理系転生 ~人類を根絶する目的で世界平和を目指す魔王と自身の好奇心を満たす目的で世界を破滅させる勇者の物語~

卜部猫好

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第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

過去と今と未来/2:賢人による完璧な計画をめちゃくちゃにするのはいつだって

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 大盗賊ルカネ。アドリ王国でその名を知らぬ者はおらず、誰もが彼に恐怖していた。国王による治安維持目的のお触れが広まるこの街で、彼と目をあわせて話すことができるカタギの人間は、地下酒場のマスターくらいだった。

「そう。あんたくらいだったんだぜ? マスター。それが今はどうだ。街を歩けば女子供すらも声をかけてきやがる。見ろよこの下手くそな針仕事で作られた巾着袋。まだママのおっぱいが恋しいんじゃねぇかってくらいのガキが押し付けてきたんだよ。勇者ルカネ様のご無事をお祈り致しますってな。まさかこの俺が、こんな日の当たるところを歩けるなんてなぁ」

 緩みきった表情にマスターは苦笑を隠すこともなく、奥からワインの瓶を取り出した。

「おい、そいつは……」
「もう禁制品じゃないでしょう」
「いや、だがそいつは禁制品だった頃の代物だろ。俺が卸してたんだから間違いねぇ。そんなもの、いくらするんだか。やめとけよ、もう少し寝かせておけって」
「こちらはこちらでプロですからね。開け時くらいわかるんですよ」

 そういってコルクを引き抜くと、しょうがないなとため息をつくルカネの前のグラスに赤い血を注ぎ込んでいった。

「なら本当の開け時は、俺が帰ってきた時だったんじゃねぇのか?」
「いやぁ、ルカネさんは運がいいですね。特別にもう1本あるんですよ」
「やってくれるよ」

 ぱちりと指を弾き、マスターの狡猾さを褒め称えた。そんなルカネの背後から殺気が近づく。

「ちっ。折角の酒がまずくなる。引っ込め、ヒロゾ」
「親父」
「俺はてめぇの親父じゃねぇ」
「来る魔王への単騎駆、わしも加えてください。鉄砲玉にはなります」

 ルカネはワイングラスを空にしてから宣言する。

「ダメだ。帰れ」
「荷物持ちのカイが行けて、なんでわしはダメなんですか」
「ならお前は、あの荷物持ちに一度でも勝てたことはあるのか」

 詰まった声としてヒロゾからぐぅの音が出る。

「やつは卑怯です」
「だろうな。だからエンゴウもやつを連れて行くんだろう。まぁ、ある意味かわいそうなやつだよ。あんな卑怯者に育てられてさ」
「でもあいつは!」
「ヒロゾ。なんで俺達5人なのか。わかるか?」

 突然そう問われて思考が始まる。剣聖エンゴウ、大魔道士ジン、聖女マリス、大盗賊ルカネ、そして荷物持ちカイ。確かにこのパーティはいかにもちぐはぐだ。とてもこんなメンツが協力して戦えるとは思わない。

「俺達5人は、全員がそれぞれ、魔王を1人で倒せるからだ」

 確かに、5人が全員強いことは事実だ。だが、そこまでなのか? 本当にこの世界にはびこる百鬼夜行の首魁たる魔王の命を取れるのか? そう訝しむヒロゾにルカネが続ける。

「俺はユニコーンの足に追いつける。もしも魔王が四本足なら、俺だけが魔王に追いついて首を圧し折れる。マリスはアンデットを浄化できる。もしも魔王が不死身でもあいつなら浄化できる。ジンの魔力は圧倒的だ。もしも魔王が魔法を使うならあの爺さんが正面から撃ち合って制圧できる。そしてエンゴウの足は、おそらく人類で唯一空を駆けられる。魔王に羽が生えているなら、あいつだけが空中戦に付き合える。魔王がどんな姿なのかはわからねぇが、おそらく俺達は、ある特定条件下ならばそれぞれが全員一人で魔王を倒せる。最初から協力して力を合わせようなんて考えちゃいねぇんだ。誰が魔王を倒すか。もとい、誰が倒せる魔王なのかが問題なんだよ。それで? 鉄砲玉はどんな魔王なら確実に倒せるんだ?」

