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第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか

生と死/12:エンカウントした魔物は必ず襲ってくるという常識が実は一番ありえない

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 埋葬を終えた後、剣と鞄と石柱を貰い受け、おそらく近くにあるだろう集落を探し始めた。もちろん、足元を注意深く観察して。そこには先程のホトケサマの足跡は勿論、同じ集落から同じ目的で森の中を歩いた人間の足跡があることが予測できたからだ。ところどころで足跡とおぼしき痕跡を見つけた他、人間の物だろう大便も発見した。現代社会において他人の大便は目に入れれば確実にその日一日がアンラッキーだと思ってしまう程度には目を背けたくなるものではあるが、このような状況では話が違う。発見を喜んだだけではなく、枝でつついて鮮度を確認する幼馴染23歳女性(自称)の姿は、何故か海苔巻きあられ菓子が恋しくなる。さらに匂いまでもを調べることでさらに詳しいことがわかるかもしれないと鼻を近づけようとしたシズクに、女としての尊厳を捨てるなと本気で説得しつつの行軍となった。

「ほんと頼むよ。下ネタは卒業したんだろう?」
「時と場合によるというか、リク君は狩猟免許取るための勉強とかしたことないの?」
「資格オタクってわけじゃなかったしなぁ。というか資格オタクにしても狩猟免許はだいぶニッチだろ。簿記なら勉強しとこうかなとは思ったことあるけどさ」
「なら、もしもすぐにわな猟免許と簿記3級をそれぞれ合格するに十分な知識が即座に学べるとして、この瞬間及び向こう10年の間で得られるバリューの量を数値化したら何倍の差が生まれると思う? ちなみに私は答えが出せない」
「そうだな。自然数を0で割ることはできないからな」

 そんないつもの様子での軽口を叩き合いつつも、既に2人は死線をくぐった身。目と耳が脅威を確認する前に、言語化出来ない気配として敵の存在を察知できるようになっている。二人はすぐにでも走り出せるように腰を軽く落とし、顔を見合わせて頷きあった。

 この世界に来てここまでに何度か出会ったそれらは、一見すると元の世界にも居るような生物と同じ系統樹の派生にあってもおかしくない見た目をしているが、一般的な動物の常識からは致命的に乖離している点がある。殺した後で目を離すと消えるというのはそうなのだが、それ以前に、人間を全く恐れず、明確な殺意を持って襲いかかることがありえない。それ故やつらは恐るべき存在なのだ。

 とはいえ、生物を殺すこともできる武器から、生物を殺すために作られた武器に持ち替えたリクの手際は良く、対処に二の太刀は必要なかった。確実に仕留めたという手応えを感じた後に、くるりと軽く振り返って剣を振って血を払って腰に結びつけた鞘に納刀する。実のところ、この動作はリクが中学生の頃から忘れていなかった夢だった。アニメやゲームの剣士であったり、また、剣を武器とする巨大なロボットが敵を倒した後のこの一連の動きを、かっこいいと感じない男が居るのだろうか、いや、いるはずがない。

 実際のところ、このような魔物と呼ぶしかないものが跳梁跋扈する異世界であっても、剣術の価値はそれほど高いとは言えない。もっとスマートかつ安全に魔物を倒すことができる魔法スキル、もしくは、どんな攻撃でもびくともしない鉄壁の防御力を貰うべきだったことは確実だ。それでもリクが剣術を選んだ理由。それは。

(俺、今最高にかっこいい……)

 しかし、シズクはそんなリクのどや顔的なアホ面を完全に無視している。というか、無視せざるをえない。このバカはあろうことか、獲物から目をそらしているのだ。本当に理解できない。何故背を向けているんだこいつは。それは、危険から目を背けてはいけないという原則故ではない。むしろ逆、既に危険がなくなったからこそだ。

「小さい頃、考えたことがあった。私達の国は平和だなって。食べ物や住む場所に困ることもなく、小学校っていうタダで勉強ができる最高の場所が貰えている。海の向こうでは、飢えと伝染病に怯え、勉強する余裕はおろか機会すらないような国があるのに、って。でも、ある日、逆のことも考えた。そんな国、本当にあるのかなって」

