藤城皐月物語

音彌

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第9章 修学旅行 京都編

382 大切な人たち

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 藤城皐月ふじしろさつきは「本家西尾八ッ橋」を出て、すぐ近くにある「朝日堂」に入った。「朝日堂」は京焼・清水焼の専門店だ。皐月は大切な人たちには陶器を買おうと決めていた。
 皐月には時間とお金がなかった。スケジュールの遅れが気になっていたし、手持ちのお金が思ったよりも足りていないこともわかっていた。
 お金は規則を無視して余分に持って来た。予算の7000円では絶対に足りなくなると思い、2万円と小銭用に500円玉を10枚持って来た。これがコツコツ食費を削って捻出した、皐月の全財産だった。

 買うものを素早く決めようと思った。最優先で芸妓げいこみちるへの盃を買わなければならない。満の部屋に行った時、日本酒のボトルがあったので、お酒が好きだということはわかっていた。狭い部屋だったので、邪魔にならないものを贈りたいと思った。
 及川祐希おいかわゆうきにはいつも使う茶碗がいいと思った。引っ越しの時に祐希が持って来た茶碗があまりいいものに見えなかったからだ。もしかしたら百均で買ったものかもしれない。祐希にはかわいい茶碗を使ってもらいたいと思った。
 祐希の母の頼子よりこにも何かを買わなければならない。皐月の母の小百合さゆりと二人でよくお酒を飲んでいるので、酒器がいいと思った。
 入屋千智いりやちさとには何を買ったらいいのかよくわからない。家の事情もあるので、うかつなものは買えない。邪魔にならなくて、かわいい物で何かを見つけたい。千智へのお土産はこの店にこだわる必要がないと思った。

 「朝日堂」は小学生には入るのに勇気のいる店だが、皐月は思い切って堂々と店の中に入った。
 ゆったりと店内を見ながら集中力を高め、直感を働かせて買うべき品を探した。明らかにレベルの釣り合わないエリアには行かないで、買えそうなものが揃えてあるところだけを隈なく見た。
 ラフな格好をした西洋人や、賑やかで楽しそうな中国人に紛れていると皐月は気持ちが楽になった。買いたいものは全て決まったので、笑顔の素敵な女性の店員に声を掛け、4点の陶器を精算してもらった。
 満には青みがかった流天目りゅうてんもくの盃を選んだ。賑やかで華やかな満には家で落ち着いて日本酒を楽しんでもらいたいと思った。小さなものだが、小学生にしては頑張り過ぎた価格だった。
 祐希には桜の絵がかわいい、白とピンクの飯碗めしわんを選んだ。黒陶土にパステルカラーの釉薬が掛けられていて、触ってみると立体感があった。白と黄色の飯碗もあったので、二つ買えばペアになったが、お金が足りなくなるので自分のものは諦めた。
 頼子と小百合には葡萄の描かれた酒器にした。徳利と碗が二つセットになっているものだ。この店の酒器の中では安いものになってしまったが、白い肌に藍色の単色で絵付けされた美しいものだ。母と頼子にはこの碗で酒を飲んでもらいたいと思った。
 千智に買う物も見つかった。千智には紅葉を象った箸置きにした。紅の交趾こうちは透明感があり、葉脈が金彩で絵付けされていた。小さくて、かわいらしくて美しかったので、皐月は自分のものも買った。千智にはあまり高いものを買えなかったが、自分と同じものをペアで持つことになるので、きっと喜んでもらえるだろうと思った。
 これで皐月の修学旅行の小遣いはほとんどなくなった。あとは入館料に備えて用意していた500円玉が数枚残っているだけだ。京都駅では manaca の使えるポルタで買い物をすれば何とかなる。まだまだ余裕がある、と強がることにした。

 買い物を終えた皐月は清水坂を下り、産寧坂さんねいざかとの辻にある来迎院らいごういんで真理たち5人を待った。
 来迎院は清水寺の境外塔頭けいがいたっちゅうで、聖徳太子の開基と言われている。飛鳥時代の創建だが、詳細はわかっていない。清水寺の開創が778年なので、来迎院は清水寺よりも150年以上古い歴史があることになる。
 本尊は聖徳太子が自ら彫った16歳の時の太子像で、秘仏となっている。扁額には「経書堂きょうかくどう」とあり、かつては聖徳太子の写経所跡だったらしい。
 皐月は境内の桜の樹の下で行き交う人を眺めていた。目の前には「聖護院しょうごいん八ッ橋」の店があり、ここも観光客でにぎわっていた。京都には八ツ橋を売る店が多い。皐月は住んでいる所に銘菓があることを羨ましく思った。

「藤城?」
 声の聞こえる方を見ると、そこには野上実果子のがみみかこたち6年3組の班の子がいた。
 皐月は実果子たち6人には自分たちの班と違い、何となく余所余所しさを感じた。3組は担任の北川先生の方針で好きな子同士で班を決めたという。実果子たちの班は余った子を集めた班なのだろう。
「おう」
「お前、なんで一人なんだよ? 捨てられたのか?」
「みんな、まだ買い物してるんだよ。ここで待ち合わせ。それよりお前、リップしてるんだ」
「宿に行くまでには落とすよ」
 実果子は金髪から黒髪に戻し、白い肌が際立つようになった。コーラルオレンジのリップは実果子の顔色をさらに明るく見せていた。
「その色、すごくいいな。色っぽくてキスしたくなっちゃうじゃねーか」
「してやってもいいぞ。ここでするか?」
「えっ? 人、いっぱいいるけど……」
「バ~カ。するわけねーだろ。本当にエロいな、藤城は」
 実果子は照れを隠すように笑っていた。普段の実果子は機嫌が悪そうで見た目が怖いが、たまに笑うとかわいくなる。一重瞼のシャープな顔立ちは皐月の好みだ。

「藤城たちは次、どこに行くんだ?」
「祇園。野上は三十三間堂に行ってたのか?」
「そう」
「どうだった?」
「どうって……仏像のことはよくわからないけど、とにかく凄かった……」
「そうか。凄かったか」
 修学旅行には全く興味がないと言っていた実果子がこんな反応をするとは思わなかった。楽しんでいたようで、皐月はホッとした。
「藤城たちも行くのか?」
「いや。予定には入っていない」
「うわっ、もったいね~。あれは見ておいた方がいいって」
「へぇ~。野上がそこまで言うなら、いつか見に行かなきゃな。今度、三十三間堂を案内してくれよ」
「ここまで来るのにかねかかるじゃん。無理!」
 実果子は他のメンバーに置いて行かれそうになったので、あわてて皐月の元を離れ、走って仲間を追いかけた。途中で実果子は真理たちとすれ違い、仲の良い千由紀と二言三言話して、手を振って別れていた。
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