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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか
寛容と不寛容:進化の反対が無変化であるように
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こんこん、とドアがノックされる。リク君ならばわざわざノックなんかしないし、イルマかリンネだろう。ベッドから起き上がり軽く背を伸ばし、手櫛で髪を整えてから返事をした。
「入って大丈夫だよ」
「失礼します」
入ってきたのはイルマだった。どうにも久々に顔をあわせたような気もする。何か用があるのだろうが、なかなか話を切り出さないイルマを前に、少し深呼吸をしてこちらから声をかけてみる。
「何か飲む?」
「いただけるものがあるのなら」
この半年、常にシズクの隣に居たのはリクのみであり、他の3人は各々好き勝手に日々を過ごしていた。リンネはレーヌと共にフィールドワークに出ては魔物の生態を調査し、同時にレーヌはリンネを守りがてら己を鍛えていた。イルマはそんな二人に誘われて外に出ることもあれば、ライフワークの医療研究に従事することもあり、街の中でも医者、もとい、特殊な呪術を使うシスターとしてちょっとした有名人になっていた。そして3人とも、申し合わせたように料理に関する話はしなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コーヒー豆不使用のコーヒー味の飲み物をビーカーに入れて手渡す。しばらく手元の液体を怪しんでいたが、一口飲んだ後の表情を見るに意外と気に入って貰えたらしい。
「いよいよ今日ですね。勝算のほどは?」
「もちろんあるよ」
「そうですか。それで、本当のところは?」
どくんと心臓が脈打つ。イルマの目はこちらの心を射抜くようだった。シズクは諦めたようにため息をつく。
「ごめん。ダメかも」
「そうですか」
それでもイルマは表情を変えない。
「……何か言うことないの? 文句とかさ」
「文句? 何故ですか?」
「だって、付き合わせちゃうわけだし、負けた後どうなるかとかさ……」
言葉尻が小さくなる中で、今度はイルマの側からため息をつかれる。
「立場というのは本当に面倒なものですね。カイさんが消えてから、みなさん特に相談したわけでもないのに、シズクさんを旅のリーダーとして認めています。その上で私にとっては嬉しいことに、シズクさんは人間を代表とする勇者としての振る舞いも考えるようになってくれました。ループの屋敷での出来事は……あまり思い出したくありませんが」
軽く目を伏せた後、その過去を振り切るように顔を振って再度こちらに目線をあわせる。
「シズクさんが楽天家で適当な人間であることは知っています」
「ひどいなぁ」
「でも、最近は違います。楽天家で適当な人間を演じていましたよね?」
「……わかっちゃうんだ。もしかしてみんな気付いてる?」
「いえ、おそらく私だけですね」
「ならよかった。いや、バレてる時点でよくはないか」
困ったように頭をかいて、改めて思考をそのまま言葉にする。
「リーダーって一言で言っても、いろんなタイプがいると思うんだ。先頭に立って的確な指示でチームを導いてみせたり、一人でどんどん切り込んでいったり。もしくは後方に控えてメンバーの応援に徹し、必要な時だけそっとフォローしたりとかさ。そんないろんなリーダー像を考えた時、私はどんなリーダーになれるかなって考えたんだ。その結論が、ちゃらんぽらんでいつも適当に笑ってるだけのリーダーだった」
