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第He章:人類根絶に最適な魔物とは何か

強い力と弱い力/4:強さとはあくまで相対的な物である故

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 この世界で最も高い山の山頂に鎮座する魔王城。そこが今、おおいに揺れていた。大怪獣とも言わんばかりの圧倒的な巨体。広げられた翼は全長50mにまで届く。群れを拒絶していたが故に七難に名を連ねてこそいなかったが、個体としての戦闘力は現魔王すら上回るだろうと言われた真の魔界最強。3つの頭を持つドラゴン、三葉星のモトである。

「どこぞにおる! 偉大なる魔族を誑かす道化め!」

 その湧き上がる怒りをそのままに叫ぶ3つ首のうちの中央はタングステンである。地球上最も高い温度にも耐えるその首から吐き出される炎の温度は、摂氏2000℃を超える。

「いよいよもって御本人ですか。魔王様から魔物として最強の体を与えられながら、その力を人類の根絶ではなく自らの一族の繁栄に用いる愚かな龍種が長。ようやく魔王様に頭を垂れる気になっていただけましたか?」

 巨体の前にふらりと現れた影は、あまりにも小さかった。

「仮に余が魔王様に頭を垂れる日が来ようとも、そこに貴様のような道化の存在は認めぬぞ! 偉大なる魔族は、魔物の王が魔王様を中心に、優れた遺伝子によってのみ形作られる理想郷! 貴様ら人間は、すべからく魔族によって滅ぼされるが定め! そのような劣等種があろうことか魔王様の隣に立ち、魔王様の世界設計に介入する様、たとえ七難共が許しても余が許さぬ!」
「それはなんとも。魔物で最も優れた頭脳から導き出された答えが、まさかそのような優生民族思想とは。レイシストは歴史上、常に滅んできました。世界は多文化多民族、そして、自由の元にのみ統一されるのです」
「その戯言を……やめんかぁ!」

 タングステンの首が摂氏2100℃の火炎放射を行う。影がいた場所には、なにも残らなかった。が。

「あまり舐めないでいただきたいですね」

 いつのまにか3つ首の後ろに回っていた影が耳元で囁き、軽く手を振り下ろす。それだけの動作で、モトの巨体が地に伏せた。

「がぁぁっ!」
「重力を操る素粒子、グラビトン。そんなものが本当にあるのかともかく、今あなたには1000Gの重力負荷がのしかかっています。3つ首だけに、普段の3000倍とでも言いましょうか。恐竜がその巨体を理由に滅ぶ運命にあるように、その傲慢なまでに肥大化した自尊心で、押し潰れなさい」
「貴様こそ……余を舐めるなぁ!」

 圧倒的重力を振り切って、モトが立ち上がる。その雄叫びは真空の宇宙空間までもを揺らした。

「なるほど失礼。伊達に戦闘力ならば魔王様をも上回るとは言われていませんね」

 3本の首が乱舞し振り回される爪と尻尾をすんでのところで回避しつつ、光と電撃の魔法射撃で牽制。隙を突いてその脇腹で魔法による爆発を発生させた。この爆発は小規模な核分裂反応によるものである。だがそれでも、モトには傷ひとつつかない。魔物最強と言われるドラゴン。その頂点に君臨する三葉星のモトともなれば、すべてが規格外である。

「どうした! それだけか!」

 影は一度その場に止まり、迫るモトを迎え撃つべく全魔力を集中する。

「既に人類の手の内にある、電磁相互作用」

 無数の稲妻の矢として放たれた魔法は、すべてモトの強靭な鱗に弾かれる。

「人類をして究極の力と言われた、弱い相互作用」

 続けざまに起こる核分裂爆発でも、モトの動きは鈍らない。

「そして、未だ人類の理解の外にある重力」

 こちらの喉元を引き裂こうと近づくモトの体を圧倒的な重力が襲うが、それでもかろうじて足を遅らせるのみであり、その距離は一歩、また一歩と縮まっていった。

「無駄だ人間。貴様の魔法はすべて、余には通じん。さぁ、絶望しろ! その喉、二度と戯言などほざけぬよう、食いちぎってくれようぞ!」

 しかし影は冷静に、戯言と呼ばれた言葉で講義を続ける。

「重力を1とした場合、弱い相互作用は1e25。電磁相互作用は約7.29e28。そして、今あなたの体を構成する力は、1e38。つまり、10の38乗、100澗の力によって支配されている。それこそが、物質を1つにまとめる力。強い相互作用。あなたを、そして、すべての存在をこの世界に繋ぎ止める力の正体」
「戯言の意味など余は理解せぬ! 余が最も強いということのみ理解できれば十分である!」
「私は、それすらも操れる」
「は……?」

 モトの体が歪む。まるで体全体がぶくぶくと膨らんでいくように見えたが、現実は異なる。まず、質量保存の法則とは宇宙不偏の絶対原則であり、その質量は変化していない。であればこれはモトの肉体が気化し、その見かけの体積を拡大させているのか。それも違う。モトの体の構造はまったく変化していない。ただ、それまでは1つにまとまっていたその結束がなくなっただけ。言うならばこれは、コーヒーに注がれたミルクが撹拌し混ざっていくのと同じ現象。質量保存の法則と並ぶ宇宙の大原則、エントロピー増大の法則による科学的現象である。やがてそこに吹いた旋風によって、モトだった存在は大地とひとつのカフェラテとなった。

「なにぞあるか」
「これは魔王様。申し訳ありません、また大きな音をたてました」
「よい。汝の好きにせよ」
「ありがとうございます」

 かろうじて散らばっていた通貨を二酸化マンガンと過酸化水素水にしつつ、影は呟いた。

「もう、来ている頃合いかしら。私もこの世界に帰ってきた。だから、早く来て、シズク。お姉ちゃんが、全部教えてあげるから」

 彼女の名は綾崎シズカ(49)。西暦2034年没、超大統一理論を発見した人類最高と評されし天才である。
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