藤城皐月物語

音彌

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第3章 広がる内面世界

147 久しぶりに来た図書室は思ったよりも狭かった

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 図書室では下級生の女子が一人でテーブルの掃除をしていた。稲荷小学校ではこの日の図書当番が図書室の掃除をすることになっている。
 藤城皐月ふじしろさつきが自主的に本を探しに図書室へ来たのは小学六年生になって以来、この時が初めてだった。皐月に読書の習慣がないわけではなかった。ただ好きな漫画や鉄道関係の本が図書室には置かれていないので、図書室に用がなかっただけだ。
 久しぶりに来た図書室は思ったよりも狭かった。背が伸びたせいか、本棚が低く感じる。
 古本屋の竹井書店と比べると、皐月には図書室の蔵書が小さい子向けの幼稚なものばかりに見えた。それでもよく見ると、学習図鑑は充実しているし、歴史や偉人などの漫画も揃っている。図書室には以前は気付かなかった面白そうな本がたくさんあることを発見した。皐月は図書室と疎遠だったことを後悔した。

 まずは修学旅行の行き先を決めるために、ガイドブックを確保しなければならない。
 稲荷小学校は毎年、京都と奈良に修学旅行に行っている。そのため図書室には京都と奈良のガイドブックが何冊か備えられていた。他の地域は東京しか置かれていなかった。
 京都の本は3冊置いてあった。『まっぷる 京都』『るるぶ 京都』『地球の歩き方 京都』があり、皐月はどれを選ぼうか迷った。3冊全部持っていこうかと思ったが、こういうことをすると同じ班で学級委員の二橋絵梨花にはしえりかに叱られてしまう。
 普段から中学受験の勉強をしている絵梨花や栗林真理くりばやしまりなら『地球の歩き方』のような、情報量が多くて分厚い本の方が好みなのかもしれない。
 だが皐月はメジャーな訪問先の情報だけがあればいいと考えていた。とりあえず写真が多くて見やすい『るるぶ』を選んだ。
 『るるぶ』はエリアごとに情報がまとまっていた。修学旅行のように短時間でたくさん回るといったニーズにかなうだろう。ネットで情報を調べるのもいいけれど、実際本を手に取ってパラパラ見てみると、ネットよりも本で調べた方がいろいろ楽しそうだ。
 図書室で『るるぶ』を見るだけでは時間が足りないので、皐月は『るるぶ』を借りてしまおうと思った。『るるぶ』を手に取って貸出カウンターの方を見ると、図書委員はまだ掃除をしていた。

 真理と絵梨花が図書室に来るまでの間、皐月は文学の棚を見ておこうと思った。読書の時間に絵梨花が読んでいた『羅生門』の収録された『トロッコ・鼻』があると聞いていたからだ。
 皐月は『羅生門』をネットの青空文庫で一度読んだだけなので、絵梨花と同じ注釈の充実した本で読み直してみたいと思っていた。絵梨花や文学好きの吉口千由紀よしぐちちゆきと『羅生門』について話す機会があったら、二人が目を瞠ることを言ってやりたいという目論見もある。
 絵梨花の読んでいた本は図書室のカウンター正面の壁面の本棚に並べられていた。これは『少年少女日本文学館』シリーズ全20巻の中の一冊だ。
 ここには他にも『少年少女世界文学館』が全24巻、『少年少女古典文学館』の全25巻セットが揃っている。このシリーズが本棚の最上段に横一列に並べられているとなかなか壮観だ。

 皐月は『トロッコ・鼻』を手に取ったが、左隣の本が貸し出し中なのが気になった。これは『少年少女日本文学館』の第6巻なので、借りられているのは第5巻の本だ。
 貸出中の本が何なのか調べてみると『小僧の神様・一房の葡萄』という本で、志賀直哉や有島武郎の短編小説が収録されているもののようだ。
 皐月はこの両作家のことを教科書で見たことがあったが、名前だけしか覚えていない。絵梨花や千由紀のように、稲荷小学校でこんな文学書を読んでいる子がいることに驚いた。
 千由紀が読んでいた川端康成の『雪国』も探してみた。見落としのないよう気を付けて探してみたが、残念ながら稲荷小学校の図書室には置いていなかった。『雪国』は小学生向けの話ではないのだろう。
 その代わりに『少年少女日本文学館』の第9巻に川端康成の小説『伊豆の踊子・泣虫』が収録されていることがわかった。『雪国』を読んでいた千由紀なら『伊豆の踊子』も読んだことがあるかもしれない。千由紀に感想を聞いてみて、面白そうだったら借りて読んでみようと思った。
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