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第3章 広がる内面世界
141 言霊
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逢魔時の大本殿の内陣の奥は闇に沈んでいた。蝋燭の炎だけが妖しく揺らめいていた。
藤城皐月はこの時間帯の豊川稲荷をいつも少し怖いと感じていた。筒井美耶はどう感じているのだろうか。早く手を合わせて、この場を離れたかった。
参拝を済ませた皐月と美耶は大本殿の右手の階段を下って通天廊をくぐり、千本幟のはためく奥の院参道へと出た。皐月は入屋千智や及川祐希と一緒に来た時の胸の高鳴りを思い出したが、今日の相手は筒井美耶だ。想像以上に厄介な子なので、無邪気に甘い思い出に浸ってはいられない。
「そういえばさ、『カップルが豊川稲荷に来ると別れる』というジンクスがあるんだって。女神の荼枳尼天か眷属の女狐が嫉妬するからっていうのが通説みたいだけど」
「ヤダ、縁起でもないこと言わないでよ」
「あれっ? 筒井って神様のこと信じるんだ。さっきはあまり信仰心がないようなこと言ってたくせに」
「それとこれとは話が別。言霊の力ってのがあるんだから、不吉なことは言っちゃダメだよ」
「ああ、そうか。言霊か……悪かった」
「藤城君って言わなくてもいいことを言うことがあるよね。その癖、直した方がいいよ」
「なんだよ、ちょっと都市伝説の話をしただけじゃん。こんなの、どうせモテない奴が豊川稲荷でイチャイチャしているカップルを見て流したデマだろ。真に受けんなよ……」
軽い気持ちで都市伝説を話したつもりなのに、美耶の拒否反応が大きかった。それだけでなく、美耶から「言霊」と言う言葉が出てくるとは思わなかった。
言霊とは言葉に宿る霊的なパワーで、発した言葉の通りに現実が引き起こされるという、オカルティックな考え方だ。言霊の概念を最近知ったばかりの皐月にとって、美耶の指摘は耳の痛い話だ。オカルト系の話は言霊の力を信じるならば、不用意に人に話すべきではないはずだ。
二人は奥の院の先へ進み、万燈堂の手前を左に曲がった。この先には豊川海軍工廠への空襲で犠牲となったエ廠従業員の供養塔がある。
皐月たちは低学年の頃、戦争のことを勉強するまでは戦没者の意味すら知らずに海軍工廠の跡地でよく遊んでいた。それでも子供心に、供養塔には気安く近寄れないことだけは感じていた。
豊川稲荷の外に出ると、美耶の家はもう近かった。道をショートカットするために緑町公園の中に入った。この公園は見事に遊具が何もないが、桜の咲く季節は美しい。
「ねえ、別れるとか言わないでよ……」
ずっと黙っていた美耶に唐突に話を蒸し返してきた。
「急に何を言い出すんだよ……。俺たちって別れるどころか、付き合ってさえいないじゃん」
「それでも言わないで!」
「わかったよ。悪かった」
美耶がこんなにも自分のことを好きなら、キスのひとつでもしておけばよかった。皐月は今日一日で美耶のことを恋愛対象として少し好きになった。
「前にさ、『いつか一緒に十津川の山で遊びたい』って言ってくれたよね? 俺、ちゃんと覚えてるよ。何年後に実現するかわからないけど、本気で楽しみにしてるんだ。だから筒井と別れるとか、ありえないって思ってる」
「ホント?」
「ああ、本当だ。それまでに体力つけておかなきゃいけないな。筒井は身体能力が高すぎるから、山で足手まといにならないようにしないといけない」
「私、山の中だったら藤城君が想像しているより3倍は凄いよ」
「マジで? 猿みてーだな。筒井と一緒に山に入るのなんて無理ゲーじゃん」
「私が藤城君に合わせるから大丈夫」
美耶は面白い。夏休み前はただの運動神経のいいアホな女の子くらいにしか思っていなかったのに、今では底の見えない魅力の沼にハマりつつある。それは美耶のタイプが真理や千智とは全然違うからなのかもしれない。
クラスメイトは美耶が自分のことを好きだとからかってくる。美耶はそのことを全然否定しないので、皐月は少し自惚れていた。
今日こうして美耶と二人で話をしていると、やっぱりみんなの言う通り、美耶は自分のことを好きなんだと確信できる。