 唐突な重い話に自己陶酔から目覚めたリクは、呆れた口調で返す。

「そりゃお前、いくら平和で豊かな日本人だったって言っても平和ボケが過ぎてるだろ。ユニセフの広報写真とか見たことないってのか?」
「その写真がCGである可能性は本当にないの? 実際には私もリク君もアフリカ大陸に足を踏み入れたことすらないのに、何故信じることができたの?」
「実体験ではない物語を信じることができる能力は、人類がここまで発展できた理由となる最強のスキルだよ。もしも信じることができないなら、お前本格的に人間じゃないよ」
「わかってる。面白い本だったよねあれは。でもそういう話じゃない。もう少し高度な量子物理学的な話。つまり、私という個人に見えている視界の外が実は何もない虚無で、私がそれを認識しようとした数秒前にその空間が描画されている可能性について、私は否定する知識を持たない」
「世界5分前仮説か? そりゃ、悪魔の証明だよ」
「突拍子もない話にも思えないんだよね。だって、そういう世界になっていた方が、効率的なんだからさ。宇宙はブラックホールに投影されたホログラムって学説もあるわけだし。いや、そういうほんとに悪魔の証明になっちゃうような量子物理学的な話はこの際置いておくとして。少なくとも、この死骸は私が目をそらした瞬間に消える。まばたきが怖いから、リク君もそいつ見張っておいて」

 言われてみればそうだった。我に返って死骸を凝視し、改めてこれが何かを考え始めた。

「そうなんだよな。今も確実にこっちを獲物と認識して殺しに来たんだよ」
「うん。不思議だよね。ほぼすべての動物は人間を恐れるはず。それは、直立二足歩行し、目が高い位置にある人間の生物としてのポテンシャルを過大評価してしまうから。実際、道具を使わなければ人間は犬や猫にも勝てないんだけど、それはさておき、高さ160cmの位置に目がある体で自由に動く腕を持つ生物は、人間以外のあらゆる動物の知識で考えれば明らかな強敵であると判断される。だから、最近話題になっていた北海道のヒグマですら、実際に人間が弱いと学習するまでは徹底的に人間を恐れて近寄らない。もちろん、この世界の生物である彼らが、人間の弱さを学習していた可能性はあった。でも、さっき亡くなっていた人は剣を持って森の中に居た。これは人間に彼らと戦う用意があり、彼らが側からしたら返り討ちにあう可能性が十二分にあったことが予測できる。故に、人間を獲物としてノータイムで襲いに来るような習性が種に根付くことはありえない。その上で改めて。何故? 観察の末の不意打ちでもなく、群れでの狩りでもなく。何故即座に襲いかかってくるの?」

 理路整然と理屈を並べられると、リクとしてはいつものように同意以外の選択肢が出なくなってしまう。前提となる知識の量も、それらを紡ぎ合わせることによるひらめきの発想力でも、シズクに勝る要素を彼は持たなかったのだ。これまでは。

 そう、今この状況において、リクにはシズクが持たない前提知識がある。それこそ、ゲームやアニメにおける「お約束」とも言うべき知識である。

「お前さ、俺がアニメやゲーム由来の話をすると、作り物と現実をごっちゃにしてって笑うよな。でも冷静に考えて、この世界を知らない飛行機事故の前のお前に今の俺が会いに行って、ここまでの出来事を語ったら、お前はなんて言った?」
「多分、ゲームのしすぎで寝ぼけたって言うだろうね」
「そうだよな。逆の状況なら俺も同じことを言うだろうな。それだけ今この状況が、ゲームかアニメの中に酷似しているなら、ゲームや漫画の知識ってのは、ことここに至っては笑い捨てていいものじゃない、列記とした考察材料になるんじゃないか?」

 しばしの間を置いて、首が縦に動いた。

「ならそういうわけで、ゲームの話をしよう。主人公であるプレイヤーの前に、こうして魔物が突然現れて襲いかかってくることは、ゲームの中では当たり前なんだ」
「それはどうして?」
「これにはゲームの都合と、ゲーム内の設定の2つの側面がある。まず都合から話しておこう。所謂古典的なロールプレイングゲームってやつでプレイヤーは、最初は無茶苦茶弱い状態から始まる。ここで何かしらの理由で、世界を支配する魔王を倒しに行こうってことになるわけだ」
「魔王? ゲーテの詩にある死神みたいなものじゃなくて、ようするにそのままの意味での敵の王様よね。それを倒せば世界が平和になるって、随分お気楽な政治解釈ね。最近のアメリカが行ったメキシコの犯罪組織対策みたい。頭をなくしたカルテルは、今や数百の組織に分割してしまって対処を難しくしてるっていうのに」
「ちょっと前後したが、それがゲーム内の設定だな。ここは後でもう少し詳しく語るからまずはそういうものと思っておいてくれ。で、魔王は敵の王様なだけであって当然無茶苦茶強いので、主人公は強くならないといけないわけだ」
「政治闘争の末、国の権力を掌握し、強固な軍隊を作るのね」
「ちげぇよ。その辺の魔物を倒してレベルを上げるんだ」
「要は実践的筋トレ?」
「うん。うん? あー、まぁ、そうかな」
「ほんと非現実的よね」

