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第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか

生と死/7:手から無限にラーメンを出す能力を授かった幼馴染は、実は異世界を現実的に攻略するつもりなのかもしれない

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 野生の中でサバイバルを行うにあたって、食料の確保はかなりの難題だ。それも、生態系が完全の未知の世界ともなればその難易度は跳ね上がる。この野草、このきのこは食べられるが、これは猛毒で即死もありえる、などのデータ郡は先人達が文字通り命を賭けて培った人類共有の財産なのだ。その財産を持たない状態でのサバイバルとは、難易度以前にもはやただの運ゲーでしかない。

 その点で、今この二人は幸運だった。なにせ、手から無限のラーメンが出せるのだ。これが冗談のようで、実際、優秀すぎる能力だった。出るものは麺のみではなく、スープに加えて具材も出る。醤油、味噌、塩とシズクが知る限りでスープを変更できる上で、トッピングすらも選ぶことが出来た。つまり、よくよく計算し考えての上であれば、人間の活動に必要なエネルギーと栄養素を過不足なく満たすことができるのだ。

 ただ、それでも問題がないわけではない。正確に言うならば、シズクにのみその問題が発生している。それは、器の問題だった。リクはそんなもの、手ですすればいいだけと言うが、シズクは少なからず乙女であり、その見た目的な汚さを容認できなかった。

 しかし、器を作るというのはそれはそれで難題だ。これは、土を焼く窯を作るのが面倒だという次元の問題ではない。なにせ周りにある物質はすべて未知。水に溶ける性質をもった毒を伴う素材があったとして、それで容器を作った日には待つのは死である。ようは、土から陶器を作るにしろ、木をくり抜いたり、巨大な木の実の殻や葉をそのまま使うにしろ、これらの天然素材に毒がないと証明することは不可能なのだ。むぅ、と唸りつつ、落ちていたヤシの実サイズの木の実の殻を拾い上げて、呟く。

「ねぇ、聞きたいのだけど。この木の実って、人体に毒は無いよね?」

 こちらを見るでもなくぼつりと呟いたシズクに、リクはため息をついた。

「俺にわかるわけないだろ」

 シズクはその言葉に反応することもなく、少しの間、木の実を見たまま硬直していた。が、やがて諦めたように目を落とし、火を起こし始めた。

 拾った木の実に残っていた中身を丁寧にくり抜く。それを水で洗い上げた後に、起こした火で表面を炙る。もしこの木の実が毒であったとしても、ここまでした上で器として使用するだけであれば、リスクは比較的小さいと言えた。多くの毒素が熱によって消失する傾向を持つためだ。そして結果的に言えば、幸いにもこれを器として使うことに問題は出なかった。

 リクの希望で出されたラーメンは、彼には食べ慣れた物だ。東京は三田に本店を構えるその店は、二人の通う大学の生徒の多くが通う店であり、その過剰な具とカロリーは、これを一杯食べれば翌日の食事は計算上必要ないとまで言われたもの。おかげで貧乏学生達にとってのこの一杯は、旧約聖書における砂漠でのマナのようなものであったのだが、一方、まともな感性と十分な生活費を持つ学生にとっては、それはもはや豚の餌に他ならなかった。

 そんな豚の餌、もとい、マナをすすりながら、リクは改めてシズクに尊敬の念を抱いていた。それは、彼女が自分にはとても気付かなかった視点で、異世界転生に対応するスキルを選択していたからに他ならない。

 転生時、リクは説明を聞き終えた後で、自分にあるスコアをどう活用することで異世界転生をうまく進めることができるかを思案した。まず最初に彼は全知を望んだのだが、彼のスコアではとても手に入らないスキルだった。同じく、不老不死も当然不可能であり、完全耐性や最上級魔法も無理。まぁ、そんなものかと納得しながら、必要なものを選択していった。

 記憶保持と言語理解は必須。また、コミュニケーションを円滑に進める上でイケメンであるメリットは大きい。と、自分を納得させているつもりだが、これは実のところただの願望であることは言うまでもない。おそらくモンスターみたいなものが居るはずだとの推測の上での剣術スキルMAXも、彼の中では合理的選択だったのだろうが、実質はただの憧れでしかない。これに加えて肉体のパラメーターを振り分け設定していったわけであるが、実際のところ、最重要だったのは食料の確保手段だったのだ。

 これは、多くのゲームを遊んできたリク故に見逃した盲点だった。ダンジョン内で拾うことができる素材のほとんどが未知で現れる有名な風来坊のゲームにしても、少なくとも最初におにぎりは渡されるし、なによりも食べてしまうことで即死する類の草は存在しなかった。しかしこれは完全にゲームバランス上の問題であって、本当の未知の世界ではおにぎりを渡す宿屋はもちろん、食べることで即死する物がないという条件はそもそも成立するはずがないのだ。

 その点でシズクは、手から無限にラーメンが出るという能力を選択した。最初こそ、この女は底なしのバカだと呆れたのだが、実際これが極めて合理的な能力であったことは、少し考えればわかる話だった。今だから断言できるのだが、異世界転生において、イケメンやハーレム因子や剣術の才覚、魔法の才覚などよりも、手から無限のラーメンが出る能力は遥かに重要度が高いスキルだ。もしもどこかに異世界攻略wikiがあるのならば、これは真っ先に記載しなければならない情報だとすら感じていた。

 また、聞けばシズクはほとんどの能力選択を女神に一任したという。どんなゲームでもNPCのオススメに従わず、これまでの経験から細かい能力値を選択してきたリクにとって、これはそもそも度外視された選択肢だった。しかし、完全に未知の物にあたる際、有識者のオススメに従うのみならず、大半を任せてしまうという判断は実に合理的だ。これもまた、多くのゲームを遊んできたが故の盲点だと言える。実際、そういう中途半端な経験者こそがチュートリアルで全滅したりするのは、ある種のお約束だったのに。

 ともあれ、食器を忘れるという小さなミスを犯したものの、シズクは自分よりも遥かに合理的で、正しいスキル選択を行っている。かの人外レベルの天才であるお姉様ほどでないにしても、こいつはこいつで自分よりも数段上の天才なのだ。

 と、羨望の目を隠しつつ豚の餌をかっこむリクは、手から無限にラーメンが出せる能力を選択した経緯を知らない。まさかそれが、取れたはずの全知を「そんなもの」と蹴っての冗談で出た言葉から押し付けられた物であるという事実は、彼には決して気付くことができないだろうし、知らない方が精神衛生上良いことは確実だった。

「さて。とりあえず、村のような場所を探してみるか」

 巨大な葉とツルを使用しての簡易的リュックを作り、そこに今しがた作った容器を入れた後に、リクはそう提案する。

「そうだね。そんな場所があるのか、そもそもこの世界に人がいるのかは未知かもしれないけれど、言語能力が与えられた時点でおそらく言語を使用するなにかは存在していると推測できる。尤も、それが私達と同じ人間の形をしているかは未知だけど。それは覚悟の上で、ファーストコンタクトで失礼を与えないように注意しつつ、だね」

 リクが流行りのなろう系転生物をはじめとした日本のアニメ漫画を愛好していた故、当然どこかで自分たちと同じかよく似た姿の人間種の村があると考えていた。一方でシズクはアイザック・アシモフの系譜を今にも続ける古典的SFを愛好していた故、見た目が完全にクリーチャーにしか見えない異形との接触を思い描いていた。
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