 正直わからない。子供の頃に見世物小屋で見たような妖怪が跳梁跋扈するこの世界。とても自分の想像力が、この世界の妖怪の親玉の姿に届いていない。

「なら、あの荷物持ちはどんな魔王なら勝てるんですか」
「んなの決まってんだろお前。あいつはな」

――魔王が人間なら、負けねぇよ。

 カイは騎士に憧れる少年だった。騎士道精神に憧れ、理想の騎士を目指して故郷の村で幼馴染のレーヌと騎士ごっこと称しては野山を駆け回っていた。

 ある日、その村に一人の老剣士が訪れる。彼の名はエンゴウ。剣聖と呼ばれた剣の達人である。カイはエンゴウに、自分を鍛えてくれるように懇願した。毎日、毎日、朝からエンゴウの家の前で待ち、エンゴウが村のどこに行くにもついて回った。最初はカイを無視していたエンゴウだったが、やがてその意志の強さに折れることになる。

「カイ。俺の修行は厳しいぞ。決して音を上げることなくついてこれるのか」
「はい! 絶対についていきます!」
「修行の間は俺の言うことに従えるか」
「はい! なんでも言うこと聞きます!」
「その先がお前の憧れる騎士と違ってもか」

 カイの言葉が一瞬詰まる。その様子に厳しいエンゴウの目がカイを射抜かんとにらみつける。しかし、カイは顔を振って、改めてエンゴウを正面からにらみ返す。

「僕の憧れは、エンゴウさんみたいな人です!」

 それからカイは幼馴染と分かれ、エンゴウとの修行の旅に出る。この時の宣言通り、カイはエンゴウの言いつけをすべて守り、厳しい修行にも決して音を上げなかった。6年間、毎日休まず17時間の修行。エンゴウはある目的でのみ、カイを鍛え上げていた。

 魔王軍と王国の騎士団がぶつかりあった日。カイがはじめて魔王に指揮される魔物の戦いを見た日。自分の師匠が戦場を駆け、無傷で戦いから戻る姿を見ていることしかできなかった日。カイは改めて、自分の無力さを知った。厳しい修行を終えてなお、こんな戦場で自分が戦えるイメージが浮かばなかったからだ。

「さて。そろそろ修行の仕上げといくか」

 はじめて戦場を目前に見て自分の未熟さを痛感していたカイに、エンゴウはそう宣言する。

「仕上げ……ですか。師匠、それはまだ当分先になりそうです。僕はとてもあんな戦い方をする魔物と戦える気がしません」
「それはそうだろう。そういう方向にはお前を育てなかったからな」

 え? と聞き返すカイを相手にエンゴウは剣を引き抜く。

「俺を殺してみろ」

 空を駆けるエンゴウの跳躍力が、カイとの間の距離を一瞬で消す。反射的に槍を構えたカイがこれを迎え撃つ。これまでの組み手とは根本的に違う実戦。エンゴウの太刀には殺気が乗っていた。速すぎる。これが本当に人間にたどり着ける境地なのか。こんな人を殺すどころか、一撃を入れることがそもそもできるのか。無我夢中で槍を振り続けて数十分。エンゴウの剣が、折れた。

「流石だ」
「師匠……」
「どうした。俺はもう丸腰だ。殺せるだろう」
「……できません」
「何故だ。お前は俺の言うことをなんでも聞くと言ったぞ」
「できません」
「俺はお前を、お前の憧れる騎士のようには育てないと言ったぞ。騎士でないなら師匠も殺せる」
「出来ません!」

 はぁ、とエンゴウはため息をつき。

「ならお前は、荷物持ちだ」

 そう宣言した。

 かくして、剣聖、大魔道士、聖女、大盗賊、そして荷物持ちの5人は諸国騎士連合が陽動作戦を展開する後ろで回り込み、魔王軍の本陣を狙う。本陣は元々人間の村があった場所だった。魔物によって略奪され、そこら中に死体が放置されている地獄のような村の中を、ルカネの指示でスニーキングしていく。そしてついに、魔王の姿を捉えた。

「翼があるな」
「前魔王は竜魔王でした。翼が生えているのはある程度予想できておりましたわね」
「ふん。ここまで来て、主役はお前か、エンゴウ」
「すまんな老いぼれ。いただくぞ」

 そうして気付かれないように距離を詰めていた時。一同の足元に、動くものが見えた。

「ちっ……まだ生きてやがる」

 それは子供だった。2歳程度だろうか、母親は既に背中に魔物の爪が突き立てられており絶命しているが、その腕に抱えられた赤子はまだ生きていた。

「まずいな。ここで泣かれたら気付かれるぞ、ルカネ」
「なんとかしろ。気配を消す術を維持するので精一杯だ」
「師匠」
「静かにしろ。こちらは踏み込む直前だ」
「師匠!」
「静かにしろと言ったぞカイ」