 言われてみるとそうだな思ってしまう。何故かつての自分はやくそうとひのきの棒を手にその辺のゲル状生物を殴ることが、最終的に世界を救う道に繋がっていると素直に受け止めることができたのだろうか。

「とにかくだ。お前の言うところの実践的筋トレを繰り返し、最初5キロからはじまったベンチブレスを体力の強化と同時に少しずつ負荷を上げ、最終的に100キロとかが可能になったあたりで、実質120キロのベンチプレス相当である魔王に挑み、これを持ち上げることができればゲームクリアってわけ」
「なんとも筋肉的な例え話でとてもわかりやすいね。その後の、荒廃した世界をどう再生するのかとか、人間同士の権力闘争とか、人種差別とかは無視していいの?」
「頼むから無視してくれ。ともあれ魔王を倒せばクリアってのがゲームなわけだ。つまり、魔王を倒すためにはその辺の魔物を倒さないといけない。こいつらが実際の動物みたいにこそこそ隠れてこちらを見たら逃げるようじゃ、ゲームとしての前提が成り立たないんだ」
「ようするに、魔物は自らの命を捧げて主人公を強くしようとしてるってこと?」
「システムに意思を見出すならそうなるだろうが、実際のところ、AIはプログラムされた行動を取るだけで意思はないってのはお前も知ってのことだろう。まぁ、それでも小さな段差を超えられない自動掃除ロボットにさえ意思を感じて愛くるしさを見出してしまうのが、物語を作って信じてしまう人間様最強のスキルなわけだが、さておき。ここまではいいか?」
「そういうものだとはわかったかな。尤も、この話は今この状況の推理には役に立たないと思うけど」
「だな。いかにも『そうしないとゲームとして都合が悪いから』ってご都合主義すぎる。でも、ゲームはロールプレイング、すなわち、自分をゲーム内のキャラクターに投影し、ゲーム内の嘘を納得していかないと楽しめないわけだ。そこでゲームを作るクリエイター達は、『魔物は襲い掛かって来なければいけない』という前提の元で、『何故魔物は襲い掛かってくるのか』を考えていったんだ。これ、現実とは真逆だよな。現実は、先に襲いかからないといけない理由があって、その結果として襲い掛かってくるようになるんだから」
「因果の逆転現象。まさに量子論的な話だね。それで、クリエイターが作った嘘の理由が魔王ってこと?」
「あぁ。魔族を支配する王がいて、こいつが人間を滅ぼそうとしていて、魔物に対して人間を襲えと命令している。だから、返り討ちにあうかもしれないとわかっていても、魔物は人間を襲わないといけない。人間から逃げていたら、魔王に処刑されてしまうからだ。この設定をより強化するために、魔王は魔物をただ支配しているわけではなく、魔王自らが魔物を作り出しているとするケースもある。この場合魔物は完全に魔王にプログラムされたAIなわけで、そもそも襲いかかることがルーチンとして確定しているわけだ。別のケースとして、魔王の意思に反する形で逃走や人間に味方した時点で、即座に魔王にそれがバレ、遠隔的に魔王から処刑されるって形。つまり、力による恐怖支配ってパターンもある。こういうことになってるなら、魔王を倒せば世界が救われるって設定も納得できてしまうだろ?」
「そうだね。実質的に、SFにおける悪の科学者とかロボット帝国と同じだね」
「そう、まさにその通りなんだ。だから、魔物ってのは生物に見えて実はロボットに近い性質を持った人造生体兵器ってこと。3Dプリンターとかで作ってるのかもな」

 なるほど、と頷いた後に、二本の指で顎をなでつつ、この新規情報からの推察をはじめる。

「そうなると、さっきちょっと言った話、ホログラム宇宙論と関連付けができるね。現実世界はブラックホールに投影されたホログラムでしかないっていう突飛な理論。これを部分的に納得するとすれば、目の前の死骸は質量情報を持ったホログラムなのかもしれない。そして、人間を襲って殺すという目的が達成できず、存在としての意味を失ったから消える。一方、私達がまだこれを見ているなら、これは私達の注意を奪い、時間を浪費させ、有限の命を削っているわけで、実質的にまだ人間を殺すという目的を遂行できており、存在に意味があるとも言えるから、消えていない。仮説として筋道は通るね」
「突飛なことは確かだけどな。前提として、魔王なるものが存在しないといけないし。ただ、仮に存在しているとすれば、魔王の討伐は全人類種共通の悲願であり、この先の村で魔王の存在を肯定する話が聞けるかもな」