「大切なことですね。そんな人がリーダーなら、何も心配する必要がなくなります。結局のところ、人が複数人でチームを組む以上、一番の敵はどんな強敵でもなく、チーム内の不和と不信です。的確な指示を出すリーダーは不和と不信を消せるかもしれませんが、常に確実な正解を選び続けることは人間である以上無理でしょう。一人で切り込めばチーム内の不和と不信を無視できるでしょうが、それはもうチームである意味がない。後方に控えるには、チームメンバーが一騎当千である必要がありますが、私達はそうではない。その点適当に笑っているだけならば、的確に不和と不信の発生を防止できますし、なにより今の私達とシズクさんで取れる最良の選択肢ですね。みんな、シズクさんが笑っているのだからなんとかなるだろうと安心できます。それこそ、負けるようなことがあってもそれはそれでなんとかしてしまいそうな気すらしてしまう。だから誰もシズクさんを無理にフォローしようとしなかった。それが信頼ですよ。いいリーダーができているじゃないですか。素晴らしいです」
「うーん、出来ていた、かな。今こうして白状しちゃったわけだし」
「それはこちらが言わせたようなものですし。まぁ、それが成功してしまう程まで疲弊していたってことでもありますよね」
「その通り。かなわないなぁ」
一回り年が下のイルマにこうも内面が見破られている状況。しかし、それを当たり前に受け止めることができ、嫌悪感を覚えない自分がどこか不思議だった。
「当たり前ですけど、あの人はそんなこと気付けませんよね。ずっと隣に居るんですから、気付いてもいいものを」
「そこはほら、リク君バカだから」
「しかし、私達がシズクさんが適当に笑っていることに安堵するように、あの人がバカのままだからこそシズクさんも安堵できるんでしょうね。私にはあの人の代わりにはなれません」
「そうだよ? バカは才能なんだよ」
ふふっ、と笑ってみせるシズクにイルマはどこか憐憫の眼差しを向ける。
「ごめんなさい」
「どうしたの急に」
「今日まで言い出せませんでした。それは多分……いえ、確実に。私が、あの人を好いていないからです」
好いていない。イルマは言葉を選んだつもりだろうが、この子がリク君のことをどう見ているのかはわかっている。
「もっと早く、シズクさんの泣き言を聞く役目を進むべきだった」
知識では自分にはとてもかなうはずがない異世界の少女にこうも言われてしまう状況だが、相変わらず特に不快感は覚えない。むしろ、安らぎすら覚えている。しかし、それでも。
「人は弱いからね。確かに逃げ場は必要だけど、そこがいつでもウェルカムなら、心は加速度的にその耐久度を下げてしまう。ほんと、どんな放射性物質よりも扱いにくい物質なんだよ、心ってのはさ。それでいて、デーモンコア以上に危険だからどうしようもない。なるようにしかならないし、正解なんてものもない。だから、謝る必要なんてないし、もしも本気で謝ってるなら、それは驕りだよ」
「そう、なのでしょうね」
イルマの表情は見えなかった。人の目は、見たくないものを映さない。
「それで。ぶっちゃけ今日はダメな可能性の方が遥かに高いんだけど、もしも負けてもイルマは許してくれて、よしよしって頭を撫でてくれるの?」
「……ふふっ」
笑い声だけが聞こえた。そして宣言される。
「そんなわけないじゃないですか。勝たないと許しません」
それは、いつものイルマだった。
「おーい、シズクー、もう起きてるのかー? って、げ……」
イルマの姿を確認してその反応はないだろうと思うも、出てくるのは面白さからの笑いだった。イルマはこちらに一礼して振り返り、リク君とすれ違う形で部屋から出ようとして、おそらく意図的に、すれ違いざまにリク君の足を踏んだ。
「……ループの屋敷以来、致命的に嫌われたよな俺」
「そんなことないと思うよ」
「まじで?」
「うん。だって、多分それより前から嫌われてるもん」
「まじかぁ……異世界ハーレムどこいったんだよ……」
また寝ぼけたことを言うバカに少しだけため息をついてから。
「リク君。嫌いの反対って好きなのかな」
「そうじゃないのか?」
「それって好きの反対は嫌いって意味だよね」
「だからそうだろ?」
「私はそうは思わないよ」
「どういうことだよ」
「多分だけどね。好きと嫌いはニアリーイコールだけど、嫌いの反対は無関心で、好きの反対は崇拝だよ」
