藤城皐月物語

音彌

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第1章 夏休みと子供時代の終わり

32 一人でいる時間

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 藤城皐月ふじしろさつきは玄関を先に出て、家の前で栗林真理くりばやしまりを待っていた。真理は玄関先で皐月の母の小百合さゆりたち三人と挨拶をかわし、及川頼子おいかわよりこ祐希ゆうきの親子にも見送られて家を出た。
 皐月からは真理が玄関の明かりの逆光の中にいるように見えた。玄関の明かりに合わせて瞳孔が開いているので、影になっている真理の姿が闇につぶれ、輪郭が輝いてオーラを放っているようだ。
 二人は並んで街灯のない細い路地を歩いた。小百合寮から離れるにつれて周りが暗くなってくるが、目も徐々に暗さに慣れてくる。
「さっきから何見てんの」
「暗いところで見るとさ、真理っていつもよりかわいく見えるよな」
「何よ、それ! 明るいところで見たら、かわいくないって言われてるみたいじゃない」
「すぐそうやって拗ねる。性格屈折してるよな」
 街灯のない暗がりを抜けて商店街に出た。店はほとんど閉まっているが、路地よりもよほど明るかった。
「明るいところで見ても、まあまあイケてんじゃん」
「変に気を回さなくてもいいよ。今日はちょっと変だね」
 自分がおかしなことは皐月もわかっていた。初めて会った下級生の美少女の入屋千智いりやちさと芸妓げいこ明日美あすみ、祐希と頼子の親子、そして幼馴染の真理……。
 いつもの皐月は一人でいるか、男の友達と遊ぶだけなのに、今日は女の人と関わることの多い一日だった。月花直紀げっかなおきや、その兄の博紀ひろきと会っていなかったら、もっと心が疲れていたかもしれない。
「ねえ、皐月……」
「何?」
「家、賑やかになったね」
「そうだね……」

 駅前大通りを左に曲がり、豊川駅の西口に向かった。大通りの店舗は閉店が早く、夜も8時を過ぎると開いている店が少なくなる。
「嬉しい?」
 即答できる質問ではない。
「夜、家に一人でいる時間は嫌いじゃなかった。一人で寝るのも寂しくなかったし。……これからは祐希たちがいて、一人じゃなくなる。でも、かえって寂しいって感じ始めているんだよな。変だよね、こんなの」
 信号のない横断歩道の少し手前で真理が立ち止った。皐月は二歩先に進んで立ち止まり、真理の方に振り向いた。
「百合姐さんがいつでもおいでって言ってくれて、すごく嬉しかった。でも私も皐月と同じ。一人でいたって寂しくない。勉強ははかどるし、好きなように過ごせるから、一人になるのは好き」
「家においでってママに言われたの、迷惑だった?」
「そんなことない。本当に嬉しい。……でもあまり行かないかもしれない」
「どうして?」
「皐月の家に行ったら、後で余計に寂しくなりそうだから」
 20時20分発の豊橋駅前行きの豊鉄とよてつバスが駅前大通りをゆっくり通り過ぎた。
「わからないな」
「……わからなくていい」
 真理は皐月を見ずにバスを目で追っているふりをして、皐月に背を向けていた。
「それって俺が感じる寂しさと同じなのかな?」
 今度は真理が皐月の方に振り向いた。
「そんなの同じわけがないじゃない。私と皐月は別人なんだから。でも……少しでも皐月に私と同じ気持ちがあったら嬉しいかな」

 この時間になるとアーケードを歩いている人は列車が来ない限りめったにいない。
「コンビニ寄ってもいい? 夜食を買いたい」
「まだ食べるのか?」
「たぶん寝るのは遅くなるから、それまでに絶対にお腹が空くと思う。夏休みの宿題、まだ全然やってないんだよね~。今日中に片付けようと思ったら、今からやっても徹夜になるだろうな」
「なんで今まで残してたんだよ?」
「しょうがないでしょ。塾や受験勉強で忙しかったんだから」
「俺みたいに夏休み前に済ませちゃえばよかったのに」
「私はギリギリにならないとやる気が出ないの」
 真理は昔からこういう奴だった。やらなければいけないことをギリギリまで先送りする。面倒なことを先に片付ける皐月とは正反対の性格だ。
「俺の宿題写すか?」
「いい、全部即答できるから。でも漢字ドリルは書くのが面倒だな。……それよりも絵と自由研究が困った。どうしよう……」
「俺にできることがあったら手伝うよ。とりあえず勉強系は今日中に終わらせちゃえよ。それで残りは明日、俺と一緒にやろうぜ」

 駅前のミニストップに入ると真理は真っ先にサンドイッチのところへ行った。『胡麻香る豚しゃぶサンド』を一つカゴに入れ、次にスイーツを物色し始めた。
「これって美味しそうじゃない?」
「肉が美味そうだな」
「そういえば皐月ってよく私に肉食えって言うよね」
「肉に含まれる必須アミノ酸は肌や髪にいいんだよ。芸妓げいこさんたちが言ってた」
 次に真理が手に取ったのは「2種のピーチパフェ」だった。黄桃と白桃とキウイの下にホイップクリームとゼリーとプリンが詰まっている。こんなの美味いに決まっている。真理は棚に残っていた二つのパフェを全部カゴに入れた。
「お前、二つも食べるのか?」
「一つは皐月のだよ。うちで食べてってよ」
「まあ、いいけど」
 真理を送り届けたらすぐに帰るつもりでいたが、ちょっと寄っていかなければならなくなった。

 六年生になってから皐月はまだ真理の家に一度も上がったことがない。久しぶりに真理の家に行ってみたいという気持ちはあるが、受験勉強の邪魔をしたくない。だから、今も自分からは真理の家に行こうとはしないつもりだった。
 ただ今晩は受験勉強ではなく夏休みの宿題をするということなので、片付け仕事だから気兼ねをする必要がない。
 それに誘いを断って真理に寂しい思いをさせたくなかった。皐月自身、もう少し真理と一緒にいたいと思い始めていた。
 コンビニを出て横断歩道を渡ると、人のいないバス停と、車が停まっていないタクシープールがある。その間を通って豊川駅西口へ向かうと、橋上駅舎の豊川駅につく。
 豊川駅には西口と東口を結ぶ懸け橋となっている東西自由通路がある。そこを通って東口に出ると真理の住むマンションがすぐ近くにある。
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