 確かに、と小さく呟いてから、しばしの間を置いて。

「それで片っ端から村の人に話しかけるわけだ。未知の場所に進んでそこの人の話を聞いたり、実際に状況証拠を積み重ねて真実に近付いていく探求作業。実はゲームって、物凄く面白かったんじゃないの?」

 それまで自分の趣味にまるで興味を持たなかった鋼鉄の理系が、ゲーム堕ちした瞬間。リクとしてこれは本来、涙を流して喜ぶべき場面だったのかもしれないが、直近の自分が攻略wikiを見てフローチャートに従ってゲームを進めていたことを思い出し、改めて自分が好きだったゲームとは何かを考え直させるきっかけにも繋がり、素直に喜ぶことができない複雑な思いが背中をかけた。

「でも本当に、これがホログラムのようなものなら、質量の再現とかどうやって……」

 と、シズクが魔物の亡骸に近付く姿を後ろから見ていたリクは、先程回収した鞄が光っている様子に気付いた。「おい」とそれを指摘しようとした時、二人が同時に視界に収めていたにもかかわらず、魔物の死体が消失し、地面に輝く何かのかけらのようなものが落ちた。

「予想できなかった結果。これまでと違う、と言いたいところだけど、実際のところ統計的有意性を語れるだけのデータを持ち合わせていなかったことは確かだからね。当たり前だけど、まだまだ考えないといけないことは山盛り。この状況、どう切り込んだものかな」
「ちょっと見せてくれないか?」

 リクはその場に駆け寄り、地面に落ちた輝くかけらを拾い上げる。かけらの数は6つで、銀に輝くものが2つと、銅に輝くものが4つだった。6つすべてが円形の板の形状をしており、同色のものはそれぞれパッと見る上では完全に同じ形状に見える。サイズも重さもほぼ同じだが、銅の方が若干サイズが大きくなっていた。

「何に見える?」
「ありえないとした上で言うけど、硬貨に見えるね。でも、ゲームでは魔物がお金を落とすのは当たり前なんだっけ?」
「そうだな。魔物がお金を落としてくれないと、主人公は宿屋に泊まることも武器を買い替えることもできないからな。ただ、それはやはりゲームとしての都合でしかない」
「それも何か理由が設定されていたりしないの?」
「あまり聞いたことがないな。少なくとも、納得できる『らしい』話はほとんどないはずだ。思い出すところだと、国民的RPGを題材にした漫画の短編での話だな。魔物を狩る者は事前に眼球にレーシックのような手術を行っておくんだ。あぁ、手術っていっても、科学に基づく医学ではなく、その世界における魔法な。これがカメラのような役割をしていて、魔物を倒すと、その際の映像が録画されるんだ。その状態で町の中にあるギルドに行くと、録画情報を解析して、倒した魔物に応じた報酬金がもらえるって仕組みだった」
「技術的なことはここでは抜きにして、魔物を倒してお金をもらえる理由としてはかなり納得のいく話だね。現実でも、カミキリムシの死骸やキョンの耳を役場に持っていくとお金を貰えたりするし、同じようなものだね」
「だな。ただ、ほとんどのゲームでは魔物を倒した瞬間にお金を落としていて、これがそのままどこの町に行っても通貨として使用できるから、今の設定じゃ説明できてないんだけどな。実際今も、こうして直接お金が手に入っているわけだし。どうなってんだこれ」
「魔物が通貨を落とすのではなく、魔物が落としたものを通貨にしたなら納得できるかな。これきれいだし、もしも見た目通りの銀や銅だったなら、物質的な価値も担保されている。少なくとも古代では貝を通貨にしていた事例があるし、それ以降も世界恐慌までは金本位制が当然のものとして成立していた。この世界が高度な経済発展を遂げていないなら、魔物の落とし物を通貨にするルールが出来ていたとして、店に入った時と出る時でソーセージの値段が違うなんていう第二次世界大戦前のドイツめいたハイパーインフレはそこまで恐れたものじゃない。ただ、これとは別に国家が制定した貨幣があり、そのレートがどうなってるのかとかは気になるところだね。通貨発行権を持ってない国家とか考えにくいし。とにかく、これがお金として使えるかもしれないという可能性については、そこまでご都合主義的なものじゃないし、カルチャーショックでもない。問題は別。何故今まで倒した魔物はこうならなかったのか、だよ」