 はっ、とカイも意図に気付く。それはこちらに声をかけるなという意味ではなく。あの赤子を静かにしろという意味。それはつまり。

「僕にはでき……」

 キィン、と聞き慣れた神聖魔法の音がわずかに響く。ふぅ、と軽くマリスが胸を撫で下ろした時。既に赤子は事切れていた。

「マリス……さま……? 何故……」
「私は聖女です。神より聖女として人を統べるよう求められています。それはつまり、この地上において神の代理を為せる存在であるということ。私には人の子の命を奪っても構わない権利があります」

 この人は、何を言っているんだ? カイの思考が理解を拒んだ次の瞬間。エンゴウが飛んだ。剣と爪が叩き合う甲高い音が数回した後、魔王の首も飛んだ。エンゴウは軽く跳躍してその首を手に取り、天に掲げた。

「魔王、人の手にて討ち取ったり!」

 その宣言と同時に、その場の魔物が消えていく。人類は勝利したのだ。だが、それでも。とてもおめでとうございますなどと、カイには言えなかった。そんなカイにエンゴウが微笑む。

「あぁ。祝福の言葉、うれしく思うぞ、カイ」

 そしてカイは独りになった。後に人々はカイをこう呼ぶことになる。勇者の騎士、と。

「どうしたカイ。俺を殺せ」
「できません!」
「カイ。私には人の子を殺める権利があります」
「そんな権利、人が持っているはずがありません!」
「カイよぉ、素直になれよ。お前は人を殺す卑怯者としてエンゴウに育てられたんだぜ?」
「嘘です!」
「本当じゃよ。こいつは昔からそういうやつじゃ」
「師匠が、憧れの剣聖がそんなわけありません!」
「カイ。もう一度だけ言うぞ。俺を殺せ!」

――できませぇん!

 カイの絶叫が、狭いエレベーターの中に響いた。

◇◇◇◇◇

 水の音が次第に小さくなる、チン、というベルの音と共にエレベーターのドアが開いた時、カイは体を小さくうずくまらせてがくがくと震えていた。真っ暗な空間を、エレベーターから漏れる小さな光だけが照らしていた。こつ、こつ、とゆっくりとした足音だけが、闇の中に消えていく。

「いやぁ、本当に人間って生き物は理解できねぇなぁ。心とか絶対ねぇよこいつら。先のことを考えて合理的に行動する知性がまるで感じられねぇ。正直、タコ以下だわ。タコの方が絶対賢い。なのにそのタコすら食うんだから、本当に救えねぇよ人間は。ほんと、なんなんだ? 人間ってやつはよ。俺はいろんな人間の心を見てきたが、未だ全然わかんねぇんだよ。教えてくれよ、人間の心ってどうなってんだ?」

 そう問いかけられて、リクは答える。

「わかんねぇよ。俺、鼠畜生にも劣るバカだから」

 賢人による完璧な計画は、いつもバカの手でぐちゃぐちゃにされる。かくして、対人戦における七難最強偽王ネスは、無敵の人によってあっさりと討たれた。

◇◇◇◇◇

 トラウマ。それは誰もが持てるものではない。何かを真剣に信じ、真剣に挑んだ者が、その信念を打ち砕かれるような敗北や失敗を経験にした時。もしくは、とても抗えない存在から一方的な暴力を受け続けた時。はじめて心にトラウマが刻まれる。

 どうせ自分には無理だと適当な言い訳をして真剣に行動することもなく。この相手には勝てないなと思った瞬間に逃げたり、己のプライドを投げ捨てて媚びへつらうことができる人間は、そもそもトラウマに至らないのだ。

 もしもそんな人間がトラウマを主張したとして、それは大したトラウマではない。そもそも経験に対する印象の強さは厳密な尺度を持って比べられるものではなく、それぞれの尺度は個人が勝手に持っているものなのだが、もしもそのトラウマを想起させた上で脳波の乱れなどを測るという非人道的な比較実験が可能ならば、適当な弱者のトラウマは分相応に弱く小さなものだとわかってしまうだろう。

 もしもトラウマを背負いたくないのならば、逃げ続ければいい。勝負を挑まれた時も、あっさりと負けを認めて譲ってしまえばいい。これは間違いなく、賢い生き方であり健康的な生き方である。ただ、そんな小市民的行動の先に獲得できるものはない。

 リクはバカであり、かつ、そんな小市民だったからこそ無敵の相手に勝てた。それは彼にとって、名誉なことなのだろうか。おそらくそうではないだろう。だがもしも「えっ? あなたは最強の魔物を倒せたんですか!?」なんて言われた日には、間違いなくドヤるだろう。それがリクというチート小市民だった。
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