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プロローグ
乗換駅の女の子
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彼女の姿をはじめて目にしたのは、四月の晴れた月曜日、高校の入学式の日の朝のことだった。
僕は高校に向かう途中の乗換駅で、電車のシートに座って発車時刻を待っていた。
二両編成の車内には、二、三人の大人がいるだけだった。同じ制服の子がひとりくらいは乗ってくるだろうと思っていたのに。
地元の駅からここまで四十分。ここから別のローカル線に乗り換えてまた四十分。一時間半近い道のりを、これから毎朝ひとりで通うことになるんだろうか。
でもまあ、それもいいか、と僕は思った。
ひとりなら、乗り換え以外は寝ていてもいいし、本を読むことも、ゲームをすることも、忘れた宿題を片付けることもできる。
向こうにたどりつきさえすれば、新しい、広い世界が待ってるはずなのだから。
山に囲まれた静かな町の駅で、電車は時刻を待っている。近くに桜の木があるのか、人のいないホームの上を、ちらほらと花びらが舞っていた。
そろそろ発車かな、と思ったとき、小さな、細い人影がホームへの階段を駆け下りてくるのが見えた。
小学生? いや、中学生かな。
大きすぎるカバンを抱え、長い髪と紺のスカートをひらひらさせて、てけてけと走り下りる姿は、それくらい小さく見えた。
ホームに降りると、女の子は何かを探すようにきょろきょろしながら、早足で歩き始めた。
近くに来て、はじめて気づいた。
その子が着ているのは、僕と同じ県立高校の制服だった。
電車が分からないのか、小柄な女子はホームをうろうろしながら、ときどき立ち止まって、携帯と時刻表を見比べたり、ひょいと背伸びして遠くを見たりしている。ひとりのようだ。うちと同じように、親はあとから車で来るんだろうか。
窓のそばを通ったときに、ちらっと顔が見えた。
心細そうな、焦ったような表情。近くからだとそんなに幼くは見えなかった。不思議なくらい肌が白い。
ネクタイの色はブルー。僕と同じ新入生だ。
同い年の、女の子。
地元の小さな学校では出会えなかった存在だ。じろじろ見ちゃいけないと思うけど、ついつい視線が向いてしまう。
見ているうちに、僕はちょっとおかしなことに気づいた。
行ったり来たりしながら、その子はあちこち見回してきょろきょろするばかりで、僕が乗っている電車にはほとんど目をとめないのだ。入学式に行くなら同じ電車に乗らなきゃならないはずなのに。
発車時刻は近づいているのに、女の子はまだうろうろしている。遠くに行ったかと思うと、ホームの途中でくるりと向きを変えて、また何かを探しながらこっちに戻ってくる。
近づいてくる。そして――
ほら、やっぱり。
こっちに目が向く瞬間もあるんだけど、視線はすぐにあさっての方にそれてしまう。
まるで、この電車を無視してるか、ぜんぜん気がついてないかみたいに。
それとも、見えない力に邪魔されてるかのように。
行き先を勘違いしてるのかな。
目が悪いのかも。
声をかけてあげようか。
簡単なことだ。窓を開いて「同じ高校の子でしょ? この電車だよ」と少し大きな声で言うだけだ。
でも迷ってるうちに、女の子の姿はどこかに見えなくなり、発車ベルが鳴り始めた。
あっちの車両に乗ったのならいいけど……。
だけど、ドアが閉まり、電車がホームから滑り出した時、僕は車窓の向こうに女の子の姿を見つけた。
彼女はぽかんとして、ホームに棒立ちになっていた。
まるで、そこに電車があったことに今はじめて気づいたというような顔で。
電車が巻き起こした花吹雪の中で、少しブルーに近い黒色の長い髪と、紺色のスカートがふわっと広がる。
あの子、入学式に遅刻しなければいいけど。
そう思ったけれど、次の電車は二時間後だ。とても間に合いそうになかった。
(第ゼロ話へつづく)
僕は高校に向かう途中の乗換駅で、電車のシートに座って発車時刻を待っていた。
二両編成の車内には、二、三人の大人がいるだけだった。同じ制服の子がひとりくらいは乗ってくるだろうと思っていたのに。
地元の駅からここまで四十分。ここから別のローカル線に乗り換えてまた四十分。一時間半近い道のりを、これから毎朝ひとりで通うことになるんだろうか。
でもまあ、それもいいか、と僕は思った。
ひとりなら、乗り換え以外は寝ていてもいいし、本を読むことも、ゲームをすることも、忘れた宿題を片付けることもできる。
向こうにたどりつきさえすれば、新しい、広い世界が待ってるはずなのだから。
山に囲まれた静かな町の駅で、電車は時刻を待っている。近くに桜の木があるのか、人のいないホームの上を、ちらほらと花びらが舞っていた。
そろそろ発車かな、と思ったとき、小さな、細い人影がホームへの階段を駆け下りてくるのが見えた。
小学生? いや、中学生かな。
大きすぎるカバンを抱え、長い髪と紺のスカートをひらひらさせて、てけてけと走り下りる姿は、それくらい小さく見えた。
ホームに降りると、女の子は何かを探すようにきょろきょろしながら、早足で歩き始めた。
近くに来て、はじめて気づいた。
その子が着ているのは、僕と同じ県立高校の制服だった。
電車が分からないのか、小柄な女子はホームをうろうろしながら、ときどき立ち止まって、携帯と時刻表を見比べたり、ひょいと背伸びして遠くを見たりしている。ひとりのようだ。うちと同じように、親はあとから車で来るんだろうか。
窓のそばを通ったときに、ちらっと顔が見えた。
心細そうな、焦ったような表情。近くからだとそんなに幼くは見えなかった。不思議なくらい肌が白い。
ネクタイの色はブルー。僕と同じ新入生だ。
同い年の、女の子。
地元の小さな学校では出会えなかった存在だ。じろじろ見ちゃいけないと思うけど、ついつい視線が向いてしまう。
見ているうちに、僕はちょっとおかしなことに気づいた。
行ったり来たりしながら、その子はあちこち見回してきょろきょろするばかりで、僕が乗っている電車にはほとんど目をとめないのだ。入学式に行くなら同じ電車に乗らなきゃならないはずなのに。
発車時刻は近づいているのに、女の子はまだうろうろしている。遠くに行ったかと思うと、ホームの途中でくるりと向きを変えて、また何かを探しながらこっちに戻ってくる。
近づいてくる。そして――
ほら、やっぱり。
こっちに目が向く瞬間もあるんだけど、視線はすぐにあさっての方にそれてしまう。
まるで、この電車を無視してるか、ぜんぜん気がついてないかみたいに。
それとも、見えない力に邪魔されてるかのように。
行き先を勘違いしてるのかな。
目が悪いのかも。
声をかけてあげようか。
簡単なことだ。窓を開いて「同じ高校の子でしょ? この電車だよ」と少し大きな声で言うだけだ。
でも迷ってるうちに、女の子の姿はどこかに見えなくなり、発車ベルが鳴り始めた。
あっちの車両に乗ったのならいいけど……。
だけど、ドアが閉まり、電車がホームから滑り出した時、僕は車窓の向こうに女の子の姿を見つけた。
彼女はぽかんとして、ホームに棒立ちになっていた。
まるで、そこに電車があったことに今はじめて気づいたというような顔で。
電車が巻き起こした花吹雪の中で、少しブルーに近い黒色の長い髪と、紺色のスカートがふわっと広がる。
あの子、入学式に遅刻しなければいいけど。
そう思ったけれど、次の電車は二時間後だ。とても間に合いそうになかった。
(第ゼロ話へつづく)
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