いまいち納得できない顔のバカの前で、イルマの残したコーヒー味のなにかを喉に流し込み、両手で頬をぺしりと叩く。
「よし、行こう。決戦だ」
負けられない。何故なら、負けたら許してもらえないのだから。
「入って大丈夫だよ」
「失礼します」
入ってきたのはイルマだった。どうにも久々に顔をあわせたような気もする。何か用があるのだろうが、なかなか話を切り出さないイルマを前に、少し深呼吸をしてこちらから声をかけてみる。
「何か飲む?」
「いただけるものがあるのなら」
この半年、常にシズクの隣に居たのはリクのみであり、他の3人は各々好き勝手に日々を過ごしていた。リンネはレーヌと共にフィールドワークに出ては魔物の生態を調査し、同時にレーヌはリンネを守りがてら己を鍛えていた。イルマはそんな二人に誘われて外に出ることもあれば、ライフワークの医療研究に従事することもあり、街の中でも医者、もとい、特殊な呪術を使うシスターとしてちょっとした有名人になっていた。そして3人とも、申し合わせたように料理に関する話はしなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コーヒー豆不使用のコーヒー味の飲み物をビーカーに入れて手渡す。しばらく手元の液体を怪しんでいたが、一口飲んだ後の表情を見るに意外と気に入って貰えたらしい。
「いよいよ今日ですね。勝算のほどは?」
「もちろんあるよ」
「そうですか。それで、本当のところは?」
どくんと心臓が脈打つ。イルマの目はこちらの心を射抜くようだった。シズクは諦めたようにため息をつく。
「ごめん。ダメかも」
「そうですか」
それでもイルマは表情を変えない。
「……何か言うことないの? 文句とかさ」
「文句? 何故ですか?」
「だって、付き合わせちゃうわけだし、負けた後どうなるかとかさ……」
言葉尻が小さくなる中で、今度はイルマの側からため息をつかれる。
「立場というのは本当に面倒なものですね。カイさんが消えてから、みなさん特に相談したわけでもないのに、シズクさんを旅のリーダーとして認めています。その上で私にとっては嬉しいことに、シズクさんは人間を代表とする勇者としての振る舞いも考えるようになってくれました。ループの屋敷での出来事は……あまり思い出したくありませんが」
軽く目を伏せた後、その過去を振り切るように顔を振って再度こちらに目線をあわせる。
「シズクさんが楽天家で適当な人間であることは知っています」
「ひどいなぁ」
「でも、最近は違います。楽天家で適当な人間を演じていましたよね?」
「……わかっちゃうんだ。もしかしてみんな気付いてる?」
「いえ、おそらく私だけですね」
「ならよかった。いや、バレてる時点でよくはないか」
困ったように頭をかいて、改めて思考をそのまま言葉にする。
「リーダーって一言で言っても、いろんなタイプがいると思うんだ。先頭に立って的確な指示でチームを導いてみせたり、一人でどんどん切り込んでいったり。もしくは後方に控えてメンバーの応援に徹し、必要な時だけそっとフォローしたりとかさ。そんないろんなリーダー像を考えた時、私はどんなリーダーになれるかなって考えたんだ。その結論が、ちゃらんぽらんでいつも適当に笑ってるだけのリーダーだった」
「大切なことですね。そんな人がリーダーなら、何も心配する必要がなくなります。結局のところ、人が複数人でチームを組む以上、一番の敵はどんな強敵でもなく、チーム内の不和と不信です。的確な指示を出すリーダーは不和と不信を消せるかもしれませんが、常に確実な正解を選び続けることは人間である以上無理でしょう。一人で切り込めばチーム内の不和と不信を無視できるでしょうが、それはもうチームである意味がない。後方に控えるには、チームメンバーが一騎当千である必要がありますが、私達はそうではない。その点適当に笑っているだけならば、的確に不和と不信の発生を防止できますし、なにより今の私達とシズクさんで取れる最良の選択肢ですね。みんな、シズクさんが笑っているのだからなんとかなるだろうと安心できます。それこそ、負けるようなことがあってもそれはそれでなんとかしてしまいそうな気すらしてしまう。だから誰もシズクさんを無理にフォローしようとしなかった。それが信頼ですよ。いいリーダーができているじゃないですか。素晴らしいです」
