藤城皐月物語

音彌

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第9章 修学旅行 京都編

404 相生社

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 下鴨神社の参道にある細石さざれいしの少し先に「えんむすびお守授与所」という、お守りや絵馬を売る店が出ていた。その隣には末社の相生社あいおいのやしろがある。ここは縁結びの御利益があることで有名で、若い女性が何人かお参りしたり、授与所でお守りを見ていた。
「神社って縁結びが好きなんだね。八坂神社にもあったよね。大国主社だっけ?」
「真理ちゃん、どうする? ここでもお参りする?」
「さっきお参りしたじゃない。絵梨花ちゃんはここでも縁結びのお願いをするの?」
「うん。手を合わせるくらい、いいじゃない。吉口さんはどうする?」
「そうだな……節操がないような気がするけど、私もお参りしておこうかな」
 藤城皐月ふじしろさつきは女子三人の様子を見て、このペースだと本殿周りの参拝の時間が足りなくなるんじゃないかと心配になってきた。
「皐月はどうする?」
「俺はいいよ」
「どうしたの? なんだか元気がないね」

 二橋絵梨花にはしえりかが「相生社のお参りのしかた」というガイドを見つけて、読み始めた。情報量の多いパンフレットなので読み終わるのに時間がかかるかと思ったが、絵梨花はすぐに内容を理解したようだ。
「まず絵馬を買って、願い事を書いて、紅白の紐を結ぶ。それから相生社の正面に立って、お社の周りを女性は反時計回り、男性は時計回りに3周する。3周目に絵馬を奉納して、お社の正面に戻って来たらお参りをする。最後に連理の賢木れんりのさかきから伸びている御生曳みあれびきの綱を2回引いて終わり。どう? やってみる?」
 絵梨花の説明を聞いた皐月はざっと時間を見積もって、どんなに急いでやっても10分はかかると踏んだ。さすがに時間を食い過ぎる。
「絵馬なしで、みんなで1周するだけにしない? 相生社の祭神は神皇産霊神かみむすひのかみだから、この儀式に意味はない」
 皐月は遅延の回復を優先することを考え、自説を強弁した。

 この参拝手順に意味があるかどうか、皐月には本当のところはわからない。
 だが、神皇産霊神は別天津神ことあまつかみといって、天地開闢てんちかいびゃくの時にあらわれた五柱の神々の中の一柱だ。縁結びのように卑近な御利益とは縁が遠いと思った。
 ただ、神皇産霊神は二度も殺された大国主神おおくにぬしのかみを甦らせている。大国主神は八坂神社で参拝した縁結びの神社、大国主社の祭神だ。縁結びのパワーは大国主神とは比べ物にならないほど強いのかもしれない。
「そうだね。願い事を書くのって恥ずかしいし、私は手を合わせるだけでもいいかな。絵梨花ちゃんと千由紀ちゃんはどうする?」
「私は願い事は秘密にしたいから、藤城さんの言う通りでいいよ。もう八坂神社で縁結びのお参りは済ませたし。吉口さんは?」
「私も藤城君の言う通りでいい。産霊の神だから縁結びって、ダジャレだと思う」

 皐月はこれで遅延が拡大することを防ぐことができそうなことを確認し、ひと安心した。
 だが、吉口千由紀よしぐちちゆきの言う「産霊=結び」には気付かなかった。産霊は言葉通り「す」で、神霊を産み出すという意味だと思っていた。
 気になってネットで産霊の意味を調べてみると、「神道における観念で、天地・万物を生成・発展・完成させる霊的な働きのこと」だと書かれていた。産霊は結ぶの語源だという。
 縁結びの縁は仏教用語で、縁起に由来する。縁起とは、あらゆる物事が原因と結果によってつながり、関係し合っているという考え方だ。
 つまり、偶然による巡り合わせを超える力を神から分けてもらう神頼みが縁結びなのだろう。

 授与所には女の子が好きそうな魅力的なお守りが取り揃えられていた。
 一つひとつ柄が異なる、世界に一つだけの「媛守ひめまもり」。錠前を模した「結神守ゆいかもり」には下鴨神社の御神紋の「双葉葵ふたばあおい」の模様が入っていて、鍵のほうを持ち帰る。源氏物語にちなんだ「縁結びおみくじ」は男性用が「束帯そくたい姿」、女性用が「十二単姿」を模した形をしている。
 去りがたい思いを残しながら、皐月たちは授与所の前から相生社へと移動した。お守りを物色している参拝客の女性たちはみんな楽しそうだった。
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