 ちらりと肩からかけられた鞄に目をやって答える。

「もしかすると、そいつのせいかもな。お前が死骸に近付いた時、鞄が光っていたんだよ」

 なるほど、と軽く頷いて、鞄から先程の石柱めいたものを取り出した。先程と同様に上下左右から観察し、軽くタップしてみたりもしたが、特に変化は起きない。

「原因の考察としてはいい線行ってそう。これが魔物の死骸を通貨に変える装置ってことだね。それなら眼球にレーシックめいた手術をしたっていう漫画の話とだいたいは同じ。ただ単純に死骸を通貨に変えるわけじゃなくて、これ自体に通信機能があって、ターミナルサーバーとやり取りをして通貨に変換しているのなら、インフレの心配がなくなるし、擬似的に通貨発行権のようなものを支配者たる国家側でコントロールできることにもなる。なにより、さっきの人がこれを持って森に入った理由にもなるよね」
「そうだとしたらすごい魔法だなぁ」
「そうだね。進みすぎた科学だね」

 この考察は正解であるかもしれないことが、この後すぐにまた襲ってきた魔物を倒した際に同様の現象が確認されたことで実証できた。

 そしてシズクは、すぅっと息を吸い、軽く胸に手をあて、緊張気味に言葉を紡いだ。

「ねぇ、聞きたいのだけど。これって、この世界でお金として使える?」

 自身の能力使用の宣言。リクにしてみれば唐突なその質問に、ぎょっとしてシズクを注視する。答えが得られるかもしれない緊張感。それは、大学の合格発表の掲示板を見上げるような恐怖を伴った。

「そう」

 シズクが軽く微笑んだ。

「お金みたいだよ、これ」

 大きく息を吐くシズクを見て、彼女もまた自分と同じ緊張を覚えていたことに、多少なりの親近感を覚えた。

「それじゃぁ、次。ねぇ、聞きたいのだけど。この世界に、リクが話していたゲームにおける魔王のような存在は、居るのかな?」

 しばしの静寂。そして。

「いるんだ」

 ごくり、と自分の喉が鳴るのを感じた。それは、考察が正解だったことに対する喜びの他に、全人類の敵としての絶対悪が存在していることの告知だったからだ。

「それじゃぁさ。ねぇ、聞きたいのだけど。私達が今までに何度か倒した獣、あれは、魔王による作り物の存在なの?」

 今度は少し眺めの静寂が続き、シズクはため息と同時に首を振った。

「まぁ、そう簡単にぽんぽんいかないか。これは実際、私としてもかなり納得感の薄い論だったし。むしろ、それ以上に納得できてなかった魔王の存在が確定したことを幸運と見るべきだね。あと、違うことがわかったわけでもないんだし。まだまだ考えようはある。そうだよ。まだ、楽しむことができる」

 その表情に、失意はなかった。むしろ、是が返された前2つよりも、どこか高揚感を覚えているような表情のゆるみがあった。自分には理解できないが、そもそもこいつはこういう女だったのだ。

「それじゃ最後にしようか。ねぇ、聞きたいのだけど。この石は、倒した魔物に応じてお金を得ることができるシステムがあると言ってもいい?」

 まぁあるんだろうなと思いつつも、やはり少し眺めの静寂があったことから察する。

「うーん、これはほぼ確実だと思ってたんだけどな。違うのか、それとも、低確率を引いたのか。どうなんだろうね。個人的には、実は違っていて、その上でこの先に推理材料を見つかっていくって流れが面白いんだけど、シンプルに低確率を引いただけっていうしょうもない話である可能性もあるんだよね。難しい。難しいからこそ、わくわくするな」

 ひとつ確かなことがあった。シズクのチート能力は、数多語られた異世界転生モノのチート能力の中で、間違いなく最悪で最弱で、システム的な美しさからかけ離れた醜い能力だ。縛りプレイだとかどんな言い訳をしても、異世界攻略wikiにおいてこの能力を推奨する記述を書くことはありえない。だがそれでも、彼女にとってこの能力は最愛のものになるのだろう。それこそまさしく、シズクが愛すべきバカと呼ぶべき人間である証拠だった。
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