐垣もしっかり不思議体質らしい。
特異な瞳にどう映っているのかは本人のみぞ知る、と言ったところで、その濃い茶色の瞳から見て取れるものはない。
「これでウメ先に劣らない顧問の確保は出来た…けど」
「問題は部員やな。一応手当たり次第ビラは撒いてあるで」
不思議系研究会が生徒会に部として認められるには、後2人部員が足りないのである。
そしてこの2人を、不思議系研究会に入ることが出来る変わり種を、新入生から補充せねばならない。
虎琉が仕込んだビラを見た新入生に声をかけられるのを待つという博打は、正直なところタイムリミット迫る今、かなり運要素が強いと言えるだろう。
しかしその心配を払うようにおっとりと言い放った教師は、さすが不思議系研究会の顧問を承諾しただけはある逸材だった。
「うちのクラスに2人、同じようにちょっと変わった色を持つ生徒がいたんだけど、どうかしら。女の子の方は部活を探しているみたいだったし」
変わった色、というのが些か気になるところではあるが、その特殊な教師の目に留まるのならば十分素質はあるはずだ。
勿論最大の問題は、本人達がこの不思議な部活に興味を示し、入部という決断に至るかどうかではあるのだが。
「すいませ~ん。部活の話聞きたいんですけどぉ~」
突如、きゃぴきゃぴと緩い声と共に扉が開かれた。
突然の来訪に奏音と佐垣が目を丸くする中、類い希な体質である虎琉はただ1人状況を理解し、そして同時に胸を撫で下ろす。
すっかりそれなりの付き合いとなった部長の機嫌を、損ねることがなくなったと『直感した』からだ。
「あ、佐垣先生だぁ~!」
「由利姫華さん…と、矢凪誠くんね?」
「…はい」
女子高生ブランドを全面に押し出している女子と、対照的に寡黙で表情すら窺えない男子は、言わずもがな佐垣の生徒で、話題に上がったばかりの訳ありコンビのようである。
女子生徒は胸元までのブラウンがかったブロンドを緩く巻いており、それらが縁取った真っ白な肌とブルーグレーの双眸、すっと通った鼻梁に赤く色付いた薄い唇を備えた、小柄で華奢なまさに西洋人形。
男子生徒は緑がかった黒髪が目元を覆っているせいで顔色が悪く見える以外顔立ちはさっぱりだが、中肉中背のその背筋は正しすぎる程真っ直ぐと伸びており、しなやかな筋肉を携える体躯のようだった。
一見するだけで個性のある面々であるが、奏音の注意を引いたのは彼女達の容姿ではなく、何のリアクションも見せないまま勝手口に消えた虎琉。
明らかに話題に出たばかりの2人の登場だというのに、関西人の誇りを持つ虎琉が反応しないはずがないのだ。
経験則で、例えツッコミでないにしても普段なら何らか口を挟むに違いないのである。
そしてここまでを流れ作業で弾き出した奏音は、後輩達に席を進めてから静かに息を吐いた。
虎琉の落ち着きようからして心配はいらないのだろうが、これを逃すと次はないのだ。
「まぁとりあえず茶でも飲みますか」
準備万端な虎琉に促され、1年生2人が和室側の席へ並んで腰を下ろす。
様子は正反対ではあるが共に落ち着かない様子の2人の前に、佐垣と同じく抹茶と茶請けが出された。
何から何まで虎琉が先に行ったせいで出番のない奏音ではあるが、部長である彼女が今最もやるべきことは『観察すること』と『隙を逃さず口説き落とすこと』である。
「いただきま~す」
「…いただきます」
揃って抹茶に手を伸ばした2人は、これもまた佐垣同様手慣れた様子でそれに口をつけた。
誠は何か思うところがあるのか、器を手に一瞬動きが止まりはしたものの、所作からして少なくとも茶道の経験はあるのだろう。
「佐垣先生が顧問なら、姫華、余計に気になるかも!」
「部活についてなら沙久羅さんに聞けばいいわ。彼女が部長だから」
「そうですね…何から話しましょうか」
さすがと言わざるを得ない自然なパスを受けた奏音は、先程佐垣へ言った通りの説明をしてみせた。
不思議体質な部員達がひたすら興味のあることを追究するだけの部であること、部員達全員が不思議体質のせいで他の生徒達との間に高い壁が聳え立っていること、ただし廃部となる可能性も十分にある部であること。
それらを静かに、そして真剣にじっと聞いていた後輩2人に、虎琉は少なからず驚かされていた。
彼の直感が告げている事柄が覆ることはないだろうが、この真剣さは想定外だったのだ。
2人揃って、部室に入ってきた時と印象がまるで異なる。
佐垣の言葉を借りるなら、色が違うからこそ満たすことが出来なかった飢え、キャンバスを埋めることが出来なかった『獲物』を血眼になって貪欲に追う肉食獣のようだった。
「沙久羅先輩っ!姫華入部したいです~!」
ピシッと真上に手を挙げた姫華は、西洋人形のような愛くるしい顔に明確な興味を浮かべながら振り返る。
「ねぇ、貴方も入るんでしょ?姫華、貴方も同じだと思うの」
「同じ?」
言葉尻に首を傾げたのは奏音だけではなかった。
ただ1人それを理解したらしい誠は、静かに頷いてみせる。
そして徐に中身の減った茶碗を両手で包み込むと、小さく口を開いた。
「本格的だとは思っていましたが、この茶碗も文瑪先輩のご親戚───伯父様が用意されたんですね」
「あれ?リアル二次元?」
ぞわりと背中を走る悪寒に震えながら虎琉が言えば、唯一表情が窺える口元に笑みを見せる誠。
「読み取り型とでも言えばいいのか…僕は物の残留思念を読み取ることが出来る不思議体質なんです」
