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将門の過去
追儺
しおりを挟む「では、これより追儺を行う!」
藤原忠平の掛け声に合わせて、躍り出る人影。
それは方相氏と呼ばれる者達。
――否、式神であった。
横に侍る、陰陽師の面々が操りし式神。
方相氏は黄金の四つ目で四角く、のっぺりとした面を付けており。……一本足の高下駄を履き、熊の毛皮を頭に被り、戈と盾を手に持ち、それを叩き鳴らしながら内裏内を歩き回る。
時偶に示し合わせたように方相氏は、一斉に宙返りをする。
「此度は趣向が少しばかり違うのじゃな」
「ほほ、麿は、こちの方が好きぞ」
方相氏が戈を振るうのを観ながら、百官達は、こそこそと内緒話をする。
「鬼やらい! 鬼やらい! 鬼やらい!」
その後ろからは、青紺色の衣服を纏った侲子達が声を上げながら付いて回る。
追儺も大詰めとなり、方相氏と陰陽師に侲子は、隠れた鬼を追い立てる。――その姿、猟犬の群れが如く。
群れは大内裏内の四方にある、全ての門の前に集まる。
「鬼やらい!」
忠平の掛け声と共に、数人が桃の弓を構え、四方へと葦の矢を放つ。
それとほぼ同時に門が開け放たられ、鼓が鳴り響き、方相氏達が大内裏を出てゆく。
平将門は朱雀大路の南端を目指して歩いていた。
俄かに花城に響く鼓の音が将門の耳にも届き、振り向く。
遥か遠くに見える、大内裏の朱雀門から出てくる方相氏達。
方相氏達の姿を見ようと朱雀門の方へと人々は流れてゆく。
「今年は刻限が変わったのか。……」
――将門は胸に溜まった疎外感を吐き出すように、白い息を吐く。
流れゆく人々と方相氏を見る表情は寂しげであった。
将門は、また一つ白い息を吐いてから、流れに逆らう様に歩きだす。
聞き覚えのある声が将門の歩く方向からする。
女を両手に侍らし、正に両手に花状態の藤原純友が朱雀大路の南から歩いてくる。
すれ違う時に将門と純友は目が合う。……が、どちらも声をかける事もなく、表情をなごませながら、別々の道を歩いて行く。
羅城門。――朱雀大路の南端に位置する、外と都を分かち、都の正面を装飾する為の門。
しかし、人の気配は無く、そこかしこに刀傷や矢の痕や爪痕が残り、荒れ放題であった。
「まだ、あの時のままか」
将門は戦いの痕を懐かしむように、ゆっくりと撫でる。
「っ!」
将門は苦悶の表情をし、右手で腹を押さえながら、塀に凭れ掛かり膝をつく。
息も絶え絶えとなりながらも、将門は己の内で暴れる呪を鎮めようと、目を瞑る。
「もし。――もし、其処のお方よ。大丈夫ですかな?」
将門の背後から不意に掛けられる、男の声。
「大事ない。……少し休めば」
声の主に振り返る事なく、絞り出すような声で返事をする将門。
「人の身で、その呪を内で飼うのは、しんどいでしょうに。……なんなら、その呪を貰い受け。いや――違うか」
背後の者は涼やかな声で、一部の者しか知らない、将門の背負った呪の事を語る。
「何故、知っ――」
そう言い掛けながら将門は何とか振り向く。
――そこには酸漿のように紅い瞳を持った、優美な顔の男が立っている。……男の衣服は唐服の様に柔らかそうではあるが薄く、黒地で赤い襟の服を着ていた。
将門は男の瞳を見た瞬間。何かに全身を押さえつけらた様に満足に動けなくなり、口から言葉も出なくなる。
「返上してもらう。が、正しいかな? 此処では目立ち過ぎるから、一緒に来てもらうよ」
その男は口端を上げ、蛇の牙のように鋭い犬歯を見せながら、将門の右頬を青ざめた左手で触れる。
がらん、がらんと本坪鈴のような音が羅城門に鳴り響く。
鳴り止んだ時には、将門と男の姿は羅城門から、影も形も無く、消え失せていた。
羅城門の上に留まる鴉が一つ鳴く。――二階から下を覗く様に一人の男が顔を出す。
「あれは平将門が神隠しに。……いや、鬼に拐われたか? 何かが起こる前触れか? 実に興味深い。同じ桓武天皇の玄孫だしな。一度、東国の役職に就くか……」
男は都の鬱屈した、なんとも言えない空気に辟易していた所に、摩訶不思議な現象に遭遇し目を輝かせていた。
そして、平将門に対しての興味が鎌首を擡げる。
「……うさま! 何処におられますか!」
その大声に反応してか、男は心底嫌な顔をしながらも下へと降りる。
付き人の一人であろうか。声を上げながら、必死の形相で羅城門の方へと向かってくる。
「此処だよ、余は此処に居るよ」
軽薄そうな笑みを浮かべながら、手を振る男。
付き人は駆け寄り、安堵する。
「興世王様。……ご無事で良かった」
さめざめと泣いた振りをする付き人。
それを見ながら、興世王と呼ばれた男の顔から軽薄そうな笑みが消え、苦虫を噛み潰した様な顔となる。
将門が気がついた時には、既に周りの景色は変わっていた。
何処であるか分からない、鬱蒼たる森の中。――変わらないのは、将門の頬を触る、目の前の男のみ。
「さて、術を解くけど。……斬り掛かったりしないでくれると嬉しいな。君の敵ではないから」
男はそう言いながら左手を離し、そのまま指を鳴らす。
押さえ付けられていた、何かは取り払われ、身体の自由を取り戻した将門は大きく息を吸って吐く。
「最初は化生の仲間かと思ったが。……まだ首と胴体が分かれていない所を見ると。……違うようだな。何者だ?」
将門は自らの首を右手で摩りながらも、左手は太刀に触れ、警戒を解かずに問い掛ける。
男は腰に括り付けていた瓢箪を取りながら、将門の対面に座る。
「皆からは、大の酒好きだから酒呑と呼ばれているよ。……色々と話したい事はあるけど、一献傾けるのはどうだい?」
将門の対面に座る、自らを酒呑と名乗った男は瓢箪を将門の目の前に差し出す。
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