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第Li章:多くの美しい自然遺産を持つ異世界で何故観光産業が発展しないのか

風呂と温泉/3:瞬間移動と時間移動と世界線移動は実のところ見た目から区別がつかない

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「ついたぁ!」

 難所の迂回により時間がかかったものの、無事目的地であるヨセタムの村にたどり着いた一同。彼女達が最近になって作られたばかりであるこの村を目指していた理由。こんな不便なところにわざわざ村を作った理由とも重なるのだが、それこそ、この村の名物、万病に効くとされる温泉にあった。

「このあたりは火山地帯であり、吸引すれば死んでしまうような毒ガスが噴出していたと言います。温泉は元々あったのですが、そのせいで入るのは命がけでした」
「二酸化炭素か硫化水素か二酸化硫黄か。箱根の地獄谷みたいなものかな。最近だと、那須の殺生石が割れたってニュースには驚いたねぇ」
「しかし、いつのまにかここには湖が出来ており、それに伴って毒ガスの噴出孔の場所が少なくなったんです。それで、ここに村ができたと」
「ふーん。でも、それで安全に温泉に入れるようになって、村もできて、なによりあんなすごい滝も出来た、と。いやぁ、あの絶景思い出すなぁ」
「俺はトマトのイメージで塗りつぶされてるけどな」

 リクの嫌味はスルーし周りを見渡していたシズクは、不思議な石板に目がいく。

「イルマ、あれ何? 確か、ニューパルマの街にもあったけど」
「あれは……あ」

 と、説明を行おうとするイルマを無視し走っていったシズクは、石板に触れると同時にその姿を消した。

「ん……あれ? イルマは? うん? ここって……」

 一瞬で変わってしまったまわりの光景。どこか見覚えがあるその町並みは。

「だ……大統領がいたぞー!」
「げ」

 そこは確かにニューパルマの街であった。その石板の前に突然現れたシズクを発見した街人は、彼女を指さして大声を出した。

「シズク大統領! 今までどこへ行っていたのですか!?」
「いやいやいや、私なるって言ってない。そもそもこんな臭そうな名前の国は嫌」
「誰か! ニンニクパレスからブランさんとラクンさん呼んで来い! 早く!」
「待って待って待って……」

 と、詰め寄られるように石板に触れた瞬間。再びシズクはヨセタムの村に戻っていた。

「い……今のは何? 大変な目にあいかけたよ」
「説明する前に触るからです。それは、ワープポータルです」
「ワープって……そんな、SFじゃよく見たけど……現実でこんなの……」
「RPGでもお約束だな。俗に言うファストトラベルってやつだ」
「いや、随分自然と受け入れてるね。そもそもこんなんがあるなら、わざわざあんな山道を歩くことなかったっていうか、いや、というか、ブランさんやタヌ◯チが追いかけてくるってことだよね?」
「いえ。ワープポータルは世界中至る所にありますが、移動可能なポイントは自力で旅した場所だけなんです。なので多分、追いかけられることもないかと」
「そりゃそうだ。どんなRPGでもそうなってる」
「どういうことなの……」

 ワープポータルの概念を最も世に広めた作品は、1966年からアメリカで放送された宇宙で大作戦を展開したSFテレビドラマだろう。この作品に登場したワープポータルには、納得できるSF考証が付与されていた。ワープポータルに入るとその人物の生態組織の情報解析が行われた後に、肉体が原子分解される。ここで移動先のワープポータルへ解析された情報のみが転送され、移動先でこの情報を元に3Dプリンターの要領で肉体が再構築される。これは一見とても納得のいく話ではあるが、後にこの仕組みが論争を呼ぶことになる。それは、ワープポータルに入る前と出た後の人物が同一人物であるか否かという問題である。これはクローン人間の倫理問題にも繋がる問題であり、すなわち、人の魂の定義問題と言えた。そして前と後で同一人物であったとしても、前の人間は既に一度死亡しているのではないかという考えもある。これはシズクも頭を悩ませる哲学的問題であり、実際に目の前にワープポータルが置かれたとして自分は素直に使えないだろうなと考えていたのであるが、それを覚悟完了していない状態で使ってしまった現状はどうにも納得が追いつかない。

「……イルマはこれ、使ったことあるの?」
「ありません。でも、誰かが使っているところはたまに見ていました」
「つまり、私みたいな死んでも蘇生する人じゃなくても使えるってことか……」

 どうにもなんとなくの気持ち悪さが拭えないのだが、確かに便利であることは間違いない。

「まぁ、大統領さんが公務放り出して逃げてるところに付き合ってる俺たちも、ニューパルマに帰ることはできないんだけどな。それより、温泉だろ温泉! ほら、行くぞシズク!」
「うーん、まぁ、そうだね」

 一度何かに興味を持ち、そこで思考のドツボにはまるとしばらくフリーズするのがシズクの悪い癖であり、それを察して助け舟を出せるのが、彼女がリクを信用している理由でもあった。

 かくしてヨセタムの温泉旅館にしばし滞在するためのお金を支払い部屋を確保した後、イルマと二人で露天風呂へと向かう。

「いやぁ……極楽極楽……温泉、さいっこー……」
「お風呂は言われないと入らないのに」
「お風呂と温泉は別なの。これから1日5回は温泉入るよ」
「シズクさんがそれだけ入ってくれるなら、むしろここで暮らしてもいいですね」
「あー……悪くないねぇ。温泉入り放題の研究室……憧れてたなぁ……」

 すっかり温泉に溶けるシズクは、リラックスした状況で改めて思考を続ける。

「そういえば、ワープポータルを使ったこと無いってことは、イルマは今まで旅をしたことなかったんだ」
「そうですね。だから、シズクさんと出会えてよかったと感じています」
「旅をしたいって思ったことはなかったの?」
「もちろんありました。本で読んだり、酒場で聞いた話の場所に実際行ってみたい、と。でも、普通の人は旅なんかできませんから」
「え? どうして? 魔物がいるから? でも、イルマはそこらの魔物に負けないよね?」
「……確かに、言われてみれば何故そう思い込んでいたんでしょうか」
「世界にはこんな素敵な村も、道中で見た滝みたいな絶景もたくさんあるはず。でも旅をする人たちはごく一部だけ。ニューパルマの商人のみんなだって、私を連れ戻しにこれないってことはつまり、ここに来たことがないってことだし……これはおかしい」

 がばっ、とその場で立ち上がるシズク。その胸は言うほど大きくはないが、何故かどこかから不思議な光のラインが入る。

「おかしい、とは?」
「異世界でも、いや、異世界だからこそ。私達の時代と同じ、観光社会学が成立するはずなんだよ。ワープポータルみたいな私達の世界を超えた移動手段もあるんだし。だから……」

 温泉満喫中の鼻歌はお約束だ。お気に入りのワンフレーズを歌いきった後で。

「そうだ、京都へ行こう」

 そう目を輝かせたシズクに、イルマは思う。きょうとって、どこだろう。
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