「………誰が本物連れてこいって言ったのよアヤメちゃん」
「オレ連れてきたんちゃうし本物とか知らんかったし」
「やっぱり~!姫華もなの!」
頭を抱えた先輩2人の動揺を掻き消すように楽しげに騒ぎ始めた姫華は、追い討ちをかけるかの如く爆弾発言を続けていく。
そしてその爆弾発言が嫌でも耳に入ってしまった2人とは対照的に、不思議を目の前にした佐垣はにこにことご機嫌なようだった。
「って言っても、姫華のはどっちかって言うと能動的で…圧力型とでも言えばいいのかな?」
そう言うと、姫華は掌を畳へと向けた。
すると次の瞬間、
「外部に圧力をかけるタイプの不思議体質なのっ」
華奢な彼女の体がそのままふわりと浮き上がった。
開いた口が塞がらないどころか、元来築かれていた厚く高い壁が粉々にぶち壊されたような破壊力である。
表立っては言えなかったが、生まれつきこのような体質であり、誠のようにちょっとした共通点を持つ体質の者とは初めて出会ったのだと姫華は矢継ぎ早に付け足したが、またしても登場した想定外の本物に先輩2名の何かも吹っ飛んだらしい。
「だから!誰が!本物を!連れてこいと!言ったのよ!」
「せやからオレやないって!落ち着け奏音!」
間違いなく自分の目で見てしまった光景から逃げ出したいのか、座ったまま虎琉の開いた胸倉を掴み上げた奏音は必死の形相である。
かく言う奏音自身も音楽一家に生まれ、所謂音感の優れた体質だ。
幼い頃からその才能を遺憾なく発揮していた彼女からすれば、その環境が至極当たり前であり、高校入学まで何の疑いも持たず全人類が同じように聞こえているものだと思い込んでいた。
しかし現実は、当然ながら異なっていたのだ。
友人達は彼女のように一度聴いた曲を楽譜に起こすことは出来なかったし、調和されたハーモニーを歌うことは出来なかったし、音楽教師の代わりにクラシックを演奏するなど出来なかった。
人より少し飛び出した奏音は羨ましがられ妬まれ、次第に何処に行っても憧憬と羨望を浴び続けるようになっていったのだ。
だが、そんな奏音も家庭の中ではただの少女。
指揮者として世界で曲を操る父に、世界で人々を魅力するピアニストの母に、コンサートミストレスとして世界中で腕を磨く姉がいる音楽一家沙久羅家では、奏音は可もなく不可もなく普通の少女なのである。
では、後輩2人はどうだろうか。
国家が動き出しそうな未知の体質であるらしい2人に、『普通』の空間はあったのか。
否、なかったからこそ、姫華は誠との出会いを喜んでいるのだろう。
初めて出会った『普通』に。
「沙久羅先輩、僕も出来れば入部したいと思っています」
厚い前髪で覆われた目元はやはり全く確認出来ないが、誠は落ち着いた声音で言った。
連続する衝撃にぐったりとしていた奏音が静かに長く息を吐き出すと、瞬く間に室内の空気が変わる。
「アヤメちゃん、入部届お願いね」
「はいはい。もうこのまま行くん?」
「当たり前」
いそいそと身支度を整え始めた奏音を横目に、虎琉は洋室エリアに備え付けられている資料棚から引っ張り出してきた入部届を1年生へ手渡した。
2人が躊躇いもなく署名し終えると、それらと忌々しげに投げ捨てていた廃部通告書を引っ掴む。
「先生と2人には申し訳ないんですが、廃部阻止のために暫し席を外します」
「出来るだけ早よ帰ってくるけど、まぁ茶でも飲んでゆっくりしといて下さい」
早口に告げて部室を飛び出せば、目指すは本城、中央校舎3階最奥の生徒会室。
自分達の足音しか聞こえぬ程人気のない廊下を行き慣れた様子で進めば、これ見よがしに全身全霊を込めてその扉を開け放つ。
バン、という大きな音が生徒会室だけでなく、人気のない廊下にも反響した。
が、陸の孤島のように教室や部室から離れた位置にあるせいか、辺りは静かなままだ。
奏音達が我が物顔で踏み込んだ生徒会室は広々とした小洒落た応接室となっていて、扉の前のソファー席の奥に各役職の机が左右向かい合うように備えられている。
そしてそれらの最奥、ちょうど扉から見て一直線上にある生徒会長の机に、彼は姿勢正しく座っていた。
その眼差しは来客に向けられているが、例の如く端正な顔立ちを微塵も動かずまさに鉄壁である。
しかしその表情は、幼馴染みである奏音も付き合いの長い虎琉も見慣れたいつもの香住理玖の表情だ。
どうやら彼以外の役員は留守にしているらしい。
これは好都合だと、敵対心剥き出しの嘲笑と共に奏音は言った。
「不思議系研究会は今年も『部活動』するわよ、生徒会長様!」
「ま、名前は研究『会』やけどな」
「お前ら、扉壊れてたら『部費』から引くからな」
意地悪く鼻で笑ってみせた後、理玖は手元を確認せぬまま書類へ手早く判をついた。
これで喧しい声が減る、とほくそ笑みながら。
こうして少人数制の希有な部活、不思議系研究会は廃部の危機を脱することとなった。
と同時に、沙久羅奏音率いる新生不思議系研究会の幕が上がったのである。
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そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
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