だが美耶の好意は千智が自分に寄せてくる好意とは違うような気もする。そう思うと皐月はもっと恋愛対象として美耶に愛されたいと思った。
藤城皐月はこの時間帯の豊川稲荷をいつも少し怖いと感じていた。筒井美耶はどう感じているのだろうか。早く手を合わせて、この場を離れたかった。
参拝を済ませた皐月と美耶は大本殿の右手の階段を下って通天廊をくぐり、千本幟のはためく奥の院参道へと出た。皐月は入屋千智や及川祐希と一緒に来た時の胸の高鳴りを思い出したが、今日の相手は筒井美耶だ。想像以上に厄介な子なので、無邪気に甘い思い出に浸ってはいられない。
「そういえばさ、『カップルが豊川稲荷に来ると別れる』というジンクスがあるんだって。女神の荼枳尼天か眷属の女狐が嫉妬するからっていうのが通説みたいだけど」
「ヤダ、縁起でもないこと言わないでよ」
「あれっ? 筒井って神様のこと信じるんだ。さっきはあまり信仰心がないようなこと言ってたくせに」
「それとこれとは話が別。言霊の力ってのがあるんだから、不吉なことは言っちゃダメだよ」
「ああ、そうか。言霊か……悪かった」
「藤城君って言わなくてもいいことを言うことがあるよね。その癖、直した方がいいよ」
「なんだよ、ちょっと都市伝説の話をしただけじゃん。こんなの、どうせモテない奴が豊川稲荷でイチャイチャしているカップルを見て流したデマだろ。真に受けんなよ……」
軽い気持ちで都市伝説を話したつもりなのに、美耶の拒否反応が大きかった。それだけでなく、美耶から「言霊」と言う言葉が出てくるとは思わなかった。
言霊とは言葉に宿る霊的なパワーで、発した言葉の通りに現実が引き起こされるという、オカルティックな考え方だ。言霊の概念を最近知ったばかりの皐月にとって、美耶の指摘は耳の痛い話だ。オカルト系の話は言霊の力を信じるならば、不用意に人に話すべきではないはずだ。
二人は奥の院の先へ進み、万燈堂の手前を左に曲がった。この先には豊川海軍工廠への空襲で犠牲となったエ廠従業員の供養塔がある。
皐月たちは低学年の頃、戦争のことを勉強するまでは戦没者の意味すら知らずに海軍工廠の跡地でよく遊んでいた。それでも子供心に、供養塔には気安く近寄れないことだけは感じていた。
豊川稲荷の外に出ると、美耶の家はもう近かった。道をショートカットするために緑町公園の中に入った。この公園は見事に遊具が何もないが、桜の咲く季節は美しい。
「ねえ、別れるとか言わないでよ……」
ずっと黙っていた美耶に唐突に話を蒸し返してきた。
「急に何を言い出すんだよ……。俺たちって別れるどころか、付き合ってさえいないじゃん」
「それでも言わないで!」
「わかったよ。悪かった」
美耶がこんなにも自分のことを好きなら、キスのひとつでもしておけばよかった。皐月は今日一日で美耶のことを恋愛対象として少し好きになった。
「前にさ、『いつか一緒に十津川の山で遊びたい』って言ってくれたよね? 俺、ちゃんと覚えてるよ。何年後に実現するかわからないけど、本気で楽しみにしてるんだ。だから筒井と別れるとか、ありえないって思ってる」
「ホント?」
「ああ、本当だ。それまでに体力つけておかなきゃいけないな。筒井は身体能力が高すぎるから、山で足手まといにならないようにしないといけない」
「私、山の中だったら藤城君が想像しているより3倍は凄いよ」
「マジで? 猿みてーだな。筒井と一緒に山に入るのなんて無理ゲーじゃん」
「私が藤城君に合わせるから大丈夫」
美耶は面白い。夏休み前はただの運動神経のいいアホな女の子くらいにしか思っていなかったのに、今では底の見えない魅力の沼にハマりつつある。それは美耶のタイプが真理や千智とは全然違うからなのかもしれない。
クラスメイトは美耶が自分のことを好きだとからかってくる。美耶はそのことを全然否定しないので、皐月は少し自惚れていた。
今日こうして美耶と二人で話をしていると、やっぱりみんなの言う通り、美耶は自分のことを好きなんだと確信できる。
だが美耶の好意は千智が自分に寄せてくる好意とは違うような気もする。そう思うと皐月はもっと恋愛対象として美耶に愛されたいと思った。
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