「うーん、出来ていた、かな。今こうして白状しちゃったわけだし」
「それはこちらが言わせたようなものですし。まぁ、それが成功してしまう程まで疲弊していたってことでもありますよね」
「その通り。かなわないなぁ」
一回り年が下のイルマにこうも内面が見破られている状況。しかし、それを当たり前に受け止めることができ、嫌悪感を覚えない自分がどこか不思議だった。
「当たり前ですけど、あの人はそんなこと気付けませんよね。ずっと隣に居るんですから、気付いてもいいものを」
「そこはほら、リク君バカだから」
「しかし、私達がシズクさんが適当に笑っていることに安堵するように、あの人がバカのままだからこそシズクさんも安堵できるんでしょうね。私にはあの人の代わりにはなれません」
「そうだよ? バカは才能なんだよ」
ふふっ、と笑ってみせるシズクにイルマはどこか憐憫の眼差しを向ける。
「ごめんなさい」
「どうしたの急に」
「今日まで言い出せませんでした。それは多分……いえ、確実に。私が、あの人を好いていないからです」
好いていない。イルマは言葉を選んだつもりだろうが、この子がリク君のことをどう見ているのかはわかっている。
「もっと早く、シズクさんの泣き言を聞く役目を進むべきだった」
知識では自分にはとてもかなうはずがない異世界の少女にこうも言われてしまう状況だが、相変わらず特に不快感は覚えない。むしろ、安らぎすら覚えている。しかし、それでも。
「人は弱いからね。確かに逃げ場は必要だけど、そこがいつでもウェルカムなら、心は加速度的にその耐久度を下げてしまう。ほんと、どんな放射性物質よりも扱いにくい物質なんだよ、心ってのはさ。それでいて、デーモンコア以上に危険だからどうしようもない。なるようにしかならないし、正解なんてものもない。だから、謝る必要なんてないし、もしも本気で謝ってるなら、それは驕りだよ」
「そう、なのでしょうね」
イルマの表情は見えなかった。人の目は、見たくないものを映さない。
「それで。ぶっちゃけ今日はダメな可能性の方が遥かに高いんだけど、もしも負けてもイルマは許してくれて、よしよしって頭を撫でてくれるの?」
「……ふふっ」
笑い声だけが聞こえた。そして宣言される。
「そんなわけないじゃないですか。勝たないと許しません」
それは、いつものイルマだった。
「おーい、シズクー、もう起きてるのかー? って、げ……」
イルマの姿を確認してその反応はないだろうと思うも、出てくるのは面白さからの笑いだった。イルマはこちらに一礼して振り返り、リク君とすれ違う形で部屋から出ようとして、おそらく意図的に、すれ違いざまにリク君の足を踏んだ。
「……ループの屋敷以来、致命的に嫌われたよな俺」
「そんなことないと思うよ」
「まじで?」
「うん。だって、多分それより前から嫌われてるもん」
「まじかぁ……異世界ハーレムどこいったんだよ……」
また寝ぼけたことを言うバカに少しだけため息をついてから。
「リク君。嫌いの反対って好きなのかな」
「そうじゃないのか?」
「それって好きの反対は嫌いって意味だよね」
「だからそうだろ?」
「私はそうは思わないよ」
「どういうことだよ」
「多分だけどね。好きと嫌いはニアリーイコールだけど、嫌いの反対は無関心で、好きの反対は崇拝だよ」
いまいち納得できない顔のバカの前で、イルマの残したコーヒー味のなにかを喉に流し込み、両手で頬をぺしりと叩く。
「よし、行こう。決戦だ」
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